表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界最強の自宅警備員  作者: 親交の日
第九章 パクス・ドラゴニア
123/140

9-9 ピリオド

8-18『ミーポー沖海戦』も同時投稿しております。そちらもご覧ください

 



 ーーーネイサンーーー


「それは本当か!?」


「は、はい。残念ながら」


 報告を受けた私は衝撃のあまりヘナヘナと座り込む。その内容は、我が国と華帝国の連合軍が竜帝国に大敗を喫したというものだった。アダムス伯父上、グレッグなどの我が軍将兵は降伏。チャン将軍は這々の体で逃げ帰ってきたという。……まずいぞ。


「すぐにシェーンとブールの要塞を固めよ! それとロッドを呼べ!」


 王都を落とされるわけにはいかない。そう考えた私はここを守る要塞の防備を強化するとともに、華帝国との交渉を任せていたロッドを呼び出した。


「ロッド! これはどういうことだ!?」


 私はその不始末を問う。勝てるというから戦争の道を選んだのに、いざ始まれば連戦連敗。進言を採用したのは私だから、最大の責任は私にある。だが、ロッドにも進言した責任というものがあった。そこを問いただす。

 しかし、ロッドには特に動揺した様子はない。私に対しても幼子を諭すように穏やかな口調で話した。


「チャン将軍が愚かだっただけのこと。ご心配には及びません。華帝国の国力からすれば、十万の喪失など些細なもの。次はその倍以上の大軍がやってくるでしょう。さすればいかに竜帝国といえども、抗うことはできませぬ」


「……その援軍が到着するまで、我々が地上に残っていればいいがな」


「シェーン、ブールの要塞はいずれも難攻不落。それに前回の侵攻でも竜帝国軍を退けています。大丈夫ですよ」


「あのときとは状況が違う! 東で牽制する存在はもうないんだぞ!」


 ナッシュ王国は滅びた。レノスも捕らえられたという。つまり、竜帝国は全軍を我々に向けられるということだ。さらに、チャン将軍の援軍要請に応えて王都を守備する部隊の多くをグレッグに与えて送り出している。王都の守備戦力は低下しており、防御力は前回より低いと見ていいだろう。にもかかわらず、敵軍の兵力は前回より多い。この状況にあって、なぜ守りきれるという楽観論を口にできるのだろうか?

 今さらだが、竜帝国とことを構えるのは短慮だったかもしれない。華帝国との同盟をちらつかせ、その上で和睦を打診していれば、あるいはこのような事態にならずに済んだかもしれないのだ。いや、それも過ぎたことか。


「とにかく籠城するしかない。ロッド。何か策はあるか?」


「わたくしめが華帝国へ行き、皇帝陛下に援軍を要請いたしましょう」


「それはならん」


「なぜでございましょう?」


 逃げるかもしれないからーーとは言えない。ここは適当な理由をつけて引き止めるべきだな。


「我らは負け戦が続いている。私の耳にも民草の声は聞こえてくるが、その多くがこのまま我が国が負けるのではないかというものだ。多くの民が帝国へ逃げているという。もしここでそなたのような重臣が動けば、この動きに一層拍車をかけるかもしれない。だから、それはならぬ」


 同じ理由で私も王都から避難できないのだがな。援軍要請は書状を出すに留めよう。チャン将軍にも要請して、連名での提出としよう。その方が受けてくれる確率は高まるはずだ。


「承知いたしました」


 ロッドは渋々受け入れた。彼を下がらせ、チャン将軍のところに使用人を送って援軍要請を共に出そうと提案してもらう。生憎、私はあの人物が苦手だ。できる限り会いたくない。その一方で、ロッドの監視を強めることとした。

 こうして諸々の対応に追われること数日。防戦準備は困難を極めた。無理な動員をかけたために人も物資も乏しく、わたしは厳しい取捨選択を迫られた。

 まず、王国南部を守る部隊を王都まで撤退させて即戦力となる兵力を確保した。王都が陥落すれば王国は終わりだ。どの道、華帝国の援軍頼み。ならば、南部を守る必要はない。さらに老人や女子どもを後方支援として使う。そうして戦力になる男はすべて前線に送り込むことで、どうにか五万の兵を準備した。それを半数に割って要塞を守らせる。

 食糧は、王都全人口が半年間に消費する量を集めた。というより、これだけしか集まらなかった。これはすなわち、わたしたちの抵抗限界である。途中で収穫はあるものの、動員の影響で今年は前例のない不作が見込まれている。とても王都の人口を賄うだけの食糧は得られない。多少、伸びる程度だろう。武具も一部に行き渡らず、戦場での調達としていた。

