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梟に捧げる愛  作者: 藤むらさき
宿り木のない梟
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 翌日、チヴェッタはエキドナと共に国王に拝謁していた。

 と言っても、仰々しいものではない。国王の執務室で、顔を合わせているだけ。国王の隣には、宰相もいた。


「雇用期間を延長することは、願っても無い申し出だ。こちらとしては、断る理由はない」


 国王は笑顔で、エキドナの申し出を快諾してくれた。

 チヴェッタは安堵した。ひとまず、衣食住は保証されたわけだ。


「いっそ、我が国に定住してはどうだ? あの屋敷を、余はそなたらふたりに与えても構わないと思っている」


「そ、それは、その、あの……」


 国王の問いに、エキドナはどうにか返答しようと必死だ。


「ありがたいお話ですが、今はお答えできません」


 見かねたチヴェッタが、代わりに返答する。

 エキドナの気持ちはわからないけれど、チヴェッタ自身は、この国に定住しようと思ったことはない。いい国だとは思う。今まで訪れたどの国よりも平和で、貧富の差が少なくて、王は民を愛し、民は王を敬っている。


「時間はまだある。よく考えよ」


「はい、陛下」


 チヴェッタは礼儀正しく一礼すると、エキドナと共に執務室を出る。

 ようやく息苦しさから解放されて、エキドナが安堵の息をつく。


「師匠。私は城下に買い物に行ってきます」


「私も行くわ」


「ひとりで行ってきます。師匠は屋敷で、仕事しててください」


 正直、エキドナを連れて城下へ行くのは危険だ。

 またダメな男に引っ掛かりでもしたら、前借りした給料を失ってしまうかもしれない。師匠のことは尊敬しているが、信用はしていないのだ。


「いいですね。真っ直ぐ、屋敷へ帰ってください」


「わ、わかったわ」


 エキドナはしょぼくれた顔で、チヴェッタとは逆の方向に向かって歩き出す。申し訳ない、とは思うが、エキドナのあの悪い癖が直らないことには、どうしたって無理だ。

 このままエキドナとふたり生きていくとなれば、それ相応の資金がいるし、当然ながら、住む場所も必要になる。

 本当に、この国に定住してしまおうか?

 期限付きの宮廷魔法使いじゃなくて、国王が言っていた通り、あの屋敷をもらって――。


「馬鹿みたい」


 自分の考えを、チヴェッタは笑った。

 歩き出し、王宮の廊下をしげしげと観察してみる。広い廊下だ。掃除は行き届いているし、大きな窓からは暖かな春の陽射しが注がれている。壁にはよくわからないけれど、高そうな絵が飾ってあるし、綺麗な花が活けられている大きな花瓶もあった。

 ここにあるものを売れば、きっと家が買える。家を買って、お釣りも来ることだろう。

 自分には場違いに思えてならない。宿り木のない梟が、王宮にいるなんて!


「そなた、魔法使いだな? 珍しい……金眼じゃないか」


「……?」


 歩いていたら、目の前に誰かが立った。視線を上げれば、そこには貴族の男性がいた。身につけているものが高価そうだったし、何よりも偉そうだったから、貴族だと思ったのだ。


「もしや、毒蛇の魔女か? いや違うな。毒蛇の魔女は、男を惑わす容姿をしていると聞く。この娘は……そんな風には見えないな」


 貴族は値踏みするようにチヴェッタを見てから、そして馬鹿にするように笑った。

 チヴェッタは舌打ちしたい気分になってきた。貴族の後ろには、護衛の男性がふたり、控えている。


「伯爵、彼女はエキドナの弟子チヴェッタです」


「チヴェッタ? なるほど、思い出したぞ!」


 やはり貴族だったようだ。伯爵はチヴェッタを見て、にやっと笑った。貴族のくせに、品のない笑みだ。


「未来を視るという『梟』だな。そうか……お前がそうなのか」


 伯爵が一歩、チヴェッタに近づく。嫌なにおいはしないが、嫌な気分にはなった。

 チヴェッタは一歩、後ろに下がる。


「こうして見ると、中々悪くない。どうだ。私の屋敷へ来ないか?」


「伯爵。彼女は宮廷魔法使いです。そのようなことは――」


 護衛のひとりが意見したが、伯爵に睨まれ、口をつぐんだ。


「私のために働けば、目をかけてやる。もしも運良く金眼の子を産めば、褒美をやるぞ」


 なんという男だろうか。

 チヴェッタは呆れて、声が出なかった。

 魔法使いは、年々、数を減らしている。きっといつか、世界から消えてしまうのだろう。今いる魔法使いだって、大昔に名を馳せた魔法使いと比べるのが申し訳なくなるような魔法しか使えないのだ。

 その中で、金眼を持って生まれてくる者は、魔法の才能があるという。大金を払って手に入れたがる者もいるのだとか。

 魔法使いは貴重だ。それでも、貴族達の多くは魔法使いを『所有物』として見る傾向がある。大昔の魔法使いが、そうだったから。


「どうだ?」


「おやめください。お忘れですか? この者はチヴェッタ。聞いた話によると、あのヴェンデル伯爵が気にかけている娘です」


 もうひとりの護衛が、伯爵に耳打ちする。伯爵はやっぱり、その護衛も睨みつけた。


「ただの梟だ。何を気にすることがある。――チヴェッタ、だったな。どうだ? 一生苦労せず、贅沢な暮らしができるぞ」


「お断りします」


 チヴェッタはそれだけ言うと、伯爵の横を通り過ぎようとした。

 そんなチヴェッタの手を、伯爵が力任せに掴んできた。伯爵は手袋をしていた。

 どうしてだか、アイザックを思い出した。

 あの人は何度も、私に手を差し伸べた。手袋は……つけていなかったわ。嫌じゃなかったのかしら?

