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異世界最強の自宅警備員  作者: 親交の日
第八章 華帝国
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8-9 脱出

 



 ーーーオリオンーーー


「閣下。こちらに」


「はいはい、っと」


 俺は護衛に促されるままにこそこそと裏路地を通り、すたすたと早足で歩く。まるで泥棒のような動きだが、何もやましいことはしていない。追手から逃げているのだ。

 太宗とのトップ会談は物別れに終わった。俺としてはしばらく粘ってもよかったのだが、チャン・ボンギルによって暗殺が試みられたことによって状況は一変する。これ以上タートに留まるのは危険となり、帰国することにしたのだ。

 襲撃があった翌朝。俺は太宗に帰国することを伝えた。窓口役として官僚二人と職員ーーに偽装した護衛ーーを残すが、それ以外の人員は俺とともに滞在した屋敷を出て、一路ミーポーへと向かう。

 太宗が用立てた馬車に乗って移動。日暮れが近づいたころに到着した街の宿をとった。襲撃はその夜に受けたのだ。馬車は馬が外されており、すぐに動き出せない。用意するにも、車のようにスイッチひとつでーーというわけにはいかないのだ。


「これが狙いかっ!」


 敵の計画性に俺は苛立ちを隠さない。そこには自分への怒りもあった。ミーポーの県令と敵対しているのだ。襲撃があってもおかしくないことはわかっていた。だが、まさかタートを出た直後に仕掛けてくるとは思わなかったのだ。完全な油断である。

 返り討ちにして捕らえるという手段も考えたが、止めた。理由は、官憲が機能しているかが極めて怪しいからである。ミーポーでは県令と闇組織が手を組んでいたが、他所では違うとは言い切れない。地方行政は担当者の報告次第であり、事実を捻じ曲げられたら堪ったものではなかった。


「○△¥%#!」


 さて、そんな理由で逃げていたわけだが、地の利はあちらにある。だから捕捉されることもあった。

 今回は三人。手にした得物は、狭い場所でも取り回しが楽なように長剣にしては短くなっている。来た道を引き返すーーという手もなくはないが、どうせ追いつかれてしまうのだ。ここは諦めて戦う。護衛は誰もが手練れだ。闇組織のごろつきに負けることはない。危なげなく制圧された。

 死体は発見を遅らせるために物陰に隠す。護衛たちがせかせかと働く間、目を光らせるのはリャンオクだ。成人男性と十代半ばの女の子ーーどちらが力仕事に向いているかは言わずもがな。


「リャンオク。いい逃げ道はないか? ミーポーになるべく早く着きたい」


 俺は警護に当たるリャンオクに訊ねた。彼女を側に置いているのはその覚悟もさることながら、この国の地理に明るいかもしれないという打算もあった。スラムで暮らしていた彼女に多くを求めてはいないが、地元民ゆえの裏道などを知っているかもしれない。はたしてリャンオクはしばし悩むと、


「……ファンフー」


 と呟く。俺は何を意味するのかわからず、鸚鵡返しした。


「ファンフー?」


「うん。タートの近くを流れる大河で、運河でミーポーにつながってる。運送が盛んで、あたしもそこで働いてたことがあるの」


「ということは、船を使えばミーポーへ行けるのか?」


「馬車よりも速いよ」


 俺はそれでミーポーまで向かうことにした。


「船着場を探そう」


 今後の方針を護衛に伝え、住民から船着場がどこにあるのかを聞き出してもらう。その情報を元に目的地である船着場へと到着した。

 華帝国には二本の大河が流れている。北を流れるのがファンフー、南を流れるのがチャンチアンだ。タートはファンフー流域近く、ミーポーはチャンチアン流域近くにある。

 古の皇帝がこの二つを結ぶことを考え、大運河をおよそ十年かけて開削したという。動員された民衆は百万人を超すそうだ。スケールがでかい。この事業は民の反発を招いた一方、大河によって分断されていた南北の経済圏を統合したという側面もあった。

