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異世界最強の自宅警備員  作者: 親交の日
第九章 パクス・ドラゴニア
121/140

9-7 アクロイド親娘対決(後編)

 



 ーーーアダムスーーー


「許さん……許さんゾォォォッ!」


 獣のごとき人の叫び声が陣地に響く。チャン将軍だ。帰ってきたからずっとあの調子である。どうも弟や側近をことごとく討たれたらしく、失意と怒りとがごちゃごちゃになっているようだ。


「あ〜あ。まーた始まったよ」


「勘弁してほしいよな」


 歩哨をしている兵士がそんな会話を交わす。華帝国の兵士だ。彼らも将軍には付き合いきれない、と隠れて愚痴を言っていた。わしも同意見だ。

 だが、チャン将軍が苛立つ原因はそれだけではない。実は、補給が届かないのだ。正確には、華帝国からの物資が届かない。どうも敵は海上で補給のための船を襲撃しているらしいのだ。華帝国はこれの排除に乗り出し、近く安全確保のために艦隊決戦を挑むようだ。それまで追加の兵士は送れない、と華帝国から連絡があった。妥当な判断といえるが、チャン将軍はそれが気に入らないらしい。

 現在、我が軍は全軍でおよそ五万。半分以下になっている。対する敵は増援を得ているらしく二十万を超えていた。戦力差は四倍。さらに、城に籠もられている。まず勝てない。弟や側近の仇を討ちたいチャン将軍は是が非でも勝ちたいから、それがもどかしいのだろう。


「しかし……」


 わしは見渡す限り続いている長城を見つつ、斥候の報告を思い返す。

 中央は我が軍が敗退した結果、竜帝国が食い込んでいる。北にいるわしらは反包囲されているのだ。普通に戦っても負けるのに、挟撃されてはひとたまりもない。そのため中央に対する警戒部隊を置くと同時に、わずかな兆候も見落とさないよう多くの斥候を放っていた。そして、先日その報告が上がってきた。


『今のところ、敵中央軍に動きはなし。特記事項としては、同軍の司令官はカレン・アクロイド様の模様』


 それが報告の中身である。チャン将軍を負かしたのはわしの娘というわけだ。娘の立派な成長は喜ばしいが、これを将軍が知ればわしの命はないな。はてさて、どうしたものか……。


「閣下。グレッグ様がお着きになられました」


 悩んでいると、伝令が思わぬ人物の来訪を告げた。


「ん? なぜグレッグが来るんだ?」


「はっ。国王陛下が送られた援軍とのことです」


 なるほど。ネイサンが送り込んできたのか。


「父上!」


 グレッグがこちらに寄ってくる。わしは思わず頰が緩む。会うのは数年ぶりだからだ。やはり子どもとの再会は嬉しい。ただ、一番会いたいのはカレンだが。


「国王陛下のご命令により、援軍を率いて参りました」


「遠路ご苦労」


 思わず立派になった息子の姿に頰が緩む。続いて後ろにいるグレッグが率いてきた兵士たちに目を向ける。


「……思ったより若い者が多いな」


 我が国はかなりの無理をして兵を出している。働き手不足で、おそらく今年の収穫は大きく落ち込むだろう。だが、帝国を併呑すればマシになるはずだ。今回の戦争は、そんな博打の要素を多分に含んでいる。しかし乾坤一擲の戦争は旗色が悪い。起死回生のため、ネイサンはなりふり構わぬ動員をかけたのだろうと理解した。


「はい。精鋭であるブレストの兵を中心に三万人の若者を集めました。すぐに王都周辺の軍勢二万もーー」


「おい」


 聞き捨てならない台詞に、わしは思っていたより低い声が出た。グレッグが身を震わせる。


「何かしましたか?」


「わからないのか、お前は?」


 いや、グレッグだけではない。ネイサンもだ。しかしグレッグは本当にわかっていないらしく、答えを待っていた。本当にこいつは……。


「前の戦争を忘れたか?」


「前の戦争、ですか……?」


 どうやら本当に忘れているらしい。カレンなら、ここまでヒントを出せば気づいてくれる。いや、ノーヒントでも思い至ったはずだ。


「前回、ネイサンの要請でわしはブレストの兵を率いて王都の救援に向かった。その結果どうなった?」


「それは、ブレストが陥落してーー」


 そこまで言えば、グレッグもようやく気づいたようだ。己の失策に。


「ちっ、父上。どうすれば!?」


「どうもこうもならんわ」


 わしは突き放すように言う。引き返しても間に合うかわからない上、ネイサンは命令違反だと騒ぐだろう。事実だから抗弁のしようがない。あれはブレストを直轄領にしようとしている節がある。このような機会を与えるべきではない。まあ、その前に王国が滅びる方が早いだろうがな。

