2−3 自己批判療法
雑務部に戻ると、3471がすぐに声をかけてきた。
「引き継ぎの後、自己批判療法室に行こう」
3471はそう言った。
私は用具をそれぞれの場所に戻し、待機室を覗いた。次のローテーションの班がそろそろ集っている。
既に戻っていた6476が私に気付き、手を振った。
「3471と自己批判療法をするんだって? 待っているからその後、遊興館へ行こうぜ」
「いや、今日はそういう気分では……」
8579とさっきの学生の件が気になる。それもだが、礼賛日の後で自己批判療法だ。とうてい遊興館に行く気分になどなれない。
「待っているからな」
6476は譲らない。
「あぁ」
私は曖昧にそう答えた。周囲を見回すと、7018と3471が次の班の人と引き継ぎをしていた。
3471は引き継ぎを終えると、あたりを見回した。
「じゃぁ行こうか」
私を見け見つけると、明るい笑みを浮べて言った。
二人して教学院の中にある自己批判療法室へと向かった。
自己批判療法室の周囲には、人は多くなかった。自己批判療法室に向かうことは、よろこびであると言われている。よりよい市民になるための学びの場。よりよい市民になるための鍛錬の場。よりよい市民になるための向上心の発露の場。だが、それは同時に自己批判療法を行なわなければならなかったということも意味していた。なぜ行なわなければならなかったのか。つまり、最適化システムに、総統たちに、法と社会秩序、加えてその執行に反した、あるいは反するかもしれない行動と思想を持った、あるいは持ったかもしれないということだ。法と社会秩序の執行の面においては、自己批判療法を積極的に行なうことが勧められている。だが、言外に、それは自発的に行なうものであるとされており、自己批判療法室で行なわなければならないということは、社会への反論を持っていると見做される。少なくとも周囲の人間からは。グラスがこれをどうカウントしているのかは知らないが。
「自己批判をして、よろこびに近づこう」
すれ違った人がそう言った。目は赤く、瞼も腫れ気味だ。にこやかに、明い笑顔だった。
自己批判療法室の中には人々の声が響いていた。
3471と私は向い合う椅子に座り、自己批判療法を始めた。
「わたくしたちは!法と!社会秩序に!奉仕します!」
「わたくしたちは!法と!社会秩序に!感謝します!」
「わたくしたちは!法と!社会秩序に!奉仕する!よころびに!感謝します!」
「わたくしたちは!法と!社会秩序が!与える!よころびに!感謝します!」
延々とそういう言葉を3471と私は叫んだ。
3471は涙を流し、恍惚とも言える表情を浮べていた。
私も涙を流していた。だが、それは3471のものとは違っていた。違っていると思う。悔しく、私の無力から流れる涙だった。
言い方を変えれば、祖母への恨みとも言えるだろう。いや、祖母への、ではない。祖母とその同僚たちへの恨みとも言えるだろう。いや、違う。そうじゃない。託してくれた祖母たちに対しての、自分の無力への涙だ。
託してくれたのに、何もできない。その無力への涙だ。
一時間ほどの自己批判療法の後、私と3471は雑務部の部屋へと戻った。
そこには6476が言ったとおりに待っていた。
6476は笑顔で私を迎えた。
「充分に自己批判したようだな」
私の顔を見て、6476は明るく、満足げに言った。
充分したとも。自分の無力を。
だが、それは見えないはずだ。
「遊興館へ行こう。よろこびにつつまれていることは市民の義務だ」
私のよろこびは、学ぶことだ。祖母が遺してくれたキューブから学ぶこと。そして、託してくれた祖母たちに報いること。それが私のよろこびだ。それは祖母がかけた呪いでもある。
2015-Jul-26 T 23:11くらい追記:
あとがきを書き忘れてました。
よろこびにつつまれていることは市民の義務だ:
「われら」では「健康は市民の義務」とあり、TRPGのPARANOIAでは「幸福
は市民の義務」とあります。もちろん、それらを意識しての文言です。
「よろこびにつつまれていること」は本文中の「恍惚」という面も考えて
おり、「われら」とかより強い状態を意識しています。そのあたりは、後
程書きます。
もう一つ。1984年の「二分間憎悪」も含むというか関連するというか、
意識しています。