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異世界最強の自宅警備員  作者: 親交の日
第九章 パクス・ドラゴニア
119/140

9-5 長城の攻防戦

前回の投稿で、アクセス数が2700を超えました。ありがとうございます。これからも面白いお話を提供できるように励みますので、よろしくお願いいたします。

 



 ーーークレアーーー


 オリオン様から第一軍、およそ十六万という大軍を預かったわたしは、帝都を進発してアクロイド王国との国境線に布陣しました。南部と中部は各二個師団(二万五千)で固め、予備戦力として騎兵旅団(五千)を置きます。残りはすべて北部の長城に駐屯しました。

 情報では、敵は予測より多い十八万の兵を揃えています。もし敵が三方面に兵力を均等に振り分けたなら用兵の原則的に三万以上の兵が必要となりますが、中部は大陸中央にまたがる山岳地帯、南部は密林地帯で、行軍にはとても厳しい環境です。あまり考えられません。なので駐屯している部隊も予備役中心の二線級の部隊で構成されていました。防御に徹すればすぐに負けることはないでしょうし、時間が稼げれば援軍も送れます。特に問題はありません。

 わたしたちが長城に着いてから三日後。敵の連合軍が姿を現しました。


「さすがに十八万ともなると壮観ですね……」


「こちらも十六万いますし、あまり変わらないのでは?」


「そうですけど、やはり近くから見るのと遠くから見るのでは違いますよ」


 部下のひとりが言いますが、わたしは同意しませんでした。個人的には、近すぎると迫力がありません。こう言っては問題でしょうけど、わたしには十六万の兵を率いている実感がありません。数字は理解しているのですが……。

 これから苛烈な戦いが始まるにしては、気の抜けた会話です。しかしこれから死ぬ、といった悲壮感漂う会話よりはいいと思います。……オリオン様に影響されすぎているのかもしれませんね。以前のわたしなら、決して考えもしなかったことでしょうし。

 さて、問題はこれからどうするかです。事前の作戦案では第二軍が作戦を完遂するまで防戦に徹することになっています。ただ、『防戦に徹する』ことと『防戦一方』は違います。守備に回っていることに変わりはありませんが、前者は限定攻勢も交えた積極的防御、後者は攻勢をかける余裕もない消極的防御です。わたしは前者を採ろうと思っています。後者は敵が優位だと思って勢いづかせてしまう可能性があるからです。


「こちらから攻撃を仕掛けたいと思います」


 作戦会議の冒頭、わたしはそう提案しました。


「しかし閣下。我らの当面の役割は、第二軍の作戦が完了するのを待つことです。そのために陛下からも新兵器を授かっているわけでしてーー」


「わかっています。ですがーー」


 幕僚の意見はもっともなものです。しかし、そこでなぜ戦おうと考えるのかを伝えました。


「ーーと思っています」


「なるほど。そういうことでしたか」


 彼らも納得してくれたようです。


「皆さんはどう考えますか?」


 意見を募りましたが、師団長や参謀たちに反対する方はいないようでした。


「では具体的な反抗作戦について、何か意見がある方は?」


「元帥閣下はどうお考えなのですか?」


「わたしは、攻勢が頓挫して撤退する敵を追撃しようと考えています」


 特に最初が狙い目です。アクロイド王国軍はともかく、華帝国は長城を容易く突破できると考えているでしょう。意外な抵抗を受け、算を乱したところに追撃をかければ大戦果が期待できます。


「海からの上陸はどうでしょう?」


「なるほど。……いいですね。ただ、どちらも数度しかできないでしょう」


 上陸作戦はわたしたちの十八番です。成功するとは思いますが、相手には老練なアダムス・アクロイドがいます。彼には一度上陸作戦を使っていますし、一度使えば警戒は厳しくなるでしょう。二度できれば御の字です。


「しかし、これ以外には思いつきません」


 その言葉に他の出席者たちもしきりに頷いています。誤解を受けているようでした。


「わたしは反対というわけではありません。ただ言いたいのは、敵将はアダムス・アクロイド。彼は間違いなく名将です。何度も同じでは通用しないということを、心に留めておいてください」


