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異世界最強の自宅警備員  作者: 親交の日
第十章 終活
136/140

10-8 タート陥落

戦争の話ですが、あまり戦いません

 



 ーーーオリオンーーー


 今回の戦争は遠慮も何もなし。華帝国を徹底的に叩くーーというのが基本の戦術となる。

 というわけで今回は、第一軍と第三軍に電撃戦を命じてそれぞれ首都タートと北部の最大都市ペイアンを一刻も早く占領することとした。

 第二軍は南部攻略にあたって縦深攻撃を採用。敵大戦力の包囲殲滅を狙う。このためにドラゴンも連れてきていた。容赦はしない。


「進め!」


 第一軍が進撃を開始してから三日の時間を置いて、第二軍と第三軍が行動を開始した。このタイムラグも作戦のうちである。

 第一軍の作戦行動を見て敵は前回の戦争と同じになると考え、全国の戦力を可能な限り河川に集めようとする。敵が動き出したところを、第二軍と第三軍が横から殴って初戦で勝利をおさめるーーというようなシナリオだ。敵が再編成を行なっている間に可能な限り占領地域を拡大。その後、既定の戦術により壊滅的な打撃を与える。各地の平定を終えれば治安維持を第四軍に任せ、タートで合流することになっていた。


「ネヴィル中佐(ミーポー防衛戦の戦功により昇進した)より伝令! 『我、敵先鋒隊と接触せり』」


「了解しました」


「第一師団司令部より、『敵の横腹へ向けて運動中』とのこと」


「後続の第三師団へ、第一師団の後詰めに急ぐよう伝えよ」


 軍司令部はかなり忙しい。伝令がひっきりなしに訪れては報告を上げる。幕僚たちはそれらを逐一報告、関係各所に連絡していく。あちこちで同じようなことをしているため指示の声が被り、聞こえ難くなっていた。そのため自然と怒号が飛び交うようになる。

 第三軍の編成完結を待って作戦行動をとったため、ミーポーでの戦闘が始まってから一ヶ月が経過していた。この間、戦況は大きく変化していた。

 まず、第一軍の進撃はすこぶる順調。大兵力との激突を避けた機動戦で、敵を翻弄している。また第三軍は意外にもモルゴ兵の戦意が低いため、こちらも順調に進撃していた。そして総司令部も随伴している第二軍は、第一軍の要撃に向かっていたと思われる華帝国軍と遭遇。交戦状態となった。


「この戦いは、戦争の趨勢を決める重要な一戦である。各員、気を引き締めて遺漏なきように」


「「「はっ!」」」


 そう訓示して始まった戦いはしかし、予想に反して順調に進んだ。縦深攻撃を成功させるため、戦法はアンソニー率いる騎兵隊。全兵科最高の突破力、機動力を遺憾なく発揮して前線の突破に成功する。そこに歩兵師団が侵入して、傷穴を押し拡げていく。敵の大部隊の包囲に成功し、殲滅に成功した。捕虜の数は四万に上る。

 その後、第二軍は計画通りに南部の占領を進めていた。南部の華帝国軍は初戦で壊滅状態に陥っており、戦える状態にない。この期間を最大限利用して、占領地域を拡大する。


「南部は順調ですが……」


「他が心配か?」


「はい……」


 轡を並べて行軍するなか、リアナは不安を口にした。陵辱されかけたことの反動か、万事に慎重を期すようになった。だからこそ彼女を作戦立案を司る参謀職に据えているのだ。


「問題ないでしょう。他の軍も勝利しているようですし」


 対して、やや楽観的なのがカレンである。彼女は特にシルヴィとの関係が深かった。そのため今回の戦争に積極的だ。リアナとは反対に、失敗にもめげない強靭なメンタルの持ち主で、果断な決断ができる。だから彼女を司令官にしていた。


