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梟に捧げる愛  作者: 小さな月
宿り木のない梟
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 チヴェッタは、水晶玉を磨いていた。傷ひとつない、綺麗な水晶玉。月が出ている夜は、月明かりを浴びさせる。昔、師匠の師匠にもらったのだ。

 あの時は大きいと思っていたけれど、十八になった今は、ちょうど良くなったような気がしていた。


「最近、池にも落ちないし、物も無くならないの」


「それは良いことだわ。なんだか……嬉しそうじゃないように見えるわね」


 エキドナは杖を振りながら、家の掃除をしていた。魔法を使って掃除をしているのだ。皿を洗って、床を磨いて、窓もピカピカにする。

 チヴェッタには、こんなにも同時にできない。自分には、占いの才能しかないのだ。みんなはそれが、羨ましいと言うけれど。


「あの人に会ってない。……何日目かな」


 チヴェッタは水晶玉から視線を外し、外を見た。昨日もその前も、騎士は来た。

 けど、アイザックではなかった。彼とは何日も会っていない。

 だからなのだろう。令嬢も貴族も、チヴェッタに構わなくなった。


「寂しいの?」


「違います。あの人がようやく、気づいたんです。本当に簡単なことで、毎日が穏やかに戻りました」


 すべては順調だ。エキドナは誰にも貢いでいないし、チヴェッタも嫌がらせを受けない。理想的な毎日。

 この日々が続くことを、チヴェッタは願っていた。

 きっともうすぐ、飛び立てる。


「そう……そうね。彼は――貴族だから」


 エキドナはそれ以上、何も言わなかった。

 そうして掃除が一通り終わると、エキドナは出かける支度を始めだした。


「どこかへ行くのですか?」


「騎士団に届け物よ。傷薬が無くなりそうだから、頼まれていたの」


「――私が行きます」


 チヴェッタは、エキドナが騎士団へ行くのを嫌がる。

 だってあの人達――全員じゃないけれど、師匠の胸ばかり見るのよ!


「いいの? ヴェンデル伯爵に会うかもしれないわよ」


「そうしたら、隠れればいいんです。師匠は、舞踏会の準備があるでしょう?」


 明後日、チャールズ王太子の誕生日を祝う舞踏会が開かれる。

 エキドナはダンスの時間になったら、ホールに魔法をかけるのだ。キラキラと煌めく光の粒を降らせたり、触れても冷たくない雪の結晶を降らせたりする。

 きっと、素晴らしい舞踏会になる。


「なら任せるわ。気をつけてね」


 薬の入ったカゴを受け取り、チヴェッタは騎士団へ向かった。


***


 騎士団はとても、騒がしい。剣のぶつかり合う音や、大きな声、馬の蹄の音や鳴き声も聞こえる。

 チヴェッタは騎士団の敷地に入り、知っている顔を探した。

 それか、それなりの地位にいる人でもいい。カゴを渡して、さっさと帰ろう。


「チヴェッタ嬢じゃないか。久しぶりだな」


「……えっと、ユルゲンス師団長?」


「あたり」


 男性は近寄って、爽やかな笑顔をチヴェッタに向けた。彼について、チヴェッタは思い出した。確か自分は、つい聞いてしまったのだ。

――いつも騎士団にいますね、と。

 そしたらジェラルドは屈託無く笑って、第五師団は国王や王子達を守るのが仕事なのだと教えてくれた。

 ついでに、第四師団は討伐任務が専門だから、ほとんど騎士団には戻らない、とも教えてくれたことも思い出した。


「それは?」


「師匠のお使いです。傷薬が無くなりかけているとか」


 カゴをジェラルドに渡して、チヴェッタのお使いは終わった。


「助かるよ。エキドナさんの作る薬は、効果が高いから。……最近はどうかな? 平和?」


「えぇ、とても」


 ジェラルドの言葉の意味を、チヴェッタはすぐに理解した。微笑みを浮かべて答えれば、ジェラルドは何故か、苦笑した。


「嬉しそうだね。あいつは、君に会えなくて寂しい、って言ってたのに」


「寂しい? 何故?」


「それは、なんとも言えないな」


 ジェラルドは、試すような目でチヴェッタを見ている。

 その視線を向けられると、どうしてだか、胸がムカムカした。誰も見ていなかったら、舌打ちしていたかも。

 チヴェッタの癖なのだ。苛立だとか、そういう感情を抱くと、舌打ちしてしまいそうになる。多分、師匠の師匠――シュヴァルベの影響だと思う。

 エキドナの師匠は、チヴェッタと同じ鳥の魔法名を持っていたから、なんだか親近感があったのだ。

 シュヴァルベはよく、舌打ちをしていた。


「私、帰ります。失礼します」


 チヴェッタはドレスの裾を翻させながら、騎士団を去る。

 ちょうど、騎士団を出ようとするとき、視界に青い髪の騎士が映り込んだ。アイザックだと、すぐに気づいた。


「…………」


 アイザックは、女性と一緒にいた。亜麻色の髪の女性――貴族だと思う。微笑んで、アイザックと見つめ合っている。

 お似合いだ。絵になる。完璧。

 あのふたりにはきっと、侍女も嫉妬しない。

 むしろ、諦めがつくのかも。

 チヴェッタはちょっとだけ、後悔した。ローブを着てくればよかった。

 あれにはフードが付いている。フードをかぶれば、視界が狭くなるのだ。見えるものが少なくなる。例えばそう――絵になる貴族の男女とか。


***


「チヴェッタ! 貴女がチヴェッタ――よね?」


 名を呼ばれたから振り返れば、可愛らしい女性が小走りで近寄ってきた。金色の髪は、太陽の光を受けてキラキラと輝く宝石のように見える。


「わたし、アメリアと申します。アメリア・ロイス。あの、恋占いをお願いしたくて参りました」


 アメリアは一気に、すべてを早口でチヴェッタに伝えた。アメリアの後ろから、メイド服の女性がひとり、駆けて来ている。

 アメリアは男爵家の娘なのだ。


「恋占い、ですか?」


「えぇ、そう。その……」


 アメリアは、チヴェッタとの距離を詰め、照れながら教えてくれた。


「その方、貴女と同じ魔法使いなの」


 チヴェッタは驚き、そしてアメリアをまじまじと見つめた。貴族の令嬢が、魔法使いに恋ですって?


