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異世界最強の自宅警備員  作者: 親交の日
第十章 終活
139/140

エピローグ

 



 ーーーオリオンーーー


 エリザベスに帝位を譲ると、彼女は異母弟のウィリアムを皇太弟に任命した。俺の譲位に伴って、妻たちの多くが大臣などの職を辞している。残っているのはカレンやリアナ、リャンオクしかいない。


「こんなに辞められると国政に支障が出ます」


 と、エリザベスからは悲痛な声が聞かれた。特にこれまでずっと財務を見てきたソフィーナに対しては、何度も留任を求めている。だが彼女は無視して、俺の隠居先である四季離宮(椿、榎、楸、柊の四つの離宮の総称)に滞在していた。そこまでわざわざやってきて引き止めるエリザベスに対しては、


「もう人材は育っているわよ」


 そう言って取り合わない。ソフィーナに代わる人材がいるのか、そんな人材がいるなら紹介してほしいーーエリザベスの願いは、


「もう子どもじゃないんだから、自分でやりなさい」


 と却下された。スパルタである。

 即答されたエリザベスは仕事が増えたことに落ち込みつつ、適任者を探す。そして新たな財務大臣に指名したのは、異母妹のセリーナ(ソフィーナの娘)だった。

 ある日、俺は裁縫をしているソフィーナに今回の人事について訊ねてみた。セリーナは彼女の言う『適任者』なのか、と。すると、


「さあね」


 などと惚けつつ、口許に笑みを浮かべる。付き合いはそれなりに長いから、明言しなくともそれが正解だったと察した。

 母娘の仲は悪くないが、セリーナはレオノールの影響で腹黒い一面がある。財務(金)に関してはどこまでも実直なソフィーナは、それをあまり好ましく思っていないのだった。まあ、商人か政治家かという違いがそこにはあるのだが。

 そのように少し難はあるものの、財務大臣としては適任。少しく思うところがあるからこそ、敢えて明言はしなかったのだろう。俺はそう思っている。


 ーーーーーー


 それから五年。

 今では俺が任命した閣僚はほとんど引退し、代替わりしていた。宰相のイアンも、エリザベスの施政が軌道に乗ったと見るや、その座を下りている。

 俺は基本的には四季離宮に滞在し、たまに旅をしたり、カチンへ行って子どもや孫たちの様子を見るという隠居生活を送っていた。隠居時に幼かった子どもについては離宮で養育し、成人すればカチンに送り出している。

 上皇である俺に政治的な実権はない。皇帝だったため影響力があることは否定しないが、それを使ってたとえば院政を敷くつもりはなかった。

 離宮には長期休暇を利用してエリザベスがやってくる。そこでは他愛もない会話はもちろん、政治についての相談をされることもあった。もちろん断らずに付き合う。その度に出てきたのは、自身のことについて。


「即位しても、一部の貴族が暗に退位を要求してくるんです……」


 ということだった。複数回の粛清を経て、帝国貴族の多くは俺が取り立てた(他国の貴族だった者を含む)。その割合は七、八割に上る。彼らはエリザベス支持だ。

 一方でフィラノ王国時代から続く貴族家も存在し、そちらは王家アリスの血を引くウィリアムを支持している。

 相談は、後者を押さえるにはどうすればいいかということだった。普通は彼らに皇女を嫁がせるのだが、皇族も人間であるということで可能な限り自由に生きるというのが俺の方針だ。皇族に婚姻の自由を認めているため、婚姻政策はとれない。じゃあどうするの? という話だ。


「放置だな」


 答えは簡単。気にせず放っておけばいい。もちろんバカな真似をしないように監視は必要だが。彼らが思っているほど皇帝権力は弱くない。むしろ、フィラノ王など比較にならないほど強大だ。いくら貴族が集まろうと、実権のない彼らにできる手は少ない。気をつけるべきは、フランス革命のように君主周辺だけが消されることくらいだ。その懸念にしても、帝位がウィリアムに渡れば払拭できる。だから気負わず気ままにやれ、とエールを贈った。


「……はい」


 にへら、と笑う。その笑顔は、かつてのシルヴィにとてもよく似ていた。

 その後、エリザベスは吹っ切れたように伸び伸びと政治をした。俺が残した遺産(政策)を引き継ぎ、それを実行していく。彼女を悪く言う勢力は日に日に減り、その評価はいつしか名君へと変わっていた。


