1ー11 裸のお付き合い
ーーーオリオンーーー
ーーカポン。
「ふい〜」
浴槽になみなみと入ったお湯に体を浸すと自然、大きな吐息が漏れる。失った酸素を取り戻すために胸いっぱいに空気を吸い込めば檜の香りが鼻腔をくすぐる。やはり日本人はお風呂ですよ。
能力の練習も兼ねて別宅に造った風呂は浴槽が檜でできた檜風呂になっている。ホテルの大浴場に匹敵する広さが自慢の風呂だ。木の温かみが感じられ、それが素晴らしいリラックス効果を発揮している。我ながら自身のDIYの腕前に惚れそうだ。……能力を使っただけといわれればそれまでだが、そこは目を瞑ってほしい。
大きな風呂をひとりで使っていると独占感がすごい。広大な空間にひとりいると落ち着くよね。……そこ、ぼっちとか言わない。それに甘いな。実に甘い。普段は確かにぼっちだ。一緒に入る人なんていないさ。これまでは。だが今日からは寝食を共にする心の友がいるのさ。カモーン! マイソールメイト・シルヴィア!
そこで俺ははたと気づいた。
あれ? シルヴィアどこ行った?
脱衣所まで一緒にいたはずなのだが……今は影も形もない。そのままぐるりと浴場を見回してーーあれ? 扉をが開いてる。ちゃんと締めたはずなのに、と思っているとこちらを窺う影を見つけた。もちろんシルヴィアである。
「どうしたの? 早く入っておいで」
俺は彼女に風呂に入るように勧める。別に美幼女の裸を見たいとか、そういうやましい気持ちからではない。よく考えてみればーー見た目はともかくーー精神的には大人の俺が幼女に興奮するはずがない。むしろばっちこいである。俺的にはウェルカムな状況だが、シルヴィアの方はどうも恐縮しているようで、控えめな声で返答が返ってきた。
「いえっ。その、私なんかがお風呂だなんて……。分不相応ですっ。井戸を使わせていただければ勝手に体は清めますから……。あっ、別にその、お風呂が嫌なわけではないんです。でも貴族様が入られるようなお風呂を私みたいな奴隷が使うなんてーー」
手をわたわたと振って早口でまくし立てるシルヴィア。その姿はなかなかに可愛らしいが……ふむ。そんな風に自分を卑下する子にはお仕置きだ。てなわけで能力発動。一瞬でシルヴィアの背後に回り込む。俺の能力は名前が《自宅警備員》というなんともアレな名前だが、効果は高い。いや、高いなんてものじゃない。チートの権化みたいなモノだ。ではそんな下らないネームの能力で何ができるのかというとーーぶっちゃけなんでもできてしまう。建物の中であれば本当になんでも。ふざけて核兵器、なんて願ったら本当に出たときが一番驚いた。消すまで爆発しないかガクブルだったよ。
閑話休題。
能力を使えばこのように瞬間移動だってできてしまう。今使ったのは失われた魔法とされる《転移》だ。後ろに回って気がついたがこの子裸である。口では拒否していても体は正直なようだ。入浴を裸で断るなんて、言っていることとやっていることの整合性がとれていない。
シルヴィアは俺を見失ってキョトンとしていた。そんな彼女の肩に触れ、
「入るぞ」
「えっ!? なんーー」
有無を言わさず能力発動。浴槽の手前にある洗い場まで移動し、肩を押さえて椅子に座らせる。さあ、おしおきだべ〜。
「いっ……いやぁぁぁッ!!!」
お仕置きという名の下に、触手のように蠢く腕と大量の泡がひとりの可憐な幼女の体を蹂躙した。ーーそして、
「おお……」
俺は感動にうち震えていた。シルヴィアの体を丹念に洗った後、泡だらけになった体をシャワーで洗い流すとそこには超絶美幼女がいた。磨かれた白磁のような肌に長く艶やかなオレンジの髪。プロポーションは年相応ではあるが期待値は十分。将来はとてつもない美少女、そして美女になることだろう。これなら十分に豚やヘルム執事の鼻を明かしてやることができそうだ。その美幼女っぷりには思わず息子さんも反応してしまう。……これ以上は彼女の情操教育に悪い。すぐに移動しよう。元気な息子さんの姿を隠しつつ移動。かけ湯をして湯船に浸かった。
