9-1 出師
ーーーオリオンーーー
俺が華帝国から帰国して二年が経った。不在の間、国内では目立った混乱はなかったという。俺(皇帝)がいなくても平時は問題ないことが、これで証明されたわけである。
「隠居していい?」
「ダメです!」
というやり取りは、俺とエリザベスのもの。曰く、まだまだ国内の重石として俺の存在は大切らしい。いや、隠居しても死ぬわけじゃないし。助言はできるよ? と次期皇帝たる愛娘に言ったのだが、
「お父様がいらっしゃらないと私……」
と、目を潤ませながら言われては隠居できない。父は娘が可愛いのだ。
そんなわけで俺は未だ皇帝の地位に留まっている。華帝国との外交交渉は継続していたが、あまり良好とはいえない。というより、二年も経ってまったく進展しないのだから交渉の成功は絶望的だ。太平洋戦争前の日米交渉さながらである。
さらに、ここしばらく華帝国が造船にしゃかりきになっているという情報を諜報部が掴んだ。不吉な未来を予想するのは、単なる被害妄想とは言い切れない。
また、アクロイド王国の動きも不穏だ。教国、ナッシュ大王国は潰したが、アクロイド王国には決定的な打撃を与えていない。これは多方面作戦を展開したために余裕がなかったためだ。おかげであの国とは未だに戦争状態にある。そんなアクロイド王国が華帝国と接触しているという。両国が連携するようなことになれば、かなり面倒だ。状況は予断を許さない。
万が一の事態に備え、俺は軍を動かした。といっても、やられる前にやっちまえ論法で侵攻したわけではない。もしものときの防衛計画を軍主導で策定させたのだ。
同時に、これからの国防の要となる海軍の増強計画を加速させている。妖精族ーー造船に長けた水妖精族と単純労働力としての火妖精族ーーの力を借り、造船所は昼夜を問わず稼働していた。
現在、魔力タービン式鉄甲船が続々と就役している。筆頭はヴァンガード級戦闘艦(排水量五千五百トン)八隻。以下、ベルファスト級(排水量三千トン)十六隻、ユニコーン級(排水量千トン)六四隻、五百トン以下の雑多な船が百隻以上。
こうしてみると、帝国の国力というものがいかに大きいかを実感させる。たった二年で百隻を超す艦船を建造してしまうのだから。帝国海軍の艦船は、すべてこれらの鉄甲船に更新された。以前の木造船は民間に払い下げられ、貿易船に役割を変えている。例外はウストカ海戦の武勲艦『ビクトリー』。かの船は建造されたパースのドックに入っている。艦籍登録はされているが、二度と戦場に出ることはない。
このように国内の準備は整ってきているが、国外での準備も怠らない。モルゴとイディアには使節を派遣して連携強化を図っているし、華帝国と交易を行う商人たちには即時撤収できるようにとの注意喚起を行っていた。
情勢がとてつもなくきな臭いため、軍部は忙しい。そして政治はともかく、軍事については未だに皇帝権力を濃く残している。要は、軍部が忙しいと皇帝も忙しくなるということだ。連日会議が開かれ、朝に始まり日付を跨ぐこともあった。とても憂鬱。
「皇帝陛下。ミーポーからの報告書です」
「ありがとう」
秘書官から書類を渡された。俺は謝辞を伝える。挨拶は大事。どれだけ偉くなろうとも、これだけは欠かさないようにしている。
報告書には華帝国についての情報が書かれている。それによると、ミーポーの港に多数の船が集結中。さらに、街の近くには軍が駐屯しているという。その数、およそ十万。いよいよなのかもしれない。
「緊急会議を行う。至急、人を集めよ」
「はっ」
さて、今日も会議だ。
会議室に集まったのは戦争に関係する組織のトップ。
宰相イアン・ボークラーク
陸軍大臣フレデリック・キャンベル
海軍大臣エリック・ウィズマー
外務大臣オーレリア・ボークラーク
財務大臣ソフィーナ・ミリ・ブルーブリッジ
大本営総長シルヴィア・シル・ブルーブリッジ
