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梟に捧げる愛  作者: 小さな月
宿り木のない梟
7/9

 舞踏会が開かれる朝、チヴェッタは水晶玉を見つめていた。触れて、目を閉じ、また開く。

 そしたら、チヴェッタにだけ視える世界が、視えた。


「やっぱりダメだわ」


 水晶玉から手を離し、ため息を漏らす。

 あれから何度も、試してみた。アイザックを占ってみたのだ。

 それなのに、どうしてだかはっきりと視えない。もやがかかっていて、細部まで視えないのだ。視えるのは、床に倒れたアイザックが血を流しているところだけ。


「これじゃあ、注意を促すこともできないじゃない」


 床に倒れているということは、少なくとも屋内で怪我をするということだ。

 ただ、怪我をするのがいつなのかまでは、わからない。チヴェッタの占いの的中率がいくら高いといっても、何百年先まで視えるわけではない。

 だから、アイザックが怪我をするのは、数日のうち――だと思う。


「チヴェッタ。朝ご飯にしましょう。あら……占いをしてるの? もしかして、自分のこと?」


 ノックの後、エキドナが部屋に顔を出した。椅子に座り、水晶玉を膝に乗せているチヴェッタを見て、微笑んだ。


「違います。……あの人が怪我をする、みたいなんです」


「まぁ……それは大変だわ。すぐに知らせてあげなきゃ。今日なの、それは?」


 チヴェッタは首を振る。水晶玉を撫でて、お前は悪くないのよ、と心の中でつぶやいた。

 きっと、とても不安定な未来なのかもしれない。些細なことで変わってしまう未来。未来とは、そんなものだ。過去が変えられない代わりに、未来は変わりやすく、そして運命は、神の領域にある。


「わからないのね。珍しい――ううん。ある意味、当然とも言えるわね」


「どういう意味ですか?」


「貴女の世界が、広がった証拠なの」


「……悪いことみたいです」


「良いことよ」


 エキドナはそう言ったけど、チヴェッタは違うと思った。

 ダメよ。世界を広げちゃダメ。

 鳥は飛び立ち、どこへでも行けるけど、自分は梟なのだ。夜――静かな世界を飛ぶ鳥。


「朝ご飯を食べましょう。今夜は大仕事があるんだから」


 エキドナは笑って、立ち去る。

 チヴェッタは水晶玉を机の上に移動させ、胸がムカムカして、舌打ちしてしまった。悪い癖。直さないと。

 ただ今は、少しだけ心配していた。アイザック・ヴェンデル――手袋を外して、私に手を差し伸べる変わった貴族。

 彼は傷を負うのだろうか? 自分ならそれを防げるかもしれないのに、今は無理みたい。

 それがとても、自分を落ち込ませるのだ。


***


 夜――チャールズ王太子の十三歳を祝う舞踏会は、とても豪華だった。国中の貴族が集まり、美しく着飾った令嬢達が、会場に華を添えている。今回は、国内の者だけを招待したそうだが、一番上の王女の婚約者と、その関係者は招待されている。婚約者は、隣国の王子だった。

 チヴェッタはエキドナと共に、ホールの二階にいた。いわゆる、階上席だ。舞踏会の会場にいるとはいえ、ふたりはドレスを着ていない。黒いローブを着て、中に着ているワンピースも黒。絵に描いたような、魔女の装いだ。