 ーーーーーー


 帝位から退いて十年が経った。

 桜が舞うころ、在位十年でエリザベスがウィリアムに帝位を譲った。今までエリザベスを支持しなかった貴族もこれを見て掌を返し、ウィリアムを支持する。ただ、皇帝に取り入ろうとしきりに縁談を持ちかけてくるらしく、ウィリアムからはSOSが届いていた。俺はそういうものだ、と返事をしておく。

 上皇となったエリザベスは四季離宮に引っ越してきた。


「やっとお父様とゆっくり暮らせますね」


「そうだな」


 皇帝時代は気の遠くなるような仕事をこなし、家族との時間もあまりとることができないでいた。

 しかし、上皇となってからは悠々自適の隠居生活が送れている。たまに来るイアンたち隠居組と釣りなどのレジャーに出かけたり、アリスたちと色々な街に出かけたり。成人してここにはいない子どもたちとも、十分に遊ぶことができた(と思う)。

 上皇の仕事はほとんどない。たまに海外の要人が訪ねてきたり、重要なパーティーに出席するくらいだ。賓客への対応、各地の行事(式典など)への参加は俺の子や孫世代の仕事だった。


「それにしても、エリザベスは年々シルヴィに似てくるな」


 四季離宮の新たな住人であるエリザベスが寛ぐ姿を見ながら、俺は率直な感想を漏らす。するとそれにアリスたちが同意した。


「本当ですね。そっくりです」


「なんだか懐かしいですね」


「どういうこと、おーちゃん?」


「昔、オリオン様とシルヴィアさん、ソフィーナさん、アリス様、その学友の私とラナさん、そしてベリンダさんとでお茶会をしていたではありませんか。シルヴィアさんはもういらっしゃいませんが、エリザベスがいると昔のメンバーが揃ったみたいで……」


 オーレリアの言葉にああ、と誰もが声を上げた。言われてみればそんな気がする。だが過去を懐かしむようになるなんて、俺も年をとったものだな……そんな考えが頭をよぎり、少し落ち込む。そのとき、唐突にエリザベスが膝に座ってきた。


「どうした?」


 あまりお行儀がいいとはいえない。だがお茶会は内輪のものだし、エリザベスも大人だ。注意はしない。代わりになぜこんなことをするのか訊ねる。


「お父様。お母様に似ていると言われるのは嬉しいのですが、私は私ですよ」


 拗ねたように頰を膨らませつつ、目許を指でトントンする。それがどういう意味かといえば、シルヴィとは違いますよアピールだ。ほぼシルヴィの生き写しで、俺のDNAどこ行った仕事しろ、と言いたい容姿をしているエリザベス。そんな彼女はよく、目許がよく似ていると言われる。だから目許をトントンして、私はお母様シルヴィじゃないですよ、と主張するのだ。


「そうだったな」


 ゴメン、という意味を込めて頭を撫でる。これが好きらしく、気持ちよさそうに目を細めるのだ。いい大人なのにな。いや、親子にとって、年齢が上がっても子どもはいつまでも子どもなのかもしれない。


 ーーーーーー


 五十になった。

 信長が好きだったという敦盛では、人間五十年という。この世界の文明レベルは概ね中世。この言葉もおそらく当てはまるだろう。つまり、いつ死んでもおかしくない年齢になったわけだ。

 こうして死についての認識を強くしたところで、さらにそれを強める出来事があった。母の死である。最後の言葉は、最高の息子を持って幸せ、であった。そう言ってもらえると、息子冥利に尽きるというものだ。

 大々的に国葬が営まれ、特に皇族は全員呼んだ。魔法で行けば、たとえ星の裏側にいようと一発である。仕事がある者も、一日でも数時間でもいいからと参加させた。

 葬式の規模とは裏腹に、母の墓は質素であった。これは遺言によるものだ。馴染みの場所で、慎ましやかな墓を。それを叶えるため、俺は母が長く住んでいた水明園に小さな石塔を建てた。


「安らかに眠ってくれ」


 墓参りに来た俺は、石塔に向かって声をかける。そこでは母が嬉しそうに笑っているように思えた。

 なお、水明園にある母の墓は宮内省が管理することとなっている。副葬品もなく、お骨があるだけだ。非情なようだが結局はシンボルでしかなく、国が管理する必要はないだろうと思った。しかし、