 対する竜帝国軍はシェーン要塞に十万、ブール要塞に五万の兵を当ててきた。


「シェーン要塞に、王都の近衛を急ぎで向かわせろ!」


「陛下。それはーー」


「わからんのか!? シェーン要塞を抜かれれば、王都など容易に蹂躙されるのだぞ!」


 王都は盆地のなかにあり、防御施設といえば簡単な城壁しかない。要塞の防御力に頼りきっているためだ。それでなくとも物資が乏しい。王都に籠城となれば、たちまち兵糧が尽きてしまう。だから他に選択肢はない。私は渋る部下に重ねて命じた。


 ーーーカレンーーー


「いよいよですか……」


 フクロウ便で運ばれてきた命令書を見たクレア様が小さく呟いた。気になったわたしは、理由を訊ねてみる。


「司令官?」


「え? ああ、ごめんなさい。わたし、ついひとり言を……」


「『いよいよ』というのは……?」


「それは……このシェーン要塞は、唯一帝国軍が攻略しなかった場所ですから。いよいよここを攻めるのだと思うと、感慨深いものがあって」


「なるほど」


 たしかにここは帝国軍が攻略しなかった場所ですね。それも作戦のうちーーというより、東西に敵を抱えている以上は悠長に攻城戦などできないという理由でしょうが、クレア様は心残りだったのでしょう。


「司令官。それでは?」


「大本営より、シェーン要塞攻略作戦の命令が下りました。総攻撃は三日後。それまでに各隊は攻撃準備を整え、作戦の完遂に務めてください」


「「「はっ!」」」


「それでは配置を伝えます。要塞正面に第一師団、左翼に第五師団、右翼に第六師団。また、要塞正面には各師団の工兵隊が陣地を構築。カタパルトによる予備射撃を行います。他は予備兵力として待機」


 この作戦の鍵は工兵隊です。この戦いはカタパルトによる予備射撃で敵の抵抗能力を奪うことができるかを試すという、実戦演習の側面もありました。各師団は要塞を破壊後に敵兵力の掃討を任務としています。上手くいかなかった場合は通常の攻城戦に切り替えられますが。


「カレン。あれは何をしているんだ?」


「攻撃準備ですよ、お父様」


「カタパルトをあんなに用意するなんて、聞いたこともない……」


 グレッグ兄上が声を震わせます。それも無理からぬことでしょう。なぜなら、工兵隊が用意したカタパルトはおよそ三百。それが要塞正面にずらりと並んでいるのですから。


「しかし、攻撃準備に時間がかかっている。奇襲と素早い攻撃こそが、帝国軍の真骨頂ではないのか?」


「それは誤解ですよ、お父様」


 わたしはお父様の間違いを訂正しました。たしかに奇策ともいえる作戦によって大陸に覇を唱えたオリオン様ですが、その基本は正面から敵と対峙して圧倒するというもの。フィラノ王国の内戦においては、カチンに迫る反乱軍を大規模な会戦で撃破しています。


『俺の基本戦術は、帝国の巨大な工業力が支える兵站を背景にして、防御を固めて待つことだ。次に後方を撹乱し、焦った敵を誘引して各個撃破。そして兵力が減って弱ったところを攻撃する。こうすれば余計な死者も出ずに済む』


 と仰ってもいます。注目される奇策はその作戦の一環でしかないのです。


「それと、時間をかけているのはわざとです」


「なに?」


 お父様は怪訝な顔をされています。攻城戦において、敵の兵力を充実させるいとまを与える利点がないからです。そんなことをすれば余計に被害が出るのは必定。なぜそんなことをするのか理解できないようでした。

 その疑問に対する答えは、カタパルトによる攻撃です。


「今回、計画段階で本格的な攻城戦は想定していません。そのため、敵兵力の増大による施設防御力の高まりは考慮しなくていいのです。いえ、むしろ手間が省けて楽というものです」


「それはどういう……?」


「見ていればわかりますよ」


 これ以上はいくら身内といえど、捕虜であるお父様に明かすことはできません。ひとつ言えることは、オリオン様は従来の城塞を無力化することを考えている、ということです。

 日が過ぎて、攻撃予定日がきました。ずらりと並ぶカタパルトの周囲には投射する石が山と積まれています。やがて日時計が攻撃開始の時間を示し、


「撃て!」


 部隊長の号令で、カタパルトが投石を開始しました。横が撃つと、ひと呼吸開けて撃ち込みます。そして端まで撃ち終わるころには、最初に撃ったカタパルトには次の石が装填されていて、また撃つ……そうして絶え間ない射撃を実現していました。

