第1話
私、斉藤柚希はとある雑誌を読んでいた。
その雑誌はいわゆる女性雑誌で、服や香水など色々な記事が書かれている。
本当ならこんな雑誌なんて買わないのだが、会社の同僚に無理やり渡されたのだ。
その子曰く、『たまにはこういう雑誌も読まないとね!』だそうだ。
別に読まなくてもいいのだが、あの子のことだ…どうせ次会ったときに感想でも聞くつもりなのだろう。
いい機会だとでも思い、読むことにした。
何ページか読んだときある写真が目に入った。
結婚式場の広告だろうか…ウエディングドレスを着た女性が幸せそうに微笑んでいる。
それを見た瞬間、何か鋭利な刃物のようなもので心臓を容赦なくえぐられた気がした。
拒否するかのように素早く雑誌を閉じる。
嫌なことを思い出した。
もう見るのはやめよう…。
感想を聞かれたら適当に言っておけばいいのだから…。
そのままベッドに倒れこむ。
明日は高校時代の親友と会う予定だ…早く寝よう。
私が夢の世界についたのはそれから数分もかからなかった。
次の日になり、私は近くのカフェに来ていた。
待ち合わせ時間より早く来すぎたようで、適当に持参した本を読みながら時間をつぶす。
時刻は間もなく午後12時30分…予定だと12時には会う約束だったんだけどな…何してるんだろう…。
すると、やっと見覚えのある人物が店に入ってくるのが見えた。
「柚希ー‼ごめんね、遅れちゃって…」
「おはよう杏沙。別にいいよ、予想通り」
神崎杏沙。
この子は高校からの知り合いで、私の数少ない親友だ。
独りだった私に話しかけてくれて、友達になってくれて…そしていつも待ち合わせに遅れてくる。
今日もいつも通りだ。
「ほんとにごめん…。」
「何かあったの?」
「ちょっと亮がね…出かける寸前になってあれが無いこれが無いって…」
読みかけの本を勢いよく閉じる。
静かなカフェにその音が大きく響いた。
「…柚希?」
すぐさま私はメニューを杏沙に渡す。
「杏沙なに飲む?」
いつも通りの笑顔で…。
それからはいろんな話をした。
仕事やお気に入りのお店…女性の話なんてそんなものだ。
そして話題は新作の恋愛ゲームの話になった。
「柚希はもうあの新作の恋愛ゲームした?」
「まだ。仕事忙しくて…」
「そっか…。なんか凄いらしいよ」
「そうなの?」
何でも今回の新作は今までとリアルさが違うそうなのだ。
ゲーム内の時間から場所まで現実と同じ。
例えばデートをすることになったとしよう。
午後8時に○○駅で…なんてことになれば、実際に午後8時○○駅に行かなければいけないらしい。
そのあまりのリアルさにハマる人が続出し、社会現象にまでなっているそうだ。
本当に現実に彼がいるみたい…だそうだ。
「柚希、恋愛ゲーム好きでしょ?やってみたら?」
「そうだね…ちょっと興味出てきたかも…」
「やったら感想聞かせてね!」
恋愛ゲームをしているなんて、周りからは変な目で見られるかもしれないが、私にとっては傷つかずに恋愛できる唯一の手段なのだ。
確かに所詮二次元…現実のように手をつないだりはできないかもしれないが、それで十分だった。
もともとアニメやゲームなどは好きだったしこれもゲームと同じ感覚だ。
何も恥ずかしいことはない。
時刻は午後4時。
随分と長話をしたようだ。
杏沙はこれから夕飯の用意があるらしく、今日はもう帰ることにした。
「じゃあね!」
「うん。また暇なとき話そう」
杏沙を曲がり角まで見送ると、私も家へと帰った。
専業主婦は大変らしい。
杏沙は去年結婚した。
相手は神崎亮。
私たちは同じ高校で同じ部活に入っていた。
杏沙と神崎が付き合いだしたのは高校を卒業してから数か月後。
たまたま会ったときに神崎のほうから告白したらしい。
『ずっと好きだった』
シンプルでありがちな告白だ。
私から言わせれば、卒業式には告白するんだろうなとは思っていたけど…。
杏沙のほうは杏沙のほうで神崎を好きだったし、両想いで恋が叶い結婚なんて素敵な人生じゃないか…。
2人が結婚してから、私の両親からは『杏沙ちゃんは結婚したのに…』なんて言われるようになった。
親友の結婚を…幸せを、素直に喜べない自分がいる。
そんな汚れた自分が大嫌いだ。
時刻は午後4時45分。
家に着き、私は早速例の恋愛ゲームアプリをダウンロードしていた。
新作で凄いらしいと聞いていたから、てっきりクオリティーが高くお金がかかると思いプリペイドカードまで買ってきたのだが、どうやら必要ないみたいだ。
でも後々課金なんてことになったら使うことにしよう。
ダウンロードが完了しアプリを開いてみた。
どうやらイラストではなく、実写のようだ。
《まずは名前を入力してください》という音声アシスタントに従って名前を入力する。
別に本名でいいだろう。
次は性別…もちろん女だ。
年齢は27歳で、誕生日は12月10日。
そしていよいよ恋人選択になった。
まずは1人目、白井直人。
30歳、職業は医者。
高身長で高収入ということか…おまけにツンデレだ。
2人目、若崎隆一。
25歳、職業は記者。
年下のどちらかというとかわいい感じで、茶髪の髪がいい感じの撫でたさを演出している。
正直その髪をわしゃわしゃしたい。
3人目、山崎薫。
60歳、職業は作家。
おじいさん属性か…確かに60歳には見えないような若々しさだが…。
でもここまで年の差がある恋愛もしてみたいな。
そしていよいよ4人目…最後の攻略対象だ。
医者、記者、作家、こう来れば次は誰だろう…アイドルだろうか?