「「「わかりました」」」


 出席者たちの声が重なります。わたしは満足しました。油断は禁物ですからね。ここで彼らの意識を引き締められたことは必ずプラスに働くはずです。


「他に何かありませんか?」


 およその方針が固まったので、何もなければ解散です。見たところ発言を望む人は……いました。


「あなた、どうぞ」


 手を挙げていた若い士官を指します。階級は少尉。たしか士官学校を上位の成績で卒業し、第一軍の司令部要員として配属されたと言っていましたね。


「はっ。華帝国は自分たちが他人より優秀だと考えているとか。この城を見て、さぞかし油断していることでしょう。そこで今晩、夜襲を仕掛けるのはどうでしょう?」


「待て。敵もその程度は警戒しているはずだ。徒らに兵を損なうことになる。若造。その策は士官学校で習ったのだろうが、実戦では教科書など通用しないと思え」


「その通り」


「これぞ生兵法よ」


 師団長や参謀長などから厳しい意見が飛びます。たしかに教科書に載っている戦法がそのまま通用することは少ないでしょう。ですが、まったくの的外れかといわれればそうではありません。戦史に様々な作戦は登場しますが、突き詰めれば多くの場合、既存の戦法にアレンジを加えたものです(とオリオン様が仰っていました)。


「そうかもしれませんが、試してみる価値はあります。少尉の意見を採用し、夜襲を実行しましょう。ただし、偵察を十分に行い、不可能と判断したら現場指揮官の判断で中止してください」


 だからわたしは実行することを選択しました。各自、思うところはあるかもしれませんが、そこは呑み込んで作戦完遂に邁進してもらいます。


「戦力は、各師団から一個大隊を出してもらいます」


「目標は何にしましょう?」


「そうですね……参謀長、何かありますか?」


 先ほどは若い少尉の意見を聞いたので、今度は経験豊富な参謀長に訊ねます。必ず採用するわけではありませんが、やはりこういうバランスは大事です。


「敵は大軍です。夜襲が成功するという前提に立つならば、食糧を焼くべきでしょう」


「なるほど。大軍は補給に難がありますからね」


 敵の食糧を狙うのも帝国軍ーーというよりオリオン様の十八番。曰く、抵抗する敵を倒すよりも抵抗しない食糧を焼く方が楽。そして、食糧を失えば多くの兵が飢え、単に敵を倒しただけのときより戦力は低下する、と。とても効率的なのです。


「そうしましょう。事前の偵察では夜襲が可能かどうか、敵情を探るとともに食糧の保管場所も確認するようにしてください」


「「「はっ!」」」


 方針が決まればわたし(司令部)の仕事はなくなります。実際の作戦行動は師団長以下の部隊が動くからです。

 とはいえ、やはり気になります。緒戦は大事ですからね。部隊の規模からして、起こっても小競り合いでしょう。しかし、小競り合いだからといって油断はできません。これが上手くいくかどうかで、今後の将兵の士気に関わるからです。上手くいくといいのですが……。


 ーーーアダムスーーー


 夜。外から喧騒が聞こえてきた。


「何事だ!?」


「敵の夜襲です!」


「やはり来たか!」


 予想通りだった。竜帝国に敗れ、ブレストを息子に譲り、それからずっと国境線で睨み合ってきた。為政者としてのわしは竜帝国との戦争は止めるべきだと考えているネイサンは賢君だが、オリオンはそれ以上の名君だ。とても敵わない。

 しかし、武人としてのわしは再び竜帝国と戦いたいと思っていた。もちろん勝つつもりだ。そのために過去の戦争に関する情報を集め、研究を重ねた。その成果として、緒戦における奇襲(夜襲)と兵糧を狙う傾向を掴んだのだ。一応、この軍を率いるチャン将軍にも進言したが、聞き入れられなかった。わしの裁量でアクロイド王国軍の兵糧は守っているが、華帝国は大丈夫なのだろうか? 心配だ。いや、今は自軍の指揮に努めよう。


「事前の打ち合わせ通り、本陣の周りに集まれ! 円になり、互いの死角を補うのだ!」


 これも奇襲を受けたときの対応法として考えたものだ。夜襲は本格的な攻勢ではない。最悪、襲いかかってくる敵が帰るのを待てばいいのだ。統制がとれた部隊は強い。襲撃側も、あえて危険を冒すことはないだろう。だが、


