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異世界最強の自宅警備員  作者: 親交の日
第八章 華帝国
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8-5 四つの船

 



 ーーーオリオンーーー


「錨を上げろ!」


「微速前進」


「面舵ッ!」


「もーかーじ(面舵)」


 艦隊旗艦、ベルファストの艦橋では艦長以下の乗組員が忙しなく動いている。俺はその光景を司令官用の椅子(通称猿の腰掛)に座って眺めていた。


「戻せ」


「もどーせー」


「第二戦速」


「陛下。本艦は港外へ出ました。到着予定時刻は、五日後の〇八〇〇となります」


「ご苦労」


 艦長の報告に俺は労いの言葉で応える。

 華帝国へ派遣される外交使節(俺たち)を乗せた艦隊は港を出港。一路、西へと向かう。この世界で一般に用いられる帆船の速度はおよそ五ノット。対して、ガスタービン機関を搭載したベルファスト以下の艦艇は巡航速力十ノット。その差は歴然としている。航海にかかる日数も半減だ。艦隊は懸念されたトラブルもなく、無事に華帝国の港へとたどり着いた。


「陛下、すごい人ですね」


「ああ。驚いているんだろう」


 なにせ帆も櫂もないのに動いているからな。この世界の常識からすればありえない。それだけに注目されるだろう。

 艦隊は沖合に停泊した。そしてカッターを下ろし、護衛と外交官がひとりづつ乗り込む。使節の来訪を伝えるためだ。帰ってきた外交官は許可が下りたと言う。


「では艦長、留守は任せた」


「はっ。留守はお任せください」


「頼む」


 俺は艦長に後事を託し、カッターに乗り込んで岸を目指した。


「「「お気をつけて!」」」


 乗組員たちは帽振れで見送ってくれた。

 上陸した俺はまず街並みを見る。この世界にきて別の大陸に行ったのはこれが初めてなので比較対象は地球になってしまうが、近しいのはやはり中国だろう。華帝国ともいうし。人々が着ている衣服も漢服に似ている。


「閣下。こちらがこの街を治めているチャ殿です」


「竜之国の使節よ、ようこそ。ワタシはこのミーポーの県令、チャ・セギュンだ」


「竜帝国の使節団団長、シゲル・ヨシダだ」


 俺たちは挨拶を交わす。とはいえ、俺がやるのはこれくらい。あとはすべて外交官たちに任せる。だって言葉は喋れないし、何をやればいいのかわからないからだ。こういうのはわかる人に任せるに限る。聞けば諸々の手続きに数日かかるということなので、俺はその間、街に繰り出すことにした。


 ーーーーーー


 そしてやってきたミーポーの街。諜報員たちからの報告によれば、華帝国における海の玄関口で、一大商業都市だという。それは事実のようだ。軽く見回しても、あちらこちらに異なる肌、異なる言語を持つ人々がいる。まるでニューヨークや東京のような、世界的大都市にいるようだ。そしてそこかしこから威勢のいいかけ声が上がっている。道の左右には商店が軒を連ね、道にもたたみ一畳ほどのスペースを使って露天商が商売をしている。


「すごいな、これは。多くの人で溢れている」


「はっ。ですが閣下、くれぐれもご注意ください」


「わかっている」


 護衛に注意され、俺は頷く。だてに東京(人口密度世界一)で生活していたわけではない。人混みには慣れている。しかし、いずれはこのミーポーのように様々な人々が集う都市を帝国にも設けたいものだ。

 露店を冷やかしつつ、街を見て回る。さすが世界につながる商業都市というべきか、帝国では見たことない品物が多くあった。特に装飾品の類はなかなかのラインナップだ。ここはひとつ、奥さんたちに日ごろの感謝を込めてお土産を見繕うことにしよう。幸い、お金もあるし(もちろん私費)。

 俺は屈み込み、品物をひとつひとつ吟味していく。これはよさそうだが、作りが甘いな。こっちはデザインはいいが、使われている素材は帝国で手に入るもので物珍しさがない。やはり一定の地位にいる人物だから、ある程度の品質は必要だ。となると露店では厳しいかもしれないな。だが、店舗で買うのもなんだか味気ない。


