飛行機雲
俺が小学校の低学年のころだったと思う。あれは、遠足の日の前日だった。
青い青い空に、白くて長い、一本の線を見つけた。
俺はそれを初めて見たもんだから、本当にびっくりして、走って家に帰った。
家の戸を開けるなり、「母さん!お空が変だよ!」と言って、母親の腕をつかんで外に連れ出した。
すると母さんは笑って、それが飛行機雲だということと、飛行機雲が見えた翌日には雨が降ることを教えてくれた。
母さんの言ったとおり、翌日には雨が降った。
遠足が中止になったのは悲しかったけど、本当に雨が降ったことに、不思議な感動を覚えた。
それ以来、俺は空を見上げることが増えた。
最初は面白かった。飛行機雲をみつけて、明日は雨だなとわかると、「明日は雨が降るぞ!」
なんて予言ごっこを的中させては、周りの連中にすごいともてはやされた。俺はそれが嬉しくて、いつも空ばかり気にしていた。
しかし、いつしか、飛行機雲は決まって大事な日の前日に現れるようになった。
社会見学や、修学旅行、臨海学校。楽しみな日の前日に現れ、翌日に雨がふった。
俺は、だんだん飛行機雲が雨をもたらすように感じ始め、飛行機雲を見るたび、不快な気分になった。
そのうちに、飛行機雲を見た翌日が雨だけではすまなくなっていった。
中学生になったあたりから、奇妙なことが起こり始めたのだ。
ある朝学校に行くと、仲間に冷たく突き離された。
その上、俺がやってもいないことをやったといわれる。それが起きるのは、決まって飛行機雲を見た翌日。
数回は何とか和解したが、同じことが何度もおきるうち、人が離れていった。
いつしか、俺は独りぼっちになった。
周りのやつらが全員敵に見えた。
俺は学校に行かなくなった。
母さんは、そんな俺にも優しかった。
学校のことも、行きたくないのなら行く必要はないと慰めてくれた。
学校に行かなくなって数ヶ月がたった。
俺の心は落ち着きを取り戻し始めていた。
母さんが外で洗濯物を干しながら、「今日はいいお天気よ。」と声をかけてきたので、長い間外に出ていなかった俺は、久しぶりにテラスから顔を出してみたくなった。
久々に見た青空は、やっぱり綺麗だった。
「本当だ。いい天気。」
・・・あ。
そのとき、空に、一筋の白い雲がかかっているのを見た。
その日、母さんが階段から落ちて死んだ。
俺は、それ以来空を見上げなくなった。飛行機雲がこわくてたまらなかった。
高校は中学の知り合いが少ないところを選んだ。
中学時代のダサいメガネをコンタクトにして、髪を茶色に染めた。とにかく中学までの自分を捨てたかった。すべてを忘れたいと願った。
高校に入ってからは、ほとんど空を見上げなかった。それにともなって、不思議と奇妙なことや嫌なことはなくなっていった。
友達もたくさんできた。
次第に、飛行機雲への恐怖も薄れていった。
高3の春。ある昼休み。
いつもなら教室で食べる弁当を、今日は屋上で食べることになった。
どうやら、長瀬は俺に大事な話をしたいらしかった。
二人で日向に腰を下ろして、弁当を広げる。
「・・・で、今日は、どうした?」
そうたずねると、長瀬は気恥ずかしそうに下を向いて、頭をかいた。
「いや、それが・・・。」
「何だよ。」
俺が聞き返すと、「うん、じゃあ、言うぞ。」といって、やつは深呼吸をした。
「彼女が、できた。」
俺はちょっと驚きながら、「よかったじゃん。」とだけ言った。
「さんきゅ。」
長瀬はそう言って、嬉しそうに笑いながら、好物の卵焼きをかじっている。
「で?相手は誰なんだ?」
俺が茶化すように尋ねると、長瀬は少し困った顔をした。
「うーん。それが・・・。」
長瀬が渋るので、「なんだよ、言えよ。」と、俺は奴をせかした。
「実はその・・・加奈だ。吉田、加奈。」
吉田加奈___その名前を聞いた瞬間、俺の笑顔は凍りついた。
「・・・加奈?」
信じられなかった。だって加奈は、俺の好きな人だ。それも高1のときからずっと。
長瀬とは1年のころからつるんでいたから、あいつも知っていたはずだ。なのに。
「えと・・・もしかして、まだ好きだったのか?」
俺の様子に気付いたらしい。様子をうかがいながら、恐る恐るたずねてきた。
怒り?ショック?わからない。でもその時から、頭が真っ白だった気がする。
「いや、もう、好きじゃなくなったよ。」
気が付くと、俺はそういって笑っていた。
「そ・・・そうか。よかった。」
長瀬は本当に安心したような顔をして、それから突然立ち上がり、伸びをした。
「あー、よかった。ほんとによかったぁ。」
そう言いながら、俺に背を向けてフェンスのあたりまで歩いていく。
「俺さ、ちょっと不安だったんだよね。ほら、お前って一途っぽいから。」
顔は見えなかったが、奴はきっと満面の笑みを浮かべているんだろう。
そんなことを考えていると、長瀬は突然子供みたいにはしゃぎだして、「お、飛行機雲だ。」なんて言ってフェンスから身を乗り出していた。
俺は、あいつの背中をただ見ているつもりだった。ただ、見ているつもりだったのに。
白いひとすじの雲が、俺 の 目 に
気がついたとき、もう長瀬の姿はなかった。
「長瀬・・・?」
いやな予感がして、俺は校庭を見下ろした。
校庭には、赤いシミができている。
耳元で、誰かの笑い声がした。
飛行機雲が、今日も眩しく輝いている。
実はこの小説、継ぎはぎです。なるべく違和感のないようにつなげましたが、違和感を感じた方がいらっしゃいましたらすみません。私は詩やショートショートのほうが多いので、こんなに長い作品は久しぶりにつくりました。もっと精進いたします。
お読みいただきましてありがとうございました。よろしければご意見・ご感想等お聞かせください。
*この作品は犯罪を助長させるものではありません。