 ブレストのことは諦めた。しかし、グレッグは動揺が激しい。ブレストには妻子がいるからな。無理もない。わしは、正直どうでもいい。初孫だが、アクロイド公爵家を取り込むための道具にすぎないのだから。


「大人しく、成り行きを見守るしかない」


 わしに言えるのはそれだけだった。とりあえず、グレッグの援軍は中央の敵に備えさせる。身が入っていないようだが、あちらには斥候を張りつけてあった。動きがあればすぐに通報があるだろうし、距離があるから対処する時間的余裕もある。どうにかなるだろう。

 ……だが、わしも諦めたと言いつつブレストのことは気がかりだったのだろう。グレッグの報告で最も重要な部分を、ブレストが危機に瀕していることに気づいた衝撃で完全に聞き逃してしまっていたのだから。そのことに気づいたのは、グレッグが来てから五日後のことだった。


「ブレストが陥落いたしました」


 やはりな。ブレストは戦略上の要衝だ。我らと華帝国の連絡を断つという意味でも、北東部に集結した我が軍を牽制するという意味でも。


「閣下は予測しておられたのですか?」


「ああ」


 部下の問いに、わしは頷く。おお、と感嘆の声が上がるが、わしからすれば大したことはない。竜帝国は前回も同じ手を使ってきたのだから。むしろ、一度ならず二度までも同じ手にかかったことを悔しがるべきだ。


「すぐに奪回しろ!」


 チャン将軍が吼える。反対はしないが、問題がひとつ。


「その戦力はどこにあるのですか?」


「それは……この軍から出すしかあるまい」


「眼前には二十万に上る敵軍がいますが?」


「それでもだ」


 わしの指摘に、チャン将軍は不愉快そうに応じている。だが、これだけでは済ませない。


「では、どれほど兵を割かれるおつもりで?」


「二、三万出せ。敵は一万少々だというではないか」


 ところが、話はそう上手くいかないのだ。わしは今朝上がってきたばかりの情報を開示する。


「敵は新たに三万の兵が上陸したらしく、ブレストの兵は四万になっている」


「なっ!?」


 そんな話は聞いてない、とばかりに目を見開くチャン将軍。言ってないのだから知らないのは当たり前だ。だが、そんなことはどうでもいい。結論は、二万や三万の軍勢ではどうにもならないということなのだから。


「敵は化け物か!? なぜそんな大軍を次々と展開できる!?」


 わしが聞きたい。彼我の国力差がここまで広がっていたとは思わなかった。合計すれば三十万に届こうかという数字だ。いや、本国にも少し押さえは残っているだろうから、確実に三十万以上いる。いったいどうなっているのか知りたいーーそれはチャン将軍と同意見だ。


「とにかく、今はここを死守して華帝国からの援軍を待つしかない」


「そうだな」


 チャン将軍も歯噛みしながらだが賛成したことで方針は決まった。ただし、それも華帝国が竜帝国の艦隊に勝てればの話だ。こればかりは、もう天に祈るしかなかった。


 ーーーカレンーーー


 華帝国軍を打ち破ったわたしたちはアクロイド王国の中東部に進出しました。ここから王都、王国の南北を睨みます。

 今回、わたしが華帝国に勝利したことで連合軍の実権はお父様が握られるでしょう。基本的に慎重なので、こちらの動きを警戒して斥候を送り込んでくるはずです。わたしは隷下の防諜部隊を総動員して、斥候を排除していきました。動きを悟られるのはあまり好ましくありません。謎だからこそ、その動きを制限することができます。


「報告いたします。第二軍は作戦目標を達成。レイモンド大将は軍主力を率いてこちらに向かっているとのことです。また、第一軍は予定通り、半数を予備部隊(予備役で構成された部隊)に置換しました。二日前にはリアナ大将率いる海兵師団(第三軍)がブレストを攻略。増援を含め、四万が展開しています」


