1ー12 シルヴィア騒動
まだ新ヒロインは出ません。次こそは!
ーーーオリオンーーー
シルヴィと打ち解けた後、互いの生い立ちを話しあっていた。彼女は騎士の娘だったそうだ。貧しいながらも家族とともに暮らしていたのだが、ある日反乱軍の討伐に従軍した父親が戦死。長男はまだ幼く騎士にも叙されていなかったために領地は没収。母親を中心にまとまって各地を流浪していたそうだが、心労によるものか頼りの母親も死亡。子どもたちの身柄を引き取った母方の親戚は男子たちを労働力として養育することにし、女子は奴隷として売られることになったそうだ。シルヴィは他の姉妹たちとともに脱走。行倒れていたところをベイルさんに助けられ、彼の奴隷となったという。他の姉妹は奴隷としての過酷な生活に耐えられずに死に、彼女だけが残っていたのだそうだ。若いのに壮絶な人生を送っているな。俺の方がまだいい生活をしている。少なくとも飢える心配はないのだから。自分が恵まれていたことを実感させられる。
そんな身の上話をしていると結構な時間が経っていた。俺は平気だったが、シルヴィがのぼせかけていたので風呂を出た。脱衣所の籠には俺とシルヴィの分の着替えが用意されていた。母がやってくれたのだろう。実は長風呂をしていたのは、母たちがシルヴィの着替えを用意する時間を稼ぐためだった。当然だが、別宅に幼女のための衣服など存在しない。だから街まで買いに行く必要がある。風呂から上がって裸で過ごすと風邪をひいてしまう。ただえさえシルヴィは弱っているというのに、風邪をひいてしまうと弱った体に追い打ちをかけてしまう。『風邪は万病のもと』といわれるように、弱った体に風邪は危険なのだ。……決して美幼女と少しでも長く風呂に入っていたかったわけではない。
用意されていたのは麻製のワンピースと綿のパンツ。さすがに上は要らないか。シルヴィはそれらを手早く身につけて脱衣所から出るーーってちょい待てい! 俺は慌てて彼女を止めた。髪からポタポタ水滴を滴らせたまま外に出すわけにはいかない。廊下が水浸しになる。彼女を洗面台のところに置いてある椅子に座らせーー鏡に驚いていたーー能力で櫛を生み出す。それを右手に装備。左手は初級の風、水、火の複合オリジナル魔法《温風》を使う。髪の水分を必要以上に飛ばさないように工夫した結果、三属性の複合という、初級とはいえ難度は上級に匹敵するような魔法になってしまった。しかしその苦労のかいあって、効果は現代日本の最新式ドライヤーにも引けをとらない。丁寧に梳いてやればサラサラストレートヘアが完成する。これでよし。出来のよさに満足する。シルヴィは、
「すごい。こんなに髪がサラサラ……ありがとうございます!」
驚き感謝してくれた。喜んでもらえたようで何よりだ。……ってコラ! 抱きつくんじゃない! 通りすがりの母が見てるから! あれ。メリッサさんも!? 二人ともこちらを見てニヤニヤしていた。やめて! そんな目で俺を見ないで! 後生だ! 俺はロリコンじゃねえ! しばらく後にシルヴィも二人の存在に気づいて顔を真っ赤にして恥ずかしがって解放してくれた。……恥ずかしがるなら最初からしなければいいのにとは思うが、それは言うまい。どうしても感情をコントロールできないことってあるよね。仕方がない。それからしばらくらの間、穴があったら入りたいという気分を嫌というほど味わった。
リビングに移動してからも俺とシルヴィの間には他所他所しい雰囲気が漂っていた。だってほら、恥ずいし。なんともいえない空気のまま談笑することしばし。
「オリオン様。そろそろお屋敷にお戻りください」
ロバートさんが帰宅を促す。気づけば夕日が照っている。風呂に入るだけのつもりが、つい話し込んでしまったようだ。
「分かった。じゃあ母さん。また」
「またねオリオン。健康には気を遣うのよ。シルヴィアちゃんも元気でね。あと、オリオンのことよろしく」
「お任せください」
メリッサさんやアーロンさんとも別れの挨拶をして別宅を後にした。あと母よ。俺がシルヴィの面倒を見るんだからね? 家事は炊事、掃除、洗濯となんでもできる。伊達にヒキニートやってない。それなりの自活能力がなければニートにはなれないのだ。……だって自分でできないとご飯が食べられないんだもん(親は共働き)。