 さて、船着場へ到着した俺たちだったが、乗船するにあたって問題が生じた。それは十人を超える人間が団体で乗船することを怪しまれたのである。


「どうしましょう?」


 困った護衛が訊ねてくる。いや、『どうしましょう?』と言われても……。俺は頭を悩ませた。ここで時間をかけては追手に見つかってしまうかもしれない。時間が命だ。

 今さら馬車で移動するわけにもいかず、なんとかして船に乗らなければならない。ぶっちゃけ、襲撃からの逃亡生活はお断りである。なので頭を全力で働かせた。

 そしてひとつ、あまりよろしくない手を考えつく。が、現状を鑑みると四の五の言っていられない。俺は懐に小道具を用意すると、通訳も兼ねる護衛に決して動揺しないように、何も言わないようにとしつこいくらい言い含める。護衛は困惑していたが、こくこくと頷いた。


「いいか。俺が何を言おうと絶対に動揺するなよ。絶対にだぞ」


「は、はい……」


 振りではない。ダチョウ◯楽部ではないのだ。

 護衛が辟易するぐらい言うと、俺はリャンオクを伴って渋る船主のところへ向かう。そしてこちらへ視線が向いた瞬間、リャンオクを抱き寄せた。


「ひゃっ!」


 小さな悲鳴を上げるリャンオク。日本なら間違いなくセクハラだ。俺は心のなかでゴメン、と謝りつつ船主に話しかけた。


「俺はとある家の三男坊なんだ。この女の子と結婚しようとしているんだけど、ちょっと訳ありでね。家出してきたんだ。そこでタートからミーポーへ行こうと思ってるんだけど、黙っててくれないかな?」


 そう言いつつ、俺は小道具である金を手渡した。まあ賄賂である。こういうときに金は有用に働くのだ。ならば、使わない手はない。札束で顔を叩けば大抵の人間は動くのである。


「……わかったよ。乗りな」


 話はまとまり船へ乗り込む。そしてミーポーを目指して川を下っていった。


 ーーーチャ・セギュンーーー


「これはこれは、ご使者殿。ようこそいらっしゃいました」


「セギュン殿も息災そうで何より。本日は礼部尚書、チャン・ボンチャン様の使者としてまかり越した」


 ワタシはつながりのあるボンチャン様からの使者を聞いて平伏する。そしてそのお言葉を受け取った。


「『竜之国の使者は皇帝陛下に対して無礼を働いた。その者たちを帰してはならぬ』とのことだ」


「ははっ! 直ちに行動に取りかかります!」


 ミーポーの県令であるワタシの職務と権限は、他の県令と一線を画す。なぜなら、そこには海よりやってくる異国の輩の出入国を取り締まるという役目があるからだ。ワタシはすぐさま配下の兵に命じ、竜之国の船を押さえに向かわせた。

 その一方でワタシは部屋にある男を呼び出す。ミーポーの街で活動する裏社会のボスだ。


「セギュンさん。今月の『お友達料』はまだのはずですが?」


「そちらはよろしく頼むが、今日はその話ではない」


「なら仕事の話ですかね?」


「ああ」


 ワタシはその問いかけに頷く。そして星が竜之国の使者と、その一行にいる若い娘だと伝える。


「報酬はひとりにつき金五十枚」


 その報酬額を提示すると、男は目を丸くした。


「随分と破格だな」


「そうだな」


 ワタシは同意する。正直、これで妥当か足りないくらいだと考えていた。だがそんなことを馬鹿正直に言うはずがない。胸の奥にしまい、代わりに予め考えてあった別の理由を話した。


「しばらく前、御宅の手下がやられただろう? あれをやった犯人だ。本人が腕の立つ者なので、この価格にした」


「なるほど。娘の分は手間賃みたいなものか」


 男の言葉に頷く。


「よしわかった。やろう。ウチのもんに手ェ出してくれた落とし前をつけさそうか。前金十枚でどうだ?」


「異存はない」


 ということで話はまとまった。この話を受けてくれてありがたい。なぜなら、こちらが放った刺客は軒並み撃退されていたからだ。これ以上、犠牲を払いたくない。そのためなら金百枚程度、安いものだ。