「予定通りですね」


「はい。加えて、大本営より司令官が具申された作戦を実行するとの命令がありました。こちらが命令書になります」


 副官が差し出した封筒を開け、中身を確認します。それによると、わたしが提案したものと内容はほとんど変わっていません。そのまま通ったようですね。


「直ちに準備するとともに、隊長以下の幹部を集めてください。それと、防諜を今一度徹底するように」


「はっ!」


 わたしたちが準備を始めていることが発覚するだけでも、敵には大きなヒントになり得ます。なるべくそのような要素は排除すべく努力するべきでしょう。だから、防諜についてはしつこく言っています。

 司令部スタッフや幹部は優秀で、ほんの五分ほどで全員が集まっていました。わたしは彼らの前に立ち、作戦を説明します。


「やることは単純です。我が軍と、第一軍、第三軍で連合軍を包囲・殲滅します」


「「「はっ!」」」


「予備部隊はこの場に留まり、守備してください。その他は明朝、行動を開始します。一気に北上し、味方と歩調を合わせて攻撃するのです。質問はありますか?」


「「「……」」」


 幹部たちは何も言いません。承認を得たということにします。


「では、直ちに準備に取りかかってください」


 翌朝、わたしたちは予定通り行動を開始します。敵の斥候は完全に排除しました。おかげで周りの目をあまり気にすることなく行動できます。

 連合軍の横腹へと進出したわたしたちは、しばらく潜伏します。他の部隊と連絡を取るためです。夜にフクロウを長城へ向けて飛ばします。伝令は発見されれば怪しまれますが、フクロウなら怪しまれることはありません。数時間後にフクロウが戻ってきました。


「『第三軍も到着。夜半に攻撃を開始する』ですか……」


 作戦計画の通りですね。敵の情報を遮断し、正確な状況を把握しきらないうちに撃破する。基本です。


「確認します。わたしたちは夜襲の先陣を切ります。それを合図に、他軍が行動に移るーーそれは理解していますね?」


 一斉に頷く幹部たち。わたしたちが先陣を切るのは、夜襲をかける三つの軍のうち、兵力が最も少ないからです。

 二番手、三番手になるほど敵も統制を取り戻し、被害も大きくなります。兵力が少ないということは、同数の被害でも割合としては大部隊より深刻なものとなり(同じ百の被害でも、千人の部隊なら十パーセント、一万人の部隊なら一パーセント)今後の行動に支障が出る可能性がある。そのため、わたしたちが一番手になっています。


「襲撃は大隊単位による奇襲攻撃です。なので、この場で順番を定めることはしません。現場の大隊長の判断の下、行ってください。質問はありますか?」


「「「……」」」


「では直ちに準備に取りかかるように。念押ししますが、火の使用は一切禁止です」


 敵に存在を悟られる危険があります。料理など以ての外です。そのために事前に調理したもの、煮沸した水を携行しています。あまり美味しくないかもしれませんが、わたしも同じものなので我慢してください。


「「「はははっ」」」


 そうおどけて見せると、幹部たちは笑い出しました。しかしすぐに表情を引き締め、了承の返事を返してくれました。

 深夜。兵たちは鎧を脱ぎ、馬は板を噛ませ、脚に覆いをつけてなるべく音を立てないよう工夫して行動します。もちろん明かりもありません。代わりといってはなんですが、通り道には白い紐が張ってあります。これとわずかな月明かりを頼りに、わたしたちは敵の陣地へと接近しました。


「声を出すなよ……」


 小声での注意喚起でさえよく聞こえるほどの静かさ。敵の様子を見るため、わたしは茂みから顔を覗かせます。敵陣は篝火が焚かれ、明るくなっています。光の反射でバレないよう、わたしたち全員、鼻や頰に泥を塗っていました。これは発見を防ぐ工夫であると同時に、同士討ちを防ぐ目印でもあります。