「集まりが遅い……」


 奇襲で動揺しているのか、兵の動きが鈍い。ブレストの兵たちならこのようなことはないのだが、やはり練度の差か。

 しかしこちらが円陣を組もうとしているのを察した敵はそれ以上の襲撃をかけてこなかった。散発的に矢が射かけられるが、時間とともに弱くなっていく。離れていっているらしい。それが止んだのを見て、わしは円陣を解かせる。


「被害をまとめ、報告するのだ」


 兵たちは篝火を焚き、辺りを明るくして動く。一時間もすればおおよその被害を把握することができた。死傷者は約五百。大した被害ではない。一方、敵の死体は十程度だという。捕虜もいない。


「う〜む。見事な手際だ」


 敵ながらつい褒めてしまった。我が軍はこの程度だが、備えをしていなかった華帝国軍が心配だ。


「この場は任せる。わしはチャン将軍のところへ行ってくる」


「お気をつけて!」


 事後処理がひと段落すると、わしはわずかな護衛とともに華帝国軍の本陣へ向かった。陽の光が地上を照らそうかという時間帯だ。やや薄暗いものの、近づけば状況を把握できる。

 ひとことでいえば、惨憺たる有様であった。あちらこちらに華帝国軍兵士の死体が散乱している。かなりの数だ。百では足りない。千はある。さらに、後方ではプスプスと音を立てて兵糧が燃えていた。ほぼ全滅だ。


「これは……」


 あまりの光景に絶句してしまう。ひと言で言って酷かった。生き残った兵士たちも暗い顔をしている。士気はどん底まで落ちていた。そのなかでわしは目的の人物を探して近寄る。


「チャン将軍!」


「アダムスか。敵はなかなか知恵が回るようだな」


 チャン将軍は落ち着いていた。プライドを傷つけられて怒っているものだと思っていただけに意外だ。


「そうだ。兵糧が焼かれてしまった。寄越せ」


「それは構いませんが、こちらの残りも少ないのです。一日二食に制限して、一週間分を提供しましょう」


 補給が間近でわしにも余裕がない。それで精一杯だ。しかし、


「何を言っている。次の補給は一週間後。それまで一日三食分だ」


 チャン将軍の要求は過大なものだった。


「待ってください! それでは我が軍が飢えてしまう!」


「ふん。貴様らが飢えようが、オレたちには関係ない話だな」


「くっ……」


 ここで強硬に反対することも可能だ。だが、もしそれでヘソを曲げられた場合、彼らを頼みに戦争している我が国は途端に窮地に立たされる。彼らの助けなしには、竜帝国と事を構えることさえできないのだ。


「………………わかりました」


 結局、わしは折れることにした。兵士たちには申し訳ない。足りない分は付近の村から購入しよう。


「ふん。それでいいのだ。下等なお前たちは優秀な我らに従っておけばいい」


「チャン将軍。二度とこのようなことがないよう、兵糧の防備は強化しなければなりませんぞ?」


「言われるまでもない」


 このようなことは二度と起こらないよう、備えは厳重にさせる。これができたことを収穫としよう。

 本陣に帰ると、わしはすぐに兵糧を移送するように命じた。また兵士たちを集め、事情を説明する。隠しても食事に関することだ。すぐにバレる。ならば最初から話しておこうと考えた。そして予想できたことだが、華帝国軍に対する怨嗟の声が上がる。