「標的は数日後に現れる。あとは自由にきてくれ」


「後始末は頼むぞ」


「もちろんだ」


 男は部屋を出て行く。彼と入れ替わりに部下のひとりが現れた。


「どうした?」


「セギュン様! 竜之国の船が抵抗しております!」


「関係あるか、この鈍間! さっさと制圧しろ!」


「それが、相手の抵抗が激しく、船に乗り込めないのです!」


 情けない……。ワタシは部下たちの不甲斐なさに腹立たしくなった。


「もういい! ワタシが直接行く!」


 そう言って部屋を飛び出した。


 ーーーーーー


 港には完全武装の兵士たちが集まっていた。彼らは一様に沖合の船を睨んでいる。帆も櫂もない、竜之国の奇怪な船だ。

 役人が船へ乗り込んで差し押さえることを通告したのだが、奴らはこれを拒否。そこで兵士を繰り出して実力行使に出たのだが、幾度となく撃退されたという。そこでワタシが陣頭指揮を執ることになった。


「行け! あの船を押さえろ!」


 ワタシの命令で兵士たちが乗った船が竜之国の船へ殺到する。今までのような小舟ではなく、軍船だ。相手は四隻、こちらは十隻。勝てるーーはずだった。


「な、なにっ!?」


 敵船から土の塊が飛んできて味方の船に着弾。船底まで貫かれたのか、瞬く間に沈没する。その一部始終を、地上にいるワタシは呆然と見ていた。今ので二隻が血祭りに上げられている。残り八隻。


「魔法だと!?」


「バカな!」


 兵士たちが騒めく。たしかに魔法使いがいることには驚かされたが、そんなことはどうでもいい。すぐにあの船を押さえるのだ。


「ぐ、ぐずぐずするな! 急いで距離を詰めろ! 接舷して乗り込め!」


 指示を飛ばすが、状況は変わらない。いや、むしろ悪化していた。敵船は巧みな操艦でこちらの接近を許さない。常に一定の距離を保ちつつ、魔法による攻撃をしかけた。一隻、また一隻と沈んでいき、気がつけば味方は三隻にまでその数を減らしていた。

 味方はたまらず撤退を開始する。しかし敵は容赦なく追撃し、やがてすべての船が沈められたのだった。


「ふ、ふざけるなぁッ!」


 思わず怒りが爆発してしまう。


「行け! お前ら全員であの船を押さえろぉッ!」


「しかしセギュン様。もう船がありません」


「泳げ! 泳いで行けぇッ!」


「無茶です。追いつけません」


「やかましいわ! やれと言ったらやれ!」


「セギュン様! ここは近隣の者たちに増援を依頼しましょう」


「そうです。我らだけでは彼らの二の舞です」


「むむ……。やむを得んか」


 ワタシは部下たちの言葉に従い、不承不承ながら近隣の県令に増援を求めた。


 ーーーオリオンーーー


 船で移動するとはいえ、ずっと船に乗りっぱなしというわけではない。数日間隔で停泊し、水や食料を補給する。俺たちはファンフーを過ぎて運河を通り、チャンチアンとの結節点であるウハンの街にいた。


「閣下」


 そこで護衛のひとりが声をかけてきた。


「どうした?」


「『影』からの報告ですーー」


 報告はミーポーの状況についてだった。現在、かの地の県令が停泊するベルファスト以下の艦船を拿捕しようとしているらしい。誰の命なのかは知らないが、ふざけたことを。


「ーーとのことですが、いかがいたしましょう?」


「容赦するな。……しかし、そのような騒ぎになっているなら、ミーポーも楽に通れるはずもないか」


「その可能性は高いかと」


「よし。手を打とう」


 俺は船主のところへ向かう。そして、船を買い上げたいと伝えた。その発言に驚く船主。彼はすぐに拒否した。とても買えないだろうと。

 船主も賄賂としてそれなりの金を握らされたことから、俺が名乗った『とある家の三男坊』なんて肩書を信じてはいない。だが、理由はどうあれ逃避行をしている俺たちにそれだけの材料はないだろうとの話だった。

 その推理はあながち間違ってはいないのだが、俺は曲がりなりにも皇帝である。そしてその前職は国内一といっても過言ではない大商人。船を一隻買えるポケットマネーくらいは持っていた。