 命中すると、城壁の表面がバラバラと崩れます。敵も反撃を試みますが、そもそもの量が違います。反撃はすぐに鎮圧され、城壁の破壊はさらに進みます。やがて一箇所が崩れました。すると、それを合図にあちこちで城壁がガラガラと音を立てて崩壊していきます。


「おお……」


「か、壁が崩れてる。王都の盾が……」


 お父様と兄上はその光景に圧倒されていました。特に兄上は、王都を長らく守護してきた『盾』であるシェーン要塞が無残な姿になっていくのを絶望の目で見ています。わたしもアクロイド王国で育ちましたから、思うところがないわけではありません。しかし、わたしはもう帝国の人間です。そのような心を押さえつけ、崩れゆく敵要塞を見据えます。

 わたしはシェーン要塞の城壁がほぼ破壊されたのを見て、部下たちに攻撃を命令します。それに従い、兵たちが一斉に塹壕を飛び出して要塞に殺到します。ほぼ同時に他の味方も歩兵突撃に移行しました。

 残敵の掃討は一時間ほどで終了。王都の盾を担うシェーン要塞は、攻撃開始からわずか半日で陥落しました。アクロイド王国軍の死者はおよそ三千、捕虜は五千。対する竜帝国の損害は死傷者含めて二百。カタパルトを用いた予備射撃の有効性がはっきりと示されました。

 攻撃に参加したわたしたちは休息と戦場の掃除、部隊の再編成などのためにここへ残ります。それ以外は、クレア様が率いて王都に向かいました。残るブール要塞が占領されたとの報告が届いたのは、その二日後のことです。


 ーーーーーー


 与えられた任務を終えたわたしは、指揮下の部隊を率いて王都に向かいました。王都は既に厳重な包囲網の下にあり、アリ一匹這い出る隙間もないほどです。到着して早々、わたしは軍議に呼ばれました。


「少将、ご苦労様です。早速で申し訳ないのですが、攻略作戦の策定の前にひとつ頼まれてほしいのです」


「何なりと」


 とはいえ、この状況で作戦より優先される課題はひとつしかありません。


「アクロイド王家に連なるあなたに、降伏を呼びかけてほしいのです」


 やっぱり。なんとなく予想はしていました。オリオン様や大本営からは、王都の攻略について特別な指示はありませんでした。これは現場の裁量に任せるとの意味です。そしてクレア様なら、なるべく無意味な犠牲を出さないように降伏を呼びかけるはず。相手が蹴れば容赦なく、何より後腐れなく総攻撃をかけます。王都の防御力は低いので、本来なら陥落していてもおかしくないのですが、未だに落ちていない。これはつまり、少しでも成功率を上げるために身内であるわたしの到着を待っていたのでしょう。

 そう予想していたわたしは、予め降伏勧告をどうするか考えていました。


「了解です。それについてひとつ、わたしから提案が」


「なんでしょう?」


「父を連れて行きたいのです。その影響力は未だに健在。わたしひとりより効果は大きいでしょう」


 呼びかけに応じる可能性も高まりますし、兵士たちの動揺や離反も期待できます。降将を使うことに否定的な人もいるでしょうが、クレア様は合理的な方です。使えるものは何でも使おうとされるはず。


「わかりました。誰をどうするかについては、わたしの権限ですべてを少将に委任します」


 ……ま、まさか全権を委任されるとは思いませんでした。ですが、おかげで自由度が増したのは事実です。責任も増したわけですが。ともあれ、わたしはお父様とともに軍使として従兄弟である現アクロイド国王、ネイサンとの交渉に乗り出しました。しかし、


「またダメですか……」


 同族の好だといって交渉には応じてくれましたが、色よい返事はもらえませんでした。それは、彼らの頼みの綱が切れていないからです。それは、華帝国からの援軍。降伏を迫るわたしたちへの決まり文句は、『華帝国の援軍がきたらお前たちなど蹴散らされるだけだ』でした。先日、海戦の結果が届いて、華帝国海軍は全滅したとのことです。しかし、王国は頑なに聞き入れません。交渉は完全に暗礁に乗り上げてしまいました。


「……何が問題なのでしょう?」


 弱ったわたしはお父様に相談します。ですが、お父様はいつもの試すような笑みを浮かべるのみで答えを返してくれませんでした。ヒントはもらえたのですが、


「相手の立場に立って、足りないものを考えるといい」


 と、実に曖昧なものでした。さっぱりわかりません。わかるのは、交渉のカードが相手を満足させられていないということだけです。さてどうしようかと考えるだけでは埒があかないので、クレア様に相談してみました。


