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異世界最強の自宅警備員  作者: 親交の日
第九章 パクス・ドラゴニア
117/140

9-3 号砲(後編)

後編です。

 



 ーーーフランシェスカーーー


「おう、嬢ちゃんたち。付き合えよ」


 そんな言葉とともに絡んでくる赤ら顔の男。酔った勢いでのナンパね。返り討ちにするのは簡単だけど、騒ぎになるのは避けたい。下手に衛兵の注目を浴びたくないから。……マズったなぁ。男の隊員を連れてくるんだった。でも、後悔しても遅い。なんとかしないと。


「お断りよ」


 父様に褒められる未来を想像して幸せな気分だったのに、この男はそれをぶち壊してくれた。報復したいけど、やっぱり衛兵に注目されたくない。結局、まともに取り合わないことにした。早々に諦めてくれると嬉しいんだけど。


「待てよ」


 立ち上がろうとしたら、腕を掴まれた。やっぱり諦めてくれないよねぇ。簡単に諦めるなら、そもそも絡んだりしないか。


「触らないで」


 とりあえず手を払い除ける。


「あなたと遊んでる暇はないの。行くよ、ヘーゼル」


「うん。お姉ちゃん」


 あたしはヘーゼルの手を取って店を出ようとする。けれど、出口へと続く通路に男が立ち塞がった。


「痛ぇな。骨にヒビが入っちまったよ」


 なんてことを言いつつ、払い除けられた手をぷらぷらさせる男。本当にヒビが入ってるなら、そんなことできないわよ。


「これは嬢ちゃんたちに弁償してもらわないと、なぁ?」


 下卑た目であたしたちを見る。……視線が気持ち悪い。生理的嫌悪感とはこのことをいうんだと、あたしは身を以て知った。

 男の声に反応したのか、ガタガタと何人かの客が立ち上がった。察するに、男の仲間ね。囲まれた。人数は五人。逃げられないこともないけど、多少の荒事は避けられそうにない……。店主をチラッと見たけど、目を逸らされた。厄介ごとには不干渉、ってことね。お代ケチろうかしら。


「嬢ちゃんたち、いい服着てんな」


「庄屋の娘か?」


「いや、どっかのお貴族様だろ」


「服もいいけど身体もいいぜ」


「お前、どっちが好み?」


「姉の方かな?」


「オレは妹。喧嘩せずに済みそうだ」


「待て。奴隷として売って、その金で女買った方がいいんじゃないか?」


「それよりも、王様に献上した方がいいかもしれないぜ?」


 男たちが好き勝手に言ってるけど、あたしは完全に無視。この場の最善手を考える。


「チッ。シカトかよ」


 男のひとりが舌打ちする。雰囲気はいよいよ険悪になってきた。いつ実力行使に出てもおかしくない。あたしは背中にヘーゼルを隠す。


(ヘーゼル。五カウントで前の男を二人倒して逃げるわよ。あたしは右、あんたは左)


 そうして生まれた死角で、そんなハンドサインを出した。了解、という意味を込めてヘーゼルが腕を指で叩く。


 ーーカウント五。


 男たちがアイコンタクトをとる。


 ーーカウント四。


 アイコンタクトを受けた男たちが小さく頷く。


 ーーカウント三。


「嬢ちゃん。ダンマリはよくないなぁ」


 ーーカウント二。


「ま、あっちで話し合おうか」


 ーーカウント一。


 男の手が伸びてくる。


「シェスカ姉、ヘーゼル?」


「「スペンサー(くん)!?」」


 カウントがゼロになるというところで現れた闖入者。あたしたに親し気に声をかけてくる。誰だ、と思ったらスペンサーだった。スペンサー・ミリ・ブルーブリッジ。ソフィーナ母様の長男で、第一中隊の第一小隊長。階級は中尉。


「どうしてここに?」


 そんな疑問が飛び出た。


「いやぁ、母さんたちのお使いで色々と回ってたらここが騒がしくてさ。何やってるのかな? って覗いてみたら姉さんたちがいた」


『お使い』ってことは、大方この街に商品があるかを確かめさせられたんでしょうね。ソフィーナ母様は商人。今は財務大臣をしているけど、未だにオリオン商会を自由に動かせる力を持っています。姉のセリーナもその辺り、抜け目ないしね。

 突然現れたスペンサーに、あたしたちに絡んでいた男たちは動きを止めている。今がチャンス!


