1ー10 奴隷を選ぼう(下)
前回の続きです。分量のバランスが悪いのですが……此は如何に。
ーーーオリオンーーー
幼女を背負って地上に出る。奴隷契約を結ばなければならないため別室で待たされている。栄養失調のせいか、彼女は激しく衰弱している。一刻も早く連れ帰りたいのだが、契約せずにここを出ると窃盗になるので仕方ない。しばらく後に部屋に入ってきたフィリップは三十代前後の女性を連れている。薄い貫頭衣から彼が選んだ奴隷だろう。肉感的な美女だ。
一緒に来たヘルム執事から選んだ奴隷が貧相だのなんだの言われるが、それらの言葉はサクッと無視。ベイルさんを急かして持ち主の変更を手早くしてもらう。それが済むと部屋を飛び出した。その他の細々とした手続きの一切はロバートさんがヘルム執事に丸投げしていた。彼もこの件には賛成してくれている。馬車に飛び乗り屋敷へ向かってもらう。幼女は意識はあるようだ。無駄だと思いつつ話しかけてみる。
「僕の名前はオリオン。君は?」
答えなど期待していない。ただ気が紛れるからそうしただけだ。
しかし意外なことに答えが返ってきた。
「シル、ヴィアです……」
「シルヴィアね。よろしく」
安心させるように笑いかける。だがシルヴィアは今にも泣きそうだった。
「あ、あの……ごめんなさい」
「どうして謝るの?」
「だ、だって高そうな服を汚したから……。私が汚いせいでごめんなさい。どんな罰でも受けます。何をしてもいいです。でも、命だけはご容赦ください」
「あー」
さっきから妙に恐縮した様子だったのはそういうことか。何か悪いことをすれば何らかの罰を受ける。その『悪いこと』が不可効力だったとしても、主人を不快にさせること自体が『悪いこと』になってしまうのだ。特に彼女は反抗的だったそうだから、より多くの罰を受けてきたはずだ。そんな生活で奴隷根性が染み付いてしまったのだろう。ベイルさんたちの思惑通り、彼女は理想の奴隷に仕上がっていたようだ。この世界での価値観なら罰して問題ないのだろうが俺はーー外見はともかくーー中身は日本人。身分の貴賎でどうこうなんて気にしない。ということで笑った。これが一番安心できるだろう。
「気にしないで。服は洗えばいいけど、君はあのままだと死んでたんだから」
「いいんです。私なんて死んでしまえば……」
「どうでもよくない」
目を逸らしたシルヴィア前に回り込んで言う。これだけははっきり言っておかないとな。
「君は奴隷だけど、俺は普通の“人”だと思っているし、そう扱うつもりだ。いいか? 君は社会的には“奴隷”だけど、俺の前では“人”だ。“奴隷”じゃなくて、“女の子”だ。いいね?」
言葉はだけでは足りないような気がして、その真剣さを伝えようと目を合わせて離さずにいた。だが怖いかな、と思い直して顔を離す。理解してもらえたか反応を伺った。
……冷静になってみると熱くなってつい素の口調で喋ってしまった。大丈夫だよね、子どもだし。
しばらく待ってみると、シルヴィアはやがて目に大粒の涙を湛え始める。すわ、やらかした! フォローを、と思ったときにはもう手遅れ。すぐに涙が溢れて泣き出してしまった。
「ご、ごめん。言い方が悪かった! 伝えたかったのはつまり、そのーー」
言葉が上手く出ない。頭の中は大パニック。テンパって考えがまとまらず大混乱だ。言葉を見つけられない俺があわあわと慌てていると、加熱した思考を冷やすように、頬にひんやりとしたものが当てられる。小さくてとても冷たい。それはシルヴィアの手だった。
「あの、えっと……」
彼女はしばらく言い淀み、
「嬉しかったんです」
と、なんとも意外な言葉を漏らした。
「へ?」
あまりにも意外で間抜けな声が出てしまう。シルヴィアは言葉を継ぐ。涙を流しながら、しかし晴れやかな笑顔で。
「私、そんなこと、言ってもらったことなくて。このまま一生奴隷なんだ、って思ってて……っ」
なのに俺が人として扱うと言って、それが嬉しくて泣いたと……。うん。だいたいの事情は分かった。とりあえずーー悲しくて泣いてたわけじゃないんだ。よかったー!
俺も安堵してホッとひと息吐く。心の動揺を表していたかのような揺れもなくなっている。……ん? 揺れてない?
