1ー13 従妹
ようやく新ヒロインの登場です。
ーーーオリオンーーー
屋敷が慌ただしい。どれくらい慌ただしいかというと、いつもは典雅だとかなんだと言って意地でも走らない使用人たちが全力疾走するくらい慌ただしい。いつもはベッドルームの出口で待機しているメイドさえいない。代わりにシルヴィが着替えを用意して待っていた。彼女が来てから一ヶ月。豚派の使用人からいじめられているようだが気丈にやっているようだ。仲がいいのは俺に好意的な使用人たち。特に俺の世話係のメイドや執事とよく話している。メイドとは俺の世話をどちらがするかで競っているようだ。メイドたちはプロ根性、シルヴィは親切心から。最初はまったく敵わなかったようだが、最近は稀に勝てるようになった。どうやら母に仕込まれているようなのだ。いつも俺から離れないシルヴィが別宅では自ら離れるから不思議に思っていたのだが、最近のメイドスキルの上達ぶりからするとそうとしか考えられない。今日は勝つことができてご満悦だ。不戦勝だけど?
「いいんです」
さいですか。着替えを終え、朝食に呼ばれるまでしばし雑談。へえ。給仕係の執事とメイドが付き合い始めたんだ。なんてことを話しながら時間を潰す。だが来ない。仕方ない。こちらが出向こう。シルヴィを伴って部屋を出る。廊下を使用人が右へ左へ走り回る。俺に対する挨拶はほとんどない。出回るなと止められたり、どこへ行くのかと訊ねられることもなかった。そんな具合ですんなりと目的地の食堂に着いてしまった。誰もいない。燭台のロウソクにすら火が灯っていなかった。不思議に思って隣の厨房を覗いてみる。何気に厨房を見るのは初めてだ。そこではコックさんたちが粛々と料理を作っていた。
「あっ。坊ちゃん。おはようごぜえやす」
「「「おはようございます!」」」
「おはよう、みんな」
俺に気づいたコックさんたちが挨拶してくれるので俺も挨拶し返す。特に一番初めに挨拶してくれたのは三年ほど前に入ってきたというニールさん。下っ端としてこき使われていたけど、今年から調理を許されたそうだ。元は農民の三男で、親戚の店で技術を学んでからここに入ってきたのだという。彼はなんだかんだと便宜を図ってくれる。そして何より、
「シルヴィアさんもおはようごぜえます」
「おはようございます、ニールさん」
シルヴィにも分け隔てなく挨拶してくれるのだ。奴隷である彼女に対等に接してくれる人は珍しい。他の使用人たちは高圧的だったり差別的だったりするから、彼のような人物は珍しいタイプだ。彼なら何か知っているかもしれない。出来上がっている朝食ーー俺たちが一番らしいーーを受け取りつつ、何気なしに訊いてみた。
「慌ただしいけど何かあったのか?」
「顔馴染みのメイドに聞いてみたら、どうも馬車が襲われたそうでさ」
「馬車が? それでまたなんでこんな騒ぎに?」
屋敷で生活すること三年あまり。商品を運ぶ馬車が襲われたなんて話はよく聞いた。だがこんなに慌てたことはない。いつも『まあこんなこともあるよね』という感じで冷静だった。それが今回に限ってこんなに大騒ぎする理由が分からなかった。
「それが、その隊商には旦那様の弟様がいらっしゃったようでさ」
「ふぅん」
その理由が身内贔屓だと聞くと一気に心が冷めてしまった。身内を心配する気持ちは分かるけど、この家系の人間に対してはあまりいい感情を持たないからだ。俺はニールさんにお礼を言い、食堂に戻って朝食を食べた。
レナードに呼び出されたのはその日の夜のことだった。
ーーーーーー