「行くよ、ヘーゼル」


「うんっ!」


 あたしたちはダッシュして包囲の輪を抜ける。その勢いのまま店を出るーーついでにスペンサーの手を取った。


「ほら、ボサッとしない!」


「え!? ちょ!?」


 いきなり手を引かれて慌てるスペンサー。でも、彼も特殊戦闘隊の一員。すぐに体勢を立て直し、あたしたちについてくる。


「待て!」


 男たちが慌てて追いかけてくるけど、待たない。そのまま男たちを撒いて宿に戻った。


「はぁ。助かったわ。ありがと」


「ありがと〜」


「どういたしまして。にしても、女の子だけで酒場に行くなんて正気?」


 うっ。そこを突かれると痛い。


「あたしたちは作戦の打ち合わせをしてたの。ヘーゼルだけだったのは……ちょっとしたミスよ。誰でもミスはするでしょ」


「そうだけどさ。俺が来なかったらどうするつもりだったの?」


「強行突破よ」


「父さんに言われてるだろ。潜入任務で無闇に目立つことはするな、って」


「わかってるわよ。今度から気をつける」


「本当に頼むよ、部隊長」


「しつこい!」


 気にしてることを指摘されて腹が立った。つい声を荒らげてしまう。


「うわ! シェスカ姉が怒った!」


 スペンサーは大袈裟に反応する。ヘーゼルのところに行って、コソコソと話してる。


「ねえ、ヘーゼル。お前の姉さん、怖くない?」


「お姉ちゃんは恥ずかしがってるだけだよ」


「聞こえてるわよ!」


 会話は丸聞こえで、ヘーゼルがよからぬことを話していたので指摘した。……にしてもあの二人、なんかいい雰囲気ね。できてるんじゃない? 姉より先に恋人作るとか、ヘーゼル許さない。今度の作戦は先頭ね。


「……まあいいわ。とにかくありがと。戻ったら何か奢る」


「おう」


「明後日は作戦だからね」


「わかった」


 それであたしたちは別れた。二人のやり取りが気安いんだけど、やっぱりあんたたちできてない?


 ーーーーーー


 ヘーゼルの恋愛模様が気になるんだけど、詳しく調べる前に作戦実行日がきた。


「第三中隊、配置完了」


「第二中隊、準備よし」


 街の内外に潜む部隊から次々と伝令が届く。あたしが直接率いるヘーゼルの第一中隊も配置完了。湖の畔にいた。合図があればいつでも動ける。

 作戦開始の合図は、第二中隊が陽動として火をかけたとき。火の手とともにあたしたちは湖へ入り、泳いで王宮へたどり着く。ずぶ濡れになる代わりに、王宮の奥深くに行ける。


「お姉ちゃん」


「だから少佐」


 ヘーゼルに訂正するように言いつつ、あたしはこの子が何を言いたかったのかは理解していた。街から火が上がっている。意外と王宮に近い。気を引くには十分な場所ね。あれが合図で間違いない。


「行くわよ」


 あたしは指示を出し、先んじて水に入った。今が冬でなくてよかったと思う。もしそうなら、こんなことやりたくない。


(ゆっくり……)


 そう意識しながら慎重に移動する。敵に見つからないよう、身体は完全に水没させていた。先端を流木や葉っぱに見立てた筒(これで呼吸する)だけが水面に出ている。こうして五分、十分、あるいはそれ以上の時間をかけて王宮の外壁にたどり着いた。


「全員いる?」


「小隊ごとに報告してね」


 ヘーゼルに訊ねると、彼女はすぐに人員の掌握にかかった。


「欠員なし」


 よかった。まず第一関門はクリアね。


「第九、第十小隊はこの地点を確保。大尉、地図!」


 協力者たちは苦心して後宮の詳細な地図を作っていて、あたしたちはそれを渡されていた。ヘーゼルがごそごそ探してる。待つのがもどかしい!


「これ?」


 ヘーゼルがようやく探し当てた地図を、あたしはひったくるようにして受け取った。広げると、区画ごとに塗り分けられている。


「ええ。……第一から第四小隊は大尉が率いてエリア・グリーンを確保。あたしは残りを率いてエリア・レッドを確保。人質を解放する。ただし、不測の事態が生じれば各隊長の判断で撤退」


「「「了解」」」


 あたしは矢継ぎ早に指示を出す。エリア・グリーンとかエリア・レッドというのは後宮の区画のこと。それぞれ地図に塗られた色と対応している。つまり、この区画は任せるってことね。

 小隊ごとに割り当てられた区画へ向かう。どんなに隠蔽しても、気づかれるのは時間の問題。この任務は速さと判断力の勝負!