「足りないもの、ですか……」


 しかし、クレア様もよくわからないようで首をひねっていました。


「それがわからないのです。海戦で華帝国の陸海軍を壊滅させたという話も、頑なに信じてもらえず……」


「証拠がありませんしね……」


 そう。敵が壊滅したという話も、敵であるわたしたちが話せば嘘に聞こえてしまう。この話は嘘ではないけど、戦果を誇張して相手に話すという行為は、国家の威信を高め敵を脅す手段として使われてきた。だから信用ならない、といわれても仕方がないといえた。


「証拠となり得るものは何かありますか?」


「一番は実際に戦って捕虜にした敵でしょうけど、普通の兵士では証拠になりませんし……」


 その通り。今回の海戦でも漂流者を救助して捕虜にしていた。けれど、そのほとんどが雑兵。名のある人物は多くの場合、捕虜になることはない。どこの誰とも知れない人間を連れて行くと、ますます相手の不信を招くことになる。


「相手には華帝国の将軍もいます。華帝国の人間だといわれれば照会されるはずですから、そのような人間が知る同格の将軍や貴族でもないと」


 しかし、そんな人間が捕虜になる可能性は限りなく低い。なら他に証拠となり得るものはないかと考えたけど、そう都合よくは見つからなかった。


「……とりあえず、問い合わせてみましょう」


 結局、ダメ元で帝都に使者を派遣することになりました。試してみる価値はある、と。そして、その結果は、


「お久しぶりですね」


「「レオノールさん(殿下)!?」」


 派遣した使者とともにやってきた人物を見て、出迎えたわたしやクレア様を筆頭に驚きました。レオノール第二皇妃殿下。皇妃のなかで最も年下ですが、文部大臣と外務副大臣の職を兼任されている才媛です。特に外務の分野では、他国の外交官に恐れられているとか。そんな方が現れたことから、大体の要件を察することができました。


「今回は外務副大臣として、アクロイド王国との交渉をまとめにきました」


「皇帝陛下のご命令でしょうか?」


「はい。旦那様ーー皇帝陛下は、降伏交渉まではパース元帥に一任されると仰られていました。そのあとのことは、すべてわたしが担当いたします」


「わかりました。……ところで、ひとつご相談したいことがあるのですが」


 事情は理解しました。そこで、わたしは交渉のエキスパートであるレオノール様にアドバイスを求めました。


「わたしにできることなら」


「実は、降伏交渉が上手くいっていないのです。相手は頑なに拒否するばかりで……」


「聞いています。その要請も」


「その節は、無理なことを言ってしまって申し訳ありません」


 敵の将軍や貴族の身柄なんてあるはずない。それでもあるかもしれないわずかな可能性に賭けて使者を送りましたが、返事がありません。つまり、そんな人物は捕虜にいないということです。わたしはレオノール様を帝都の代表と見なし、迷惑をかけたことをお詫びしました。ところが、


「今日はそのことでお伝えしたいことがあります」


 ……叱責でしょうか? しかし、それも甘んじて受け入れます。


「見つかりましたよ、敵の将軍」


「「え?」」


 驚いたのは、わたしとクレア様。話し合って要請は出したものの、見つかるとは夢にも思っていませんでした。だから叱責も覚悟したのです。ですが、本当にいるとは……。衝撃のあまり、わたしたちはしばらく動けませんでした。


 ーーーーーー


「イ・ジョンム将軍。華帝国海軍の司令官だそうです」


 レオノール様がそのように紹介しましたが、イ将軍は言葉を発することはありません。憮然として座っています。


「喋りませんけど、交渉の材料にするには問題ありませんね」


 レオノール様。さらっと怖いこと言わないでください。ともあれ、


「これでなんとかまとめられそうですね」


「そうですね」


 わたしはクレア様と頷き合います。イ将軍がいることで、華帝国海軍が敗れたという情報を相手も信じざるを得ないからです。これで交渉は一気に進むはずです。ーーそう思っていたのですが、レオノール様のお考えは違うようでした。


「本当にそうでしょうか?」


「え?」


「どういうことです?」


「華帝国海軍が敗れたことは事実でしょう。それは、指揮官が捕虜となっている点からも明らかです」


「ならーー」


「ですが、敗れた華帝国海軍は主力なのでしょうか? いえ、主力であるという証明にイ将軍がなるのでしょうか?」


「……」


 そう言われると、厳しいかもしれません。レオノール様の発言から、イ将軍が華帝国海軍の司令官であることは間違いないのでしょう。しかし、それをアクロイド王国が知っているかは不明……いえ、知らないでしょう。華帝国の将軍がイ将軍のことを知っていても、信じない可能性もあります。