 私の……手に触れて。


「断るだと? 正気か?」


「離してください」


 チヴェッタは伯爵の手を振りほどき、睨む。嫌な男だ。貴族の男性というのは皆、紳士だと思っていた。幸運なのか、チヴェッタが知り合ってきた貴族は、そんな人ばかりだったから。

 そりゃあ、親のいない流れの魔法使い、と馬鹿にするような貴族もいたけれど。

 チヴェッタはちょっと腹が立ったので、やり返したくなった。


「ひとつ、貴方を占ってさしあげます」


「ほぉ……それは興味がある。視てみろ」


 チヴェッタは心を落ち着かせ、伯爵の目を覗き込む。普段なら媒介である水晶玉を使うけれど、無くても占いはできる。

 伯爵の瞳は、青かった。アイザックの瞳と同じ青色に分けられる色のはずなのに、どうしてだか、あまり綺麗だとは思えなかった。

――って、違う! 今はアイザック・ヴェンデルのことなんてどうでもいいのよ。

 チヴェッタは心をしっかりと落ち着けると、伯爵の瞳を改めて覗き込んだ。


「…………」


「どうだ? どんな素晴らしい未来が待っている?」


「……女性が見えるわ。その女性に、貴方は土下座してる」


「土下座だと!? ふざけたことを――」


「わかったわ。その人は夫人――貴方の妻ね。資産家の令嬢で、貴方は自分の妻に伯爵家を助けるよう懇願することになる。女遊びが原因で」


 チヴェッタはゆっくりと目を閉じる。自信があった。

 この占いは、絶対に現実となる。時々、占いをした後にこういう自信のようなものを感じることがあった。

 この自信を感じたときの占いは、絶対に外れない。外れたことはない。

 だから、目の前にいる伯爵は近い将来、女性が原因で家の金を使い尽くす。

 そして資産家である自分の妻に土下座し、懇願するのだ。


「適当なことを言うな!」


「信じるも信じないも、貴方の自由。人はいつだって、いい結果は信じて、悪い結果はどうせ占いだから、と無視しようとする。占いなんてものは結局、そんなものよ。けど、私の占いは時々、占いじゃなくなる」


「な、何を……」


「これは予言よ。貴方は確実に、私が言った通りの未来を辿る」


 人が歩む人生の道は、いくつにも分かれている。

 どの道を選ぶかはその時々で変わっていくけれど、人には必ず通る、運命の道があると、チヴェッタは思っている。

 その運命を変えることはできない。

 その運命を垣間見た瞬間、これは占いの域を超えたのだと知る。自信の正体は、それだ。


「失礼します」


「待て。小娘が私を侮辱するなど――!」


「やめぬか、みっともない」


 チヴェッタを傷つけるために振り上げられた手は、幼い少年の声によって制止した。伯爵はその声に聞き覚えがあったようだ。

 恐る恐る、視線をそちらへ向ける。


「お、王太子様!!」


 伯爵はわかりやすい顔をしていた。純粋な驚きが、手に取るようにわかる。滑稽なほどだ。


「グライナー伯爵。そなたはまさか、白昼堂々、この王宮でか弱い淑女に手をあげようとしているのか?」


 歩み寄ってきた少年の、輝く金色の髪が揺れる。その奥では大きな青い瞳が、真っ直ぐにグライナー伯爵――名前をようやく知った――を見ていた。


「お、王太子様……この者は今、私に対し失礼な物言いを……」


「一部始終は見ていた。だが、その者はそなたの未来を視ただけ。その未来を認めたくないのなら、そうならないよう己を強く戒めよ。占いも予言も、そういうものではないのか?」


 王太子と呼ばれた少年は多分、十二か、十三くらい。

 思えば、顔に見覚えがあった。名前は確か……チャールズ。

 そう、チャールズ王子だ。国王の息子で、王太子。王女ばかり生まれる王家に、ようやく誕生したたったひとりの、念願の王子。


「そ、それは……」


「わかったのなら、下がれ。私はその娘と約束があるのだ」


 チャールズが、チヴェッタを見た。約束なんてしてない、そう言いかけたが、飲み込んだ。

 この伯爵と、これ以上同じ場所にいたくなかったから。


「参ろうか」


「は、はい」


 チャールズは堂々とした微笑みを浮かべ、チヴェッタに手を差し出した。エスコートしてくれるらしい。

 ただ、手袋をしていなかった。いいのだろうか?

 チヴェッタは迷ったが、その手を取ることにした。小さな手だ。

 この手が将来、この国を守るのか。

 チヴェッタは珍しく、視てみたいと思った。目の前にいる幼くも強い眼差しを持つ王太子の未来を、視てみたいと思った。




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