「上皇陛下のお母上なのです。お墓は質素すぎるくらいなのですから、せめてこれくらいは」


 と言われては強く拒めなかった。

 また、失ったのは母だけではない。メリッサさんやアーロンさんも、後を追うように亡くなった。二人の墓は特例として母と同じ水明園に、向かい合うように建てられた。アンソニーたちが畏れ多いと言ったが、


「それだけの恩を受けてきたんだ。気にするな」


 今度は俺が押し切った。以来、墓参りは三人分を行なっている。母の隣に、メリッサさんやアーロンさんが加わって笑いかけてくれているような気がした。


 ーーーーーー


 六十。

 地球であれば、退職の二文字がチラつくような年齢だ。老後のことを心配するだろう。年金足りないかな? 二千万も貯蓄ない……などという心配は、異世界転生した今関係ないのだ。

 曽孫も複数人産まれ、ひいおじいちゃんの仲間入りである。だが人生、嬉しいことばかりではない。この年になれば悲しいことも増える。一番は、長く支えてくれたイアンとフレデリックが故人となったことだろう。同性の遊び仲間が減り、落ち込んだ。

 この前、ウィリアムから大陸の情勢がきな臭いという報告があった。併せて長老として、何より父として知恵を貸して欲しいと言われている。後世、老人があれこれ口出しするようになってもアレなので、記録に残さないようくれぐれも言い含めて極秘に会談した。


「北の異民族が?」


「ええ。宿敵であるモルゴが周辺を固め、華帝国とも同盟を結んでいます。元より警戒はしていたようですが、ここにきてモルゴが西の国を破って講和したとの情報が」


「つまり、次は西ーー自分たちにモルゴが攻めてくると思ったわけか」


 遊牧民は普段、交易によって不足する食糧を賄っている。農地が少ない草原で生きるための方法だ。このように戦闘民族というわけではないが、食糧が不足しそうなときには他国を攻める。それ以外の理由で戦闘するときは、決まって部族の縄張り争いだ。

 海に国境はない。同様に、遊牧民にも国境はないのだ。ましてや、モルゴと北の異民族がは勢力圏が接している。過去には何度も縄張り争いが拡大して、民族同士の戦争になったこともあるらしい。そして今は、部族が移動して縄張りをする時期だ。


「どうすべきでしょうか?」


 ウィリアムの質問に対する答えはひとつ。


「何もするな」


 である。


「え?」


「意外だったか?」


「い、いや。そんなことは……」


 なんて言ってはいるが、親の目からすれば図星であると丸わかりだ。ショックだな。これでも争いを好まない姿勢を見せてきたのだが。もっとも、戦争で大陸を統一した皇帝が言っても信憑性はゼロだが。


「同盟国が戦争すれば、俺たちもまったく関係なしとはいえない。だが、軍は絶対に派遣するな。軍は国民を守るためにあるのであって、他国を侵略するためにあるんじゃない」


 そのことを忘れるな、と念を押す。軍の出動は国防と邦人保護、災害救助、復興支援などに限られる。モルゴや華帝国からの支援要請には、物資の提供に留めるようにと言い含めた。

 しかし、それでは少しドライすぎる。湾岸戦争の日本のように、金だけ出して人は出さないのかという誹りを受ける可能性は十分にあった。そこでイディアを巻き込み、外交的孤立を避けることに注力するようアドバイスする。

 とにかく国際政治では孤立しないことが重要だ。最悪のシナリオは、帝国だけ外されてフルボッコである。海戦では負けないだろうが、陸戦では厳しい。ミーポーを含む大陸の失陥は免れないだろう。その点には留意するように言い含めた。

 そして懸念は現実となり、北の異民族がモルゴと衝突した。初戦に敗れたモルゴは同盟国に救援を要請。それに応えた華帝国が側面から侵入する一方、帝国とイディアは物資の支援を行うだけに留めた。戦争はなかなか決着がつかず、十五年が経過してようやく終息するのだった。


