9-8 ミーポー沖海戦
今回は短めです。
8-19『ピリオド』も同時投稿しております。そちらもご覧ください。
ーーーチャン・ヨンスーーー
今日は定例のお茶会。集まるのはわたくしと仲良くしてくださっている女性たち。全員、皇帝陛下の側室です。現在、後宮はわたくしと正室の二派に分かれて対立しています。今回のお茶会は派閥内の関係を強化するためのものです。
そのとき、侍女が兄上からの手紙を持ってきました。わたくしはそれを読んでみたのですが、
「ええっ!?」
内容に驚いて、つい声を上げてしまいます。
「いかがなされましたか?」
「え、ええ……。実は、弟のボンチャンが流れ矢に当たって戦死したと」
「まあ!」
「それはお気の毒に……」
「残念ですわね。折角、戦争は勝利しつつあるというのに」
そう言って次々とお悔やみを述べてきます。わたくしはひとりひとりに感謝を述べました。それにしても……兄上はどうされたのかしら? 出征してから負け続けているのですが? 蛮族ごときに不甲斐ないですね。
色々と言いたいところですが、今はすぐに援軍を送らなければなりません。わたくしはボンチャンが死んだことを理由にお茶会を切り上げます。彼女たちも、文句も言わずに受け入れてくれました。部屋に誰も居なくなると、侍女に手伝わせて服装を整えます。すぐに陛下のお耳に入れるためです。
「陛下」
「おお、ヨンスが。いかがいたした?」
「ボンギル兄上より文が届き、ボンチャンが流れ矢に当たって不運な最後を遂げたとのことです」
「なんと!?」
驚くのも無理はありません。陛下には戦は有利に進んでいるとの報告をしていましたからね。実際は討死ですが、今さら本当のことを言う必要はありません。
「陛下。わたくしは胸が張り裂けそうです。ですが、現場に居合わせた兄上のお気持ちは、わたくし以上に厳しいでしょう。ここは激励の使者と援軍を派遣してくださいませ」
「うむむ。たしかにその通りだが、ミーポーの沖には敵船がうようよしておるのだ」
「艦隊の出撃を早めては? 陛下の精強な兵たちが蛮族に負けることなどないはずです」
「そう……だな。よし、イ将軍(水軍の司令官)にそう命じよう」
陛下はわたくしの説得に応じてくださいました。ふふっ。上手くいきました。あとは将軍たちの仕事です。
「ありがとうございます。陛下」
「なんの。ボンギルは朕の義弟。ボンチャンもまた然り。その者の死は、朕の片腕をもがれた思いだ。必ずや、その報いを受けさせようぞ」
「はい。ところで陛下、わたくしも慰めて頂きたいのですが……」
「そなたもまた、朕の片腕よ。そなたの痛みは朕の痛み。いくらでも慰めてやろう」
そう言って陛下はわたくしを抱き寄せました。
「まだ日が高いですよ?」
「構うものか」
陛下は翌朝までたくさん慰めてくださいました。
翌日。朝議で陛下は増援を派遣することを命じられました。わたくしは陛下の御座の後ろにいることを許されています。
「陛下。渡海にはしばらくご猶予をいただきたくーー」
「なぜだ? 兵は揃ったと報告を受けているぞ?」
「兵は集まっておりますが、敵艦隊がいる状況では危険です」
イ将軍は海戦を行なって敵艦隊を一掃してから増援部隊を送り込みたいようです。しかし、兄上を助けるためにはすぐに増援を送りたいところ。そんな悠長な手はとれません。
「ならぬ。が、そなたの言い分は理解した。ならば艦隊が敵艦隊を足止めし、その間に増援が出撃するというのはどうだ?」
「…………それならば」
将軍は少しの沈黙の後、了承しました。その答えに、陛下は満足そうに頷きます。
「ならばすぐに取りかかれ」
「はっ!」
増援の目処がついたことに、わたくしは安堵しました。
ーーーセンーーー
帝国歴十五年九月十八日。華帝国のミーポー近海を遊弋していた帝国第二艦隊と、華帝国海軍主力とが激突した。ミーポー沖海戦の始まりである。
まず敵を発見したのはユニコーン級戦闘艦キッド率いる第二三支援隊であった。同隊はミーポーの港を監視しており、敵艦隊の出撃を本隊に伝達する役割を担っていた。事前に与えられた役割の通り、チャンドラーが通報に走った。他は現場に残り、敵艦隊との接触を保つ。
ここで敵艦隊に動きがあった。支援隊を邪魔に思ったのか、五隻ほどの小型艦が接近してきたのだ。これを見た隊司令は交戦を決断した。
「優速を以って敵艦を翻弄し、血祭りに上げる!」
支援隊はその特徴である高速性を十分に活かし、華帝国の艦艇を翻弄した。相手は帆船だが、こちらは動力船。スピードでは勝負にならない。華帝国海軍は、未だかつて経験したことのない高速機動を行う支援隊に対処できず、一方的な攻撃により一隻また一隻と数を減らし、ついには全滅した。
キッド以下、支援隊の乗組員はその戦果に狂喜乱舞する。だが、その喜びはいつまでも続かなかった。敵本隊が横陣を組んで迫ってきたからだ。整然と陣形を組まれると軽々に挑めるものではなく、支援隊は慌てて距離をとった。