である。シルヴィは長らく務めた近衛師団長から外れ、彼女の階級(元帥)に相応しい職に就いていた。俺の近くにいたい、という彼女の希望を満たす職であり、周りからも異論は出なかった。なお、近衛師団長の後任は予定通りベリンダが務めている。
まず口火を切ったのは諜報部を統括する大本営総長のシルヴィだった。
「諜報部からの報告では、華帝国がミーポーに船を集め、軍勢を集結させているとのことです。その数はおよそ十万。これにどう対応するべきかを協議したいと思います」
と今日の議題を述べ、議論を促す。ちなみにこの会議の司会は宰相が務めることになっている。現に最初の挨拶なんかはイアンがやっていた。
これに対する最初の発言者はソフィーナ。
「わたしはすぐに行動を起こす必要はないと思うわ。もちろん警戒しておくことは必要だけれど」
と、積極的な行動に反対を表明する。これに同調したのがオーレリア。彼女もまた、交渉が続いている以上は軍事的に積極策をとるべきではない、と主張する。
「だが、先に攻撃されてからでは遅い。ここは動員をかけるべきではないのか?」
フレデリックがその意見に反対し、こちらはエリックが同意した。やはり、文官と武官で意見が分かれる。猫とネズミが喧嘩するように、両者の対立はもはや宿命なのかもしれない。
議論は平行線を辿った。構図としては、我の強いソフィーナが自らの意見を通そうと消極論を強硬に主張。これにフレデリックとエリックが反発する、という形だ。
「シルヴィア総長はどうお考えですか?」
消極派でも冷静なオーレリアがシルヴィに水を向ける。大本営総長ーー陸、海軍大臣と並ぶ帝国軍のトップの発言だ。当然、言葉にも重みがある。シルヴィはしばし黙し、考えてから、
「ソフィーナ財相がおっしゃるように、警戒態勢に留めておく方が徒らに相手を刺激しないで済むでしょう」
と言った。これに軍部大臣の二人は『裏切ったな!?』という表情を浮かべ、文官二人は我が意を得たり、とばかりに喜色を露わにする。特にソフィーナはわたしが正しい、と雰囲気で主張していた。が、シルヴィの言葉はそれだけではない。
「ですが、それだといざというときの対応が遅れてしまうのも事実です」
今度は逆に武官の主張を擁護するような発言をする。ころころと変わる主張。この場に居た者たちの視線が彼女に集まる。ソフィーナは明確に、結局どっちなのよ!? と詰め寄った。
シルヴィはそれに答える前に視線をこちらに投げてくる。長年連れ添った仲だ。それだけで何を伝えたいのかは充分伝わった。俺は頷く。そんなやり取りがあったことを、彼女に注目している出席者たちは知る由もない。
さて、俺のお墨付きをもらった彼女の結論とは、
「どちらもです」
だった。参加者たちがずっこけたように感じる。それくらいまさか、という回答だ。
「両立させることなどできるのですか?」
イアンが訊ねる。司会役として会議の運営に尽力していた彼だが、これは無視できなかったようだ。
その疑問に、シルヴィは可能だと頷いてから説明する。
「まず『両立』という言葉には語弊があります。正しくは『いいとこ取り』です。ソフィーナ財相の案は相手を刺激しないで済むという利点がありますが、相手が攻撃を仕掛けてきた場合の対応が遅れるという欠点があります。同様に、フレデリック陸相たちの案は相手の攻撃にすぐさま対応できるという利点がありますが、相手を刺激するという欠点があります。なら、両者の利点を兼ね備えた対応をすればいいのです」
「それはつまり、相手を刺激せず、相手の動きに即座に対応できるもの、ということですか?」
「はい」
「具体的にどうするのよ?」
「各師団を、全国の港湾や重要拠点に派遣します。これは動員をかけずとも可能です。そして万が一攻めてきてもーー」
「これらの部隊が粘っているうちに、国内で動員を進めればいい、というわけか」
シルヴィの意図を理解したフレデリックが納得したように言葉を継いだ。だが問題がないわけではない。