 ーーカサカサ


 聞くからに怪しい音がしました。わたしの右手からです。


「ん?」


 当然、歩哨をしている兵士は不審に思います。音がした方向を見て、目を凝らします。


「一応見ておくか」


「だな。ちょっと行ってくるわ」


 アクロイド王国軍に限らず、歩哨は原則二人。怪しい物音を確認するときは、ひとりが見に行き、もうひとりはその場に待機します。他を見張るとともに、もし敵がいても必ず通報できるようにするための処置でした。ですが、今回はそれを逆手に取ります。

 音がした茂みにあと一歩、というところまで迫った歩哨。瞬間、茂みから手が伸びてきて彼を引きずり込みました。ちょっとホラーです。間を置かずぐっ、という小さな声が漏れました。歩哨の断末魔でしょう。剣を抜いていなかったことが仇になりましたね。あれでは咄嗟の反撃に出られませんから。


「ーーて、t」


 残りのひとりがそれを見て通報を試みますが、その前に後ろから伸びてきた手に口を塞がれ、意識を永遠に手放します。喉をかき切られたのです。

 意識がそれた瞬間に背後へ回り、味方が動くと同時に始末する。そんな高等技術を披露してくれたのは防諜部隊の方々でした。彼らは全員が特殊作戦コースを修了し、防諜のみならず夜襲の露払いなども行います。このような部隊は大隊以上の司令部に小隊単位で従事しています。そして彼らから極めて優秀な者が特殊作戦隊に入るのです。


「進路クリア」


「大隊、突撃用意!」


 それを見た大隊長が、隊員に突撃の用意をさせます。彼らは一斉に剣を抜き、片膝立ちになりました。いつでも走り出せるように。

 大隊長は静かに剣を抜くと、ゆっくりと儀式のように高く高く構えます。場に厳粛な雰囲気が漂います。物音ひとつ立ちません。そんな一瞬の静寂の後、


「かかれ!」


 剣が静寂を切り裂くかのように振り下ろされ、大隊長の声が闇夜に轟きます。兵士たちは喊声を上げ、弾かれたように敵陣目がけて駆け出しました。


「仕掛けたか。……全隊、突撃にぃーかかれーッ!」


 それを皮切りに、あちこちに伏せていた部隊が夜襲をかけます。敵兵は右往左往するばかりで、組織的抵抗とは無縁の状態にありました。大混乱です。


「閣下……」


「行きなさい」


「ありがとうございます!」


 司令部大隊も出しました。あんな風に期待の眼差しを向けられると断れません。夜襲が始まったと同時に、上空へ火矢を放ちます。他の部隊への合図のためです。ただし一発。二発放つと『強襲』の合図になりますから。少し時間を開けてから、わたしも敵陣に踏み込みます。味方が敵を駆逐した場所ですが、前線ではあります。一応。


「騎兵隊は追撃に備えなさい。敵の作戦能力を奪うのです!」


 戦闘しないからといってやることがないかというと、そんなことはありません。一番大切なのは、追撃の手を残しておくことですね。戦で最も成果を挙げやすいのは追撃戦ですから。また、敵が反撃に出た際、味方の撤退の支援することにも使えます。

 華帝国軍は蜘蛛の子を散らすように簡単に蹴散らせました。しかし、アクロイド王国軍は円陣を組んで頑強に抵抗しています。お父様はさすがです。

 ただ、お父様は勘違いをされています。これが嫌がらせ目的の夜襲なら、耐え凌ぐという手段はありです。しかし、これは三軍共同の反攻作戦。作戦目的は、長城付近から連合軍を一掃すること。本来なら撤退すべきなのです。事実、他軍が到着して飽和攻撃が加えられると、円陣は見る見るうちに崩壊していきました。


「ーー今です!」


 陣の崩壊を見たわたしはすぐに追撃をかけました。騎兵が敵陣の綻びに入り込み、傷を広げていきます。集団で陣を組まれると厳しいですが、少人数での即席防御陣形なら騎兵の突破力の前ではないも同然です。


「騎兵は突破と分断。歩兵は包囲と殲滅……」


 わたしはオリオン様に教わった用兵の基本を唱えます。戦闘の興奮で忘れてしまわないように、何度も何度も。しかし、ただ殺戮するだけではありません。


「降伏する者は受け入れなさい!」


 それはオリオン様が帝国軍に徹底させていることです。降伏した者は敵ではない。だから受け入れよ、と。兵たちは忘れがちなので、比較的冷静なわたしたち指揮官が小まめに注意します。