「キャーッ!」


 室内に踏み込むと、中にいた女性に叫ばれた。もうっ! いきなり作戦の時間的猶予を減らさないでよ! あたしはイラつく心を何とか鎮めて話しかける。


「落ち着いてください! あたしたちは竜帝国軍の軍人です! みなさんの村からあなたがたの救出を依頼されてやってきました!」


 そう呼びかけるも、混乱は収まらない。まさかあたし、ハズレを引いた!?


「落ち着いて! あたしの話を聞いて!」


 何度呼びかけても、室内の女性たちはキャーキャー騒いで右往左往している。気絶させたら運ぶ人手が要るし、どうすればいいのよっ!

 いっそ全員見捨てて帰ろうか、と思ってしまう。でも、父様に褒めてほしいから頑張る。でも、どうしたら聞いてくれるんだろう? あたしが困っていると、


「何事です!?」


 部屋に飛び込んでくるなり偉そうに問いかける女の人がいた。他の人と違って状況を把握しようとしているし、もしかしたら話せるかもしれない。あたしは同じ口上を述べた。


「竜帝国軍の軍人です! 村人の依頼で、あなたがたを助けにきました!」


「まあっ! 本当ですか!?」


「はい」


 よかった話が通じた。


「みなさん! この方たちは味方です! 村から助けにきてくれた方々です!」


「……本当ですか?」


「ええ」


 この女の人の言葉で、話は急に前へ進んだ。さっきまで騒いでいた人たちは歓声を上げて、いそいそと脱出の準備をしている。さっきまでの苦労は何だったのよ……。

 あたしがやるせなさを感じていると、リーダーの女の人が声をかけてきた。


「これからどうしますの?」


「あたしたちが上陸した場所に船をつけてあります。これに乗って湖の対岸へ」


「そこから先は?」


「街を抜けて、船着場へ。そこで別の船に乗って、一気に海へ出ます」


「わかったわ」


「あの……」


 あたしとリーダーさんとの会話に、別の女の人が遠慮がちに声をかけてきた。彼女は後ろに何人かの女性を引き連れている。彼女たちの共通点は、子どもを連れていることだ。場所を考えればだれの子どもか訊ねるのは愚問。大王レノスの子どもたちだ。


「何か?」


「この子たちはどうなるんでしょう?」


「……」


 あたしは即答できなかった。特に指示を受けていなかったし、どう対処すればいいのかわからない。普通なら男の子は殺す。将来、親の仇として反抗するかもしれないからだ。でも、父様は反抗した人をほとんど許している。だから余計に混乱した。……ええい、女は度胸!


「連れて行きます!」


 そう宣言すると、喜びが爆発する。あたしに与えられた任務は人質の救出。ここで子どもの同行を断ると人質もついてこないかもしれない。だからやむなく連れ帰った……完璧な言い訳ね。


「ありがとうございます! ありがとうございます!」


 興奮した子連れの女の人たちに揉みくちゃにされた。あたしはリーダーさんの協力を得て落ち着かると、準備が済んだ人から順に脱出地点へ誘導していく。

 脱出地点では既に戦闘が始まっていた。敵は百人くらい? ともかく、守備を任せていた小隊よりも多い。彼らは一番狭い場所まで前進して必死に防戦しているけど、じわじわと押されている。


「第七と第八小隊は彼らの救援を!」


 あたしは咄嗟に命令した。どれだけの時間戦っているのかは知らないけど、疲れたら不覚をとるかもしれないから。徒らに隊員は死なせない!


「指揮は任せる!」


「隊長!?」


 先任将校に後を任せて、あたしも戦闘に加わる。


「押し返せ!」


 先頭に立って斬り込む。袈裟、逆袈裟。鍔迫り合いには持ち込まず、すぐに払って二撃目。とにかくスピードが命。目につく敵はすべて斬り払う!


「大隊長に続け!」


「「「おうっ!」」」


 あたしの奮戦に触発されて、隊員たちの士気も上がった。腕の立つ隊員があたしを瞬く間に追い抜いていく。


「負傷者は後ろに! 第九、第十小隊は下がって休みなさい!」


 余裕ができたから、指揮に専念する。女の人たちが次々と舟に乗り込んでいくのを確認しつつ、四個小隊で前線を支える。


「賊はあそこだ! 蹴散らせ!」


 敵に増援がきた。厳しいわね。ヘーゼルたちは何をしているの? 敵の新戦力に対して、あたしはーー小まめに交代させているとはいえーー連戦して疲弊している。さらに数も劣勢。今は地形と個々の戦闘力で上回っているけど、このままじゃジリ貧よ。