「カレン。最悪も考えておけよ」


「わかってま〜す」


 俺は一応、注意しておく。カレンは多少の危険も顧みない性格だが、他人の意見に耳を傾けることもできる。注意されても不貞腐れたりせず、きっちりと聞くことができる真っ直ぐな性格をしていた。


「カレンさん。陛下に対してそのような返事はどうかと思います」


「そう?」


「少なくとも、語尾を伸ばすのは止めてほしいです」


「リャンオクは堅いなぁ〜。でも、そうだね」


 リャンオクに注意され、カレンはそれを受け入れる。


「そういえば、リャンオクはどう思う?」


「どう……とは戦況のことですか?」


「そうだ」


 その問いに、リャンオクは戸惑っているようだ。自分が戦争指導に意見するなど、と言って辞退しようとする。しかし、俺は重ねて意見を求めた。今は中堅将校のひとりだが、将来的にはカレンたちのように将官として指揮する立場になってもらうのだ。こうして意見を求め、考えさせるのも将来に向けた訓練の一環である。彼女の将器については師匠ともいえるアダルバートも認めるところだ。


「……皆さんが指摘されていたことですが、やはりモルゴが鍵になってくると思います」


 しばらく悩んだ末に、リャンオクは答えを導いた。


「ほう。なぜ?」


 それは俺の考えと似ていた。少し突っ込んだ質問をしてみる。リャンオクはうんうんと唸りつつ、答えを捻り出す。


「初戦で華帝国軍に勝利することができました。大打撃を与えたことから、軍の再編は難しいでしょう。しかし、どの軍もモルゴ軍と正面から激突していません。それどころか、むしろ戦闘を避けているようにも見えます。彼らが本当に敵なのかーーもちろん、警戒は緩めるわけにはいきませんけど、見極める必要があると思います」


「確かに。華帝国に与してる以上、モルゴは敵と見なさなければならない。しかし、完全に敵に回ったと考えるには、いささか早計だったな」


 リャンオクの指摘はもっともなものだった。これを各軍に伝えるとともに、外務省を動かしてモルゴへの連絡を行わせることにする。幸い、なし崩し的に戦争が始まっただけで、彼らとは正式に断交してはいない。まだ交渉の余地は残っていた。

 事は急を要するため、ドラゴンで手紙を運ぶ。動くのは我が娘、フレイ。


「頼んだぞ」


「任せて!」


 ジークフリートと共にドラゴン部隊をまとめている彼女が連絡役を任された。兄にやらせないのは、彼が少し雑だからだ。こういう連絡任務に、概要を報せるだけでは意味がない。その点、細かいところにもこだわるフレイは適任だった。

 南部の平定を進めつつ、各方面からの連絡を待つ。そして最初に連絡があったのは、帝国ではなくイディアからだった。


「我が国も華帝国に宣戦布告を行います」


 …………………………………………は? いかん。耳がバカになったのかもしれない。なんですか、火事場泥棒ですか? 国としては理解できますが守るべき仁義とかそういうのは無視ですか。


「それはまた……急なお話ですね」


 一緒に応対していたリアナの口調も刺々しい。これに対して使者として訪れたアニクは苦笑する。


「皆さんがやる気でして……」


 彼も多少の罪悪感を抱いているのか、苦笑いしていた。しかしそれ以上は語らずに帰っている。シゲルに扮して事情を訊ねることも考えたが、あまりにも都合がよすぎるため自重した。代わりに諜報部に問い合わせてみたところ、すんなりとその背景が明らかとなった。


「領土拡張を主導するタカ派の隔離か……」


 提出されたレポートによれば、イディアは今回の戦争に参加すべしという血気盛んな者が多いらしい。アニクたちハト派は彼らを国外遠征をさせ領土を獲得。そこに別の国を建てさせ、タカ派を国内から一掃するーーというのがハト派の構想だった。今回の参戦も、その構想に基づいてのものだ。

