2−4 遊興館
結局、6476に引き摺られるかたちで、今日も遊興館へと足を運んだ。
8579がいるのではないかという思いもなかったわけではない。
遊興館の配合アルコールには、配合飼料に含まれる健康維持ナノカプセルへのカウンター薬剤が入っている。そのため、適度に酔うことができる。その酔いを求めて遊興館はいつも、そう3交代制の社会ではまさしくいつでも人に溢れている。
人間も最適化の対象となる資源だ。
そこで気付いた。今日会った学生。この社会では学生はどうなっているのだろうか。BlueとYellowの間には何の繋りもない。養育院のころは、全員、朝から夕方までの学習時間があった。
私は、祖母が遺したキューブに頼って学んでいる。私が、学んでいる。
祖母は知っていたのだろうか。それとも予想していたのだろうか。養育院で学ぶところから、教科書が作ってあった。基礎的なところから、その先への繋ぎの部分も。養育院で学ぶ箇所と重なる部分もあった。それは、祖母の懸念だったのだろうか。先に進むと、極めて理論的な、極めて基礎的な部分に戻ることもあった。以前にはそういうものとして書かれていた事柄についての、理論的な裏付けに戻ることもあった。
キューブに納められた教科書は相互にリンクされ、その全容は未だに私にも把握できない。どこまで学んでも、その先がある。いや、学べば学ぶほど、その先は広がり続けることだけが理解できた。キューブの内容には果てはないのではないかと思えた。
私はこれまで、教学院の学生も同じだと思っていた。
だが、人間も最適化の対象となる資源ならば、教学院の学生は何をどうやって学んでいるのだろう。
突然、肩をつつかれた。
私は配合アルコールのカップを眺めていたことに気付いた。カップは私の目に映っていなかった。祖母とキューブと、その内容が見えていた。
右を見ると6476がにやけた顔をこちらに向けていた。
「今日も来たぞ」
そう言いながら、友愛登録カウンターを指差した。
それにつられて、私もカウンターに顔を向けた。8579が立っていた。
「あぁ。来てるな」
「行ってこいよ」
さらににやけた顔で6476は私を見た。
「俺に用があるわけじゃないだろう。求めてるのは友愛だろう?」
そう言って、私はカップに顔を戻そうとした。だが、戻せなかった。8579が笑顔を浮かべ、手を振っている。私に、であるはずがない。
「ほら、呼んでるじゃないか」
6476は私の腕を取ると立ち上がり、また私をカウンターに引き摺って行こうとする。
「俺じゃないよ」
私は気持だけの抵抗をした。興味がある。8579に、というわけではないが。
気持ばかりの抵抗で時間をかせぎ、8579が私に興味を、それがどんなものであれ、持っていないことがわかればいい。
だが、遅かった。8579は明らかにこちらに歩いてきた。笑顔で。
私は、訊ねたいことがあるという気持と、8579が何者なのかわからないという気持とで、一瞬立ち止まった。それが、ある意味では命取りだった。
8579はさらに足を進め、私の目の前に立った。そして、私の手を取った。
6476はそれを見ると、「ホウ!」と声を挙げた。それに応えるように、周りの視線がこちらに向いた。私の手を8579が取っているのを見ると、やはり「ホウ!」と声を挙げた。周囲から何度も何度も「ホウ!」と声が挙がる。
カウンターを通さずに、このように手を取ること、それは一定以上の親密さを意味する。
「恥をかかせないで」8579は顔を寄せ、そう呟いた。「あまり話題にはなりたくないでしょ?」
「話題? Yellow-2-Blueと、Blue-4-Black。YellowとBlackだぞ。話題になるには充分だ」
私もそう呟いた。
「私は気にしないけど?」
8579はそう言うと顔を離した。だが手は繋いだまま。そしてカウンターに向きを変えた。6476も、私の背中に手を当て、押している。「ホウ!」と声を挙げながら。
引っ張られ、押され、私は結局カウンターに行き、8579とともに友愛の登録をした。