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異世界最強の自宅警備員  作者: 親交の日
第九章 パクス・ドラゴニア
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9-2 号砲(前編)

後編は明後日(零時)の投稿です。

 



 ーーーリアナーーー


 整備された街道を多くの兵士が隊列を組んで行進しています。旗印は翼を広げたドラゴンーー竜帝国のものがほとんどです。そのなかにわずかに交じっているのが、ユニコーンをあしらった旗。わたしが女王をしている、ナッシュ王国の旗印です。もっとも、お飾りですが。


「女王陛下。斥候が戻りましたが、この先に異常はありません」


「ご苦労様です」


 報告に現れた兵士を労わり、しばらく行軍に支障がないことを味方に伝えます。わたしの身分は、ナッシュ王国の女王かつ、竜帝国の陸軍大将です。

 士官学校を卒業すると、オリオン様はわたしをレイチェルお母様の護衛にしてくださいました。しかし今回、戦争があるということなのでその任を解かれ、ナッシュ王国の女王として参戦することとなりました。

 わたしが率いるのは王国軍一個師団、およそ一万五千。レイモンド・キャンベル大将の竜帝国軍第二軍に配属されました。わたしはオリオン様から同軍の参謀長に任じられています。攻撃目標は、異母弟のレノスが大王を名乗るナッシュ大王国。前回の戦争の続きのようなものですね。

 軍はあと一日で国境に着く予定です。放った斥候によれば敵影なし。このままいけば、相手の領土に踏み込んでの戦闘となるでしょう。密林なので厄介ですが、救出作戦が成功すれば多くの村が味方になってくれます。地理に精通した人物がいれば、難易度は大きく下がります。つまり、この救出作戦の成否が重要になってきます。

 何事もなく国境にたどり着きました。兵士たちは陣幕を張ったりと野営の準備に忙しい様子ですが、わたしはひと足先に建てられた指揮官用の陣幕に入ります。そこではレイモンド大将が作戦会議を開きました。中には司令部要員や師団長とその幕僚が控えています。


「当初の予定通り、ここに軍司令部を置く。各師団から抽出した部隊で独立混成旅団を編制し、司令部の守り兼予備部隊とする。そして大王国には北、北西、西の三方向から圧力をかけるーーが、これは睨み合いと小競り合いのみ。総攻撃は、協力者の人質救出を待って行われる。質問は?」


「「「……」」」


 レイモンド大将が問いかけますが、誰も質問をしません。


「では、解散。翌朝、移動を開始せよ」


「「「はっ!」」」


 結局、作戦会議というよりは作戦案の確認になりました。陣幕に詰めていた人々が出て行って、中は閑散とします。わたしも自分の陣幕に戻ろうとしたのですが、レイモンド大将に止められました。


「リアナ様。少しご相談が」


「やめてください、レイモンド閣下。先任でいらっしゃる閣下に『様』をつけられては将兵に示しがつきません」


 軍隊は同じ階級の場合、その階級になったのが早いか遅いかで優劣をつけます。今回の場合、わたしが後だから立場は下。しかしレイモンド大将は、わたしに話しかけるときはいつも敬語です。そのことを指摘すると、


「いえいえ。ナッシュ王国の女王であり、皇帝陛下の覚えめでたい貴女様を下に置くなどできません」


 と言われます。『覚えめでたい』とはオリオン様からのご寵愛をいただいていることを意味します。ですが、そんな事実はありません。わたしはあくまでも臣下のひとりです。……もちろん、ご寵愛をいただけたら嬉しいですが。


「それでリアナ様」


 やっぱり直さないんですね。もういいです。


「特殊戦闘隊の準備はどうなっているのですか?」


「わかりません」


 その問いに、わたしはそう答えるしかありませんでした。この会話は軍司令官、参謀長として不適格なものと思われても仕方ありませんが、本当に知らないのです。

 そもそも、特殊戦闘隊は近衛師団所属。ひいてはオリオン様の直属部隊。便宜上、第二軍に所属していることになっていますが、わたしたちに指揮権はありません。知っていることといえば、彼らによる人質救出作戦が行われている、ということだけです。


「そうですか。貴女様ならご存知かと思ったのですが……」


「お力になれず申し訳ありません」


「いえいえ。事情が事情ですから、仕方ありません。引き留めてしまって申し訳ない。それではいい夢を」


「ええ。いい夢を」


 挨拶を交わして陣幕を出ます。途端に鼻をくすぐる芳しい匂い。輜重兵が食事を作っているのでしょう。この匂いは……カレーでしょうか? 大好物です。早く夕食の時間になってほしいですね。


