1−4 自宅
地下鉄を降り、宿舎の私の部屋の前に立った。
ドアノブを握ると、PANを通してドアが開錠された。
部屋は、一部屋と簡易的なキッチン、シャワー、トイレがある。一部屋には映像端末と小さなテーブル、クローゼット、そしてベッドがある。テーブルの上にはメモパッドと鉛筆。また、入口の近くには、宿舎内外をつなぐ配送管の、一辺20cmほどの口が壁に設置されている。簡素な標準型の部屋だ。少なくとも。Blue-4-Blackにとっては。
私はグラスを着けたまま、つなぎを着たまま、ベッドに寝転んだ。ベッドは少し固い。シーツの下の、薄いマットのさらに下には、この部屋で標準的でないものが並べてある。何冊かのノート。それらがベッドを少し固くしている。これはもう見つかっているのだろうか。見つかっていたとしてもおかしくはない。たぶん、見ても断片的で意味をなさないだろうが。
8579は、私を利用すると言っていた。Blue-4-Blackという階層には、誰かが利用できるなにかはない。私が教学院の雑務をしていることも、誰かが利用できるなにかは、まずないだろう。誰かが利用できるものを私が持っているとしたら、それはキューブだ。あるいは、むしろキューブというよりも祖母だ。
私が生まれたときには、すでに受精卵、あるいは精子と卵子のDNAエンハンスト処理は義務付けられていた。エンハンスト=0はエンハンストを行なう価値がないDNA、あるいはゲノムと判断されたものだ。
祖母が亡くなってから数年後、家族制度が廃止された。あくまで個人であるとして。どこかに記録はあるのだろうが、祖母と私を結び付ける記録は簡単には見つからないだろう。
だが、キューブを知られていないのだとしたら、そして知られていないと思うが、そちらからの線で8579は私に接触しててきたのだろう。8579はYellow-2-Blueだった。彼女が記録を見つけ、辿ったのだろうか。あるいはYellow-2-Blueであっても末端に近いのかもしれない。そうだとすれば、8579は「利用する」と言っていたが、それすらも信用できるのかはわからない。
私はつなぎの腰の右ポケットを上から触った。キューブがある。8579と話した後では、いや礼賛劇場での周囲の興奮の後では、あるいはこのような考えを持った後では、キューブがあるだけで気持が落ち着くように思う。
私はベッドから起き上がった。キューブをポケットから取り出し、テーブルに置く。グラスも外し、テーブルに置く。私はシャワーを浴びた。
シャワーを浴びた後、もう一度つなぎを着る。ポケットにキューブを入れて。グラスも着ける。それから映像端末に掌を当てる。グラスに視聴できる番組の一覧が表示される。その一覧を映像端末に転送する。録画モードを選び、その一覧を一定の順番と組み合せで選択する。映像端末は指定したとおり、表示と録画を行なっている。だが、それとは別の映像がグラスに現われた。この手順に多少手を加えてはいるものの、祖母が用意してくれた、キューブの機能が起動した。
私はキューブに納められた資料を、これまでに読んだ教科書と私が書いたキューブ内のノートを見直し、今日の勉強にとりかかった。
祖母が用意した教科書は膨大なものだった。まだどれだけ読んだのかも、理解したのかもわからない。
だが、これが私の信じるものだ。いや、キューブ内の教科書やキューブがではない。それらは私が信じるものの現われであるにすぎない。とは言え、その内容は今となっては簡単には手に入らないだろうが。とくにBlue-4-Blackにとっては。
教学院: 実在の団体とはこれっぽっちもまったくなんの関係もありません。