「ごめん、お姉ちゃん! 遅れた!」


「だから少佐!」


 あたしの焦りを見透かしたようなタイミングでヘーゼルが現れた。お決まりのやり取りをしつつ、アイコンタクトをとる。言葉はなくてもそれで十分。


「第一、第二小隊は大隊長の救援に入るよ! 第二小隊、射撃用意! 第一小隊は突貫、用意!」


 ヘーゼルの指示に隊員たちは素早く応え、


「撃て!」


 号令とともに弓矢、魔法が敵に向かって飛んでいく。


「馬鹿め。交戦中の味方がいるのに飛び道具を使うなどーーっ!?」


「フェラー侯!?」


 敵が何か言ってたけど、あたしたちは帝国最強の部隊。普段から的の横に隊員を立たせて人に当てるかも、当てられるかもしれないという恐怖心を味わって精神と信頼感を鍛えているの。そんなヘマはしないわ。その証拠に、スペンサーの第一小隊は味方の遠距離攻撃を気にせず敵に向かっている。

 斉射を加えた第二小隊も突撃していく。敵の統制が乱れてるわね。もしかして隊長を倒した? わかんないけど、とりあえずチャンスよ。あたしは下がって休んでいた小隊を動かす。


「突撃! 敵の統制が乱れた! 一気に畳みかける!」


 またあたしも先頭に出て戦う。横にはヘーゼルとスペンサーもいる。


「あんたたちは下がってなさい」


「それならお姉ちゃんもだよ?」


「だな。シェスカ姉が下がるなら俺も下がる」


「下がるわけないでしょ?」


「なら、下がれないね」


「シェスカ姉のせいでな」


「あんたたち!」


「「わー」」


 なんてやり取りをするくらいは余裕があった。……やっぱりヘーゼルたち姉弟きょうだいがいると安心するわね。ちょっと癪だけど。

 あたしたち皇族が先頭にいるから、隊員たちの士気はとても高い! 口にはしないけど、自分を犠牲にしてもあたしたちを生かそうとしているのがわかる。


「ひっ!」


 その気迫に敵兵のひとりが呑まれた。敵が浮き足立つ。立て直す気配はない。やっぱり敵の隊長がいないんだ。


「進め! 攻め手を緩めるな!」


 あたしは総攻撃の号令を下す。全力での攻撃だ。これで敵の士気は崩壊した。


「に、逃げろ!」


「敵わねえ!」


 ひとり二人と後退りし、やがて背を向けて走り出した。


「逃すな!」


 逃げる敵を追う。本気じゃないけど、しばらく立ち直れないくらいの恐怖を味わってもらう。形振り構わず全力で逃げたと感じたら追撃中止。敵を警戒しつつ、女の人たちの脱出を助ける。ただ数が思った以上に多くて、用意した舟ではあたしたちが逃げる分がなくなってしまった。仕方なくピストン輸送することにしたんだけど、


「敵襲っ! 敵襲っ!」


 舟が戻ってくるよりも敵が戻ってくる方が早かった。仕方ない。


「迎撃用意!」


 見たところ、さっきよりも敵の数が多い。なんとか小道に迎撃ポイントを置いたけど、敵も馬鹿じゃないし何らかの対策はしてきたはず。できれば馬鹿であってほしいなーーそんな幻想は所詮幻想だった。


「遠距離攻撃!」


 発せられる警告。直後、小道周辺を弓矢と魔法の嵐が襲った。すぐさま量産される負傷者。


「後退!」


 あたしはすぐに隊員を下がらせる。よくもやってくれたわね。


「意趣返しよ!」


 隊員たちはあたしの意図を汲んでくれ、すぐさま遠距離攻撃の準備をする。こちらが後退するにつれ、小道に敵が雪崩れ込む。


「今っ!」


「撃てっ!」


 そのタイミングでこちらの遠距離攻撃が発動。同様に敵を薙ぎ倒す。ちょっと溜飲が下がった。さらに敵は負傷者に道を塞がれ、こちらにこれない。彼らを回収しようにも姿を現せば矢を射かけられるので作業がなかなか進まなかった。

 戦いは道の啓開が終わるまで遠距離戦になる。あたしたちは遮蔽物に隠れて撃ち合いをしていた。その間、負傷者を魔法で治して戦力復帰させている。白兵戦になっても簡単には潰されない。