「閣下。何もこのような場所で買わずとも、店であればいくらでもーー」


「気遣いはありがたいが、このような場所にこそ掘り出し物は眠っているものだ」


 俺は護衛の提案を却下する。なんでも揃う大型店を否定するものではないが、一期一会ともいえる品物に出会うためには個人商店を何店もハシゴするーーそんな地道な努力が必要だと思っている。それが買い物の醍醐味というものだ。

 こうして何店もめぐり、そして俺は出会った。貴人が身につけるに相応しいものに。それは宝石の原石だった。しかしカットしてやればさぞや美しく光り輝くだろう。俺は目ぼしいものを七つ手に取り、店主に声をかける。


「店主。これらをくれ」


「おお、お客様は実にお目が高い! この価値にお気づきですか」


「まあな」


 店主が全力でよいしょしてくるのでそれに乗っかる。とはいえ、本当の価値など知らん。俺はただ、能力で良し悪しを判断しただけだ。

 俺が手にしたのはダイヤモンド。そのなかでも特に希少なカラーダイヤモンドである。帝国では産出されず、珍品として取引されていた。しかもカラーダイヤモンドである。その価値については計り知れない。なぜか。あくまでも地球ベースだが、赤や青系統のカラーダイヤモンドは産出する確率が極めて低い。パーセンテージでは〇・〇〇〇〇一パーセント。十万個に一個の割合だ。これだけでもその希少性が窺える。問題はどれくらいの値段かということだが……。


「いくらだ?」


「はい。ひとつが一貫文になります。ですが、お客様は大口でございますので、ひとつはサービス。つきましては六貫文でいかがでしょう?」


「いいだろう」


 即金で払った。今さらだが、この国では銅貨以外の貨幣は流通していない。使えるのは紙幣が銅貨だけ。しかし紙幣は偽造を防ぐような工夫がなく、偽札が大量に流通。インフレが起こり、商人は紙幣の受け取りを拒否するようになった。よって商取引では、支払いに銅貨を使うことがマナーとなっている。


「まいどあり〜」


 上機嫌な商人に見送られてその場を離れた。それを心配そうに見ているのが護衛たち。


「閣下。大丈夫なのですか?」


 彼らは俺がぼったくられたのではないかと疑っているらしい。心外である。


「問題ない」


 俺は自信満々に答えた。これが本物であることは能力で鑑定済みだ。あとは上手く研磨、カットしてやって装飾してやればいい。今はまだ原石の段階だが、そうすればさぞや美しい姿に変わるだろう。

 俺は奥さんの人数だけ宝石を買った。

 アリスには、【華姫】という異名に合うようピンクダイヤモンド。

 レオノールには【黒姫】という異名そのままにブラックダイヤモンド。

 シルヴィには【風姫】のイメージに沿ってグリーンダイヤモンド。

 クレアには【炎姫】のイメージに沿ってレッドダイヤモンド。

 ソフィーナには【金姫】からイエローダイヤモンド。

 オーレリアには【蒼姫】からブルーダイヤモンド。

 ラナには【魔工姫】からバイオレットダイヤモンド。

 なるべく大きさは均等になるように、原石も調整した。あとは彼女たちのティアラに嵌めてやれば完成だ。ブリリアントカットにしてやればさぞかし映えることだろう。いい買い物をした。

 露店をめぐっているうちに表通りは踏破した。自分ひとりならこのまま裏通りもーーといきたいところだが、それは護衛たちが許してくれないだろう。裏通りは治安が悪く、犯罪が横行しているからだ。よって見るべきところはなく、大人しく宿に帰ることにした。

 しかしその途上、思わぬトラブルと遭遇してしまう。


 ーードサッ!


