9-12 ファンフーの戦い
ーーーオリオンーーー
俺は外交官シゲル・ヨシダに扮して再び華帝国の地を踏んだ。ブレストでの皇帝の仕事は、あってないようなものなのですべてシルヴィに任せてきた。国内統治に関しては監国のウィリアムが、占領地統治に関してはエリザベスが、それぞれ責任者となってよく治めている。だから父は安心して出征できるのだ。断じて面倒な仕事が嫌だったわけではない(ここ重要)。
今回の目的は戦後処理にあたっての交渉と、モルゴ、イディアの各首脳陣との会談である。特に重要なのは後者だ。というのも、先の二人から『再開を楽しみにしている』という熱烈なラブコールを受けているのである。今後の外交関係を鑑みても、無視するわけにはいかない。
そんなわけで、俺はこの地にやってきて、先頭を行く第一軍に合流した。リャンオクがどれくらい頑張っているのかと思ったのだが、聞いてびっくり、彼女は軍事に興味を持ち、アダルバートの指導を受けた上に隊長が欠けた小隊を指揮しているという。遠目に見ても、彼女が部下たちに慕われているのが見て取れる。まだ一週間程度だぞ?
「あれが嬢ちゃんの将器ってやつさ。短期間で部下たちの心を掌握して見せた」
戦場で世話親のようになっていたアダルバートが言う。もしリャンオクが望むなら、その道を歩むのを止めはしないが……。
そんなことを思っていると、リャンオクの視線がこちらに向いた。手を振ってやると、パアッと明るい顔をする。
「オリーーシゲル様!」
「リャンオク。久しぶり」
危ない危ない。危うく実名がばれるところだった。公式には外交官のヨシダが華帝国で保護して、皇帝が養育していることになっている。だから名前を知っていることは問題ないが、呼び間違いは致命的だ。いち外交官と皇帝を(常識的に考えて)間違えるはずがなく、聡い者なら間違えた正しい理由に行きつくかもしれない。
「元気そうで何よりだ」
「シゲル様も、元気そうでよかった。ところで、どうして戦場に?」
「外交交渉のためにね。わたしはほら、味方であるモルゴやイディアのトップと仲がいいから」
「なるほど」
リャンオクはしきりに頷いていた。ーーまあ、それも目的のひとつだが、真の狙いは前線で軍がどのように戦っているかを見ることだ。補給や輸送、そして実際の戦闘。報告ではわからない、現場の雰囲気を知っておきたかった。
「シゲル様。これからお昼なのですが、ご一緒にどうですか?」
「いいね。もらおうか」
食事にこそ軍隊の実情がよく現れる。補給状況はもちろん、人間関係、作戦など。いうまでもなく補給が乏しければすなわち物資が不足しているというわけで、食事も貧相になる。強制的に班分けされていない限り仲のいい者同士で食べるが、数日見て一度も一緒に食べなければ、仲悪いと考えられる。川中島の戦いで上杉謙信が武田軍の陣地から上がる炊煙を見て、敵が動くことを察知したという話は有名である。だから、俺はリャンオクの誘いに快く応じた。
メニューは階級にかかわらず同じ。これは不平等さをなくすためだ。量は規定通りである。補給は十分にあるようだ。まあ、河川の流域を進んでいるわけだから、補給が滞ることはほとんどない。考えられる可能性は、敵軍が後方に回ったような場合だ。
ちなみに、華帝国の水軍は河川のそれも含めて壊滅している。それは先の海戦に投入された戦力が、河川の水軍もすべて動員したものだったからだ。大敗により人員機材のほとんどを失い、華帝国の水軍は再建不能に陥っている。
「これからファンフーにつながる運河を確保しつつ北上し、要衝ベイジンを攻略する。そこからはチャンチアンと同じように流域の都市を占領しつつ、首都タートを目指す計画だ」
「わたしたちが帰国したときとは逆のルートを通ることになりますね」
「先日、第二軍もミーポーに到着したそうだ。ウハンも安定してきたし、そろそろ動くべきだろう」
「ファンフー流域は冬に寒くなるそうです。今一度、寒さ対策を確認すべきでしょう」