 ーーーーーー


 七十。

 この世界でこの年まで生きると、もはや化け物である。しかしそんな化け物が、ここ四季離宮にはいた。


「皆、この年までよく生きるな」


「そうですね。いつまでも一緒にいられればいいと、心からそう思います……」


 アリスは微笑む。それは憂いを帯びたものだった。

 元気だった妻たちも、ここ最近は衰えを隠せなくなっていた。かく言う俺もそれは同じである。前はなんともなかったパーティーが、今ではフルマラソンのように感じられる。体力の限界に挑戦しているような気がするのだ。

 残念ながら、この十年で妻たちの多くが亡くなった。レオノール、ソフィーナ、クレア、オーレリア、フィオナ、アナスタシア。誰もがかけがえのない存在であり、彼女たちが櫛の歯が欠けるようにいなくなるのは寂しい。

 その代わりーーといってはとても失礼だが、彼女たちと入れ替わる形でリアナ、カレン、リャンオクの三人が四季離宮の住人になった。


「ようやくここで暮らせます」


「長かったね」


「ですね」


 三人とも、定年まで軍に留まった。実は十年前に退官の話はあったのだが、モルゴと北の異民族が戦争を始めたため、万一に備えて残っていたのだ。戦争は未だ継続しているものの、定年になったために退官となった。

 リアナは俺が皇帝から退くと同時に参謀総長を辞任。しばらくはレイチェル姉さんと共に暮らしていた。しかし彼女も鬼籍に入り、戦争の余波で参謀総長に復帰する。

 カレンはリアナの後任として参謀総長を四年間務め上げた。しばらく軍事補佐官(皇帝のアドバイス役)となり、リアナが復帰すると総軍司令官となる。

 リャンオクは戦功もあって順調に昇進し、大将になる。陸軍大臣、参謀総長を歴任。リアナの復帰後は元帥の称号を与えられた上で陸軍大臣となっていた。

 それぞれ定年を迎えた段階で四季離宮にやってきた。彼女たちとの間にできた子どもも立派に成長し、それぞれ孫がいる。俺とのんびり過ごし、たまに来る孫と遊ぶのが彼女たちの日常だった。


 ーーーーーー


 八十を迎えた。

 なんとか生きているーーなんてことはない。またまだ元気だ。若いときのようにはいかないが、走ることはできる。代わりに骨は悲鳴を上げるが。


「元気ですね、オリオン様」


 孫との駆けっこを終えてベンチに座ると、隣にいるアリスが羨ましそうに言う。彼女は先年、病に倒れた。命は助かったものの、後遺症(下半身の麻痺)で思うように歩けない。そのため車椅子で生活していた。


「それほど長くはないだろうがな」


 いつまで走れるかわからない。もうヨボヨボの爺さんなのだ。だがアリスからすれば、自らの足で行動できるだけ羨ましいのだろう。彼女にはもう二度とできないのだから。


「おーちゃんも、無理しちゃダメだよ〜」


「お前は相変わらずだな」


 出会ったときから変わらずマイペースなラナに、俺は苦笑する。研究大好きなもやしであったはずが、まだ元気なラナ。病気をすることもなく、研究に熱中していた。

 リアナたち三人娘も元気である。先日も曽孫ができた、と喜んでいた。かくいう俺にも玄孫が産まれた。地球ではまずあり得ない。……このペースでいけば百歳に来孫ができそうだな。生きているといいが。

 モルゴと北の異民族との戦争はモルゴの勝利に終わった。とはいえ誰の目にも明らかな大勝利ではなく、判定勝ちといった程度だ。相手も騎馬民族であり、上手く逃げおおせている。そのため正式な条約ではなく、モルゴが勢力圏を広げたことを以って勝利としていた。

 とはいえ、戦争終結は一応の平和をもたらした。好調だった食糧や武器の輸出が急激に落ちたが、常に詳細な情報を仕入れて見通しを立て、生産を調整するよう促してあった。そのため戦後不況による被害は最小限に抑えられている。


「平和だな〜」


「ですね」


「だね〜」


 三人でだら〜ん、とする。俺とラナはこのまま寝てしまいそうな勢いだったが、アリスは小休止。すぐに元の姿勢に戻った。ペンを持って書き書きしている。俺はそれがふと気になった。


「日記か?」


「いえ、自伝です」


「自伝?」


 まさかの答えが返ってきた。伝記を自ら書くとは……。


「どうして伝記を書こうと思ったんだ?」


 国の歴史というのはとても大事なものだ。だから俺は文部省に歴史書を編纂する国史局を設け、紀伝体で作らせていた。聞くところによると、既に俺の時代の編纂が始まっているらしい。故人の列伝はシルヴィなどのものが半ば完成状態だとか。仕事が早い。なお、同時並行でフィラノ王国時代の歴史書の編纂事業も行っていた。