 ーーーフランシェスカーーー


 あたしはフランシェスカ。竜帝国で神祇官の長官をしているフィオナ母様と、皇帝のオリオン父様の娘だ。ついでにいうと、帝国陸軍少佐。所属は近衛師団、特殊戦闘隊、第一大隊長。ちょっぴり偉いんだぞ。今は父様の命令で、ナッシュ大王国の人質救出作戦の指揮官をしてる。


「あ、ここにいたんだ、お姉ちゃん」


「ヘーゼル。任務中は『お姉ちゃん』じゃなくて『少佐』って呼んで」


「えへへ。ごめ〜ん」


「まったく……」


 うっかり、みたいな感じで舌を出しているのは実妹のヘーゼル。あたしより二つ年下で、階級はひとつ下の大尉。あたしの隊の第一中隊長だ。ふざけているようだけど、実力は部隊でもトップクラス。可愛い妹であり、ライバルだ。

 あたしたちは今、ナッシュ大王国の南部にいる。海軍の船に乗って沿岸まで近づいて、夜中にひっそりと上陸したんだ。海岸には、聞いていた通りに協力者が待っていた。罠の可能性も考えて用心していたけど、それは取り越し苦労に終わった。


「ようこそ。歓迎いたします」


「よろしく。早速だけど、案内してくれる?」


「もちろんです」


 あたしたちは特殊部隊。その存在は知られてもいいけれど、具体的にどんな人間が所属しているのかを知られるのはまずい。だから今回の作戦でも、協力者との接触は最低限にするつもり。

 案内される過程で、協力者から簡単に情報を引き出す。この辺りの天候などの気象情報、地理など。作戦の遂行に有用そうなものを片っ端から聞き出していく。それによると、


 都は森の中央に位置する湖の畔にある。


 周囲の地形に起伏はない。ただし、密林なので身を隠すのは容易。


 突然強い風と激しい雨が降ることがある。


 人質がいるのは都の奥にある宮殿。その最奥部に住んでいる。


 といったことがわかった。野営を始めるとその情報を元に、隊員と作戦を立てていく。


「まず退路だけど、陸路はダメ。不案内だし、集団で脱出することも不可能だから」


「となると川を使って?」


「それしかないでしょう。川を下って、一気に海に出る。第三中隊は川沿いの確保と、追手へのお土産をよろしく」


「……それはヘーゼル大尉のお仕事では?」


「彼女には宮殿に忍び込むために必要だからダメ」


 たしかにヘーゼルはそういった任務にうってつけの人材だけど、その能力は施設への侵入にも使える。だから同じような資質を持つ第三中隊長に任せたい。そう伝えると、なんと了承してもらえた。


「第二中隊は、協力者たちと一緒に陽動を。敵をいい感じに引きつけて、一旦北へ。そこにあたしたちが使う予定の川につながる支流があるから、予め舟を用意しておいてそれで逃げて」


「ですが、それだと川がマークされてしまいます」


「大丈夫。この支流の存在はほとんど知られていないそうだから。もしバレても、そのときは第三中隊が援護してくれるわ」


「あはは……。頑張ります」


「そこは『任せろ』くらい言いなさいよ」


 なんて言ってみたけど、第三中隊長は曖昧に笑うだけ。頼りないわね。まあいいわ。


「第一中隊はあたしと一緒に宮殿に忍び込み、人質を救出。その後、舟で脱出するわ。いい? まずは生きて帰ること。全員じゃなくても、ほんの数人を助けるだけでも価値あることだから。無理せず確実に、ね?」


「「「はっ!」」」


「よろしい」


 まずあたしたちが帰還することが最優先。人質救出は何度でもトライすればいいけれど、特殊戦闘隊の人員は簡単に補充できない。どちらが優先かというと、あたしたち。だから父様には無理だったら帰ってこい、って命令されてる。だからまず、脱出の算段を立てた。

 これで大体の作戦は固まった。現地に着いて少し変更するかもしれないけれど、概ねこのような役割分担になる。この作戦の鍵は舟。どうすれば調達できるのか協力者に訊ねると、


「それなら、知り合いが持ってる舟をお使いください。何隻必要かお教えいただければ」


「大きさにもよるわね……」


 実物を見ないことには判断できない。用意された舟が想像していたものより小さいと全員が乗れない可能性がある。というわけで、都に到着すると隊長たちを連れて舟を提供してくれる人のところへ舟の見学に行った。