「そんなわけで、イ将軍はアクロイド王国から譲歩を引き出す材料としては足りないのです。このままでは」


「このままでは?」


 その言い方に引っかかりを覚え、わたしは訊き返しました。レオノール様は大きく頷かれます。


「ええ。皇帝陛下曰く、『馬鹿と鋏は使いよう』。アクロイド王国相手に役に立たないものでも、華帝国には役に立ちます」


「華帝国との講和交渉ですか!?」


「まさか。そんなことをすれば、勘違いして足元を見られるだけです」


「ならどうやって……?」


「いるじゃないですか。アクロイド王国にも華帝国の人間が」


「華帝国の将軍を懐柔するのですか?」


「ええ。そうなれば、アクロイド王国も諦めるしかないでしょう。それに、華帝国には他国を救援する余力はなくなるでしょうし」


「それは、どういうーー」


「機密事項なので、これ以上は言えません」


 レオノール様ははぐらかしました。しかし、わたしたちが知らないところで何らかの動きがあるようです。

 気になるワードが登場しましたが、今やるべきはアクロイド王国を降伏させること。わたしは再び王都へ乗り込みました。捕虜となったイ将軍に担当者は驚いたようですが、肝心の交渉は平行線のまま。何も進展はありません。しかし、わたしの目的は時間稼ぎ。粘っているように見せ、真意を隠します。


「とにかく、降伏などできない!」


「それでは民たちが苦しむだけです。どうかお聞き届けください」


「くどいな。だいたい、民のためというならそちらが撤兵してはいかがか? そうすれば王国の民も帝国の民も、苦しまずに済むだろう。ああ、もちろん北東部も王国に帰属する領土だ」


「それは横暴というものです。王国はこれまで連戦連敗で……」


 と、激しいやり取りを行います。その裏では、レオノール様が華帝国のチャン将軍と会っていました。


「……それは本当か?」


「嘘は吐きません。あなたがたがこの国より退去し、増援を送らないよう働きかけてくれるのならば、わたしたちは追撃をしません。鹵獲した艦船と乗員の一部をお返しするので、それで本国へ戻ってください」


 と、レオノール様は取引を持ちかけます。アクロイド王国の頼みの綱は華帝国。その増援が望み薄となれば、残された道は餓死か降伏の二つにひとつ。前者を選べば命がありません。だからネイサンは降伏を選択するでしょう。城が落ちないなら、その周辺を攻める。理屈は戦と同じです。


「ぬう……」


 チャン将軍は迷っているようでした。これだけいい条件を提示されてまだ悩んでいる。こちらを甘く見て要求を吊り上げようという考えでしょうか? どこまでも貪欲な人です。しかし、そんなわたしの考えは的外れのようでした。なぜなら、レオノール様のお言葉で態度がころっと変わったからです。


「帰国後のことならご心配なく。将軍が責められることはありませんよ」


「……なぜそう言える?」


「程なく帰還命令が出るからです。西の敵に対処するために」


「西……まさか、モルゴとイディアが!?」


「正解です」


 レオノール様はチャン将軍の推測を肯定しました。

 モルゴは、華帝国西方に勢力を持つ遊牧民族。軍事衝突すれば十中八九モルゴ側が勝っています。騎兵を主力とするモルゴと歩兵を主力とする華帝国とは相性が最悪という理由もありました。

 イディアも、小柄な体格で平地では華帝国の敵ではありませんが、山岳地帯では無類の強さを発揮して苦しめてきました。平地は奪えても、本拠地である山を越えた土地には手が出せずにいます。

 どちらも、華帝国にとってはトラウマ的存在であり、まごうことなき強敵です。彼らが動いた。しかも同時に。そうなると本国が危うい。海の向こうで戦争している場合ではありません。撤退の命令が出るのは自明の理です。


「……わかった。提案を受け入れよう」


「英断です」


 こうして約束が取り交わされました。そしてそれに則り、チャン将軍は部下とともに王都を脱出。帝国軍の監視部隊とともにブレストへ向かいました。そこで捕虜たちと合流。華帝国の船に乗り込み、帝国海軍の軍艦に護衛されながらミーポーへと脱出します。

 数日後。反撃の芽が完全に潰えたネイサンは竜帝国の降伏勧告を受け入れました。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