「そんな!」


「あいつらの落ち度なのに、こんな扱いはあんまりだ!」


「いくら味方でも許せることと許せないことがあります!」


 怒り心頭の兵士たち。そんな彼らにわしは頭を下げ、今回だけは勘弁してくれと伝えた。


「なっーー何も将軍が頭を下げなくても」


「そうです! 華帝国の奴らが悪いんですからーー」


「いや。今回は強く出なかったわしの落ち度でもある。だから恨むならわしを恨め。彼らの助けなしには、我が国は戦えないのだ」


「「「……」」」


 わしの思いが通じたのか、兵士たちはそれ以上何か言うことはなかった。しかし、我が軍の将兵には華帝国への不信感が生まれていた……。


 ーーーーーー


 夜襲から二日後。態勢を立て直した我が軍はチャン将軍の主導で竜帝国が国境線に建設した長城に挑もうとしていた。


「前回の雪辱を晴らすぞ!」


「「「オオーッ!」」」


 チャン将軍の檄に華帝国の兵士たちが雄叫びを上げる。意気軒昂でいいことだ。一方のアクロイド王国軍は、


「「「……」」」


 暗い。こちらは意気消沈している。補給の関係で一日一食に制限されている上、昨日は死体の片づけに奔走していたのだ。疲れているし、腹も空く。昨日一日、働くことなく、食事を余らせるほど食べていた華帝国の兵士たちとやる気が違うのも仕方がない。

 そんなわしらだが、当然のように先鋒となった。攻城戦で先鋒を務めるということは、最も被害を出すということ。そのくらいは兵士たちにもわかる。だから士気はますます下がった。

 だが、わしらの事情などチャン将軍は斟酌せず、今日の攻撃になった。偵察によれば、あの長城は城壁のような構造になっているという。こちらに対する壁だ。それを聞いたチャン将軍は、


『城壁一枚など、我らにとっては存在しないも同然』


 と豪語した。城攻めのセオリーでは敵の三倍の兵力が必要というが、チャン将軍にとってあの長城は『城』ではなく『城壁』らしい。実に心強いが、容易く落とせるなら自分たちだけでやれというのが本音だ。もっとも言えないが。


「……皆、疲れているだろうが、長城を抜けば竜帝国本国まで一直線だ。頑張ってくれ」


 わしは祈るような気持ちで兵士たちを鼓舞し、進撃を命じた。長城とは長らく睨み合っていたが、実際に攻撃するのは初めてのことだ。兵士たちの血で敵城の実態を把握することになる。荒む気持ちを深呼吸して落ち着け、命じる。


「かかれ!」


 その号令に従ってアクロイド王国軍が前進を開始した。およそ八万の軍勢が行動する様は迫力がある。その姿はとても頼もしいのだが、現実は非情だった。


「な、何だあれは!?」


 わしは思わず叫んでしまう。天を覆い尽くさんばかりに大量の矢が飛んできたのだ。こちらも魔法や矢を射ってはいるが、それが子どもの悪戯に思えるような違いだ。日が遮られ、空が暗くなった。兵士たちがバタバタと倒れる。


「隊列を組め! 百人隊ごとに密集陣形!」


 矢が絶え間なく降り注ぐなか、兵士たちは指示通り、百人隊ごとに集まって箱型の陣を組む。盾を四方に構えて矢を防ぐ。この形は魔法のいい的になることから普通は使われない。それをあえて使ったのは、敵には魔法使いがいない(あるいは少ない)と判断したからだろう。しかし、竜帝国はそんな初歩的なミスをするほど甘くない。

 その予想は当たり、こちらが隊列を組んですぐに矢は魔法に代わった。しかも岩を飛ばしてきた。その重さに兵士たちが潰される。呆気なく隊列は崩れ、計ったようなタイミングで再び矢の雨が降り注いだ。


「岩陰に隠れろ!」


 指揮官が咄嗟に指示を出す。兵士たちは反射的にそれに従った。岩の付近には味方の死体が散乱している。あまり気持ちのいいものではない。が、誰だって自分の命が大切である。背に腹は代えられない。ところが岩陰でホッとしたのも束の間、身を守る盾であるはずの岩が吹き飛んだ。岩は粉々に砕け散り、兵士たちを殺傷する。


「これはいかん!」


 わしはすぐに撤退を命じた。これでは徒らに兵力を失うだけだ。後退して態勢と作戦を立て直す必要がある。敵の攻撃は苛烈を極めたが、撤退には成功した。

 結局、この戦いで我が軍は死者およそ五千、負傷者一万以上の大損害を被った。しかも、負傷者の多くは矢が盾を突き抜けたことで怪我を負っていた。盾が役に立たないということだ。攻城戦でこれは致命的である。戦法を根本的に見直さなければならない。