「中将」


「元帥閣下!」


 指揮を執るわたしに声をかけてきたのはクレアさん。普段は名前で呼んでいますが、今は兵士たちの前なので役職で呼びます。


「戦況はあなたの予測通りに推移しているわね」


「はい。安心しています。それにしても、閣下自ら前線に出られるとは……意外でした」


「そう? わたしはいつも前線に出てるつもりなんだけど……。それなら、わたしも意外に思ってるわ」


「え?」


「だって、あなたはいつも最前線に出ているじゃない。報告は受けているわ。中央での戦いで、敵将チャンの弟と側近を討ち取ったそうね」


「あはは……」


 乾いた笑いが漏れました。それは言わないでください。大戦果でしたが、部下たちから大将は後方に控えて指揮を執ることが仕事です、と諌められたのです。これまでも散々言われてきたことですが、あのときは初めて自分だけで軍を指揮することに興奮して忘れていました。反省しています。

 お話が不味い方向に向かっているので、どうにか軌道修正できる要素はないかと探します。そのとき、折よく声をかけてきた方がいました。


「司令官」


「「殿下!?」」


 そこにいたのはエリザベス皇太女殿下。なぜここに?


「第三軍より、エリザベス支隊五千を率いて参りました」


 惚れ惚れするようなスマートな敬礼とともに、スマートに事情を話してくれました。第三軍ということは……


「テューダ中将ね……」


 殿下を前線指揮官として派遣することになった犯人はベリンダ・テューダ中将。ブレストへ上陸した第三軍のうちで最精鋭である近衛師団の師団長です。なお、近衛師団本来のお役目である帝都守護は残置した部隊(五千)に任せています。


「あれ? 第三軍は三万と聞いていますが……」


「それで合っています。内訳は二個師団と一個旅団です」


「なるほど」


 殿下の階級と『エリザベス支隊』という呼称から、旅団を率いているのでしょう。おそらく大隊二個編成。そのなかに近衛第二大隊は確実にいるはずです。なにせ『栄光ある女人の大隊』ですからね。


「敵軍は三方から攻められ、潰走しています。ただ、一部頑強に抵抗している部隊がいるとのことです」


「この状況で?」


 クレアさんの疑問はもっともです。敵はほとんど逃げ出しています。援軍の見込みもなく、逃げるのが正しい選択ですが……。


「ーーもしかしたら」


 敢えて正しい選択をしない人に心当たりがありました。


「殿下! その敵の場所はご存知ですか!?」


「え? ええ。案内しましょうか?」


「お願いします!」


「ちょっーー」


 わたしは殿下と馬を走らせます。共にオリオン様から賜った駿馬です。すぐに目的地へとたどり着きました。包囲の輪の中心で抵抗を続けているのはアクロイド王国軍。そしてそのなかには、


「お父様!」


「おお! カレンか!」


「カレン!?」


 やはりお父様がいました。ついでに兄上も。


「皆、退きなさい!」


 隣のエリザベス殿下が味方に攻撃を中断するよう言いました。本来、彼女に指揮命令権はありません。ですが、その意図を察した各級指揮官が攻撃中止を命じたおかげで戦闘は止みました。

 わたしはお父様に歩み寄ります。お父様もまた近づいてきました。


「カレン……元気だったか?」


「はい。……というより、いつもお手紙は差し上げていたはずですが?」


 ひと月ごとに商人に託していましたが、届かなかったのでしょうか? それなりのお金は渡していたのですが……。


「届いてはいたが、やはり直接会って確認したいのが親心というものだ」


「そうなのですか?」


 よくわかりません。わたしに子どもはいませんから。兄弟に置き換えても、兄上に会いたいとも思ったことはありませんし……。今度、クレアさんに訊いてみましょう。

 さて。


「お父様、どうか降伏してください」


「それはできん」


 要求は一蹴されてしまいました。お父様のことですから、そう仰るだろうと思っていました。


「なんだ。予想していたのか」


「はい。伊達に十年以上、娘をやっていたわけではありません」


 お母様の次くらいにはわかっているつもりです。そんな心の声が伝わったのか、お父様は笑みを浮かべています。


「はははっ。これは一本取られた。なら、なぜわしが降伏しないのかわかるかな?」


 お父様は幼い頃からたまにしていた意地悪な顔をしました。これは、わたしを試すときのものです。


「武人の誇りが許さないからーーなんてことを言えば兄上のように怒られるのでしょう。ええ。お父様はそんな高潔な方ではありません。外面はいいですが、内面はどこまでも冷酷で計算高い。そう、家を存続させるために娘を敵国に渡すほどに」


