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異世界最強の自宅警備員  作者: 親交の日
第八章 華帝国
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8-4 冊封・回賜

【閑話】も同時投稿しております。この話の裏話みたいなものです。どうぞそちらもご覧ください。

 



 ーーーオリオンーーー


 謎の言語を発した髭男。その意味を誰ひとりとして理解できず、頭上に疑問符を浮かべていた。ただ、彼がどこの国の人間かはわかっている。


 華帝国。


 竜帝国がある大陸の西方海上にある大陸の大半を占める国家だ。帝国が他国と戦争していた際、経済を回すために交易を始めた国である。推定の人口は億を超える巨大な市場であり、現在も貿易相手ナンバーワンの国だ。ただし、あくまでも商業的な関係があるだけで正式な外交関係はない。さて、そんな国が何をしに来たのやら……。


「誰か、華帝国の言葉がわかる者は?」


「わたしは少し。あちらにも商船を派遣していますので」


「よし、任せた」


 俺は貿易商のひとりを臨時の通訳に指名する。しかしそればかりに任せるわけにはいかないので、正式な通訳(外務官僚)を呼ぶように命令することも忘れない。


「それで、先ほどあの者は何と言ったのだ?」


「『出迎えご苦労』と。どうやらこの集まりを、自分たちがやってくるのを察知した我々が歓迎のために集まったと思っているようです」


 聞くところによれば、華帝国の人間は尊大な人間が多いという。周辺に敵なしの大帝国らしいから、そうなるのも無理はないーーかもしれない。ともかく、極度のナルシスト人間という認識であまり外れはないだろう。……厄介なことになりそうなのは気のせいだろうか。


「レオノール、任せた」


「えっ!?」


 交渉の前面に立つのはレオノール。外務副大臣だし。この場では適当な役割だと思う。


「仕方ないですね」


 彼女は渋々といった体で引き受けた。しかし、内心はルンルンだ。なぜかって? それに見合う報酬を提示したからだよ。お支払いは夜になるが。


「ようこそ、竜帝国へ。わたしは外務副大臣のレオノール・マクレーンと申します」


「○△¥☆$」


「……えーっと」


「何と言っているのですか?」


 貿易商が言い淀む。もしかしてわからないのか? レオノールもそのことに思い至って訊ねたが、貿易商は首を横に振る。そういうわけではないようだ。


「言ってください。でないと何とお返事していいのかわかりません」


「あー、大変申し上げにくいのですが……」


「構いません」


「……では。『いい女だ。俺の女になれ』と申しております」


「「「……」」」


 場が沈黙した。言語、文化の違いはあるだろう。しかしそれらの要素を鑑みてもなお無礼である。ましてレオノールは人妻。しかも皇帝の妃だ。問答無用で無礼討ちにされても文句はいえない。俺は早くもキレそうになったが、ここは我慢だ。レオノールも顔が引き攣っているが、なんとか耐えている。


「と、とりあえずわたしの立場を説明してください。それと、今後はどのような発言があっても遠慮せず訳していただいて構いません」


「わ、わかりました」


 レオノールの指示を受け、貿易商は髭男に説明を始めた。するとその目は侮蔑の色に染まる。


(作者註:以下、華帝国の言葉は『』で表記)


『この国は女が国政を執っているのか』


「はい。わたし以下、多くの大臣が女性です」


『この国の品位が知れるわ。女を政治に参加させるなど、この国の王はさぞかし愚かなのだな』


 レオノールの表情筋が痙攣を起こしている。微笑んでいようと思っていても、怒りがその思いを上回った結果、笑顔と真顔の中間のなんともいえない表情になっていた。俺も同じだ。

 だがそんな俺たちの心境は無視して、なんならレオノールのことも無視して通訳の貿易商に話しかける髭男。『女は相手にしない』という姿勢がひしひしと伝わってきた。貿易商はどうしていいかわからず、終始たじたじだった。