 アニクが帰った後、俺は軍首脳であるリアナやカレンとイディアの参戦について話し合っていた。そして出た結論は、


「基本的には認めることになるだろう」


 と、これを容認することだった。


「仕方ありませんね」


「でも、わたしたちにもメリットはあるんだから」


 渋々といった様子のリアナと、肯定的に捉えているカレン。二人は好対照な反応を見せる。

 俺としては今回、カレンに一票を入れたい。たしかにイディアが横から漁夫の利を得るような形で参戦することに思うところはある。しかし、軍の再編真っただ中の華帝国からすれば、後方拠点が瞬時に前線へと変わるのである。これで戦力が分散されれば、それだけ戦いが楽になる。ーーいや、確実にそうなるだろう。

 さらに、今回の戦争を機に俺は華帝国を分割しようと考えていた。大国は存在するだけで厄介である。そこで分割統治の出番だ。他国がバックについて地域の政治的な対立構造を作り、国を分断する。華帝国の場合は、三国志に例えるとわかりやすい。呉は竜帝国、蜀はイディアのもの。魏については、華帝国のまま。構造も同じく、蜀呉の連携で魏に対抗するのだ。これで華帝国は本来の国力の二分の一しか発揮できなくなる。俺はこの方向に舵を切ることにした。

 戦争の落とし所が変化したため、講和交渉にあたる外務官僚を呼んで打ち合わせをする。連絡に訪れたのはレオノールだった。


「ーーなるほど。わかりました」


 話を聞いたレオノールは頷くも、直後にただしと言葉を足す。


「これでより大きな勝利が必要になった」


「だろうな」


 債務不履行の是正(というか強制徴収)に加えて、領土を半分寄越せというのだ。この条件を呑ませるには、俺たちの気まぐれで華帝国が消滅するレベルのイニシアチブを取らなければならない。具体的には戦力の壊滅、主要都市の占領、国の要人(皇帝やそれに近い人物)の確保といったところか。どれかひとつではなく、すべてを満たしてようやく呑ませられるほどの厳しい条件だ。


「本当はあまり勝ちすぎるのはダメだけどーーお義姉ちゃん(シルヴィ)のことをバカにした人たちだから、別にいいや」


 レオノールはいつになく黒い気配を漂わせている。孫に対しては立派にお婆ちゃんをしている彼女だが、まだまだその黒さは健在だ。レイラの黒さなどまだ可愛い方だった。


「というわけで、外務省としては華帝国に対するより大きな軍事的勝利を要請します」


「ああ。任せておけ」


 俺は自信満々に頷く。

 イディアの参戦までの間に作戦計画を修正する。第二軍は師団数を二個に減らし、引き続き華帝国の南西部を攻略。イディアの参戦で西部国境に釘づけとなっている華帝国軍を殲滅する。

 第三軍は変わらず北部の攻略。ただしその日程を前倒しした。

 第一軍は第二軍から分派した師団を合流させ、タートに向けて進撃。こちらも日程は早まっている。そして前回の戦争でも戦われたベイジンーーここで華帝国との決戦に臨む。改訂した作戦計画を暗号化し、各地の軍に届ける。書類を発送し終わった翌日、連絡員になっているフレイが飛んできた。


「お父様! イディアが軍を起こしました!」


「よし、こちらも行動開始だ」


 こうして戦争は終盤戦へと突入した。


 ーーーボンギルーーー


 竜之国で国王の寵姫であり、軍の中心人物が死んだという報告を受け、失地回復を大義名分として我々は再び戦争を始めた。弱体化していたと思われた竜之国の軍はしかし、以前とまったく変わらず強かった。むしろ強くなっている。圧倒的な兵力差でミーポーに攻め寄せたものの、攻略できずに敵の援軍を前にして大敗を喫した。以後、全土で負け続けている。支配領域は縮小する一方だった。


「……ボンヒョン。このままで大丈夫なのか?」


 オレはこの戦争を主導した弟に訊ねる。ボンヒョンはしかし、少しも動じた様子もなく問題ないと答えた。

 ボンヒョンは兄弟でも知略に優れている。また弁も立ち、皇帝陛下の権力が衰えて戦乱に陥っていた国を、他国との戦争に誘導して曲がりなりにもひとつにまとめ上げたのは、ボンヒョンの話術があってこそだった。特にモルゴの協力をとりつけた功績は極めて大きい。