ハッとして外を見た。すると本来外の風景を映すはずの馬車のガラス窓には顔がどアップで映っているーーって、
「か、母さん!?」
思わぬ人物の存在に俺は驚きのあまり飛び上がった。母の方も俺が気づいたことに気づいたのか馬車の扉を開ける。母がとてもいい笑顔だ。うん。般若さんがニッコリと微笑んだような素敵な笑みさ。怖くはない。いつもポワポワして怖さを数値化すればマイナスな値がゼロになった程度である。そんな可愛い般若さんが詰め寄ってきた。
「オリオン、その子は奴隷よね? 買ったの? ねえ買ったの? あ、泣いてる。あなたが泣かせたの? オリオン、ちゃんと説明ーー」
「まあ抑えて。ちゃんと説明しますから」
「ロバートさん……分かりました」
横から割って入ったロバートさんが暴走気味の母を止めてくれたおかげでマシンガンのような追求の嵐から逃れることができた。それから俺は今日あったことを順に伝えた。すると母は途端に納得顏になる。
「なるほど……」
とは言いつつその表情は険しい。しばらく唸っていたかと思うと、不意に俺へ水を向けてくる。その目は鋭い。
「オリオン。あなたは彼女をどうするつもりなの?」
母に似合わない冷ややかな声。そこに『はぐらかすな』という意思が込められていることをよく承知している。
「別にどうもしません。俺はただ、父が奴隷を買ってこいと言うのでそうしただけです」
「断ればいいでしょう?」
「断れば義母が五月蝿いので」
俺は苦笑する。もっともヘルム執事を抱き込んで俺に安奴隷しか買えないようにしていたので、どうせ帰ってもバカにされるといういつものパターンに陥ることに変わりはない。
「そんな下らないことをしているの、あの人は」
母は呆れ顔だ。ロバートさんは申し訳なさそうにしている。
「いつも私の目の届かないところでやっているようでして……」
ロバートさんはレナードと一緒にいることが多いので屋敷に常駐しているわけではない。彼がいない間、屋敷は豚の天下となっている。
「奥様は使用人を自ら掌握されるおつもりのようです」
ある意味の政争だろう。ロバートさんと豚。どちらが屋敷の主導権を握るのか。地球でも異世界でも、目上の人間を蹴落として成り上がろうとする者はいるらしい。怖いなぁ。働きたくない。俺がオトナな世界の事情にガクブルしていると、
「それで。オリオンはその子をどうすふつもりなの?」
突如話が蒸し返された。まったく予期していなかったため、すぐに返答できなかった。その遅滞があらぬ誤解を招く。
「まさか慰み者に!?」
「するか!」
「違います!」
母のあんまりな発言に、俺はかつて利いたことのない乱暴な言葉で否定した。だがそれ以上にこれまで沈黙していたシルヴィアが過剰反応する。
「オリオン様は私を人間だって、ひとりの女の子だって言って下さいました! だからそんな酷いことは、決してされません!」
「あ……ごめんなさいね」
あまりの剣幕に気圧されて母は思わず謝っていた。俺も彼女の姿にビビった。どうも、小心者な俺です。
とりあえずシルヴィアを落ち着かせるために肩を添えて止めた。
「まあ抑えて」
「すみません!」
なぜ謝る?
「私、オリオン様の母上に罵声を浴びせるなんて……」
まるでこの世の終わりみたいな顏をしているシルヴィア。なんか……面白い子だ。ついさっき母の言葉を頭から否定した子と同一人物には思えない。
「あらあら、いいのよ。気にしていないわ」
母は母で穏やかな笑みを浮かべて実に楽しそうにしている。シルヴィアはなおもペコペコと謝り、母が気にしてないとの発言を繰り返している。なんだこれ?
終わりの見えない無限ループを止めたのはロバートさんだった。
「オリオン様。フィリップ様のご到着まであまり時間がありません。お早く家にお戻りになってお着替えを」
「そうですね」
そういって切り上げようとすると、
「ならここで着替えなさいな。前に泊まったときの服は洗濯してあるからそれを着ればいいじゃない。ついでシルヴィアちゃんもお風呂に入れてあげなさい」
それはいい。帰ったら風呂にぶち込もうと思っていたところだ。都合がいい。
「分かったここで入るよ。いいかな、ロバート?」
「はい。問題ございません」
「ならお願い、母さん」
「実はもう沸かしてあるの。時間がないんでしょ? 早く入りなさいな。二人で一緒に」
「え?」
イマナンテイッタコノヒト?
ここからヒロインが続々と登場します。あと、クオリティに納得がいっていないので改定するかもしれません。そのときはまたお知らせします。