「お呼びですか、陛下」


 と、そこへ官僚が到着。慌てて来たのか汗まみれだ。

 俺はそんな彼にひと言。


「後は任せた」


 と言って踵を返した。その際、ヘルプを送っていたレオノールに目線で合図することも忘れない。


「えっ!? ちょ、お待ちください陛下! 事情がわからない上に、自分、入省して一ヶ月なんですけど!?」


 頑張れ。ボーナスは弾んでおく。貿易商にもな。


「わたしは?」


「もちろんお前もだぞ、レオノール」


 よくキレずに頑張った。偉い。お礼は倍増しになった。


 ーーーーーー


 かくして俺たちはあの面倒な使者を新人官僚に押しつーー任せ、カチンへ帰った。その後の報告だが、あの髭男は使節団のひとりで正式な使者ではないらしい。あれで下っ端だというのだから、トップはどんな人間性をしているのか。想像したくもない。

 華帝国の使節団はカチンに到着。その後すぐに謁見して外交特権を付与するという流れになっていた。……気が重いなぁ。俺は気が進まないものの、お仕事なので仕方なく正装して謁見の間に出た。


「華帝国よりの使者、チャン・ボンチャン殿、ご入来!」


 俺が玉座に座ってしばらくすると、門番の兵士が高らかに宣言した。扉が開き、使節たちが謁見の間に入ってくる。彼らは物珍しそうにキョロキョロしていた。まるでお上りさんである。


「ご使者よ、よく参られた」


 俺は労いの言葉をかける。チャンはそれに応え、


「本日は太宗陛下の名代として来た」


 と宣言。所定の位置から外れ、つかつかと玉座に歩み寄る。前代未聞の事態に近衛兵が慌てて間に入り、チャンの進路を阻む。


「……これはどういうことかな?」


「それはこちらの台詞だ。なぜ玉座に登ろうとする?」


 俺とチャンは睨み合う。


「わたしは太宗陛下の名代としてこの国へ来た。いわば、太宗陛下の半身。玉座に座るべきはわたしだ」


「これは異な事を言う。朕がこの国の皇帝だ。なのに玉座を降りろとは」


「この世に皇帝は太宗陛下ただひとり。あなたはこの国の王であり、皇帝ではない」


「「「なっ!?」」」


 群臣が騒めく。さすがに己の主君を否定されては黙ってはいられないだろう。既に俺の後ろーーシルヴィからは怒りの波動が漏れている。側に控えるカレンも同じだ。そして意外にもイアンも不快感を隠さない。謁見の間には一触即発の空気が瞬く間に漂う。