 しかし、オレはどうしても不安でならない。竜之国相手には連戦連敗。さらにここにきてイディアも参戦し、少なくとも南部の失陥は確実となった。北部、中部も順調に侵食されていて、兵士の数は当初の半分を切っている。よかったことといえば、敵対政権が軒並み潰れたことくらいだ。だがそれも、領土を失っている現状からすれば些細なことでしかない。


「兄上。ぼくはここ、ベイジンで決戦に及ぼうと考えています。そのためにモルゴに援軍を求め、五万の軍を派遣してくれるように約束させました」


 ボンヒョンは地図を指差しながら得意気に説明する。


「竜之国は連戦連勝で油断しています。そこを全力で叩けば、必ずや勝利できます」


「上手くいけばいいがな……」


「いきますよ」


 なおも不安を拭えないオレに、ボンヒョンは嫌な顔ひとつせず根気強く勝利の理由を語った。ベイジンでの決戦に向けて温存されている軍はタート周辺が出身地の兵士ばかり。故郷が敵軍に蹂躙されるかもしれない、という危機感から死に物狂いで働く。勝利を確実なものとするため、竜之国は村を焼き払い男は殺し女は犯す悪逆非道な蛮族であるという教育を施し、訓練を重点的に受けさせたらしい。我が弟ながら、よくここまでのことができたものだ。おかげで兵士たちの士気は高まっていることだろう。

 さらにボンヒョンは、モルゴの存在が大きな鍵になるという。


「敵もなかなか優秀らしく、モルゴの動きを掴んだようです」


「援軍のことか?」


「はい」


「なぜわかった?」


「先日から、明らかに行軍速度が上がっています。一日の移動距離が倍になった例もあるとのことです。何かに追い立てられている、あるいは焦っているように思えませんか?」


「確かに。そしてその要因はモルゴの動きを掴んだから、援軍が到着する前に決着をつけようとしているのか」


「そう考えることが自然でしょう」


 オレはボンヒョンの洞察力に舌を巻く。そして勝ちを信じて疑わない弟の、絶対の自信の背景を見た気がした。味方は練度も士気も十分な精兵。対する敵は、強行軍で疲労している。兵力は拮抗しているものの、士気によって有利になれるはずだ。もし劣勢でも、決定的な敗北さえ喫しなければモルゴの援軍が到着する。安全策がしっかりと施された、穴のない計画だ。


「失礼いたします」


「どうした?」


「ボンギル様。陛下がお呼びでございます」


「そうか。わかった。すぐに参上すると伝えてくれ」


「はっ」


「ーーというわけだ。皇帝陛下のところへ行ってくる」


「お気をつけて。それと、今お話ししたことを陛下にもお伝えください。今回の呼び出しは、敗戦続きの現状を不安に思われてのことでしょう。必ずや、陛下を元気づけることができるはずです」


「ああ。わかった」


 本当によく頭の回る弟だと、オレは感心した。そして参内して陛下に謁見すると話はボンヒョンの言った通り、戦争に及んだ。


「ボンギルよ。戦争は勝てるのか?」


「問題ございません。今までの敗北は、すべて勝利への布石だったのです」


「なに? どういうことだ?」


「それはですねーー」


 オレはボンヒョンの策を陛下に伝えた。すると、これまで虚ろだった陛下の目に活力が戻ってくる。


「そうか! そうだったのか!」


 陛下は手を叩いて喜ぶ。すっかり元気になられたようだ。


「よし。上手くいった暁には、そなたの弟に朕の娘をやろう。そなたら兄弟は誠、国の柱石よ」


「ありがとうございます」


 陛下は上機嫌になり、そう仰った。ボンヒョンが皇女殿下を娶れば、オレたち兄弟は全員が皇族の身内ということになる。ますます権力が強くなり、ヨンスと思い描いた一族でこの国を恣にするという未来が近づいたような気がした。