諜報部によれば、冬になるとかなりの凍死者が出るらしい。そのため、華帝国への出征にあたっては防寒装備を持たせていた。しかし降雪地帯以外の部隊は使用に慣れておらず、レクチャーが要るのではないかと提案したのだ。
「たしかに。なら、補給と休養に入った部隊から訓練を受けさせよう」
そういうことになった。これなら効率もいいので、俺も賛成。さらに第一軍司令官のレイモンドにも上申して、全軍で実施されることになった。
そして翌日、第一軍はウハンでの再編成を完了させ、北上を開始した。順序は変わらず。運河を二日で押さえ、要衝ベイジンも半日で攻略した。西に兵力を振り向けているので兵力はわずか。楽なものである。
ベイジンで補給と再編成を行ったあと、タートを目指して進軍を開始した。このままタートまで落とせるかと思ったが、さすがにそこまで上手くはいかない。タートの手前で、五万あまりの華帝国軍が待ち構えていた。俺たちは強攻せず、陣地の構築を開始した。
ーーーチュ・ミンスーーー
「陛下ぁッ!」
「どうした!? 西の蛮族に負けたのか!? 安心しろ。追加の援軍はーー」
「それどころではありません! 東から、東からも一万の蛮族が攻めて参りました!」
「何ぃッ!?」
朕は側近の言葉に言葉を失う。今、我が軍は西から攻めてきた蛮族に全軍で当たっている。つまり、東に置いてある兵力はごくわずかだということだ。用意してある軍勢も、急いで東へ送らねば。
「それで、敵はどこまで攻めてきた? ミーポーか? それともウハンか?」
「……ベイジンです」
「なにっ!?」
目と鼻の先ではないか! なぜ今まで気づかなかった!?
「兵は五万ほど集まっていたな。すぐに向かわせろ!」
「しかし、将軍が……」
「朕自ら蛮族を潰してくれるわ!」
朕とて皇帝に即位する前は西の蛮族相手に戦っていたのだ。将軍の代わりくらい務まるわ。それに、東の蛮族には朕をさんざん虚仮にしてくれた恨みもあるしな。きっちり晴らさせてもらおう。
「鎧を持て!」
従者に鎧を着けさせる。宮殿を出ると、馬車ではなく愛馬が待っていた。よしよし、わかっているではないか。戦場に出るならば、やはり勇壮な馬に乗らなければな。朕の愛馬は毎年献上される国一番の駿馬だ。立派な馬体で、まさに皇帝である朕に相応しい。
兵舎に隣接する広場には、およそ五万の兵がいる。西に行って蛮族と戦うはずが、突如東へ向かうと聞いて不安そうにしていた。ここは皇帝たる朕がひとつ檄を飛ばすとしよう。
「皆の者、聴けぃッ! 敵は卑劣にも、東が手薄であることを知って攻めてきおった! しかし、それもここまでである! なぜか!? 朕がいるからだ! 思い出せ、西を攻めたときのことを! 蛮族を退け、敵を討ち滅ぼしたのは誰か!? 朕である! 朕がいる限り負けはない!」
「「「オオーッ!」」」
朕の檄に、兵たちは歓声を以って応える。士気が上がったところで朕は先頭に立ち、剣を掲げた。
「出陣だ!」
兵たちは勇躍して城を出て行った。
敵はタートの側を流れるファンフー近くにいた。数は……およそ四万ほどか。最初の報告では一万だったはずだが、出陣にかかった時間で増えたようだ。しかし、それでもこちらが多い。
「陛下。あれをご覧ください」
側近の指さす方を見れば、そこには大量の船が浮かんでいた。そこからせっせと荷物を運び出している。なるほど。船を使って侵攻してきたわけか。我が水軍は壊滅しているからな。さぞかし楽だったろう。まったく小賢しい。
そして、何よりも深刻な問題があった。それは、敵の一部がタートの生命線ともいえる水路を押さえていることだ。タートにも井戸はあるが、それだけでは莫大な人口を養うことはできない。ここだけはなんとしても奪回しなければ。
「全軍、なんとしても水路は奪回するのだ! あの程度の小勢、一刻足らずで蹴散らしてくれようぞ!」
朕が命じれば、兵士たちはそちらへ向かって突撃する。愚かな蛮族め。水路という要所を、たかだが数百の部隊で守ろうなどと片腹痛いわ!
