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よろこびにつつまれて  作者: 宮沢弘
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1ー3 広告

 遊興館の部屋から出てバーを覗いてみた。だが、6476の姿はない。もう帰っているのか。それともまだ部屋にいるのか。

 私は一人で宿舎へと帰ることにした。


 遊興館の前から地下鉄の駅に降りる。壁にはいくつもの広告――サイネージ――が設置されていた。私には意味のないものだ。

 私の宿舎方面への車両がやって来た。それに乗るが、地下鉄の車両の両側にもいくつもの広告がある。

 私は地下鉄に揺られながら、ぼんやりと考えていた。


 地下鉄の車両の両側にある広告は、私にはそのほとんどが「よりよい理性をあなたに」と見える。そして稀にいくつかの種類の「流行の……」というものだった。それと同じくらいに見えるのが、総統と体制を象徴する二体の立像だった。

 光学補正、偏光、そしてタイミングの制御により、広告媒体にはどれもいくつもの内容が同時に表示されている。グラスがそれらの中から、その人に合った広告を選び、見せる。

 他の人に――たとえば6476に――聞いてみると、いくつもの種類の「流行の……」という広告が多いようだ。

 たとえば「流行の色」。靴下を流行色にしているのがおしゃれだと言う。あるいはカラー・コンタクトレンズ。目の色が流行色なのがおしゃれだと言う。

 あるいは「流行の靴」。去年は飾りラインが2本なのがおしゃれだったが、今のおしゃれは3本らしい。

 あるいは「流行の服」。もちろんつなぎだが、階層を示すラインの類いがこれまでより大きいのが今のおしゃれだという

 あるいは「流行の朝の挨拶」。

 あるいは「流行の口癖」。

 あるいは「流行の身振り」。

 あるいは「流行の歩きかた」。

 あるいは「流行の配合飼料の食べかた」。

 あるいは「流行の一日の過しかた」。

 あるいは「流行の1ローテーションの過しかた」。

 6476はとても役に立つと言う。

 実際にどうなのかはわからない。私にはほぼ「よりよい理性をあなたに」しか見えていないのだから。見えていないのだから、流行は知らないし、試してみることも難しい。

 「流行の……」以外に見えるものは、稀に「よりよい理性をあなたに」のようだった。そして、それと同程度に総統と体制を象徴する二体の立像のようだった。

 とは言え、それはエンハンスト=3の6476の場合だ。エンハンスト=2やエンハンスト=1は、また違った広告を見ているのかもしれない。そうだ、8579にはどう見えるのだろう?


 地下鉄に揺られながら、そんなことを考えていると、何年か前のことを思い出した。

 広告が人によって異なって見えるという話を聞いたころだっただろうか。あるいは、その話は既に知っていて、とうとう好奇心に逆らえなくなったころだったのかもしれない。

 実際にはどう見えるのだろうと思い、地下鉄の中でグラスを外してみたことがある。裸眼で見ると、全ての広告には「よりよい理性をあなたに」と表示されていた。それを見て、私は溜息をついた。

 溜息を吐ききるかどうかという時に、周囲にいた数人に腕を掴まれた。

 次の駅に着くと、ホームに引き摺り出され、駅員に引き渡された。そこから治安局に引き渡され、さらに救護局へと引き渡された。

 救護局では、自己批判療法を受けた。

 グラスのつるが脳の状態をモニタしているため、言葉だけでの自己批判ではその療法は終わらない。

 私は、祖母にかけられた呪いが解けないことを信じ―― いや、実際解けないことはわかっていたが――、本当に自己批判を行なった。

 自己批判療法には8時間かかった。

 宿舎に戻ったとき、やはり祖母の呪いは解けていないことがわかった。安心するとともに、理由はわからないが涙が溢れた。それは祖母への感謝であったのかもしれないし、呪われたことによる苦しさだったのかもしれない。

 ただ、私は、私を呪った祖母を恨んではいない。感謝だろうか。それも違うように思う。祖母は、ただ祖母なのだと思う。

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