「敵の動向は諜報部が報せてくれるだろうが、海に出られるとわからない。防衛に完璧を期すなら、事前にどこを攻めるかも知っておきたいところだ」
エリックの発言に、すべての問題は集約されている。たしかにミーポーに置いてある諜報部から『艦隊出港』との報告は上がるだろう。だが、肝心なのはどこへ向かうかだ。まさか兵士に堂々と訊ねるわけにはいかない。よって何らかの手段で攻撃目標を掴まなければならない。
もし、攻撃目標を知り得ないーー知ることを諦めるーーなら、話は簡単だ。海岸線に沿って要塞を建設すればいい。そこへ兵士を駐屯させれば、沿岸防衛は難しくない。……ただし、これが物理的に可能かどうかは別である。というか、不可能だ。時間も足りなければ人も足りない。机上の空論である。
会議は何となくシルヴィの案でまとまりかけていた。問題は敵の動向を如何にして素早く知るか、という点である。沿岸警備隊を創っておけば話は早かったと後悔したが、後の祭りだ。現実志向でいこう。
「海軍を使えばいいんじゃない?」
「それは難しい」
「どうしてよ?」
「敵を海上で阻止するためにはそれなりの規模を維持していないといけない。戦力の分散は致命的だ」
ソフィーナが経済的な観点から出した意見を却下したのはエリック。その通り。海軍を海上監視に使うと、敵を発見できても集結に時間がかかって迎撃に失敗する可能性が高い。もしやるとしても最終手段だ。
「何か(手は)ないの?」
「思い浮かばんな」
となると自然、視線は発案者であるシルヴィに向く。が、
「私も思いつきません」
とのたまった。それはないだろう、みたいな空気が流れる。
「ーーですが、オリオン様は何か思いつかれているご様子ですよ」
そんなことを言えば、視線は俺に集まる。口にこそしないが、その顔には本当か、と書いてあった。彼らの反応に苦笑しつつ、俺はアイデアを出す。
「ひとつ考えがある。商人を使おう」
「彼らは戦えませんよ?」
「まあな。だが、奴らはいいものを持っているだろう?」
「「「?」」」
わからない、と首を傾げている。しばらく待ってもわからないようだったので、答えを明かす。
「商人が持っている商船を徴用し、これらを警戒監視にあてる。奴らにはこの前、海軍の船を払い下げたからな。充分使えるはずだ」
「ああ!」
ソフィーナがそういえば、と声を上げる。うん。そんなに昔のことじゃないから忘れないでほしい。
鉄甲船の登場と転換により、既存の木造船は維持しないことに決まった。そしてそれらを国内の商人に格安で払い下げた。俺たちは廃棄する手間が省けてラッキー、商人は安く船が手に入ってラッキー。ウィンウィンな取引だった。
これが貸し借りどちらなのかといわれたら、まあ貸しだろう。払い下げも、船が余ると知った商人の要望によるものだからだ。その貸しを返せ、と言っても理不尽ではない。
速度に勝るクリッパーを必要数、船員ごと徴用する。監督官として海軍士官を派遣し、哨戒任務に就かせるのだ。これなら数の割に必要な海軍軍人が少なくなる。目的は戦闘ではなく、監視と通報。重視されるのは生存性だ。速度に優れるクリッパーなら、その要件を満たすだろう。
ーーなんてことをつらつら述べてみた。さあ、これで万事解決! と思いきや、反対する人物がいた。それは、
「お金がかかるじゃないの!」
浪費は絶対に許さない! 国庫の番人、財相ソフィーナである。彼女は余計に費用がかかり、それを賄うには新たに予算を組まなければならないことを理由に反対した。それを彼女は無駄と断じる。というのも、この策は先が見通せないからだ。
仮に船と船員を徴用するとして、いつまで雇い続ければいいのかわからない。華帝国の動きによってはほんの数日かもしれないし、数年になるかもしれない。
『いつまでなの? 具体的に言って』
『いつまでかなぁ?(目逸らし)』
となるのである。