 ずだ袋を無造作に放り投げたときのような音を立てて何かが俺の前に落ちた。しかし音に反してそれはずだ袋などではなかった。人だ。それも年端もいかないような少女である。年齢はエリザベスよりも少し幼いくらいか。彼女はボロ切れ同然の服を着て、手足は今にも折れそうなほどに細い。……いや、実際に折れていた。左手が有り得ない方向に曲がっている。


「おっと。悪いな、兄ちゃん」


 急なことに戸惑っていると、横からガラの悪そうな男たちが現れた。とても堅気の人間とは思えない。その集団のなかでもひと際大柄な男が代表して声をかけてきた。


「いや、大丈夫だ。ところでこの子は?」


「こいつか? こいつはウチの島で悪さしたガキだよ。ちょいと社会っていうモンを教えてやってるだけさ」


「それは結構なことだが、さすがにやりすぎだろ。骨が折れてるぞ」


「アア? 兄ちゃん、悪いことは言わねぇからすっこんでな。今なら見逃してやんよ。見たところお貴族様だろ? 怪我したくなかったら帰んな」


「そうはいかないんだよなぁ、これが」


 そう言って俺は男と少女の間に割って入る。自分の娘と同じくらいの少女が理不尽な目に遭っているのは看過できない。まして、彼女は潔白なのだから。なぜわかるのかというと、《読取》の魔法で確認したからだ。少女の記憶は、男たちが悪さをしていた現場を目撃したというものだった。ここからは想像だが、それが後ろめたい行いで、男たちは口封じのために少女をボコボコにしていたようだ。

 護衛たちは事を荒立てた俺に何か言いたげだったが、彼らの使命は俺の護衛だ。気持ちを入れ替え、まずは本業に専念するために前へ出る。だが、俺は彼らを手で制した。


「か、閣下!?」


「お前たちは手を出すな」


 俺はピシャリと言い放つ。男たちはそのやり取りを見てニヤニヤと笑っていた。


「いいのか、兄ちゃん。せっかく護衛の人たちが守ってくれるのに」


「これはわたしの私闘だ。こいつらを巻き込むわけにはいかないさ」


「へえ。いい度胸じゃねえか。……後悔すんなよ」


 そう言うとすぐに襲いかかってきた。手にはナイフが握られている。よく見れば、刃の部分が濡れている。血かと思ったが、すぐに毒だと気づく。裏稼業には慣れっこらしい。

 腰の剣に手が伸びるが、わざわざ危険を冒すことはないと気持ちを入れ替えた。そして魔法を発動。電気で痺れさせる。


「ぐわっ!」


 男たちは呆気なく倒れ伏した。


「何事だ!?」


 すぐに巡回の兵士が現れた。こちらの言葉が話せる護衛に事情を説明させ、俺は少女の治療にあたる。とはいえ、軽く魔法をかけるだけだ。骨折の治療などはお手の物である。戦場ではそれ以上の重傷者を治してきたのだから。

 少女は腕の骨折だけでなく、打撲や打ち身など負傷は激しかった。しかし魔法の前ではどんな怪我でも一発だ(ただし風邪なんかは治らない)。痛みが和らいだ少女はゆっくりと目を開ける。そして両手をついて身体を起こした。


「大丈夫?」


「え……? あ、はい。大丈夫です」


 最初は『誰この人?』みたいな様子だったが、すぐに事情を呑み込んだようで返事をする。なお、会話はすべて通訳を介して行われている。喋れないんだもの、仕方がない。

 少女はペタペタと身体に触れ、状態を確かめていた。しかし魔法で治したので、未発見の箇所を含めてすべて治っているはずだ。そして異常がないことを確かめると、ホッと安堵する。そして俺に向き直り、深々と頭を下げた。