華帝国は支援隊に速度で劣るため近づけず、支援隊は華帝国の堅陣に阻まれて近づけない。そして両者は睨み合いながら並走することとなった。
そのとき、支援隊はミーポーからこそこそと這い出る船団を見つけた。敵の増援ーーという雰囲気ではない。むしろ見つからないように密かに行動しているように感じられた。支援隊が接近を試みると、敵艦隊がさりげなく針路を阻む。これで隊司令は、あの船団が補給物資などを積んだ輸送部隊だと判断する。このことを伝えるべく、スコットが離脱した。
ともあれ、緒戦は竜帝国の勝利であった。しばらく近郊状態にあったが、それが崩れたのはチャンドラーの通報を受けて駆けつけた第一艦隊が現れたためだ。
竜帝国海軍は第一艦隊(旗艦ヴァンガード)。内訳はヴァンガード級戦闘艦八隻、ベルファスト級八隻、ユニコーン級三二隻。
対する華帝国海軍はジャンク船三百隻あまり。
数的には劣勢だが、竜帝国海軍の士気は高かった。それは数的な有利不利より、己の機動力で勝負をつけると考えていたからだ。その方針に則り、竜帝国海軍は右へ転舵。華帝国海軍の左翼端へ攻撃を加えた。
単縦陣をとる竜帝国海軍は一隻が攻撃を終えても、後続の艦が継続して攻撃を加える。対して華帝国海軍は単横陣をとっているため、一隻が攻撃を加えられても、その船が邪魔をして思うように反撃ができない。形勢はこの段階で既に明らかとなっていた。
さらに、戦術的優劣が勝負を決定づける。この海戦で、竜帝国海軍は遠距離攻撃を徹底した。接舷しての戦闘は、隻数の多い華帝国海軍に有利。さらに足が止まることになり、自らの長所を潰すことになる。そこで機動力にものをいわせて距離を保ち、遠距離攻撃で決着をつけるーーそれが竜帝国海軍の基本戦術だった。
それは見事にはまり、竜帝国海軍は攻撃と離脱を繰り返してじわじわと敵の戦力を削っていく。華帝国海軍が接近すれば、即座に距離をとる。猛追してきても、相手は帆船。対するこちらは動力船。引き離すのは容易い。
やがて乗員の疲れが出たのか、華帝国海軍の動きが目に見えて悪くなった。さらに大艦隊ゆえに統制が取れておらず、単横陣も崩れてごちゃ混ぜの団子状態となっていた。これを見た竜帝国海軍は、次なる一手を打つ。
旗艦ヴァンガードに信号旗が掲げられる。それを見た竜帝国海軍は離脱を開始する。だが、それに続かなかったのはユニコーン級。増速し、華帝国海軍の正面を横断するという大胆な行動をとった。さらに何かを海に投下する。投下されたものは海を漂い、海流に乗って華帝国海軍のもとに集まった。直後、漂流物が破裂する。至近距離での爆発を受けた船は船体に破口ができ、そこから浸水して沈没していく。距離があっても、破片が人員を殺傷した。
何が起こったかわからず混乱する華帝国海軍。そこへ竜帝国海軍主力が再度接近してきた。陣形が乱れている上に沈没船が発生しているため、華帝国海軍は移動もままならない。そんな状況ではただの的でしかない。飽和攻撃が加えられた末に、華帝国海軍は粗方殲滅された。
この戦いで、竜帝国海軍は損傷を受けた艦こそあったものの、すべて健在。対して華帝国海軍は多くが沈没。降伏した船五十余。逃げられたのはわずか十隻ほどだった。
ーーーーーー
一方、ミーポーを出港した華帝国軍の輸送船団は交戦を避け、どうにかブレスト近海へとたどり着いた。ほっとひと息吐いたが、幸運もそれまで。すぐに哨戒任務に就いていた竜帝国海軍のクリッパーに発見される。
ブレストが陥落した後、同地は竜帝国海軍の一大根拠地となっていた。ベルファスト級戦闘艦八隻を主力とする竜帝国海軍第二艦隊が常駐し、百隻を超すクリッパー哨戒船隊が出入りしていた。根拠地が近くなったことで、アクロイド王国沿岸の警戒監視網はその密度を増していた。輸送船団はこれに引っかかったのである。
この情報はすぐさまブレストに持ち込まれ、第二艦隊(ベルファスト級八隻、ユニコーン級三二隻)が出撃。アクロイド王国西方海面にて会敵し、同艦隊は輸送船団を殲滅にかかった。戦法は第一艦隊と同じく遠距離攻撃。離脱を試みた敵に対しては、第一艦隊が戦況を決定づけるために使った水雷を用いて混乱させ、その隙に攻撃して沈没させる。輸送船団は三百隻余だが、この戦法に対しては有効な手立てがなかった。
輸送船団は上陸を諦めてミーポーへ帰ろうとするが、第二艦隊は執拗に追撃した。さらにミーポーへの航路には第一艦隊が待ち構えていた。挟撃された輸送船団はひとたまりもなく、壊滅。彼らがたどった道は沈められるか、降伏して鹵獲されるかの二つだった。
ミーポー沖海戦は竜帝国の完全勝利に終わった。この結果、竜帝国は敵の増援を阻んだだけでなく、制海権を確保してアクロイド王国にいる華帝国軍を孤立させることに成功する。勝利のときが近づいていた……。