予算は年度毎に作られるため、今回も年度末をメドに作成されるはずだ。なのにほんの数日で開戦となれば、徴用した船は用済み。予算は浮いてしまう。別にいいじゃないかと思うかもしれないが、よくない。この予算は後からぶっ込んだものなので財源は国債。要は借金だ。国債はただ返済すればいいだけでなく、利子をつけなければならない。ソフィーナはその分が無駄だと言う。
彼女の言い分は正しい。国費(税金)を使う以上、銅貨一枚たりとも無駄にすべきではない。それこそが財務大臣であるソフィーナの職責である。が、同時に国を守るのが軍部の仕事であった。だから落ち着け我が妹よ。
「そうだな。だが考えてみてくれ。この哨戒をやらずに敵の侵攻を許した場合、街が破壊される。一般市民も殺されるだろう。こちらの方が大事じゃないか?」
言い方は悪いが、国民とはいるだけで税金を落としてくれる存在だ。だから人口が増えると税収も増え、潤沢な予算を背景に様々なことができる。人が減ればその逆のことが起こるのだ。
「たしかに一時的には無駄かもしれない。だが、長い目で見ればむしろ特だと思わないか?」
人が育つのには十数年かかる。それが、受けた人的被害を回復させるのにかかる時間だ。対して、予算を組むことで生じる損失は数年。どちらを取るべきかは論ずるまでもない。
「わかったわ。それで行きましょう」
最終的にソフィーナの同意も取れた。これで今回の会議の議題は終わりーーとはならなかった。それではお開き、と言おうとしたら、部屋に秘書官が入ってきた。軍服を着てこの場に現れるのは、大本営総長の秘書官のみだ。つまり、シルヴィの部下。この状況で現れるのだから、報告される内容はだいたい察せられる。はたしてシルヴィが読み上げたメモには、
「諜報部からです。『華帝国軍がミーポーに停泊中の船に乗り出港』」
とあった。もはや悠長にしていられない。俺は緊急勅令を出すとともに、国家非常事態宣言を発した。
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緊急勅令とは、帝国憲法に定められた『法律に代わるもの』として出される勅令だ。皇帝権力は司法、立法、行政の三権を各機関に譲渡しているわけだが、議会が開かれていないなどの理由がある場合にのみ、皇族会議の承認を経るだけで発令することができる。
皇族会議の出席者は皇帝と、公爵家の当主。俺の代では、俺と妻たちになる。議会はまだに開かれていないため、気にする必要はない。発令理由は至極真っ当なため、特に議論もなく承認。発布となった。その内容は、『沿岸警備のための財政支出』である。敵が出港したのに、財務省で予算を組んでいては間に合わない。そこで緊急勅令を出し、そのステップを飛ばした。
国家非常事態宣言は、ネーミングの割に発令のハードルは低い。その要件は様々だ。今回のような武力攻撃の危機に瀕した場合、内乱が発生する可能性がある場合、大規模な自然災害が発生した場合などなど。とにかく国がピンチ! というときに出される。これで政府がかなり自由に動けるようにするものだ。
まずこれらの法令を盾に、商人たちが所有するクリッパーを徴用した。船ごとに海軍士官を乗せ、大本営海軍部が策定した警戒区域ごとに割り当て。海域を見張らせる。
戦争となると軍は忙しい。大本営の諜報部は各国に怪しい動きがないか目を光らせ、陸軍部と海軍部は迎撃作戦の立案作業に追われる。陸、海軍省でも将兵の動員に関連する手続きに入っていた。
帝国は大変な騒ぎになっていたが、二週間ほどで華帝国軍の行方が判明した。
華帝国軍がブレストに上陸し、アクロイド王国軍と合流。
この報に接した瞬間、これまでの戦略が瓦解した。
そして会議が開かれる。
「本日の議題は、今後の国防戦略についてです」
今回はシルヴィが音頭をとっての会議だ。国防戦略といいつつ、ここに政治が介入する余地はほとんどない。なぜなら、話が純軍事的なものとなっているからだ。