「ヴェンデル伯爵がいるわ。騎士服ということは……出席者ではなくて、護衛としているのかしら?」


 エキドナは杖を片手に、ホールを見下ろしている。

 チヴェッタは、エキドナの視線の先を追う。何日かぶりにアイザックを見たけれど、彼は元気そうだった。


「退屈そうな顔」


「そう? 私には、普通に見えるけど」


 アイザックは今夜も、無表情だった。令嬢達の視線を集めていることに、気づく様子もない。

 ふいに足音が聞こえて、チヴェッタは視線をホールから階上席へ戻した。


「お待たせいたしました」


 階上席に現れたのは、エルネスタだった。手には紙と、ペンを持っている。


「王太子のそばにいなくてもいいの?」


「他の侍女がおりますので。――チヴェッタ様は、チャールズ様のそばに来られた方との相性を占ってください。私が令嬢を見て、書きとめますので」


「わかりました」


 チヴェッタは、仕事を始めることにした。少しばかり身を乗り出し、今夜の主役であるチャールズを見る。

 幼い王太子は、子どもらしくない笑みを浮かべて、出席者の挨拶にこたえていた。

 桜色のドレスの少女が、チャールズに挨拶をしている。


「あの方との相性は悪くないけれど、子どもは望めない」


「はい」


「次の方は……喧嘩が絶えない。子どもは産めるみたいだけれど、愛人を作る未来が視えるわ」


「はい」


「あの方は……浪費癖があるみたい。子どもは……女の子だけ」


「はい」


「あ、あの方との相性は悪くないわ。でも、婚約の段階で恋人と駆け落ちしてしまうみたい」


「はい」


 エルネスタは余計なことは一言も言わず、ペンを走らせる。

 エキドナがチラリと覗き見してみたが、暗号で書いているようだった。何が書かれているのか、さっぱりわからない。


「あの人との相性は最悪。男の子をふたり産むけど、一方しか愛さない」


「……なんだか、運命の相手はいないみたいね」


 エキドナは寂しそうに不満を漏らすと、杖を一振り。

 すると、天井から薔薇の花が降り出した。

 それを合図に、音楽が鳴り始める。ダンスが始まったのだ。


「どうかしら……ここにいないだけで、本当はいるのかもしれないわ」


「ですが、貴族ではないのですね」


 エルネスタが抑揚のない声で告げた。振り返って彼女を見れば、落ち着いた声とは裏腹に、瞳は揺れているようだった。

 やはりチャールズの相手は、王族、もしくは貴族がいいのだろう。


「もしかしたら、他の国の人なのかも。それか、まだ参加する年齢ではない、とか」


 チヴェッタがそう言うと、エルネスタはほんの少し、安心したようだった。

 エキドナがもう一度、杖を振る。

 そしたら、薔薇が一瞬で弾けて、素晴らしい香りが会場を満たした。次いで杖を振れば、今度は光の粒が天から降り注ぐ。美しい光景だ。

 この世のものとは思えない美しさ。

 きっと、今夜の舞踏会で恋に落ちる男女がいる。

 チヴェッタは、そう思った。


「私達には、一生縁のない世界ですね」


「そう、ね。そうなのかもしれないわ」


 チヴェッタは、美しく着飾った令嬢達を見つめながら、チラリとアイザックを見た。仕事中で無かったら――いや、仕事中であったとしても、令嬢達は期待している。

 アイザックが自分に、ダンスを申し込む瞬間を。

 そんなことが自分の身に起きたら、彼女達は失神してしまうのではないだろうか。コルセットでキツく締め上げているだろうから。


「あの方は、アガーテ・ダフネル様――伯爵家のご令嬢です」


 アイザックに歩み寄る女性がいた。堂々とした女性だ。亜麻色の髪は結い上げられ、真っ直ぐにアイザックを見つめている。

 エルネスタが、彼女の名前を教えてくれた。やはり、貴族だったのだ。


「綺麗な人だわ。綺麗なふたり」


 チヴェッタは微笑んだ。

 まるで、完成された芸術品を愛でるかのような微笑みだった。

 笑って、笑うのよ。

 彼女の手を取るの。手袋を外して、優しく触れて、そして微笑えむの。

 チヴェッタはふたりが、外へ出て行くのを見て、よかったと思った。

 それなのにどうしてだか、胸が痛い。掴まれて、握り潰されているような痛み。


「…………」


 胸は痛かった。

 けれど、舌打ちはしなかった。

 これが運命というものだ。人の手では変えられない、神が定めた、歩むべき道。

 梟が気安く、書き換えられるものではない。自分は神じゃないんだ。

 チヴェッタは前を見た。胸はもう、痛くない。

 そして気づいた。誰かが――エキドナでも、エルネスタでもない誰かが、そこにいた。




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