「ふい〜」
「はぁ……」
隣でシルヴィアが声を漏らす。なぜかそこにエロスを感じた。これは俺がロリコンである証なのか? そんなバカな! よく考えろ。俺が惑っていると、隣からシルヴィアが声をかけてくる。
「あの、オリオン様。すみません。私なんかのことを洗っていただいて……」
まあ主人が奴隷の体を洗うなんておかしいよね。普通は逆だし。申し訳なさそうにしているシルヴィアは小動物っぽい魅力に溢れていて可愛らしいのだが、違う。なぜ謝るのだ。正しいのだが正しくない。心苦しいがここは厳しくいく。
「ねえシルヴィア」
「はい。なんでしょう?」
「僕、馬車で何て言ったっけ?」
「私は奴隷ではなくひとりの女の子だ、と仰いました」
「そうだね。じゃあさっきまでの自分の言動を振り返ってみて」
「……あ」
シルヴィアは何かに気づいたように小さな声を漏らしーーさりげなく視線を逸らした。分かるわ〜。気まずくって視線を逸らす気持ち分かるわ〜。でもさせてあげない。顔を手で挟み、無理矢理こちらを向かせた。
「あんまり偉そうには言いたくないんだけど……僕はずっとこの家に住んでいてね。見ての通りいるのは大人たちばっかり。楽しかったけど、ちょっと寂しかったんだ。それは同年代の友達がいなかったから。街へ出ることもできなくて、どうしようもなかったよ。でも今日、君に出会えた。主人と奴隷という立場になっちゃったけど、僕は君を友達だと思ってる。友達を奴隷扱いなんてしたくないんだ。人前だと難しいけど、せめて二人だけのときは普通に、友達として接して欲しい。そしていつか、僕が自由になれたら君を解放する。そのとき、本当の友達になってくれ」
それは俺の本心からの言葉だった。言うつもりはなかったのだか、なぜか自然と出てきた。まあ出てきたということは、神様か何かが『喋れ』と命じたんだろう。俺はそういう不可思議現象を超越者の仕業だと思う人種だ。
俺の言葉が終わるとシルヴィアは立ち上がり、そして深々と一礼した。
「ありがとうございます。私は素晴らしいご主人様に出会えました。これからは友達としてよろしくお願いします」
「僕もシルヴィアみたいな可愛い子が友達になってくれて嬉しいよ」
「か、かわっ!?」
「事実だろう?」
何を驚いているのか。
「それよりもさ、その丁寧な言葉遣いはなんとかならない?」
『それよりも』と言った瞬間に睨まれた気がしたが、気のせいだろう。『それよりも』ってなんですか、『それよりも』って、と憤慨している声が聞こえた気がしたが、気のせいったら気のせいなのだ! 気のせいだからスルーしても問題ないよね? その強引な解釈により言いたかったことを言ってしまう。友達に敬語は要らないと思うんだ。
そんな俺に対してシルヴィアは顔を赤くしてしばらくぶつぶつ言っていたが、やがてそれはもう素敵な笑顔で、
「努力します」
と答えてくれた。うん。絶対にやらんやつや、これ。頼みごとをして『善処します』と返答されたときくらいやらないやつだ。
「そうか」
それも気にしないでおく。言葉に含むものはあるだろうがスルーだ。なんかスルースキルが着々と上がっていっている気がする。
「あと、私のことはシルヴィ、とお呼びください」
さりげなく追加注文してくるシルヴィアーー改めてシルヴィ。俺は皮肉を込めて、
「努力する」
と返しておいた。
俺は苦笑を、シルヴィは満面の笑みを浮かべる。ようやく心を通わせることができた気がした。
ヒロインが続々登場、と銘打ったものの今回は登場せず。……次こそは!