画面をスクロールしていき、4人目の人物が映し出される。
私はその人物を見た瞬間言葉を失った。
4人目、神崎亮。
27歳、職業は芸術家。
そこに映っていたのは紛れもない神崎だった。
同姓同名なんてものじゃない…神崎亮、本人だ。
どういうことだ?
どうして神崎が…それにそういえば、ほかの3人にも見覚えがある。
1人目の白井直人は天才外科医としてTVによく出ているし、2人目の若崎隆一もよくニュースに出ている、そしてもちろん3人目の山崎薫もとても有名な作家だ。
そうか…これはきっとそういう恋愛ゲームなのだ。
有名人と恋愛していく…そういうことだろう。
確かに普段TVに出ている人が実際に登場すればそこにいるような感覚に囚われる。
リアルとはそういうことか…なるほど…。
そこに神崎も混ざっているということは、彼もそこまで有名な芸術家になったのか…。
杏沙は神崎が出ているからあの時薦めてきたのか……。
《誰と恋しますか?》
まるで私を急かすかのように音声アシスタントのセリフが流れる。
確かに誰にしよう…。
医者もいいし記者もいい。
作家は話を作っているだけあって、話題を沢山持っていそうで面白そうだ。
なんて考えても結局は神崎以外をプレイする気にはなれなかった。
別に神崎が気になるわけではない。
ただ…ただ単に、杏沙に感想を言うときに神崎のほうが言いやすいだけだ。
ついでに悪いところを見つけてダメ出しもしてやろう。
《神崎亮でよろしいですか?》
そのまま私は“はい”を選ぶ。
今思えば、ここが私の人生の重要な選択肢だったと思う。
《大まかにこの恋愛ゲームの説明をします》
1、ゲーム内の時間は現実と同じです。例えば今午前9時なら、ゲーム内も午前9時です。
2、このゲームは例えば待ち合わせが○○駅の場合、実際に○○駅まで行ってもらいます。その際の交通料金については自己負担です。
3、このゲームはリアルを追求しています。故に現実とゲームの区別がつかなくなる恐れがあります。
4、選択肢によって、プレイヤー様の現実までを左右することがあります。選択肢が出た場合は十分に考え適切な方をお選びください。
5、もしプレイヤー様の人生に何らかの影響が出た場合、当方は一切その責任を負いません。
《以上のことに同意できない場合のプレイは必ずお止め下さい。》
「ゲームのくせに大げさね…。」
私は“同意する”を選んだ。
《第1章、予告》
午後7時10分。
仕事終わりのあなたは、偶然高校時代の知り合い神崎亮と会うことに。
そこであなたは彼の個展に出品する作品の手伝いを頼まれる。
快く承諾したあなたは早速彼の家に行くことになり…。
第1章の予告がすべて表示された後、画面が急に真っ暗になり、ホーム画面へと戻された。
不思議に思い、もう一度アプリを起動しようとしてみたのだが、どこにもそのアプリのアイコンがない。
「おかしいな…間違って消えたのかな…」
そう思い探したのだが、結局アプリは見つからなかった。
また明日探すか…。
私はそのままスマホを置き、夕飯の準備をすることにした。
結局その日はそれから一度もスマホを見ることはなかった…。
次の日になり、仕事を終えた午後7時。
通常なら6時には仕事は終わっているはずなのだが、今日に限って少し残業をすることになったのだ。
やっと帰れる…そう思いながら駅に着いたとき、急に身に覚えのない電話番号から電話が来た。
「もしもし…?」
『もしもし、斉藤か?』
「…もしかして神崎?」
『正解。よくわかったな!』
「それよりどうして私の電話番号…」
『ああ、杏沙から聞いたんだよ。それで早速本題なんだけど…今ヒマ?』
「え…?」
『ちょっと話があるんだけど、今から会えない?』
これって、昨日のゲームの予告と同じじゃ…。
私は今の時刻を確認した。
時刻は午後7時10分…昨日の第1章の時刻と全く同じだ。
ブーっという振動が手に伝わり、私は思わず画面を見た。
そこには“選んでください”という文字とともに、2つの選択肢が表示されていた。
《会いますか?会いませんか?》
“このゲームはリアルを追求しています。故に現実とゲームの区別がつかなくなる恐れがあります”
リアルどころじゃない。
これは現実そのものじゃないか。
それとも私はすでにゲームと現実の区別がつかなくなっているというのだろうか。
『おい…聞いてるのか?』
「あ…うん。聞いてる!」
『で、会えるか?』
「うん。」
私は今、初めての選択肢を選んだ。
そのとき選んだ選択肢の答えがその時は最善だと思っていても、後々思い返せば最善じゃなかったことなんてよくあることだ。
それでも後の行動こそが、その選択を最善にしてくれるのだろう。