繋がれた手
(…偽名かな)
自らの名を『ナギ』と言った少女。長閑はなんとなく、嘘をつかれていることを見抜いた。
それからはとりあえず、考え込むふりをする。
「えっと、ナギさん。ちょっと俺の知り合いに話をして欲しいんだけど」
「いや」
「…だよね」
即答したナギは、そのままその場から去ろうと背を向けた。
慌ててそれを止めるため、長閑は声を張る。
「待った!」
「…なに?」
ナギはかなり疎ましそうに振り返る。それに気付かないふりをしながら、長閑は明るく振る舞っていた。
「秘鳥についてよくわからないから、教えて欲しいんだけど!」
「…。あなたは賞金稼ぎかなにか?」
「いや、ガーデンの人間」
「………しょうがない。教えるけど、他の人には会いに行かない」
ナギはゆっくりと海の方に歩いて行き、長閑がそれに続く。やがてナギから秘鳥を受け取った場所まで行くと、二人は海風を受けながら座り込んだ。
「秘鳥は宿った人間に、特殊な力を与えてくれる。その力は…もう体験したよね?」
「ああ。あの何もないところでジャンプできたことだろ?」
「そう。恐らくあなたはその足か、もしくは空気中に着地できる物を作る力をもらったんだと思う」
「なるほど」
長閑は先ほどのことを思い出しつつ、ナギに質問をした。
「どうやってその力を使うの?」
「さっき使ってたよね?」
「あれは…何でだ?」
長閑が頭の上にクエスチョンマークを浮かべていると、ナギは遠くの海を見ながら言葉を並べた。
「コツが必要。でも一つだけ言えるのは、それはあなたの力じゃない。秘鳥の力。そこを間違えてたらだめ」
「…難しい」
「ま、練習するのみ。力は使おうと思えばいつかは使えるから」
ナギがそう言い終えると、長閑は立ち上がって大きく伸びをした。
「じゃあ練習するかな」
「それがいいと思う」
ナギも長閑につられて立ち上がる。
しかし、いかにもどこかへ行ってしまいそうなナギを止めておくため、長閑は質問を続けた。
「それにしても海は良いよな」
「悪くはないと思う」
「食べたら美味いかな」
「……さあ」
「小さい頃に食べたら、お腹壊した」
「意外と弱い」
「君は真似しちゃダメだよ!」
「………ねえ、あなたさっきから何がしたいの?」
「じゃあ本題。君って何者?」
「ガーデンの人間」
「じゃあそれを証明できる?」
ナギは、はっとした。その驚きの表情を見た長閑は、ニヤリと悪い笑みを浮かべる。
「油断したね」
訳は分からないうえ、中身のない会話。その隙にナギの右腕に、長閑はそっと手錠をかけていた。
当然の如く、ナギは心底嫌そうな表情をする。
「…最悪」
「はははっ」
作戦成功により嬉しそうな長閑に、ナギは舌打ちをする。
するとカバンから身分を明らかにするガーデンの証明章を出した。
そこにはナギの本名がしっかりと明記されている。
「…名前、なんて読むの?」
「追儺祈城」
「珍しい名前だね」
「あなたにいわれたくない」
その時、長閑の携帯電話が鳴る。今度はきちんと電話相手を確認してから、なぜか長閑の用件を先に言った。
「雪猪? 例の女の子捕まえたよ!」
「てめぇ…こっちが電話してんだから、俺の用件をまず聞け!! だが今回は許す。でかした! 早く帰ってこい」
「これって拉致じゃない?」
「祈城は冷静だね。でも安心して! 所長が全て無かったことにしてくれるから」
さらりと明るく流した長閑は、手錠でつながる祈城の右腕と、自身の左腕をちらりと見た。
言い方は悪いが、得体の知れない祈城はどんな行動を起こすか分からない。
つまり、長閑に油断は許されない。
その時、祈城は小さな声で言った。
「ちょっと止まって」
「どうしたの?」
「犯罪者」
祈城の指差す方向を素直に見ると、黒髪でがたいのいい男性がいる。様々な特徴を確認してみると、現在指名手配されている殺人罪の犯罪者のひとりのようだった。
ふたりに緊張が走るなか、祈城が手錠を指さす。
「手錠外して。捕まえるから」
「って言って、逃げる気?」
「ここまで来たら、あなたの上司に苦情言わなきゃ気が済まない」
「…怒ってる?」
「当たり前でしょ?」
どうやらこのやりとりが聞こえてしまったらしく、二人を見つけたターゲットがいきなり銃で撃ってきた。
二人はそれを避けようと、互いに反対に向かうため地面を蹴る。
「あ、やべ!」
「きゃ?!」
しかし二人は手錠で繋がれているため、移動したとたん片手同士が強い力で引かれ合う。それにいち早く気付いたのは長閑だった。
「くっ…」
二人が元の位置側に戻されるなか、長閑は必死に祈城を庇うように自分の体を飛ばす。
「長閑…!」
銃声が聞こえた後、長閑の背中で滲んでいく血が目に入り、思わず祈城が名を呼んだ。
そして祈城を守るように抱えてくれた長閑の左手を、そっと支える。
「あはは…かっこわる」
強がって笑い飛ばす長閑だが、祈城はそれどころではない。
「大丈夫?! ちょっと、まともに当たったんじゃ…?!」
とっさの行動は間に合い、長閑は祈城をかばって背中に銃弾を受けたらしい。それでもへらへら笑う長閑に、祈城は少しだけ彼への警戒心を解いていた。
(私が守らないと…!)
祈城は長閑のカバンから鍵を出して、素早く手錠を外す。そして長閑を寝かせて敵の方へ向かっていった。
「あなたを許さない!」
珍しく感情をあらわにした祈城は、ターゲットに向かって走り込む。
「はっ」
そんな祈城の行動をターゲットは鼻で笑い、さらには長閑に向けて銃を撃つ。
しかしいつの間にか長閑の姿は消えていた。
「なに?!」
ターゲットが驚いたと同時に、祈城が腹に蹴りを入れる。不意打ちであったためによろけたが、これといったダメージはない。
この蹴り一つで祈城の実力を判断してしまったターゲットが、いきなり笑い始めた。
「効かないねぇ、非力さんよぉ?」
挑発的な言い回し。
普通なら怒ってもしかたのないこの言葉を、祈城は素っ気なく流した。
「効く必要ないから」
「…あ?」
ターゲットが不思議な表情を浮かべた瞬間、後ろから長閑の棒がターゲットの頭に落ちる。
「?! ……っ?」
言葉にならない痛みが走ったのだろう。
そのうえ何が起きたのかも理解できなかったようなので、なおさら苦しんでいた。
「祈城は囮だから…うっ」
しかしターゲットとともに、長閑もその場に倒れた。
「大丈夫?! 傷負っておいて戦わないで」
速やかにターゲットに拘束具を付けた祈城が、慌てて長閑に駆け寄る。
「なーに…協力してくれたくせに」
そう言って顔を上げた長閑は、その目で見たものに心の中で驚いてしまった。
あの、あまり表情を変えない祈城の、人を心配する表情。
その動揺を悟られないように、長閑は傷口をタオルで止血して立ち上がった。
「じゃ、約束だ。行くぞ」
「…うん」
長閑が控えめな笑顔で促すと、迷いを見せつつ、祈城は長閑の横に並んで歩き出した。
もちろん、もう二人の手に手錠などない。