騎兵が先頭に立って突撃する。その数五千。これでも敵の十倍だ。これだけで大勢が決するーーかに思われた。だが次の瞬間、騎兵の先頭集団が消えた。そう、消えたのだ。後続も同じように消えていく。
「ギャーッ!」
「く、来るなぁ!」
「痛い! 痛い! 痛ダーイッ!」
遅れて上がったのは悲鳴、絶叫。
「な、何だ!? 何が起こっている!?」
「陛下! 落とし穴です!」
「なんだと!?」
そんなもの、この近くにはなかったはず。……まさか、この短時間に掘ったというのか!? 騎兵が落ちるほどの大穴を!
「だが、それがなんだというのだ! 騎兵を返せ! 歩兵は落とし穴に気をつけつつ前進!」
馬がダメなら人が行けばいいのだ。数の力で揉み潰せ! そう指示を変えるが、
「方術(魔法)に弓矢だと!?」
撤退する騎兵、前進する歩兵に向けて方術と弓矢が撃ち込まれた。これで速度が鈍る。さらに、
「皇帝陛下! 左右より敵が押し寄せて参りました!」
蛮族はこちらを半包囲しようと部隊を動かした。いくらなんでもそれでは支えきれない。
「退け! 一時撤退だ!」
やむなく撤退の命を出す。朕としたことが焦りすぎたわ。敵も激しい追撃はかけてこなかった。おかげで深刻な被害にはならなかった。もっともそれは歩兵の話で、騎兵はおよそ半数を失っている。両者合わせて三千。負傷者は二千だった。思ったより被害が大きいな。だが、この程度で蛮族相手に退いたとなれば皇帝の権威が失墜する。明日は今回のことを反省し、敵主力を叩く。
翌日。敵がさらに増えていた!
「どれだけいる?」
「およそ七万!」
我が軍より多いではないか! これでは迂闊に攻められん……。
「おい! チェンドゥ総督のソン・ジフンに全軍を率いてタートへ来るように命じよ」
「は、はっ! ですが、それだと南部への備えがーー」
「それならシューチャンが残っておるわ!」
南西部の僻地など、蛮族に侵食されたところで取り戻せばいい。しかし、華の中心地であるタートを取られてはならない。チェンドゥにいる軍隊は二十万。これで蛮族を海に叩き落とすのだ。一日千秋の思いで援軍を待ち続け、ようやくソン率いるチェンドゥ軍が到着した。
「よし、反撃開始だ」
敵は七万。こちらは二十五万。形成はこちらに圧倒的に優位ーー
「陛下。敵軍、十七万余に増えております」
「……」
部下からの報告。だがしかし、こちらの方が数は多い。
「我らが有利だ! 押し出せ!」
今度こそ倒す。そう決め、数の多さに任せて敵を半包囲した。さらにチェンドゥ軍のものを加えて二万ほどなった騎兵部隊を北と南から迂回させ、敵軍の背後を襲わせる。全方位からの攻撃で無残に敗れ去るのだ、蛮族よ。
全軍が前進を始める。蛮族は方術や矢を撃ってきた。たちまちこちらに被害が出る。
「皇帝陛下……」
「構うな。前進だ」
部下が朕を見て何か言いたそうにしていたが、無視した。元々、先鋒は徴兵で集めた雑兵だ。いくら死のうが損失にはならない。むしろ、敵が消耗するだけなのだから万々歳といえる。
敵の射撃は激しい。到達できる者はおらず、わずかに残っても槍で突かれて倒れる。だが、次第に方術や矢の数が減り、敵陣に到達できる者が増えていった。……頃合いだな。
「よし、中軍も投入せよ!」
こちらは西の蛮族との戦いを潜り抜けてきた精兵で構成されている。その練度は徴兵した者とは段違いだ。先鋒は半壊したが、こちらは大きな被害なく敵陣に斬り込む。たちまち血みどろの白兵戦が展開された。
「ほう。蛮族もなかなかやるではないか」
前線は意外にも拮抗していた。褒めていい。西の蛮族との戦いでは雑兵で騎兵の突撃を止め、後方に控えた精兵が止めを刺すのが定石だった。今回はその防御戦術を攻撃的に使ったのだが、敵は見事に受けている。だが、徐々に我が軍が押している。敵の中央が崩れて……いや、いかん!