 翌日。ヨンスから手紙が届いた。戦争が始まってしばらくすると後宮から離れていた陛下が、久しぶりに訪れたらしい。二人目も近いと書いてあった。ヨンスは宮廷を、オレは軍を、ボンチャンの代わりにボンヒョンが政を支配する。その実現のために、まずは竜之国との戦いに勝利するのだ。


 ーーーーーー


 ベイジンに竜之国の軍が迫っているという報に触れ、陛下は文武百官を宮廷に集めた。そこで迎撃にあたる将軍が発表される。


「征東大将軍チャン・ボンギル。タートの精鋭二十万を預ける。見事、蛮族を撃退して見せよ」


「必ずや」


 選ばれたのはオレだった。陛下の前で跪き、剣を受け取る。これが指揮官たる証になるのだ。すぐに兵をまとめて出陣する。ボンヒョンはタートに留まっているが、作戦は伝えられていた。曰く、防御に徹する。ベイジンに堅固な陣を築き、そこで竜之国の軍を食い止めるのだ。モルゴの援軍到来まで持ちこたえればそれで勝ちとなる。

 野戦で雌雄を決することができないのは不満だが、ここで敗れればタートが陥ちる。それはつまり、華帝国の滅亡と同義だ。個人的な満足のために、国は犠牲にできない。オレはボンヒョンの言う通りに陣地を構築した。

 竜之国の軍が現れたのは三日後。まだまだ陣は未完成だが、柵や逆茂木などはできている。戦闘に耐えられるだけの準備はできていた。


「これならモルゴの援軍が来るまでといわず、半年でも一年でも持ち堪えてやるぜ」


 陣地後方から目前に展開する敵軍を見つつ、オレはそう息巻く。ーーその自信がただの絵空事だったと思い知らされるのは、三日後のことだった。


「退避ッ! 退避ッ!」


「逃げろ! 命が惜しけりゃ逃げるんだッ!」


「転んだやつは助けてやれ! 怪我しているのは……放っておくんだ」


 早朝から、兵士たちの叫び声が聞こえた。何事かと飛び起きれば、陣地に次々と石や法術(魔法)が降り注ぎ、阿鼻叫喚の地獄となっていたのだ。

 兵士たちはなす術なく逃げ惑う。日もまだ登っていない早朝なので寝ていた者も多く、ほとんどの兵士が丸腰か、辛うじて剣を持ち出したというような有様だ。柵や逆茂木などは吹き飛ばされるか、燃えてしまっている。残されたのは、中途半端に掘られた穴だけだ。


「バカな……」


 オレは愕然とした。こんなことあっていいのか、と。しかし、敵は自問自答する暇さえ与えてくれない。前線の兵たちが這々の体で逃げてくる。その後ろでは、軍旗が活発に動いている様子が確認できた。激しい部隊移動ーー攻勢の予兆だ。だが、オレたちにこれを迎え撃てるだけの余裕はない。


「……ジフ」


「はっ!」


「一万の兵を残す。敵の攻撃を食い止めてくれ。家族に不自由はさせない」


「っ! …………御意!」


 オレは腹心の部下であるユ・ジフを呼び、殿を任せた。家族云々の話は、戦死したら家族の面倒はオレが責任を持って見るということだ。裏返すと、死ぬまで戦えという命令である。これに、周りの将たちが息を呑むのがわかった。死ねと命令したことへの驚きと、自分が命じられなかったことへの安堵。それが半分半分といったところか。ジフは一瞬躊躇したものの、命令を受けた。……すまない。