「お、おい……」


 兄上はわたしの歯に衣着せぬ物言いを咎めようとします。ですが、それをお父様の笑い声が遮りました。


「はっはっは!」


「ち、父上……?」


 首をかしげる兄上。お父様が笑っている理由がわからないようです。この人頭おかしいんじゃないか? と思っていそうです。そうだとすれば、兄上の方がよほど失礼だと思いますが。


「こんな愉快な気持ちになったのは久しぶりだ。ああ、お前がいなくなって以来か。やはりそなたはよくできた娘よ」


「ありがとうございます」


「そうだな。アクロイド公爵家の血統を残すために、わしはそなたを竜帝国へ渡した。それで、腹黒冷酷ジジイのわしは、なぜ降伏しないのかな?」


「敵が必要だからです。お父様は兄上、そして現アクロイド国王ネイサンとともに『竜帝国の敵』として処断されるおつもりなのでしょう。アクロイド王国に対する、帝国民の反感を和らげるために。違いますか?」


「いや、その通りだ」


 お父様はわたしの考えが正しいことを認めました。わたしのお母様ーーお父様にとっての妻ーーは先王陛下のご息女。家祖は初代国王の王弟殿下。近くも遠くも、王家の代わりとしての資格は十分にあるのです。


「ですが、お父様は死ねませんよ?」


「なぜだ?」


「たしかにわたしはアクロイド公爵家の血を引きます。ですが、王国がわたしに持つイメージはブレストを失陥した『敗残の将』というものです。とても敗戦で混乱する国をまとめることはできません」


「だがわしも帝国に敗れた身だぞ?」


「たしかに、前回の敗戦を理由にお父様は公爵家当主の座を追われました。しかし、完全に表舞台から消し去ることはできなかった。それはお父様の軍才と根強い人気が原因です。輝かしい戦歴と比べたら、あの敗戦は些細な出来事でしかありません」


 偉業を成した人物は英雄になります。裏で大量虐殺を繰り広げても、淫蕩生活を送ろうとも、それを霞ませるだけの偉業を成せば『英雄にもこんな欠点があったが、こんな凄いことをした』と親しみやすさを演出するための材料にしかならないのです。お父様の場合、これがいい方向に当てはまっていました。


「むむむ……」


 お父様が眉間に皺を寄せて唸っています。こんな反応は初めて見ました。面白いです。


「それにお父様たちが処刑されることもありませんよ」


 竜帝国においてオリオン様が絶対的な権力者であることは疑いようのない事実ですが、あの方はそれを自覚され、自らを強く戒めています。その結果、法に基づいた統治が行われていました。

 裁判もまた、刑法や民法といった法律に基づいて運営されています。前回の戦争でナッシュ大王国を降したときも、敵の王を殺すことなく隠居させるに留めています。逃亡したレノスについては処刑されたようですが……。今回も、ネイサン王を退位させてわたしに王位を継がせることで決着させるのではないかと思います。


「なるほどのぉ……」


 説明すると、お父様は腕組みして考え込みます。目論見が外れて再計算しているみたいですね。それでも抵抗するなら手荒な真似も辞さないのですが、お父様に限ってそんな心配は必要ありません。


「わかった。降伏する」


 ほら。

 お父様は降伏を決断すると、周りの兵士たちにも降伏を促します。彼らは特に抵抗することなく、武器を捨てました。エリザベス殿下が周りに指示して、投降した者たちに手を挙げさせて連行していきます。お父様は横を過ぎるとき、わたしに声をかけてきました。


「帝国に行ってから大きく育ったな。わしよりもはるかに優秀な娘だ」


 そう言うお父様は笑顔でした。試すときのものではなく、心からの。優しい父親としての笑みです。それがわかったから、わたしも父親に褒められた普通の娘として応えました。


「ありがとうございます」


 と。




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