「魔力は大丈夫? 矢は?」


「このままだと厳しいですね。早く迎えが来るといいんですが……」


 補給担当の士官は厳しい表情。それはわかるけど、今は頑張るしかない。


「あたしたちもやるわ。ヘーゼル!」


「うん!」


 魔法を全然使ってないから、魔力は有り余ってる。ちまちました的に当てるのは苦手だけど、近づいてくる軍勢みたいな大きな目標は得意。それにあたしの苦手分野はヘーゼルの得意分野。


「あんたは矢の代わり!」


 ヘーゼルの魔法が、現れた敵兵を倒す。ひとりひとり個別に狙った、正確な攻撃。彼女は魔法の細かなコントロールが得意。矢で狙うよりも命中率はいいかも。


「大隊長! 舟です! 戻ってきました!」


「わかったわ!」


 姉妹で奮戦していると、待ちに待った報告があった。負傷者から運び出すように指示する。


「あと少しよ」


「わかってる」


 ヘーゼルと励まし合う。とはいえ、魔力の残りが少ない。保つかどうか、微妙なところ。そのとき、伝令がやってきた。


「大隊長! 第二中隊長より伝言です。『第一中隊の隊員の収容が完了次第、信号弾を撃ち上げるので、それを合図に舟へ後退してほしい。援護する』とのことです」


「わかったわ。けど、どうして第二中隊が?」


 来援は嬉しいんだけど、やっぱりそれが疑問。


「収容状況の確認をしていた第二中隊が知り、一部をこちらに向かわせたそうです」


「わかったわ。ありがとう」


「はっ」


 やることを終えると、伝令は帰っていった。


「やる気が出るね」


「そうね」


 本当に不思議だ。魔力が回復したとか、そんなことじゃない。ただ終わりが見えただけ。なのに、とても安心する。不安なんてなくて、やる気があるだけ。不思議な感覚。でも、悪くない。

 あたしたちは周りに数人の護衛を残しただけの状態で、隊員たちが舟に乗るまでの時間を稼ぐことができた。そして、


「大隊長! 信号弾です!」


 護衛から言われ、あたしとヘーゼルは舟の方へ全力で走った。背後に矢と魔法が飛んでいくけど、振り返りはしない。舟に向かって一目散に走る!


「行って!」


 あたしが舟を出すように言うのと舟が動くのはほぼ同時。なんとか脱出に成功した。岸に着くと素早く人員掌握。結果、魔法では完治させられない深手を負った隊員はいても、死者はいないという奇跡的な結果が出た。あちこちで喜んでいる隊員たち。まったく。


「まだ任務は終わってないわ。浮かれるのは海に出てからにしなさい」


「お姉ちゃんも嬉しいくせに。素直じゃないなあ」


「いいじゃない」


 場をまとめる人間は必要なんだから。それが隊長でしょ。


「さあ、帰るわよ!」


 ヘーゼルの『わかってますよ』といわんばかりの優しい目から逃げるため、あたしは隊員を追い立てる。ああもう、そんな目で見るな!

 予定通り、部隊は川下り用の舟がある船着場に到着。それに乗って離岸した。以後、あたしたちは襲撃されることなく海へ到達。海軍の船に拾われた。殿を任せた第三中隊も次々と帰ってくる。

 船に乗ったあたしたちは、帝国領内に上陸。ナッシュ大王国を攻撃するために待機している第二軍に合流した。そこにいる村の人たちに、解放した人質を引き合わせるまでがあたしたちの任務だ。


「負傷者は仕方ないとして、戦死者ゼロですか。戦史に残る偉業ですね」


「ありがとうございます。閣下」


 喜びに沸く村人たちを見て、リアナ母様は言った。あたしは頭を下げる。

 そう。損害を集計した結果、負傷者はいても死者はなしーー間違いはないか何度も確認しましたが、間違いは見つからなかったのだ。


「わたしも頑張らないといけませんね」


「ははは……」


 リアナ母様はおどけてそう言います。あたしは愛想笑いを浮かべました。心の中では無理だと思いながら……。このまま偉くなって、大きな部隊を動かすようになって、戦死者が出てーーあたしは冷静でいられるのか? 自信はまったくなかった。


「無理だろうけどーー」


 そう言い切るリアナ母様。でも続いた言葉にあたしは答えを見た。


「できるだけ犠牲が少なくなるように工夫する。それがわたしたち指揮官の使命だから」


 そうだ。誰だって死にたくない。なのに兵士たちは国のためだと死を強制されているんだ。今の生活を守るために。そんな彼らを指揮するあたしたちにできるのは、なるべく死なないようにすること。作戦はもちろん、治療や補給も大切だ。そういうことに気を配って、できるだけ死者を減らす。そのことは忘れないようにしようと、心に誓った。




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