「退け! 退け!」
「いかがなされましたか陛下? 我らは優位に戦を進めてーー」
「馬鹿者が! あれは罠だ! 見よ! 敵の中央は後退しているが、両翼はその場に留まっている。このまま深入りを続ければ、中央の部隊が挟撃されるぞ!」
それならまだいい。下手をすれば包囲されるかもしれん。
「とにかく後退せよ! これは、命令だ!」
「は……はっ!」
配下は渋々といった様子で命令を受諾した。この命令が伝わり、攻撃を仕掛けていた軍は撤退していく。追撃は方術と弓矢による小規模なものに終わった。気がかりだったのは騎兵だったが、後方から襲いかかる前に戦場の喧騒が止んだのを見て撤退してきたために大きな被害はなかった。
それから、何度となく攻撃をかけたが、ことごとく防がれ、こちらを半包囲せんと動いてくる。これを見た朕が撤退を命じるーーということが繰り返され、将兵の不満は高まっていった。
「陛下! なぜ幾度も好機をみすみすと逃すのです!?」
「ソン将軍。何度も言っているだろう。あのままでは中央の部隊が包囲されていた。あれは勝機を餌にした罠だ」
「包囲されても食い破ればいいのです!」
それができるならば苦労はしない。しかし、朕の意見に耳を貸す者はおらず、むしろソン将軍を擁護している。
「陛下のお言葉に逆らうとは何事か!?」
味方してくれるのはボンギルくらいのものだ。
「黙れ、敗将」
「なんだと!?」
かつては将軍の重石となっていたボンギルだが、遠征に失敗してからはその役を果たせていない。だが敗因は水軍の不手際であるし、弟や腹心を喪っているのだ。朕に責めるつもりはなく、側に置き続けている。
「……そこまで言うのならば、そなたの好きにせよ。ただし、どうなっても知らんぞ」
朕はもはや何を言っても無駄だと悟り、ソン将軍に丸投げすることにした。敗北すれば考えも変わるだろう。
「後軍は朕が預かる。先鋒と中軍はソン将軍に任せる。それと……左翼をチョ将軍、右翼をユ将軍に預けよう」
と、朕は押し切られるような形で軍勢の指揮を将軍たちに任せた。
「申し訳ありません、陛下」
「よい。それよりも、ボンギル。シューチャンのウォン将軍に、軍の半数を率いて来るように伝えよ」
「はっ!」
事態を重く見たボンギルはその日のうちに陣を飛び出して行った。
翌日の戦いは、ソン将軍が事前に撤退はないことを明言したため、軍の士気はすこぶる高かった。その勢いで敵に挑む。
「行け! 進め! 敵陣を食い破れ!」
ソン将軍は先頭に立ち、味方を鼓舞しながらそのように叱咤する。兵たちもそれに応え、怯むことなく前進。敵陣に深く食い込んだ。そしてソン将軍は、敵軍の中に消えていった。退路を確保するために残っていた部隊は、敵の猛烈な攻撃によって寸断される。結果、ソン将軍は敵中に孤立した。
「それ見たことか」
朕は嘲りを隠さない。警告したにも関わらず、無視をするからこのようなことになるのだ。左右翼のチョ将軍とユ将軍が救出のために部隊を出したが、敵の堅い守備に阻まれてたどり着けない。やがて、かすかに見えていたソン将軍の旗が見えなくなる。遠くの喧騒も止んだ。……全滅したか。それを察したのだろう。にわかに軍の士気が下がった。さらに、
「モルゴ軍が左翼に襲いかかりました!」
いったいどこから現れたのか、モルゴ騎兵が左翼軍に突入。蹂躙しているという。チョ将軍はソン将軍を助けることに必死で、警戒が疎かになっていたようだ。いや、そもそもモルゴは西で別の軍と対峙していると思い込んでいた。奇襲を受けたことを将軍たちの不手際と一蹴するのは適当ではない。
考えられる可能性としては、西の軍が敗北したということだ。だがそのような話は伝わっていないし、なぜモルゴが現れたのかは謎だ。いずれにせよ手当はしなければならん。
「青部隊を救援に向かわせよ」
「はっ!」