「お助けくださりありがとうございます」


「いや、気にしなくていい。ちょっとした人助けだしな」


「いえ。そういうわけにはいきません。何かお礼をしないと……」


「大丈夫だ」


「いえいえ。そういうわけには……」


 お礼したい少女と気にしないでほしい俺の意見とがぶつかる。それに終止符を打ったのは別の存在だった。


「少しいいだろうか」


 声をかけてきたのは兵士のひとり。横には事情を説明させていた護衛が困惑したように立っている。


「何か用か?」


「先ほど、奴らに簡単な事情説明をしてもらった。すると、この女が彼らに強盗を働いたと言っているが?」


「なっ!?」


 少女は信じられない、といった表情をして固まる。


「それは事実なのですか?」


「あいつらが言っているのだ」


「では、それを目撃した人はいるのでしょうか?」


「だから、それは彼らがーー」


「身内で口を揃えられたら、冤罪のオンパレードだ。もう少し客観的な証拠はないのか?」


「そ、それは……」


 兵士は言いよどむ。


「あ、あたしは何もしてない! 信じて!」


 少女は訴えかける。だが、兵士がその言葉に動かされることはなかった。


「うるさい! 事実かどうかはこれから検証する! いいから来いっ!」


 兵士は大声で少女を萎縮させると、その腕を掴もうとする。それを俺は止めた。


「……何だ、その手は?」


「とりあえず連行しよう、というなら彼らも連れて行くべきではないか?」


「なぜだ? 彼らはこの件の被害者でーー」


「バカを言うな。彼らは立派な加害者だ。少なくとも、俺に対する暴行未遂は確実だな」


「証拠はあるのか?」


「あるぞ。この護衛たちがバッチリ目撃している」


 俺が目配せすると、彼らはこくこくと頷いた。


「そ、そんな身内の証言など信用できるわけーー」


「待て待て」


 俺はそこで兵士の発言を遮る。


「あちらの身内の証言は信じ、こちらは信じないというのは不公平ではないか? そんなことはないーーなんて言わせないぞ」


 視線をきつくする。これでも為政者の端くれだ。他者を威圧することくらいはできる。チンピラの脅しではない。『嘘は許さない』というメッセージを込めた圧力だ。兵士はそれに気圧されたのか、押し黙った。都合が悪くなると沈黙するらしい。俺はトドメを刺すことにした。


「そんなに信用できないなら仕方がない。別の目撃者を示そうか。とはいえ、この辺りの通行人全員だが」


「オラ、この男たちがあの方に襲いかかるのを見ただ!」


「オイラも!」


「あたしもよ!」


 通訳を介して通行人たちが口々に俺たちを擁護する証言をしていることを知った。俺は意地の悪い笑みを浮かべ、


「この通りだが、何か文句はあるか?」


「……いや。わかった。この件は両者に非があったとして手打ちにする」


 そう言ってこの場を去っていった。勝ったな。他愛もない。


「重ね重ねありがとうございます」


「気にすることはない」


 俺は手を振る。そしてもう帰ろうと踵を返した。ところが、少女は後ろをついてくる。護衛たちもどうしたらいいのか迷って排除しない。そうこうしているうちに泊まっている宿屋に着いてしまった。


「すごい。この街で一番の宿屋じゃないですか!」


 歓声を上げる少女。発言にもあった通り、俺たちが泊まるのは街で一番の高級宿だ。街の一等地にある。当然ながら周囲の生活水準も高く、ボロ切れ一枚纏わせただけの少女は悪目立ちしていた。


「あー、どこまでついてくるんだ?」


 さすがに放置はできず、声をかける。その答えは単純明快で、


「ご恩をお返しするまでです」


 と言う。俺は困ってしまった。そんなのはいい、と言ったところで納得しないだろうことは目に見えている。


「お客様」


 ここで宿の支配人登場。店の品位にもかかわるので、少女をどうにかしてくれと言われてしまった。いや、どうにかしてほしいのはこちらの方なのだが。さらに周りには人が集まっている。やはり貧相な格好をした少女が高級宿の前にいるのは目立ってしまうらしかった。


「あー、もう! わかった! 好きなだけついてこい」


 これ以上注目されるのは嫌で、俺は半ば自棄になって同行を認めた。


「ありがとうございます!」


 少女は満面の笑みでお礼を言う。その可憐な笑みは強く印象に残った。

 かくして男ばかりの使節団に一輪の花が加わった。少女の名前はイ・リャンオク。のちにリアナ、カレンと並んで【帝国三姫将】と称される才媛とオリオンの出会いだった。




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