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異世界最強の自宅警備員  作者: 親交の日
第一章 成長
10/140

1ー9 奴隷を選ぼう(上)

長いため分割しました




ーーーオリオンーーー


 本宅に移ってからとても暇だ。やることがない。別宅にいた頃なら毎日剣や魔法の練習をしていたのだが、本宅には相手をしてくれる人がいない。週一で戻る別宅での練習だけでは体が鈍りそうだったのでせめて自主練習をと思ったが、メイドたちに『ゲイスブルク家の者が剣や魔法など野蛮な』と止められた。ならあの入家試験は何だったのよ? もちろんできることはしている。部屋で魔力を練ったり、能力を使って部屋の模様替えをしてみたり。この能力を応用して部屋を剣道場風に変え、剣を振っている。問題は部屋は掃除なんかでメイドたちが頻繁に訪れるからまとまった時間が取れないことか。しかも掃除の間は部屋を追い出されるのだ。しばらくだだっ広い屋敷をあてどなく彷徨うことになる。

 そんな折、俺は見つけてしまった。我が永遠の楽園(アガルタ)を! その名を“書庫”という。はい。そうです。所謂(いわゆる)図書館的なものです。本がいっぱいあります。知識の宝庫です。すぐさま近くにいた使用人を捕まえてレナードに確認をとったね。王制、貴族制が主な政治体制であること、見聞きした風俗などから判断するに、この世界の文化レベルは地球における中世くらいのものに相当する。であるならば印刷技術など構想段階にさえ入っていないはずで、本はかなりの貴重品のはずだ。いくら子どもとはいえ勝手に入れば怒られるに違いない。だから事前に許可を得るのだ。幸いレナードは書庫への立ち入りをすんなりと認めてくれた。暇にしていたのを知っていたのだろうか。仮に知っていたなら対策しろよと文句を言いたいが。

 それからは書庫に入り浸っていた。本を読んでこの世界の情報を多く仕入れるのだ。専門書はもちろん、たとえ物語であっても何かを得ることはできる。仕入れた情報の多くが『遠くの国の名前は〜』というような、今すぐには役立たないものだった。しかし中には日本と近しい文化を持つ国があるという耳寄りな情報や、火水土風光闇の六属性魔法を記した魔法書なんかの役立つものもある。特に魔法! 知れば使いたくなってしまう。派手に魔法をぶっ放せる週末まで我慢……と思っていたのだが、先日読んだ鉱物図鑑に《魔断石》という、魔法を打ち消す特殊な鉱石のことが書かれていた。その夜、能力で部屋を《魔断石》で覆って火属性の中級魔法フレアを使ってみる。赤々と燃える炎はしかし、壁に触れる直前にかき消されてしまう。念のため同じことを数回繰り返したが、魔法が《魔断石》に弾かれないことはなかった。これで俺は魔法の練習ができる空間を手に入れ、昼は書庫で知識集め、夜は部屋で剣術や魔法の練習という生活サイクルを構築することに成功したのだ。

 また別宅には能力の訓練に趣味と実益を兼ねた風呂を造ってみた。お湯は温泉ーーといきたかったが近くで掘れなかったため諦め、魔法で湯を沸かして調達した。母はお風呂なんて王様や貴族様しか入れないのに……と恐縮していたが、一度入るとその魅力の前に陥落した。メリッサさんによるとあれから毎日入っているらしい。気分は落ち着くし肌はツヤツヤになるし、と気に入ってくれたようだ。オリオン効果かしら、などと言っているそうだが違います。それは温かいお湯に浸かることで代謝が促進されーーと言っても無駄だろうなぁ、と説明を諦める。本人がよければよかろうなのだ。


ーーーーーー


 本宅に移ってから一ヶ月。豚のいびりによってスルースキルが鍛えられ、今では全然気にならなくなった。あと義兄のフィリップは意外にまともな人物でした。初日は豚の前だから妙な行動をしていたが、たまたま一対一で会ったときには普通に挨拶されたので驚いた。そんな俺に苦笑しながら理由を説明してくれた。大変だね、と同情する(本心)。