 だが感傷に浸るのは早い。オレは罪悪感を頭から追い出し、毅然として命じる。


「全軍、あの丘まで退くぞ!」


 今回の失敗は、平地に陣を築いたことだ。なので今度は小高い丘に陣を構え、投石などから逃れることにした。とはいえ、命令したからすぐに動けるわけではない。二十万人分の武具や食糧、天幕などを動かさねばならず、ジフたちが必死に防戦する横で夜逃げ同然に物資を運んだ。結局、天幕の多くは諦めたが武具と食糧の大半の輸送には成功した。ジフに預けた兵士たちは彼を含め全滅。しかしながら戦力の温存には成功した。

 オレは再び陣地の構築に取り掛かる。今度は柵や逆茂木の設置と並行して、身を隠すための穴掘りも行わせた。


「急げ! 少しでも深く掘るんだ!」


「「「おうっ!」」」


 隊長の激励に兵士たちは威勢のいい声で応える。実際に攻撃を受けたことで身をもって知ったのだろう。ぼやくこともなく、黙々と穴を掘っている。


「敵襲!」


 そんな声がした。見れば下から敵軍が丘を登ってくる姿が見える。オレが迎撃の指示を出すまでもなく、兵士たちは迎撃に動く。法術と弓矢で敵を撃つ。高いところから撃っているので、丘の下から撃つ敵よりも有利だ。敵はすぐに諦めて後退していく。そんなことが数日にわたって繰り返された。その間に陣地はかなり堅固なものとなっている。日数もかなり稼げた。これは成功ではないだろうか? ……だがそれも、甘い幻想だった。


「ボンヒョン様より伝言です。モルゴ軍は翌日に到着するとのこと」


「わかった」


 モルゴ軍が近づいているということで、オレは使命を果たせそうだとひと息吐く。だが、使者が返ってしばらくすると再び敵軍が動き始めたとの情報が入ってきた。陣地は八割方完成していたし、恒例行事となっていたこともあっていつものように迎撃するように命令した。容易く撃退できるだろう。しかし、命令してそれほど時間が経たないときに、


 ーーズドォォォン!


 と、轟音と凄まじい衝撃が襲った。


「な、何だ!?」


 オレは慌てて天幕の外に出る。そして、あり得ない光景を目にした。陣地が消えていたのだ。最前線が、綺麗さっぱりと。目をこすってもう一度見たが、景色は変わらない。夢だと思いたかった。しかし、肌を焼く熱がこれは現実であると語っていた。オレの目は、その破壊をもたらしたであろう存在に向く。


ドラゴン……」


 最強の存在が眼前にいた。漆黒と白銀の竜が二頭。


「ははっ……」


 乾いた笑いが漏れた。こりゃもう無理だ、というのが直感的にわかる。オレたちは勝てない。竜の登場で戦意はポックリと折られたが、敵は死人に鞭打つように敵はオレたちをさらなる絶望に叩き落とす。


「将軍! 南北より、敵軍が現れました! その数、およそ十万ッ!」


「後方より新たな竜が出現! その数、およそ五百ッ!」


「……」


 完全に包囲された。もはや逃げ道はないらしい。いや……。


「全軍、撤退だ。タートまで退くぞ」


「はっ! ……いやしかし、退路には竜がいます」


「それを言えば、オレたちに退路はないぞ」


 敵は四方にいるのだ。どこかに逃げなければならない。そして逃げるのならば西ーータートに向かうしかない。東も北も南も、すべて敵の手に落ちているのだから。そう説明すると、反対した部下も納得した。


「わかったな。なら行け!」


「はっ!」


 部下は自身も伝令となり、全軍にタートへの撤退を告げる。いや、撤退というより敗走だ。秩序など何もなく、我武者羅に逃げる。西へ西へ。


「血路を開いて逃げ延びるぞ!」


 オレは兵たちを鼓舞しながら撤退を指揮した。逃がさない、とばかりに敵から激しい追撃を受ける。オレの命令を聞けるだけの指揮統制を維持している部隊を使って、それらを必死に防いだ。ときにはオレ自身も剣を振って敵兵を斬る。それだけ危機的な状況にあった。無傷というわけにはいかず、軽いとはいえ手傷も負っている。