***


 アメリアとお付きのメイドを連れて、チヴェッタは屋敷に戻った。エキドナは奥の作業部屋にいるらしかったので、チヴェッタはふたりを居間へ通し、厨房へ向かう。

 この屋敷には、チヴェッタとエキドナしかいない。お茶の支度は、自分でしなくてはならない。


「どうぞ」


「ありがとう」


 紅茶を三人分用意した。お付きのメイドが飲むかどうかはわからなかったけど、用意しないのは違うような気がしたから。

 チヴェッタは紅茶を用意した足でそのまま、水晶玉を持って来た。媒介があった方が、占いの精度は増す。無くても的中率は確かなものだが、その的中率を更に上げてくれるのだ。魔力の消費も抑えられるし、使った方がいいに決まっている。


「えっと、名前を聞いても? 相手の方の」


「名前はフェレスです」


 アメリアはほのかにほおを染め、答えてくれた。


「フェレス? フェレスってあの、気まぐれな黒猫のこと?」


「その呼び名は知らないけれど、多分そうだと思います」


 親しくはないけれど、知っている。魔法研究に人生を捧げている、変人だ。研究に没頭すると、食事どころか睡眠さえも忘れるのだとか。


「占ってくださる? 相性と、それから……結ばれるかどうかも」


 チヴェッタは、詳しく聞かなかった。

 もし、アメリアの相手を知らなかったら、聞くつもりでいた。占いは、チヴェッタが両人を知っていれば更に、その的中率を上げる。知らない場合は、アメリア自身の記憶に頼るしかない。

 そして、ふたりが揃ってチヴェッタの前にいたのなら、水晶玉だって必要ないのだ。


「水晶玉に、手を置いてください。そして、相手のことを思い浮かべて」


 アメリアは言われた通りにした。水晶玉はひんやりとしていて、触っていると落ち着く。

 チヴェッタはゆっくりと、水晶玉に両手を添えた。ジッと見つめる。

 アメリアにも、お付きのメイドにも見えないものが、チヴェッタには視えている。

 ここから先は、どれだけ優秀な魔法使いにも見えない世界だ。梟だけが視ることのできる、静かな世界。


「…………」


「…………」


 アメリアもお付きのメイドも、黙っていた。邪魔しちゃいけないような気がしたのだろう。

 それに、チヴェッタはふたりのことを忘れているようにも見えた。


「――相性は、悪くありません」


「本当に!」


 アメリアが笑顔になる。

 ようやく居間から、静寂が消えた。


「アメリア様は献身的なようですから、相性は悪くないかと」


「じゃあ、結ばれる?」


 その問いに、チヴェッタはどう答えたものか悩む。恋占いのよくない点は、ここにある。

 何せ、いつも良い結果が出るとは限らないのだ。数日前チャールズが言っていたように、叶わぬ恋もある。

 つまり占いによると――チヴェッタが視た未来によると、ふたりは結ばれない。

 アメリアはフェレスに恋をして、それは愛に変わるけれど、フェレスは恋をしない。

 なんという皮肉だろうか! 貴族は恋をしたのに、魔法使いは恋をしないなんて。


「どうしたの? もしかして、結ばれないの?」


 目の前の恋する乙女に、自分はなんと言うべきだろうか。素直に真実を口にすべきか、それとも、束の間の夢を与えるべきなのか――いつかは覚めるだろうけど。


「……結ばれない、と出ています」


 頭の中で、チャールズとの会話が呼び起こされた。

――小説の中にあるような恋を諦め、夫になると決まった者に恋をする。

――叶わぬ恋ならば、いっそ知らぬ方がいい。お互いのために。

 あの時はそうじゃないと思った。

 そう言おうとした。

 それなのに今自分は、ひとつの恋を砕いたのだ。自分が小さな嘘をつけば、誤魔化しさえすれば、もう少しは保たれていたであろう恋を、たった一言で砕いてみせた。


「む、結ばれない……」


 アメリアは泣きそうな顔をしていたけれど、お付きのメイドはどこか、安堵したような顔をしていたのだ。

 メイドはきっと、主人の恋を応援してはいなかったのだ。貴族の令嬢と魔法使いが、結ばれるはずはないと、そう思っていたのだ。


「でも、占いだもの。必ず当たるわけじゃないでしょう?」


「私に占って欲しかったのは、当たると聞いたからでは? そう信じていたから、来たのでは?」


 アメリアは黙ってしまった。暗い顔。恋が破れてしまったあと、残るのはなんだろうか?

 チヴェッタは、水晶玉に触れてみた。シュヴァルベが言っていた通り、この水晶玉は特別だ。金のように、いつまでも冷たい。

 水晶玉に触れながら、チヴェッタは思い出していた。

 ついさっき見た、貴族の男女――アイザックを。


「――――」


 静かな世界に、梟が飛び立つ。何かが視えた。もやがかかったようで、はっきりとは視えなかったけれど、そこにはアイザックがいたように思う。

 彼は、倒れていた。血を流して、倒れていたのだ。



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