 先に退いたのはチャンだった。


「ふっ。天の理も理解しない蛮族どもめ。止むを得まい。我らは至上の民族。このような些細なことで目くじらを立てるのは器の小さい証拠よ」


 と言って元の場所へ戻っていく。なお、一連の発言は俺の側に控える外務官僚によって逐一通訳されている。いちいち言動が癪に触るやつだ。


「ここで太宗陛下の勅書を奉読する! 心して聞け! 『太宗皇帝、雄利恩オリオンに勅す。張奉昌を遣わし、竜之国が王に封じる』」


「断る!」


「なっ!? 勅命を拒むというのか!?」


 チャンは心底驚いた様子だ。しかしこちらからすればたまったものではない。


「そもそも、朕は華帝国の臣になった覚えはない! 贈物も持ち帰るがよい!」


 俺は一方的に言って近衛兵を動かす。彼らは俺の意図を汲み、チャンたちを謁見の間から追い立てる。


「我らに対してこの無礼、後悔するなよ!」


 チャンはそう吐き捨てて追い出された。


 ーーーーーー


 謁見を終えた俺はすぐさま対策会議を開く。議題はもちろん、華帝国への対応についてだ。


「何ですか、あの者たちは!」


 開口一番、シルヴィが不満をぶちまける。それを誰も咎めなかった。誰もがあの態度はないだろう、と思っていたからだ。大なり小なり、不満を溜め込んでいる。


「陛下、どういたしますか?」


 オーレリアが訊ねてきた。俺は考えを開示する。


「とりあえずは話し合いだな。ただ、あの使者ーーチャンだったか? あの連中はダメだ。話が通じる気がしない」


 あくまでも基本姿勢は話し合いによる解決だ。平和的に解決したい。もちろん、戦争を躊躇う理由はないが。


「まずこちらから外交特使を派遣しよう。オーレリア、レオノール。誰か、我慢強く優秀な人材を知らないか?」


「……そんな人物いませんよ」


「あの人たちと一緒にいられる人なんていないと思います」


「ですよねー」


 俺もいないってわかってた。レオノールが荒んでいる。使節団にセクハラされたことで、彼らに対する心象は最悪になっていた。一切の容赦がない。

 だが諦めてはいられないので、外務官僚のなかから三人ほど見繕って送り出した。我慢強い者、弁の立つ者、ムードメーカーの三人組だ。どうにかまともな交渉ができることを祈る。

 それから待つこと一年。その間にシルヴィとクレアの二人が妊娠、出産していた。クレアは男の子、シルヴィはなんと双子の兄妹きょうだいだ。順にジェームズ、ヘンリー、シャーロットと名づけた。すくすくと成長中である。巷は皇子、皇女の誕生ーー特にシルヴィが双子を産んだことは喜ばれたーーで盛り上がっている。

 市井がそんなお祭り騒ぎをしている最中、カチンに特使の三人が帰ってきた。あの連中と一年も関わっていただけあって疲労困憊、といった様子だ。後で一年くらいの休暇を取らせよう。このまま働かせるとパタリと倒れてしまいそうだ。

 俺は三人が受け取ってきたという国書を受け取る。これは待機していた外務官僚たちにより直ちに翻訳され、その翻訳文が俺に回ってくる。どれどれ。


『上天眷命。大華帝国の皇帝、書を竜之国の王に奉る。

 朕惟おもふに古より小国の君、境土接するは、尚ほ講信修睦に務む。況んや我が祖宗、天の明命を受け、華を奄有えんゆうす。異域、威を畏れ徳を懐しむ者、数をつくすべからず。

 竜之国、開国以来、亦た時に華国に通ず。朕のに至って、一乗の使も以て和好を通ずること無し。故に書を致し、朕の志を布告せしむ。こいねがわくは今より以住、通問結好し、以て相親睦せん。且つ、聖人は四海を以て家と為す。相通好せざるは、豈に一家の理ならん哉。兵を用ふるに至るは、夫れ孰か好む所ならん。王其れ之を図れ。不宣。』


 とあった。……メッチャ上から目線アンドやる気満々なお手紙ですね! どうしよう!?


「お前たち、向こうではどんな扱いだった?」


 俺は翻訳を他に回し、確認している間に使者の三人に訊ねた。これだけ挑発的な国書を送ってくるんだ。かなり邪険にされたことだろう。三人は顔を見合わせ、


「「「特に変わったことはありませんでした」」」


 と言った。え? そうなの?


「誠か?」


「はい」


 使者のひとりが代表して華帝国で起こったことを説明してくれた。

 まず、帰るチャンたちの船に同乗して華帝国への船旅(およそ十日)。チャンたちに散々見下された挙句、奴隷と同様に労働させられたとのこと。三人も断ったが、『やらなければ泳いで帰れ』と言われては逆らえず、渋々雑用をこなした。華帝国の港に着いてからもチャンたちに同道して半月かけて首都であるタートに到着した。

 タートに着いた一行はチャンたちと別れ、迎賓館ともいうべき宿泊施設へ案内されたらしい。そこで数日過ごした後、華帝国皇帝から謁見の許しが出た。三人は正装に身を包み、俺が持たせた土産物を携えて王宮へ足を踏み入れた。そこで太宗皇帝と謁見したという。三人は到着を報告し、土産物を渡し、滞在と交渉の許可を求めた。それらは了承され、土産物も受け取ってもらえた。相手がこちらを蛮族と見下しているようだったので、そんなことはないという意味も込めて紙(この世界では羊皮紙や竹簡、木簡が普通なのでかなりの珍品)や美しい刀剣、絹織物などを持たせていた。そのおかげか、竜帝国について三時間ほど質問を受けたらしい。上手く興味を引けたようだ。