「情けない」


 そのとき、チャン将軍がやってきた。その物言いに腹が立つ。わしらを犠牲にしておきながら、何という言い草かと。その気持ちはわしよりも実際に戦った兵士の方が強い。呪い殺さんばかりに彼を睨んでいる。それに気づいているのかいないのか、チャン将軍は態度を変えることはない。


「見るがいい」


 将軍はそう言って剣を抜き、振り下ろす。すると華帝国軍の兵士たちが前進を開始した。


「無茶な!」


 大軍で前進するだけでは手痛い反撃に遭うことは先ほど我々が証明した。にもかかわらず力押し。兵士たちが散開して長城へ迫っ。長城からは同様に空を覆い尽くすほどの矢が放たれる。途端にハリネズミになるだろうと思っていたのだが、倒れた兵士は意外に少なかった。


「二重の盾!」


 その理由に気づいたわしは驚く。華帝国軍は盾を重ねて防いでいたのだ。一枚目の盾を貫いた矢も、二枚目で止められる。なるほど。即席の対策としてはよくできている。


「はははっ! オレたちをこの程度で止められると思うなよ!」


 チャン将軍はひとり悦に入る。だが、その対策を編み出すために犠牲になったのは我が軍の兵士たちだ。それを思うと、自分たちだけの功績のように振る舞うその姿勢は腹立たしい。味方だが、是非ともしっぺ返しを受けてほしいと思う。そして、その思いに応えたのは皮肉にも敵である竜帝国軍だった。

 順調に進撃する華帝国軍。もう少しで城壁に取りつけるというところで第二の関門にさしかかった。乱立する柵である。これが邪魔をして思うように動けない。進軍が停滞し、人だかりができる。そこを狙って矢と魔法が撃ち込まれた。矢は防げても、魔法は防げない。死人が増える。

 柵を壊そうと身を晒せば狙撃されて死ぬ。身を守ろうと身を隠せば、魔法を撃ち込まれて死ぬ。凄惨な光景が広がった。しかし彼らは諦めず、集団による体当たりを敢行。何箇所かで柵を倒すことに成功した。


「へへっ。蛮族は柵の立て方も知らないようだ」


 そこを突破すれば、後ろの柵はズレて『ハ』の字になっているため突破は容易だった。華帝国軍はいよいよ城壁に取りつかんとしていた。


「梯子をかけろ!」


 運んできた長大な梯子が城壁に立てかけられる。それはとても長く、堀は役に立たなかった。もしかしたらーーそう思ってしまう。だが、これは竜帝国側の策だった。

 兵士たちの意識は完全に城壁に囚われていた。そのせいで左右の異変に気づくのに遅れてしまう。


「ん? ……っ!? て、敵ーー」


 竜帝国軍の騎兵隊がどこからともなく現れて横腹から襲いかかる。最初に気づいた兵士は言いたいことを言い終わらないうちに射貫かれた。さすがに側まで接近すれば気づけたが……対応できるかどうかは別問題だ。

 華帝国軍は左右からの奇襲を受けて大混乱に陥った。反撃を試みたが、その瞬間、城壁からより苛烈な攻撃が加えられる。騎兵隊を迎撃しようと横を向くと、そこを狙われた。慌てて正面に向き直るも、距離が近いため矢の威力が増すのか、二枚重ねにした盾ごと貫かれてしまう。


「ちっ。今日はここまでだ! 撤退しろ!」


 現場指揮官も撤退を決断する。しかしそれは至難の業であった。問題になったのが『ハ』の字に建てられた柵。敵が設営を間違えたのかに思われたが、実は罠。その目的は敵を防ぐのではなく、撤退を妨げることだったのだ。

 入り口は広く、出口は狭い。侵攻するときはそれでいいが、撤退するときはその逆。入り口は狭く、出口は広い。入り口で大渋滞が起こり、そこを狙い撃って被害を拡大させる。しかも打って出て追い立てるのだから性質たちが悪い。

 華帝国軍はどうにか撤退したものの、五万あまりの死傷者を出す大損害を受けた。半壊といってもいい。そしてわしはほぼ確信した。現状、この長城は抜けないと。




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