「これが脱出に使っていただく舟です」


「……十人くらいが限界?」


「ですね」


 あたしの大隊は三百人。ここに救出した人質が加わること、何かあったときの予備を考えると……最低でも四十隻。できれば五十隻ほしいところね。


「ここには二十隻ほどしかありませんが、数日あれば他から融通してもらえると思います」


「わかりました。作戦の実行にはまだ時間がありますから、それまでに用意してもらえば問題ありません」


 街の下見や宮殿への侵入方法など作戦で詰めるべき箇所は多くあるから、多少時間がかかるのは問題ない。準備が終わると連絡してもらえるということで話はついた。

 その後、あたしたちは数人ずつに分かれて街の探索。夜に酒場で情報共有した。分隊長は小隊長に、小隊長は中隊長に、中隊長はあたしに、リレー形式で情報を集積。その結果を逆に流して末端の隊員まで伝える。特殊戦闘隊は全員が工作のエキスパート。有用な提案があるかもしれない。

 というかこの街、間者への警戒がまったくされてない。だから色んな活動も楽ちん。これなら訓練の方がよっぽど大変だった。でも、気は抜かない。ちょっとの油断が命取り、っていうのは父様の口癖だったから。あたしも訓練で実感した。

 途中で舟の用意ができたと連絡を受けたけど、あたしたちは気にせずに情報収集を続けた。油断せず、やり過ぎと思えるくらい情報を集めた。こういうのって、やり過ぎと思うくらいが丁度いいんだよね。

 都に到着して二週間。事前に教えられた作戦計画では、味方がこの国を包囲している頃合いだ。そろそろ動かないと、誰かが痺れを切らしちゃうかも。もう新しい情報は集まらなくなってきたし、動いてもいいかな。そう思ったあたしは、酒場に集まった中隊長たちに作戦を説明した。


「簡単に言うと、第二中隊が陽動を仕掛けて宮殿の意識を誘導し、その隙にヘーゼル中隊とあたしが宮殿に侵入。人質を救出する」


「では、当初案から変更はなしということですか?」


「ええ。具体的な侵入方法はヘーゼルと詰めるから別として、まずは第三中隊」


「はい」


「あなたたちには遅滞戦術で敵を足止めしてほしい。……できる?」


「可能です。それと、最後の味方が通ったら倒木で川を封鎖したいのですが?」


「許可します。部隊内での打ち合わせを徹底して、くれぐれも間違いがないように」


「わかりました」


 と、これで退路はよし。次に陽動ね。


「第二中隊。陽動作戦の進捗状況は?」


「各所で放火や暴動を起こさせる予定です。仕込みは完了しています」


「どれくらいの時間が稼げる?」


「短くても三時間は。最悪、放火を続けて引き延ばすこともできます」


「わかった」


 それだけあれば充分でしょう。


「作戦開始は三日後。隊員と、協力者に伝えておいて」


「「はっ!」」


「ヘーゼルはあたしと別の場所に行きましょう」


「は〜い」


 第二、第三中隊長は帰らせる。ただ、四人で飲んでいて二人だけ帰らせるのも怪しいので、あたしたちも酒場を出た。二人とは店の前で別れ、あたしたちは別の店へ入る。今度の店も酒に酔った男たちが騒いでいて、とても騒々しい。密談にはうってつけだ。


「どうするの、お姉ちゃん?」


「普通に正面から入るのは無理。だから、湖から入る」


 間者に無警戒とはいえ、宮殿の警備はさすがにしっかりしている。陸から忍び込むのは難しい。協力者の村の人ならなんとかできないかと思ったけど、大王のレノスは用心深いようで、信頼できる家臣しか置いていないそうだ。


「水に濡れるのは嫌だなぁ……」


「つべこべ言わない」


 あたしだって嫌だけど、他に方法がないんだから仕方ないじゃない。でも、やっぱりテンション下がるわね……。


「でも、これを成功させれば父様が褒めてくれるわよ?」


「本当!?」


 そう言ったときのヘーゼルは、大好物を目の前に出された犬のようだった。父様に褒めてもらえるのは、あたしも嬉しい。頭を撫でられるのが一番だ。ヘーゼルも望みのご褒美を想像してやる気になったのか、爛々と目を輝かせてあたしを見てくる。


「やろう! お姉ちゃん!」


「そうね。頑張ろうか」


 なんて気合いを入れた矢先、


「おう、嬢ちゃんたち。付き合えよ」


 赤ら顔で絡んでくる酔っ払いに遭遇した。




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