呼びに来たメイドに案内されてリビングに足を踏み入れる。ここには滅多に来ない。ゴテゴテに飾った部屋に好き好んで入り浸るような趣味はないし、なにより豚が根城にしている点でパスである。わざわざ火に油を注ぐような真似はしない。だがレナードに呼ばれたとあっては仕方がない。ま、誰もいないんですけどね。立場が下の者から入るのは異世界でも変わらないようだ。待つことしばし。豚とフィリップがヘルム執事に連れられて入室してきた。この三人がいると俺へ嫌味のひとつでも言ってくる。豚にはロバートさんに『下賤な者と口を利くと高貴さが損なわれますよ』と伝えてもらった。これ以後、嫌味を言われる回数が減った。代わりにヘルム執事が嫌味を言うようになったが、彼は体面を気にしてか人前だと話しかけてこない。だから俺は部屋の外にいるときはなるべく俺に好意的な人たちと一緒にいるようにしている。部屋に籠れば侵入できない。というわけで最近は引き籠りがちなどうも俺です。能力《自宅警備員 》はだてじゃない。でも出てきちゃったんだよなぁ。さて、何を言われるのかと身構える。……何も起こらなかった。そんなバカな。あの三人ーー特に豚とヘルム執事ーーがいて嫌味が飛んでこないなんて珍しい。明日は槍が降るか? 変に思って三人を見ると沈んでいた。どしたのこのお通夜モード。脳内を疑問符が乱舞する。謎は深まるばかりだ。その謎が解けないうちにレナードが入ってきた。彼の表情もまた厳しい。そして後ろからロバートさんと、金髪碧眼の美幼女がいる。……また隠し子か? レナードには俺という前科があるわけで、その線もあると思ったが、なら豚が沈黙しているのがおかしい。こいつは嫉妬に駆られて母を追放ーーいや幽閉したんだからな。となると隠し子ではないか。なら新しい奴隷……はこのお通夜モードの説明がつかない。その幼女は何者だ、と思っているとレナードが喋り始めた。
「今日、ライオネルの乗った馬車が襲われた」
ほーん。噂は本当だったのね。
「そんなことは存じていますわ。それでどうなりましたの?」
豚が質問する。それにレナードは首を振ることで答えた。ーー横に。
「まあッ!」
「そんな……叔父さん……」
二人が悲嘆に暮れる。身内が死んだ悲しみは分からなくもないが、俺は無反応である。というか反応に困っている。俺は伯父のことを知らない。今ようやくその存在を認知したところなのだから。悲しめと言われても困ってしまう。だがそんな事情などお構いなしな人間はいるようで、
「あなた! 叔父が亡くなって涙も流さないなんて、それでも人間なの!?」
いや、そんなエイリアンでも見たような顔をされても知らんがな。何なの。人が死ねば悲しめと? それが例え星の裏に生きる人間の死も、孔明よろしく『星が落ちた』とかいっていちいち感知して悲しめと? この世界がどうなっているのかは知らないが、地球で考えると数秒に一回は泣くことになるんですけど、俺。それだとただの変な人じゃん。そんなことを思ったけど、説明したってどうせ分かってくれない。困っているとレナードが助け舟を出してくれた。
「そう言うな。オリオンはライオネルのことを知らないんだから」
「……仕方ありませんね」
豚は不承不承といった様子で頷く。
「ところで父上。その女の子はもしかして……」
「ああ。ライオネルの娘のソフィーナだ。馬車にはライオネルとソフィーナの母親も乗っておってな。二人とも死んでしまい、残ったのはライオネルの妾とソフィーナだけだ。妾たちは暇を出した。だがソフィーナを放っておくわけにはいかんからな。儂の養子として引き取ることにした」
「そうですか……。やあソフィーナ。ボクはフィリップ。ゲイスブルク家本家の長男だ。よろしくね」
「よろしくお願いします」
「ソフィーナ。今日から儂らは家族だ。遠慮せず暮らしなさい」
ーーというわけで俺には従妹がいて、その従妹は出会ったその日に義妹になった。
前回の投稿で1日のPV数が100を超えました。ありがとうございます。