 以降、三人は精力的に皇帝や有力者と会談。俺たちの立場について訴えた。我々は竜帝国といい、国を治めるのは国王ではなく皇帝であること。自分たちは華帝国との友好を望むが、従属国となるつもりはないことなどだ。彼らは笑顔で頷き、こちらの言うことに耳を傾けていた。三人によるとかなりいい感じだったという。帰国の際には送別の宴が開かれ、護衛がつき、国書も与えられた(帰りは華帝国にいた帝国商人の船を使った)。

 そして結果はこれである。……騙されたな。これらの説明が終わるころには全員が読み終わり、一様に沈痛な面持ちだった。三人は休むように命じて下がらせている。


「……どうしましょう?」


 代表してオーレリアが口を開く。どうするか、と言われてもなぁ……。どうにかしてこちらの立場を理解させるしかない。そうなると戦争も視野に入れなければならないだろう。国書には『兵を用ふる』と書かれていた。相手は戦争をちらつかせて俺たちを脅しているのだ。だが、あくまでも平和的に交渉を続ける。外交努力を諦めてはいけない。


「また使者を送ろう。今度は俺が行く」


「そんな!? 危険です、オリオン様!」


「そうです! 相手は戦争を仕掛けようとしているのですよ!?」


 俺の提案にシルヴィとレオノールが大反対する。オーレリアもふるふると首を振っていた。しかし俺は聞き入れない。


「だがこのままいけば戦争だ。民を危険に晒すことになる。それを避ける努力をしなければならない」


 例え自分が危険に晒されようともな。幸い、エリザベスやウィリアムなど後継者たちが育っている。後顧の憂いも断たれたというものだ。

 そんなわけで、俺の強権により第二回の使者派遣が決まった。団長は俺(正体を隠すために外交官シゲル・ヨシダと名乗っている)。随行は外交官として前回派遣した三人、護衛として第一特務隊から選抜された十名。その他、華帝国に送り込んだ諜報部員もバックアップに入る。なお、今回は女性陣を入れていない。男尊女卑が激しいからな。俺としても、大事に思っている存在が貶されるのは面白くない。当然の処置といえる。

 そして今回は竜帝国が華帝国と同格であるとわからせる必要がある。よって出し惜しみはしないことにした。華帝国に乗り込むにあたっては海軍の新造艦を使う。『レボリューション』に端を発するガスタービン機関を搭載した艦艇である。実用化されたなかで最大のベルファスト級(排水量は三千トン)のうち一番艦『ベルファスト』、二番艦『エディンバラ』の二隻、ユニコーン級(排水量千トン)から一番艦『ユニコーン』、二番艦『イラストリアス』の二隻。合計四隻を選んだ。

 御召艦兼艦隊旗艦はベルファスト。供奉艦がユニコーンとなった。このチョイスには理由がある。外見的に最大の艦艇に上位者が乗るべきだが、ベルファスト級は最近できたばかりで信頼性に疑問が残る。そこで一年近く運用されているユニコーンをいざというときの代替となる供奉艦としたのだ。

 そして出発当日。カチンの北にある港町には多くの要人が詰めかけていた。


「オリオン様、お気をつけて」


「お父様がいらっしゃらない間は私がちゃんと治めます」


 シルヴィ、エリザベスの母娘が艦内で別れを惜しむ。そんな今生の別れじゃあるまいに。


「エリザベス。しっかり頼むぞ。他人の意見に耳を傾けることを忘れずにな」


 そう言って俺は彼女を抱きしめ、離れると軽く髪を手櫛で梳いてやる。


「シルヴィも、エリザベスを助けてやってくれ。それと、万が一(戦争になったとき)に備えて準備も任せた」


「お任せください」


 シルヴィはしっかりと頷く。

 彼女らを筆頭にアリス以下の妻子、イアンたち臣下とも別れを済ませる。それらが終わると艦隊は出航。一路、華帝国の港を目指した。




中国や韓国をモチーフにしていますので、名前もそちらに寄せています。ただ『読みにくい』『わかりにくい』『ややこしい』などのご意見がありましたら漢字に変換いたしますので、ご意見をお寄せください。(特にご意見がなければそのままで)

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