 公の組織が編纂した公伝に対し、アリスが書いているものは私伝といわれる。わざわざそんなことをしなくてもいい気がして、理由を訊ねた。すると、


「オリオン様の素晴らしさを伝えるためです」


 なんともむず痒い返事が返ってきた。アリス曰く、俺の業績を自分なりに満足いくように書くことが目的なのだとか。いやそれ、俺の伝記じゃないかと思ったが、


「ご安心ください。私がオリオン様にどれだけ愛していただけたかを書きますから」


 自叙伝という形式なので申し訳程度に生涯についても書くが、あくまでもメインは俺との逢瀬だという。恥ずかしがっていやんいやん、と身体をくねらせている。年をとってもこの辺りは変わらないらしい。もう好きにしろ、と諦めた。


「それに目処がつけば恋愛小説でも書いたらどうだ?」


 もし俺とアリス、あるいは他の女性との恋物語を書いたとしても、名前さえ変えてしまえば『これはフィクションです』と言い張ることができる。だからそう勧めてみた。


「! 名案です!」


 アリスは空腹の魚のように食いつき、自伝が満足するところ(俺の退位)まで書くと、以後は執筆に専念するようになった。

 こうして誕生したのが『偉大なる王と七人の姫』全七巻。俺と七人の皇妃をモデルとした恋愛小説だ。主人公は商人の息子。あるとき襲われている王女( メインヒロイン )を助け、彼女にひと目惚れする。それは王女もまた同じだった。身分差のある叶わぬ恋。しかし主人公は奮闘し、王女も影に日向に主人公を支え、七巻では無事二人は結ばれるーーという物語だ。

 創作物だからこその脚色はあるが、十分魅力的に仕上がっている。これはたちまち売られ、帝国のみならず世界中で売れる超ロングベストセラーとなるのだった。

 それに触発されたわけではないが、俺も自伝を書いてみることにした。歴史書は中立的な立場で、ありのままの事実を書く。だが、人の行動には人間の決断があり、そこへ至るまでの思考過程もあるはずだ。歴史書はその視点が欠落しているように思う。だから俺は自伝に思いつくだけの事件を書き、なぜそのような決断に至ったかをできるだけ詳細に書いていった。


 ーーーーーー


 九十歳。

 百の大台も間近である。いつも側にいてくれたアリスは、小説を書き上げるとこれが私のやることだったんです、とばかりに満足そうに逝った。葬儀では、彼女を慕う者たちが長大な列を作っていた。

 また、リャンオクも亡くなった。彼女は四季離宮で過ごす傍ら、ミーポーに赴いて自分と同じような貧しい子どもたちを救うために孤児院を私費で開いていた。隠居の身としてはハードスケジュールであり、無理が祟ったような形だ。ちなみに孤児院については彼女の遺言により国営となった。孤児の救済はあまり手が回っていなかった分野で、功績大として文官としての最高勲章が与えられた(軍人のそれは既に授与されていた)。


「同年代はラナだけか……」


「みんな、居なくなっちゃったね〜」


 妻たちのなかで一番不健康な生活を生活をしていたはずが、一番の長生きをしたラナ。これには驚かされた。彼女の血を引く子どもたちはその多くが何らかの研究に没頭するようになっている。おかげで高名な学者や研究者が多く、リヴァプールに勤めている者も多い。

 しかし、この四季離宮は寂しさというものとは無縁である。今やウィリアムたち子ども世代はもちろん、孫世代もチラホラと隠居を始めていた。寂しくなるどころか、むしろ年ごとに賑やかになっている。


「おーちゃんは、いつも元気だね〜」


 ラナがやや羨望のこもった目を向けてくる。そう。俺は特に体調を悪くすることもなく、日常生活は若いときとそれほど変わらない。だが、ラナは少しずつ病気がちになっていた。そんな不安からきたのだろう。