「金があればいいんだな?」


「もちろんだ。この船も古い。新しくできるのなら、それに越したことはないからね」


「ならこれでどうだ?」


 取り出したのは金が詰まった袋。中に百枚ほど入っている。それが二袋。造船代金としては十分どころかお釣りがくるレベルである。


「なっ!?」


 さすがに船主も驚く。彼は枚数を数え、十分すぎることを確認した。そして船の買収を認める。だがそれだけでは終わらず、俺をまじまじと見る。


「あんた……本当に何者だ?」


「だから言っただろう? とある家の三男坊。今は愛の逃避行中だ」


 その問いを俺ははぐらかした。その後、少し条件を詰める。船は予定通りミーポーに停泊し、積荷を降ろすと俺に引き渡される。あとはどうしようが自由とのことだった。

 こうして船主と話をつけると、続いてリャンオクを呼び出す。これは最終確認のためだ。彼女は俺に仕えると言っているが、いざ故国を離れるとなって気持ちが変わらないとも限らない。その場合は影に支援させつつも別れるつもりだった。しかし、その話をした途端に俺は怒られた。


「シゲル様! あたしの覚悟を舐めないで!」


「すまない。そんなつもりはなかったんだ。……では、本当にいいんだな?」


「もちろん! あたしは死ぬまでシゲル様に仕えるよ!」


 ということになった。その後、ウハンを発つ直前に一行を集めて状況を説明した。


「ーーというわけで、俺たちはミーポーには上陸せず、直接ベルファストへと乗る。リャンオクも一緒だ」


「わかりました。影へはそのように申し伝えておきます」


「艦隊にも伝えさせましょう」


「頼むぞ」


「「「はっ!」」」


 そんな話をした翌日。いよいよミーポーの街へたどり着いた。俺たちは船から降りることはないが、狭い船内にいたのでは気が滅入ってしまう。気晴らしに船外へ出ることはしていた。眼下では人足たちがせっせと積荷を降ろしている。船主によれば、あと一時間ほどで作業が完了するとのことだった。

 幸い、県令に俺たちの居場所は知られていないらしい。港にはちらほらと兵士の姿が見受けられるが、こちらに気づいた様子はなかった。


「っ! シゲル様!」


 せっせと働く人足たちを何となく眺めていた俺だったが、そこにリャンオクからの警告が発せられる。俺は慌てて彼女が指し示す方向を見た。そこではキリキリと弓を引き絞る黒ずくめの男が。視線が合った瞬間、男の手が矢から離れる。矢はもちろん、一直線に俺へ向かっていた。


「ちっ!」


 俺は風の魔法を使って矢を防ぐ。かなりギリギリのタイミングであったことから、最大出力である。矢を止めたのは、顔の前三十センチくらいのところだった。


「危ねえ」


 さすがに肝を冷やした。


「へいーー閣下、大丈夫ですか!?」


「ああ。問題ない。リャンオクのおかげだな」


 俺は『陛下』という呼称を使いそうになった護衛に苦笑した。


「すぐに追撃をーー」


「不要だ。お前たちはこのまま留まれ」


「しかし!」


「『影』に追わせろ」


 というか、恐らく追っている。俺たちがここに来ることは知っていたはずだ。当然、監視の目も寄越しているだろう。俺への攻撃を防げなかったが、その後の対応を間違えるはずがなかった。


「リャンオク。よく気づいたな」


「ありがとうございます」


 彼女には帰国し次第、改めて褒美を与えると決める。とりあえず褒めておいた。


「旦那。荷の降ろしが終わったぞ」


「ならこの船はもらってくぞ」


「ああ。好きにしな」


 船主の言葉を受けて俺は護衛たちに指示を出す。帆を目一杯広げて風を孕みやすくした。が、今は無風である。船主も何をしているんだ、というような胡乱な目を向けられた。

 しかしこれでいいのだ。かつて、マリー・アントワネットは言った。『パンがなければ、お菓子を食べればいいじゃない』と。ならば俺も言おう。『風がないなら、起こせばいいじゃない』と。魔法で風を起こし、船を動かす。全力だ。船はぐんぐん加速する。

 当たり前の話だが、川は海につながっている。川船と海船は構造的に異なるが、だからといって即座に転覆するというわけではない。肝心なのはベルファスト以下の味方艦船に到達することなのだ。