 そんな日々を過ごしていたある日のこと。朝食の席でレナードはおもむろに切り出した。


「フィリップ、オリオン」


「はい、父上」


「なんですか?」


「お前たちにも護衛をつけようと思う」


 護衛? はてなんのことだと訝しんでいると、豚が飛び上がらんばかりに嬉しがった。


「まあ! フィリップちゃんもいよいよゲイスブルク家の大人の仲間入りね。でもこの子には必要ないんじゃないの?」


「いや、フィリップに付けてオリオンに付けないと変に勘ぐられる可能性がある。痛くもない腹を探られたくない」


「そういうものかしら?」


「貴族と一緒で、商人の世界にも色々あるのさ」


 レナードはそう言って上手く豚を丸め込んだ。口はレナードの方が上手い。豚は悔しいのかそっぽを向いた。後で仕返しがくるぞ、これ。

 レナードはそれを知ってか知らずか、俺たちに指示をくれる。


「ロバートを付けるから、それぞれ好きな奴隷を選んでくるといい。ゲイスブルク家の商人としての第一歩は、この奴隷選びから始まるんだ」


「はい。わかりました」


 フィリップは理解できたようだ。しかし俺は訳が分からない。護衛は分かる。俺たちはそこそこの身分がある人間で、そういった無法者のターゲットになりやすいことも。だがそれと奴隷選びとがなぜ結びつく? 分からないことは即質問。手を挙げて発言の許可を求める。


「あの〜」


「どうした?」


「護衛をつけることは理解できるんですけど、どうして奴隷選びになるんですか?」


「オホホホ。家の仕来りも知らないだなんて。これだから下賤な血が流れる者はーー」


「本家のことを教えられていないのだから仕方がないだろう」


 豚の言葉をレナードが遮る。彼は時々豚から俺を庇う。その度に株を少しずつだが上がっていた。……まあ、母を脅して俺を妊娠させたことは変わらないので、天井は見えているのだが。


「我がゲイスブルク家では跡取りとなる権利を持つ者に護衛を付けるのが習わしなのだ。主人に常に侍らせる必要があるから、執事やメイドではなく奴隷を用いる」


「僕も跡取りなのですか?」


「当然だ。養子とはいえ当主の子なのだからな。分かったか?」


「はい」


「よし。いい子だ。これから奴隷商のところへ行ってひとり選んでくるといい」


 レナードはそう言って俺たちを送り出した。奴隷という風習には慣れないが、俺は興奮していた。街に行ける。何気に初めてのことだ。テンションが上がらないわけがない。


ーーーーーー


 ロバートさんが御者を務める馬車に揺られて街に行く。本当は一台の馬車にフィリップと一緒に乗るはずが、豚の命令でフィリップはヘルム執事が操る馬車に乗っている。『高貴なフィリップちゃんと下賤なオリオンを一緒の馬車に乗せるなど言語道断』などと言い放ち、わざわざ馬車を二台も使うことになった。非効率的である。豚がどうして商家の嫁に来たのか理解できない。血筋とかを優先して実益を捨てるあたり、商人には向いていないのは確かだった。そんな経緯もあり、前を走るやたら豪華な馬車ーー金細工や宝石がふんだんに使われている。普段は豚が使っているらしいーーにはフィリップが乗っている。ロバートさん日く、下手な貴族よりも豪華な馬車なのだそうだ。どこまで見栄っ張りなのだ、あの豚は……。呆れを通り越して感心する。

 俺を乗せた馬車は街中をパカパカと軽快に進み、やがて北の外れにある小屋の前で止まった。


「牧場?」


 第一声はそれだった。レナードの言葉からして奴隷商のところへ向かっているはずなのだが……。広大な草原に大きな厩舎ーーのような建物ーーがある光景は、まさしく牧場というような雰囲気だ。