つい先日まで描いていた基本戦略ーー侵攻してくる華帝国軍を海上で捕捉、撃破するーーは崩壊した。アクロイド王国が華帝国に協力したためだ。よって新たな戦略を策定し直さなければならないのである。
今回は突然のことだったので、部署ごとに完成した戦略案はない。各々が持ち寄った素案を戦わせ、完成させようというのが会議の趣旨である。
まず議論されたのは、ナッシュ新王国の動向だ。樹海に引きこもって出てこない彼らだが、交易に来る民の話ではかなり強引な統治を行なっているらしい。有力者の縁者を妻にして、子を産ませる。手っ取り早いが、反感を買いやすい手段であった。事実、彼らは積極的に情報を提供してくれる。おかげで判断に必要な情報には事欠かなかった。
「彼らはアクロイド王国と協調関係にあります。旧領回復の好機だと捉えるでしょう」
「であれば、第一軍を派遣する必要がある」
「問題は、どれだけ必要かといことですが……」
戦力配分は気を遣う。アクロイド王国には華帝国軍が十万、アクロイド王国軍も五万以上は動員するだろう。であれば、できるだけ多くの兵士が欲しいところだ。
「民衆が協力してくれるはずですので、戦力はあまり……。二個師団程度でいいでしょう。それよりも、彼らの人質を救う部隊が必要です」
「陛下」
「わかった。近衛師団より、特殊戦闘隊を派遣しよう」
彼らなら要人救出の特殊作戦もこなしてくれるだろう。
懸案事項のひとつはこれで一応の解決を見た。議論は次なる議題に移る。それはすなわち、海軍をどうするか。
ひと口に海軍といっても、国によって性質は様々である。この世界のことは何ともいえないが、地球での話がわかりやすいだろう。
イギリスとドイツ。この二ヶ国では、海軍の持つ意味はまったく異なる。前者の場合、海軍は国防の要だ。四方を海に囲まれた国土であるため、外敵の侵入には海軍を以って対抗するのが普通である。
一方、後者の場合はあまり重要視されない。四方に陸の国境が存在するからだ。外敵の侵入を拒むために必要なのは陸軍であることは明々白々である。ゆえにイギリスを海洋国家、ドイツを大陸国家などと呼称するのだ。
では、竜帝国はどうか。同一の大陸内に別の国を抱えてはいるが、種別としては海洋国家に該当する。であれば、海軍が重視されるのは当たり前であった。だから海軍を強化してきたのである。しかし、帝国が今現在接している状況は大陸国家のそれに近しい。したがって海軍は微妙な立場に立たされていた。
「海軍に出番はない!」
とは、とある陸軍軍人の言だ。このひと言は、海軍軍人の反感を煽るのに十分だった。
「なんだと!」
「我らだけでブレストの敵を壊滅させてやろうじゃないか!」
「Bデイの再演だ!」
「いや、将兵を陸に揚げて戦えばいい!」
などと無謀な発言が飛び出る。対する陸軍は、
「金食い虫」
「金を海に捨てたな」
「役立たず」
と罵倒する。もはや子どもの喧嘩だ。高級軍人の大半は(元)貴族である。こういった派閥抗争に、彼らの貴族的本能が刺激されたのかもしれない。まったくもって迷惑な話だが。
「やめなさいッ!」
それに終止符を打ったのは母ーーではなくシルヴィだった。彼女がここまで怒りをあらわにするのは珍しい。会議の参加者はもちろん、俺も目を丸くした。
「あなたたち、この場は帝国の行く末を決める会議の場です! 他人を罵るために来たのなら、今すぐに階級章を置いて出て行きなさい!」
飛び出たのは、とてつもなく過激な言葉。普段の温和な彼女ならば口にしないようなものだ。あまりの迫力に、誰もが沈黙する。
そして、沈黙の原因は彼女の剣幕だけではない。長く俺に近侍し、寵愛を受けていることから、彼女の発言すなわち俺の発言みたいな認識になっている。まあ、シルヴィに言われたからといって即断するつもりはないが、心象は悪くなるかもしれないので見当違いとはいえない。