 敵の追撃第一派をなんとか凌ぎ、部隊交代の間、敵の追撃が鈍る。その間隙を縫うようにして、伝令がひとり駆け込んできた。


「ご報告ッ!」


 そう言うや、伝令は落馬した。見れば、背中に矢が無数に刺さっている。全身血まみれだ。


「どうした!?」


「タートにモルゴ軍が奇襲攻撃。不意を突かれ、陥落ーーっ!」


 言うべきことは言った、とばかりに伝令は息絶える。その言葉を理解した瞬間、オレの頭は真っ白になった。

 タートが陥落した。それはつまり、オレがここで戦っているのもまったくの無意味になったということを意味している。


「は、はははっ……」


 体から力が抜ける。


「将軍!?」


 部下に支えられて転倒は免れる。しかし突如としてオレは何のために戦っているのかという疑問が生まれ、体に力が入らなくなった。もはや立つこともままならない。


「……西へ。タートへ……」


 オレは力なく呟いた。

 悪運が強いというべきか、オレはあの包囲を抜け出すことに成功した。モルゴにタートを落とされたことはショックだった。しかし時間が経って、奪還すればいいという結論に達した。手元にいるのは、タートの精鋭十万。奪還には十分な兵力だ。損害を顧みず遮二無二突撃し、なんとしても奪い返す。


「……何だ、あれは?」


 タートを奪還するぞと息巻いていたのだが、いざ城郭を目にすると拍子抜けした。タートには華帝国の旗が翻り、城門の前には皇帝陛下をお守りする近衛兵が勢揃いしている。その中心にいたのは、


「ボンヒョン!」


 弟のボンヒョンであった。オレはその生存が嬉しく、すぐさま駆け寄って喜ぶ。


「生きていたのか! それよりもモルゴは? 奴らに襲われてタートは陥落したというじゃないか。それに皇帝陛下は? なぜ近衛をお前が率いているんだ?」


 嬉しさの次には疑問が次々と湧き出てきて、オレはボンヒョンを質問攻めにする。しかしボンヒョンはそのどれにも答えず、ただニコニコとしているだけだ。オレは様子がおかしいことに気づく。


「おい、ボンーーヒョン?」


 続く質問は言葉にならなかった。首に感じる違和感と熱。恐る恐る手を当てると、棒が刺さっていた。視線を横に向ければ、矢羽が見える。弓で射られた、ということをここでようやく理解した。


「な、ぜ……?」


 絞り出した声で理由を訊ねる。するとボンヒョンはここにきてようやく口を開いた。


「兄上たちは温い。落ち目の皇帝に、なぜそこまで肩入れするのか、ぼくにはまったく理解できません。外戚となって政治を恣にしたい。まったくバカげた話ですね。そうした一族がどのような末路をたどったか、歴史を見ればすぐにわかるでしょうに。そんなことよりも、国を根底から変革することが必要なんですよ。たとえば、皇帝が他氏族に変わるとか、ね?」


 それを聞いて、オレはやっと気づく。ボンヒョンはオレたちとはまったく別の未来を描いていたことに。


「ぼくは今回、モルゴの力を利用してこの『革命』の実行に成功しました。今の皇帝はもうダメだ。貴族たちも、権力闘争に明け暮れる無能ばかり。だから周辺の蛮族に攻められ、惨敗するのです」


「……」


「もう一度、強い国を創る。そのためには大きな破壊が必要なのです。それがこの戦争です」


 ボンヒョンはそのためにこの戦争を起こしたのだと語った。


「幸い、邪魔な人々はモルゴが引き取ってくれます。これでぼくは新国家の建設に邁進できるわけです」


『邪魔な人々』というのは皇族のことだろう。モルゴはそれを自国へと連行するつもりのようだ。もしかすると、貴族も入っているかもしれない。


「それでは兄上、ご機嫌よう」


 ボンヒョンは剣を抜き、オレの胸を刺す。直後、オレの視界は闇に閉ざされた。




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