 想像と現実の乖離に首を傾げていると、隣の馬車からフィリップが降りてきた。彼はうーん、と伸びをして、


「へえ。ここが奴隷商館ね」


「左様でございますフィリップお坊っちゃま。ここが王都最大の奴隷商、フランクル商会の本店にございます」


 フィリップとヘルム執事のやり取りでだいたいの想像がついた。なるほど。要するに奴隷は家畜同然の存在ってわけね。薄々思ってはいたが、この世界に人権という概念は登場していないらしい。さすがは異世界。……なんて妙なことに感心していると、厩舎の脇にある小屋から小太りのおっさんが出てきた。おっさんは贅肉をブルンブルン揺らしながら走る。大して速くない。シルク生地の赤い服に脂ぎった肌、そして十本の指、二本の腕、両の耳にギラギラジャラジャラと付けられたアクセサリーが彼の立場をよく表している。


「ようこそ我がフランクル商会の本店へ。私は商会長のベイル・フランクルです。ゲイスブルク家の皆様には日頃からお世話になっております。ところで、本日はどのようなご用件でしょうか?」


「本日伺いましたのは、ご当主の子息であらせられるお二人の奴隷探しです」


「そうでございましたか。そういえば、フィリップ様は今年で成人されるのでしたね。私としたことが失念しておりました」


「いえ。確かに今年は例年に比べて早いですから、お気になさらず」


「そう言っていただけるとありがたいですな。……ところでそちらの方は? 勉強不足でして、どなたか存じ上げませんが。分家のご子息で?」


「こちらはオリオンお坊っちゃま。ゲイスブルク家の次男様です。ご当主が地方へ行かれた際、その才を見込まれてご養子にされました。まだ七歳ですが、学問は学園(アカデミー)に通う者にも劣らず、剣や魔法にも秀でていらっしゃいます」


「それは凄いですな。オリオン様。以後お見知りおきを」


 ロバートさんの説明の後、ベイルさんは俺に向かって丁寧に挨拶してくれる。ロバートさんの説明はーー事実だがーーとても信じられない内容だと思うのだが……ベイルさんは信じたのか? 疑問に思いながらも挨拶は返した。やっぱり挨拶って大事だよね。


「当商会では質のいい奴隷を取り揃えておりますから、きっとご満足いただけると思います。すぐに見繕って連れて参りますので、皆様は館内でしばしご休憩をーー」


「待て」


 ベイルさんの言葉をヘルム執事が高圧的な態度で待ったをかけた。一方のベイルさんは偉そうな言葉にも営業スマイルで応じる。さすがのプロ根性だ。


「オリオンお坊っちゃまには安い奴隷でいい」


「は? それはどういうーー」


 ヘルム執事が何事かをベイルさんに耳打ちする。口許を手で隠されてしまっているため、何を言っているのか分からない。たとえ見えていても読唇術が使えるわけではないので分からないことには変わりがないが。

 何を言っているのかは分からない。だが一瞬ベイルさんがこちらに向けてきた呆れた、というより蔑むような目でどのような系統の言葉かは理解する。この目はよく知っている。侮蔑だ。中学時代はよく浴びていた。なんだよ、半裸の女の子が登場するラノベを読んでいたら『不潔』なんて。潔癖性か、っつうの。


「承知しました。おいッ!」


 ベイルさんが声を上げるとひとりの男が現れる。


「オリオン様を地下にご案内して差し上げろ」


「ち、地下ですか?」


 命令を受けた男はやはり驚いたようだが、主人の命令は絶対らしい。頷いて『どうぞこちらへ』と道を示してくれる。

 ロバートさんはヘルム執事と何やら話し込んでいたが、やがてかぶりを振って戻ってきた。いや、諦めないで! しかしその願いもむなしく、俺は地下へ案内された。


ーーーーーー


 入り口には鉄格子が張られていて、なんだか立ち入り禁止区画に入るような興奮を覚えた。もっとも足を踏み入れてしばらくするとそんな浮ついた気持ちは吹っ飛んだ。地下はジメジメしている。換気も十分でないのか、空気が濁っていて気持ちが悪くなりそうだ。明かりは十メートルくらいの間隔で置かれているために辺りは暗い。入り口から離れると真っ暗で何も見えなくなる。不便なので光魔法を使って明かりを灯すと止められた。暗いのは奴隷たちを精神的に追い込むためにわざとしていることらしい。日く、