ーーーーーー
「誰だい、その女?」
本宅に戻ってフィリップにかけられた第一声がこれである。
「シルヴィアです」
「シルヴィア? オリオンに女の子なんて……あっ、あの奴隷か!」
「あの薄汚い奴隷が!?」
ヘルム執事の表現にはイラつくが、驚いていたのでよしとする。そのシルヴィは俺の背中に隠れている。他人が怖いらしい。まあ自分を蔑む人間を好きになる奴なんていないよな。そんな人間は疑いなくドMだ。早急に関係を見直すことをおすすめする。ヘルム執事はなおもブツブツと何事かを呟いている。一方フィリップはというと『いいなぁ』と顔に大書してあった。欲しい、と訴えてくる。だがやらん。もっともこれで諦めてくれるとはまったく思っていない。普段は温厚で気のいい兄を演じているフィリップだが、本性はクズである。イライラすると使用人に八つ当たりする。思い通りにならないとすぐにごねる。甘々のお坊っちゃまなのだ。そんなお坊っちゃまは諦めが悪い。なおも熱烈な『欲しい』視線を送ってくる。そしてこれに加担するのが、
「あらどうしたのフィリップちゃん?」
豚である。フィリップはすぐさま豚に縋りついて陳情を始めた。
「母上。オリオンが奴隷を渡してくれないのです。ボクの奴隷と交換しよう、って言っているのに」
ちょっと待て! そんなことひと言も言ってねーぞ! 声を大にして言いたい。だがそんな心の声が届くはずもなく、そして案の定豚の機嫌は急降下する。
「あなた。フィリップちゃんの言うことが聞けなくって? 早くその奴隷をフィリップちゃんにお渡しなさい! 交換なんてもったいないわね。譲り渡しなさい」
は? この豚、言うに事欠いて何を言っているのかな? そもそも聞く理由がないから聞いてないんだけど? そんな俺を他所に豚は喚く。
「そして覚えておくのね。あなたのものはフィリップちゃんのもの、フィリップちゃんのものはフィリップちゃんのものよ」
どこのジャ○アンだ。典型的なジャイアニズムであるーーってそうか。ここは異世界。それが通用する世界なのだった。さらば自由、平等。にしてもこちらち非はないはずなのに旗色が悪い。ここは戦略的撤退をーー
「何をしている?」
と思っていたところにレナード登場。彼は豚のように感情に流されず冷静な判断をしてくれる。これで勝てる! 俺はすぐさま父に駆け寄って訴えた。事情をかくかくしかじかと説明する。
「なるほど……譲るのはともかく交換するくらいはいいのではないか?」
「どんなものと替えられるのか分からないのにですか?」
「むっ」
「それに商人にとって商品の真贋を見極める眼は大切だと思うのです」
「確かにそうだ」
「そして商人として最優先されるべきは利益です。僕はこの取引はこちらが一方的に不利だと思ったので断ります」
「断るのか? 聞けばその娘は銀貨1枚、フィリップの奴隷は金貨10枚もしたそうじゃないか。それだけでも利益は大きいのに、交渉次第ではもっと利益を出せる」
「いえ。それでは損です。相手が欲しがる限りその価値は上がり続けます。ギリギリまで粘ります」
「ほほう。いい考えだが詰めが甘いな」
「なるほど。相手が取引を打ち切ったり強行手段に出ないとも限りませんね。ですが、前者はともかく後者は父上が許さないはずです。なぜならこれは父上が僕たちに与えられた仕事なのですから。それを力で覆そうなどということを」
もし仮にやってきたとしても返り討ちだが。
「はっはっは! いいだろう。ここは収めてやる」
「ありがとうございます」
「ただ、引き際は誤るなよ」
「心得ています」
それでこの場は収まった。ま、あんなこと言ってるけどシルヴィを引き渡すつもりなんてねーし。どんな対価を積まれても拒否するね。だからシルヴィは後ろでイヤイヤしないの。大丈夫だから。……この場を収めることよりもシルヴィを宥めることの方が大変だった。やれやれ。
・2018/02/05追記
作中の貨幣としては金貨、銀貨、銅貨が登場します。レートは
金貨1枚=銀貨10枚
銀貨1枚=銅貨100枚
となります。
・2018/02/06追記
本文を一部修正しました。