「閣下! 見えました! ベルファストです!」


「どっちだ!?」


 護衛にベルファストはどこにいるのかと訊ねた。操船を舵ではなく帆に当てる風の具合で行なっているため、常に帆を注視している。だから他を見ている余裕がないのだ。

 また、一切の会話は声を張り上げて行われていた。猛速で進む船が風を切り、耳元ではゴーゴーと音が鳴っている。とてもじゃないが普通の声量では会話はできない。よって互いに怒鳴り合うように会話している。

 護衛の案内に従って操船。そろそろ近くなったと言われて速度を落とす。すると耳元の風を切る音も小さくなり、話し声も普通に聞けるようになる。


「閣下ーッ!」


「おかえりなさーい!」


 などなど、ベルファストの乗組員たちが俺の帰還(帰艦)に喜びの声を上げている。手を挙げてそれに応えると、歓声はより大きくなった。嬉しいものである。


「シゲル様は大人気ですね」


「ん? ああ、そうだな」


 リャンオクはそう言うが、面と向かって言われるとなかなかに面映い。乗ってきた船からベルファストへ移乗すると、艦長以下の出迎えを受ける。


「無事のお戻り、誠に喜ばしく」


「ありがとう。お前たちも襲撃を受けていたそうだが、被害はないか?」


「乗組員全員、かすり傷ひとつありません。逆に襲ってきた奴は返り討ちです」


「それはよかった。ではこれより故国へと帰還ーー」


「報告します!」


 しよう、と言いかけたところに水兵が飛び込んでくる。俺は気にしなかったが、艦長は咎めるような視線を送っていた。水兵もそれを敏感に感じ取り、口を噤む。


「どうした?」


 俺は気にしていないことを示すため、水兵に先を促す。


「はっ! 東より、多数の船が接近中であります!」


「「なにっ!?」」


 その報告に俺たちは揃って驚く。間違いなく敵だ。


「数は!?」


「およそ五十!」


「艦長!」


「はっ! ーー艦隊に通達。第一戦闘配備! 錨を上げ、直ちに出港! 敵船を撃破しつつ、ミーポーを脱出する!」


「「「はっ!」」」


 艦長の命令を受け、乗組員たちが機敏に動く。この命令は他艦にも伝達され、艦内は一気に慌ただしくなった。

 魔法使いたちが艦内から飛び出てくると甲板に並ぶ。いつでも魔法を放つ準備はオーケーだ。獲物はどこだ、と息巻いている。

 普通の乗組員も弓の具合を確認し、矢を大量に運んでくる。普通の矢に火矢、焙烙火矢などレパートリーは豊富だ。あるいは万が一にも乗り込まれた場合に備えて刀剣類を準備する者もいた。

 そんな彼らとは対照的に、俺たちは艦内へ入る。俺は行きと同様に猿の腰掛(司令官席)に座った。右手にはリャンオク、左手には艦長が控えている。


「全速ッ! 邪魔する船は沈めよ! 一気に敵の囲みを突破する!」


 艦長の指示の下、ベルファストは僚艦とともに全速を発揮。進路を塞ぐ船には、魔法使いたちから土や氷の塊が容赦なく撃ち込まれていた。

 しかし、これだけでは足りない。沈めた途端に他の船が埋めてしまうからだ。なので、俺も艦隊の進路に沿うようにして魔法で海水の流れを操る。こちらにやってこれないよう、沖からミーポーへ向けて猛烈な流れを生んだ。その速さは二十ノット。条件次第だが、自然発生する海流は速くて数ノットなので、いくら頑張ろうとも流れには逆らえない。事実、進路を塞ごうとした敵船はこの流れに攫われていった。


「絶対に進路を誤るな!」


「はっ!」


 一応、警告を発しておく。敵味方を識別するものではないので、これに呑まれては僚艦も無事では済まない。しかしこれに巻き込まれる味方はおらず、俺たちは無事にミーポーから脱出することができたのだった。




次回は予定通り五月一日の投稿となりますが、本編ではなく閑話を投稿いたします。改元と新天皇即位を祝しまして、一日〜三日にかけて閑話を、四日に本編(8-10)を掲載する予定です。よろしくお願いします。

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