「ここにいる奴隷は高く売れない奴らです。体に欠損があったり、体が弱かったり、反抗的だったりするので、こういう空間に置くことで恐怖心を刺激し、従順な奴隷に仕立て上げるのです。従順であれば売れないこともない……かもしれませんから」


 オーケー。ありがとう案内人さん。その含みのある表現でこの先がいよいよどんなものか分かったよ。ちなみにある一定期間売れなかった奴隷は口減らしのために外へ出されるらしい。殺されるのかと思ったが違うという。多くは国が格安で買い取るそうだ。手足が動かない若い女は前線にいる軍で風俗に行く金がないような兵士の相手をするのだという(まるでダッチワイフみたいな扱いだ)。それ以外の者は鉱山へ連れて行かれ、危険な場所での採掘に従事するそうだ。やはり奴隷関連ではいい気分になれないな。

 そんな諦念にも似た感覚を覚えていると、奴隷たちのいる区画に着いた。彼らは畳半畳ほどの独房に入れられており、死んだように動かない。だが俺やロバートさんを見るとにわかに目に光が宿る。


「買ってくれ!」


「買ってください!」


「なんでもします!」


「買って!」


「○△☆◇□!」


 ザザザ、と奇怪な動きをして鉄格子ににじり寄り、そこから手を突き出してくる。ほぼ骨と皮だけでできているような腕だ。普段なら痛ましいと思うのだろうが、今日ばかりは恐怖を味わった。だって暗いせいで壁から腕が何本も生えているように見えるんだぜ? ホラーは勘弁してほしい。耐性ないから。だが彼らも自分たちがどうなるのかを知っているのか必死だ。俺はこの状況を打開すべく、ロバートさんに話を振る。


「どうしたらいいかな、ロバート?」


 彼をさん付けすると主人と使用人という関係が出ないため、呼び捨てにしている。最初は慣れなかったがしばらくすると普通に呼び捨てにできるようになった。慣れって怖い。ロバートさんはしばし悩んだ後、おもむろに答えた。


「オリオン様はどうされるおつもりで?」


「分からないから聞いているんだ」


「そうですか……」


 そこでロバートさんはまた意味深に沈黙する。気づけば奴隷たちの喧騒が止んでいた。耳をそばだてているようだ。そりゃ気になるよね。


「ではオリオン様と歳の近い者がよろしいかと」


 ロバートさんの答えに落胆したような雰囲気を感じた。あれ? 大人だけなの? 疑問に思いつつ案内人に確認する。


「ならそれでお願い」


「はい。オリオン様と歳が近い者だと……ひとりですね。ご案内します」


 しばし歩き、突き当たりの独房へたどり着く。

 異様だった。これまでの奴隷たちのように『買って!』と叫ばない。それどころか目は虚ろで生気がなく、ガリガリに痩せ細り、四肢を投げ出して微動だにしない。生きることを完全に諦めたといった様子だ。

そんな奴隷を前に、案内人が説明する。


「こいつは行き倒れていたところを拾った女奴隷です。記録だと七歳らしいです。捨て子ですかね。拾ってからひと言も喋らない上、何かと反抗的だったのでここに。このように薄汚く痩せ細っておりますが、いかがしますか?」


 言外に『止めておけ』と言っている。ロバートさんも難しい顔をしていた。そりゃガリガリ幼女なんて誰も要らないわな。まず歩けるかすら怪しい。だが、


「買います」


 それは理由にならない。犬とハサミは使いよう。できないならできるように教えればいい。飢えているなら満足するまで食べさせればいい。安奴隷を買わされた経緯を話せばレナードも融通してくれるだろう。

 案内人に檻を開けてもらった。歩けそうにないので俺が背負う。服が汚れると言われたが、それがどうした。俺は気にならないね。幼女の体は外見の通り軽い。だが俺は重く感じた。彼女の体重以上に彼女を重くさせているのは、きっと命の重みだろう。




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