「ラナも少し悪いだけだ。気にするな」


 病は気から、という。心を強く持つように、と俺はラナを励ました。


「そうだね〜」


 コクン、と頷くラナ。しかし、数日後に容体を急変させて眠るようにこの世を去った。


 ーーーーーー


 百歳。

 ついに大台に乗った。これだけ生きることができて嬉しい限りである。妻たちはリアナもカレンも含め、もうこの世にはいない。ウィリアムも崩御した。父より先に逝くとは何事か、とあの世では叱ってやろうと思う。もっとも、長生きしすぎですよ、と言われればぐうの音も出ない。百歳は間違いなく化け物だからな。

 別れが多く寂しさが募るばかりだ。そんななかで俺を明るくしてくれるのがエリザベス。亡き妻たちの代わりに俺の横でいつも笑い、元気づけてくれていた。

 しかし、そんな彼女も人間。寄る年波には勝てない。朝起きてこないことを訝しんだ使用人が彼女の部屋に行くと、ベッドの側で倒れていたという。様子を見るために部屋へと急いだ。医師はもう助からないと言う。そしてエリザベスも諦めたような顔をしていた。彼女は最後に、


「よかったです」


「……どうして?」


 わからない。死を目前にして、なぜそんなにも満足そうなのか。疑問がつい漏れる。


「お父様の百歳のお誕生日をお祝いできたからです。お母様の分も生きていただきたいですから」


 エリザベスは気を悪くした様子もなくそう答えた。


「お母様もきっとそう仰っていたでしょう」


 シルヴィの名前を出されると弱ってしまう。俺も彼女が生きていればそう言ったと思うからだ。


「これからもお元気でいてくださいね」


「ああ。お前もな」


「もちろんです」


 エリザベスは儚く笑う。それが最後の会話だった。今日に限って入っていた公務に行っていると、使者が飛んできてエリザベスの死を報された。

 葬儀にはやはりというべきか、貴族よりも平民の参列者が圧倒的に多かった。参加できる者は全員が参加したような感じだ。参加者名簿(葬儀の参列者には名前を書いてもらっている)によれば、その数はシルヴィに次いで二位。いかに慕われていたかわかろうというものだ。

 一連の葬儀が済むと、力が抜けた。生きる力がごっそりと抜き取られたような感覚。拭いようのない喪失感が俺を襲う。


「陛下!?」


 使用人の慌てた声が、どこか遠くに聞こえる。おかしいな。すぐ近くにいるはずなのに。だが、耳に聞こえる音はどんどん小さくなる。身体は指一本、動かせなかった。このまま死ぬーー俺は本能的に悟る。


 すまないエリザベス。約束は果たせそうにない……。


 申し訳なさを感じつつ、俺は意識を完全に手放した。


 ーーー三人称ーーー


 初代皇帝オリオン崩御の報は、瞬く間に竜帝国に広まった。偉大な人物の死を、民は嘆き悲しんだ。その葬儀には全国から何十万という群衆が詰めかけている。

 事前に決められていた通り、その遺体は始帝陵に葬られた。そこは国が管理し、エキドナという最強の門番がいるため、一度も盗掘に遭ったことはない。

 オリオン帝は商人として莫大な財産を築き、軍人としては生涯一度の負けもない。また、政治家として先進的な改革を次々と断行し、没年百歳という長寿。それらのことから彼は万能神と崇められるようになり、今も人々の崇敬を集めている。






ここまで作品をご覧いただきありがとうございました。これにて本編完結です。


投稿日には常に1000PVを超え、とても嬉しかったです。何よりも、感想の『面白い』という評価は励みになりました。作者ひとりでは途中で挫けていたでしょう。書き上げることができたのは、ひとえに皆様のおかげです。ありがとうございます。


『自宅警備員』はオリオンを主人公としたお話はこれで終わりですが、その後、彼が建国した竜帝国はどのような道を辿るのかーーというようなエクストラを構想しています。年末から第一弾を投稿できればな、と思います。それについては、投稿作品や活動報告にてアナウンスしたいと思いますので、11月頃から是非是非チェックしてください。


次に、これまで『自宅警備員』と『魔王様』を同時並行で投稿してきましたが、今後は後者に専念していきます。ただし、投稿のペースは変わりません。なぜなら、新作を執筆するからです。投稿は、こちらも年末になるかな? と思います。こちらも出来次第、前記の方法でアナウンスいたします。ジャンルは戦国モノです(多分)。


最後になりましたが、今後ともよろしくお願いいたします。



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