要するに、彼女の怒声すなわち俺の怒声なわけである。海軍増強計画は俺の肝煎り政策だし、まあ不味いわな。舌がいろいろ滑っちゃった士官たちは俺を見る。ちょっと可哀想だ。しかし、シルヴィの意見はもっともなので、
「シルヴィの言う通り、この場は帝国を守るための方策を議論する場だ。その意思がない者は立ち去ってよい。ーーが、シルヴィも怒鳴る必要はなかったな」
彼女を支持しつつ、行き過ぎをたしなめる。シルヴィは特に言い訳もせずすみません、と謝った。士官たちについては、後日、処分を言い渡すとした。せいぜい減俸だろうが。
結局、士官たちが各々謝罪を口にしたことでこの件は落着となる。そして改めて海軍の活用法を考えたわけだが、結論はやっぱり役に立たないんじゃね? ということになった。うーむ。なかなか思い通りにいかないものである。そこで、俺は一旦会議を中断させた。表向きは昼食休憩。真の狙いは、俺の意図を察してくれそうな人物を呼ぶためである。
そして一時間後。会議室に再び人が集う。今度は助っ人を加えて。やはりというべきか、助っ人たちは注目を浴びている。
「あの……なぜ皇太女殿下たちがいらっしゃるのですか?」
会議が始まってすぐに上がった声はそれだった。そう、俺が呼んだのはエリザベス以下の皇族年長組。俺の薫陶を受けて育った子どもたちである。この子たちなら俺が思い描く戦略をズバリ当ててくれると考えた。存在理由を訊ねられたため、将来のためだとかなんとか、適当な理由をつけて認めさせる。そして再開して早々、俺の意向を受けたシルヴィ(事前に根回しした)が子どもたちに話題を振る。
「エリザベス少将はどう考えますか?」
「海軍を遊ばせておくなんて以ての外です。ブレストなど、アクロイド王国の主要な港を海上封鎖するのに使えばいいと考えます」
「陸戦については?」
「陸上は国境線に部隊を配備して守りを固めるべきでしょう。中部、南部は山岳地帯、森林地帯で守りやすく、守勢に徹します。北部は一度領内に侵攻し、敵の迎撃があり次第長城まで撤退します。そしてそこで出血を強いるのです。『攻撃三倍の原則』もありますし、数的不利は補えるはずです」
と、淀みなく答える。そう! それ! それこそ俺が望んでいた答えだ! さすが我が娘!
「海上封鎖に効果はあるのですか?」
という疑問が飛ぶ。答えはイエスだ。その訳は俺が説明せずともエリザベスがすべて説明していた。曰く、
「華帝国が十万という大兵力を投入したことから、アクロイド王国も限界ギリギリまで動員することが予想されます。その場合の兵力は五万以上。数は脅威ですが、それはつまり国内の生産力が低下することを意味します。アクロイド王国ではそもそも、十万を超す兵力を養うことは不可能。ならば華帝国に援助を頼むはずです。それを妨害するだけでも、敵の戦力をかなり削ぐことができるでしょう」
まったくその通りだ。呼んで正解である。他の子供たちもエリザベスの考えに同意した。士官たちもその有効性を認めたようで反対意見も出ず、若干の修正を加えた上で採用された。
これを受けて編制が発表される。
第一軍 十個師団+二個騎兵旅団(約十六万) 司令官クレア・パース陸軍元帥
第二軍 三個師団+特殊戦闘隊(約五万) 司令官レイモンド・キャンベル陸軍大将
第一軍はアクロイド王国方面からの攻撃を防ぐこと、第二軍はナッシュ王国の攻略が役目だ。
海軍はエリザベスの提案通り、アクロイド王国の主要な港を海上封鎖する任務を与えられた。徴用したクリッパーも警戒部隊として引き続き使う。
今回、俺は前線に出ない。代わりといってはなんだが、前に出るのはエリザベスたちだ。いつまでも俺がいるわけではないから、政治のみならず軍事も俺抜きでやってほしいという思いからである。
帝国軍は編制が完了し次第、それぞれ指定された集結地点へと向かった。それとほぼ同時にアクロイド王国が動くという一報が入る。後手に回った今回の戦争だったが、どうにか間に合ったと安堵した。




