5−4 そして悪夢へ
「逃げようとしているな?」
最適化システムはそう言った。
「君の祖母が君に課した役目から逃げようとしているな?」
その言葉で、私は祖母の言葉を思いだした。
「いいかい。これからお祖母ちゃんは、お前に呪いをかけるよ」
「祖母が私にかけた呪いは、これだったのか?」
そう呟いた。
「君の祖母がかけた呪いだって?」
最適化システムは意外な答えを言った。
「君の祖母は呪いなどかけていないよ。呪いをかけたのは君自身だ。8579に言っただろう。祖母に手を引かれていた日のことを」
あぁ。それで祖母はああ言ったのか。
「お前のここにちゃんとあるよ。何のために生まれてきたのか。何に呼ばれて生まれてきたのか。それを見つけなさい」
私は、知りたいと思っていた。祖母は、私の言葉を繰り返したのだ。幼ない頃に私が言った言葉を繰り返したのだ。私自身が何なのかを忘れないように。
「そして一つ付け加えよう。君が答えないことは認められない」
「なぜだ? 十数人の答えがあるなら……」
「いや、十数人の答えはない。参考意見があるだけだ。十数人の有資格者が、揃って『あくまで参考意見である』と言っているんだ。そして『最終的な答えは、最後の有資格者が答える』ともね。つまり君のことだ」
「知りもしない私に?」
「もちろん、知らないわけじゃない。君は有資格者に全員に会っているんだ。古い家でね。君は憶えていないかもしれないが」
「つまり、祖母の七光で私は有資格者になっているのか? それこそ答える資格なんかないだろう」
「君の祖母の同僚がそんなことで君を有資格者と認めたり、君が答えると言ったと思うのか? それこそありえない。皆、君をテストした上でのことだ。幼なかった君が憶えていなかったり、テストだったと理解していないだけだ」
昔を思い出そうとしてみた。確かに、祖母の同僚や教え子が古い家にやってきたことはあったように思う。だが、どのように、何をテストされたのかは思い出せない。古い家に来た人たちの誰がテストをし、あるいは有資格者だったのかもわからない。
「加えるなら、君は生れる前から有資格者の候補だった。少なくとも君のエンハンスト=0はそういう意味だ」
社会の変化の始まりを考えれば、その頃から祖母たちが何かをやっていたとしても驚きはしない。
「では、私がBlueに分類されているのはどういうことなんだ? いや、Blueであることを否定しようというつもりはない。だが、エンハンスト=0であることに理由があるなら、それにも何か理由があるのか?」
最適化システムはしばらく沈黙した。
「一昨日、昨日と総統から介入があったな」
「あぁ。8579もそれを言ってたが」
「それが一昨日から始まったと思うか?」
始めから祖母たちが何かをやっていたのなら、社会が何もしていなかったと考える理由はないだろう。
「では。祖母の命日の記録が、私の記憶と違うのも」
「もちろん、そうだ。君が祖母に会っていないなどということはありえないだろう? そして付け加えるなら、そういう改変が君の祖母についてだけだと思うか?」
記録も閲覧も電子化された現在、改変が行なわれたとしてもそれを見付けることは困難だろう。それに対し、改変は容易だ。
祖母がキューブという独立した媒体にテキストを納めたのも、そういう理由からだろうか。あるいは予想していたからだろうか。
「では祖母のキューブもやはり介入にあたるのか?」
「ふむ。結果としてはそうだろう。ただ、君の祖母はキューブを君に託しただけだ。それを使うと決めたのは君自身だ。そして、キューブを君自身が使わなければ、君は有資格者たりえなかっただろう」
決められていた事柄と、私自身が決めた事柄とが、頭の中で奇妙に絡み合う。何が決められていたのか、何を私自身が決めたのか、それらが絡み合い、私にも区別がつかない。
「そして6476と8579が、協約に定められた条件において、君が有資格者であると証言している。その二人を、今、君がどう思っているにせよ、二人のある意味での信頼を無にしていいのか?」
私は追い詰められたと思った。
「五分、考えさせてくれ」
「もちろん、かまわないとも」
そして五分後、私はおそらく今の人間にとって最悪だろうと思える選択をした。あるいは人類史上において最悪の。それ以外には、答える言葉を思いつかなかった。そもそもの始めから、私の中にはそれ以外の言葉は存在しなかった。
設定資料:
設定資料のURLです。誰でも見れるようになってます。
https://docs.google.com/spreadsheets/d/1xtyhaZ8Gm4zsx4LTIFsM8l_sXFZkeQ4NW18SCY72uHk/edit?usp=sharing
ですが、これは結構不完全な設定資料です。というのも、ザミャーチンの「われら」、ハクスリーの「素晴らしい新世界」、オーウェルの「1984年」、アントニイ・バージェス の「1985年」、ブラッドベリの「華氏451度」、映画の「未来世紀ブラジル」、アメリカABCの番組および映画の「Max Headroom」などなど、そういうのが頭にあるという上での設定資料だからです。