どうせ負けるだろうからと予め編成しておいた救援部隊を出す。ただ、モルゴは攻撃が激しいと見るや離脱し、あまり被害を与えることはできなかった。まるで雲を掴むかのような有様だ。かといってこちらが退けば、逆に攻撃してくる。本当に厄介な相手だ。
「陛下ッ!」
どうしたものかと考えていると、こちらに駆けてくる者がいた。慌てた伝令かと思ったが、違う。それはボンギルだった。
「ボンギル? シューチャンに行っていたのではなかったのか?」
「それどころではありません!」
朕の前で馬を止め、ボンギルはまくし立てた。
「こちらに迫る騎馬多数!」
「モルゴか!?」
「いえ。竜之国のものです!」
まだいたのか!? いや、待て。その練度は生粋の騎兵たるモルゴに劣るはず。ならば、十分に足止めはできるはずだ。
「白部隊を迎撃に当たらせろ!」
右翼の救援のために用意しておいた部隊をこれに当てる。ソン将軍は仕方がない。諦める。そして青部隊と白部隊が防いでいる間に、左右両翼を撤退させるのだ。せめてこれだけは、やらねばならぬ。だが、朕は敵を甘く見ていた。
急進してきた竜之国騎兵は先頭部隊が一斉に弓を射る。騎射ができる練度だと!? それはモルゴ騎兵と変わらぬではないかと戦慄した。敵は騎射(一射目)が終わると同時に左(朕から見れば右)へ逸れる。それは後方を窺う動きに見え、つい意識がそちらへ向いてしまった。その隙が致命的な命取りとなる。
「何だあれは!?」
誰かが声を上げた。視線を戻せば、人も馬も鎧で固めた騎馬部隊が白部隊に突撃するところだった。なぜだ!? 奴らは軽騎兵ではなかったのか!? そんな疑問が尽きないが、答えるものはおらず、時間は無情に過ぎ去る。まごまごしているうちに鎧騎馬が白部隊と激突した。そして、わずかな時間も支えきれず、中央突破を許してしまう。敵騎兵は、朕の本隊に迫った。
「急げ! 陛下をお守りしろ!」
慌てたボンギルが指示を出し、朕の周りを固めさせる。だが、そんなものは毛ほども役に立たなかった。勢いを止められず、深々と陣を食い破られる。
「陛下! お逃げください!」
「あ、ああ。ボンギル、供をいたせ」
「はっ!」
臣下に促され、朕はボンギルとわずかな供回りだけを連れてタートへと逃げ帰った。
後軍が瓦解したのを見て、左右翼も潰走したという。これにより、朕はタートでの篭城を余儀なくされた。
「兵はどれだけ残っている?」
「およそ十万。ただこれは、民を動員すればどうにかなるかと」
「ふむ。食糧は?」
「援軍のために三ヶ月分、元々の備蓄が一年分あります。しかし、籠城している兵が多い上、外部との連絡を立たれています。つまり城内にある食糧で都市の民を養わなければならず、実質は半年未満といったところでしょう」
深刻だな。とにかく、打てる手は打っておくに限る。
「民家、商人から食糧その他の物資を徴発せよ。また、これより身分の如何に問わず、食糧は朕から下賜するものに限る。これは勅命であるから、従わぬ者は反逆者としてその場で処刑せよ」
「「「はっ!」」」
「民を兵士にするという考えは朕も賛成だ。そこでひとつ、噂を流せ」
「それはどのような……?」
「『下賜される食糧は、普通の民より兵士の方が多い』とな」
「なるほど。承知いたしました」
「そしてボンギル。そなたは使者として竜之国、モルゴ、イディアの陣地に向かってくれ」
「はっ」
ボンギルにそう命じたところで待ったがかかった。
「お待ちください、陛下。まさか講和をなされるつもりではありませんな?」
「講和するつもりだ」
「ですが、このままでは我らは不利な条件で講和することにーー」
「ああ。それは朕も考えている。もちろん奴らには領土などやらぬ。ただ称号と、少しばかりの金品を与えて帰らせようというのだ。もしそれでも従わぬというのなら、講和は結ばぬ」
「それでしたら」
朕の説明に臣下たちは納得したようだった。
「では改めて頼むぞ、ボンギル」
「必ずや」
これで評定は解散となった。さて、どうなるかな。




