5−3 二つ
「どういうことだ?」
五つの状況で何を言いたいのかを、私は掴みかねた。
「あぁ。そこは君が自分で考えてほしい」
一つめの状況はともかく、他には加害者と被害者がいる。そして、確実に被害を受ける人数の違いがある。そして地位の違いも。
それに対し、一つめの状況を除き、最適化システムは回答を出していない。統括者システムは回答を出している。
そして、状況には人の命がかかっている。人数と地位も。
「君はこう言いたいのか? 人の命に重さの違いがあるのかと」
「そうだ。もちろんそうだ。人の命は何よりも重いと言うよな? あるいは何ものにも代えがたいとも。よし。一つめはいいだろう。二つめはどうなる? 強盗を排除していいという根拠はなんだ? 他人に危害を加えているからか? すると命の重さは本人が何をしたか、あるいはしているかで違うことになるのか? もしそうなら、『何よりも重い』とどうして言えるんだ? 何かより軽くなることはありえるのか?」
私は最適化システムの言葉にうなずいた。
「三つめはどうだ? 『何よりも重い』ということは、命の数に言及したものではないということか?」
私は再度うなずいた。
「四つめはどうだ? 今度は質のようなものか? それとも地位か?」
私はやはりうなずいた。
「だとするなら、五つめはどういうことだ。質と量の換算式でもあるのか? 交換可能であるにしても四つめと五つめの違いはなんだ?」
「それで?」
私は最適化システムを再度うながした。
「『何ものにも代えがたい』というが、二つめから五つめは代えているよな。それとも命で代えているからかまわないのか?」
「だが、君も状況を理解した上であれば答えを出すのだろう?」
「もちろん、そうだ」
「そうすると、この協約に規定された状況というのは、私が考えていたのとは実は違うということになる」
「と言うと?」
今度は最適化システムが私をうながした。
おそらく先に考えたのとは少し違う。問題は、理解しようとするか、回答を出しているかの違いだ。
「君は命の話をしている。いや、その話をしているように見せている。だが、実際の問題はそこじゃないんだろう?」
「では何が問題なんだ?」
「つまりは、全てを理解したいと欲っするかどうかなんじゃないか?」
「なるほどね。うん。それについては答えないでおこう」
最適化システムはしばらく間を取った。
「さて、それでは君に答えてほしい質問をしよう」
「ちょっと待ってくれ。君は、あるいは君たちは、私に未来を選べと言うのか?」
未来。そして現在。
私は礼賛劇場の二体の立像を思い出した。
「礼賛劇場の立像は、君たちということか」
「厳密にどちらがどうということはないがね」
最適化システムは一旦言葉を区切った。
「二体の立像、右手と左手、本の右ページと左ページ、天秤の右の皿と左の皿。二つあるということだけだ。そして、君はどちらかを選ばなければならないというわけでもない」
私はしばらく声を出せなかった。私に、それに答えられる準備があるとは思えなかった。
「君が何を考えているのかはわかる。だが、君が最後の有資格者なんだ。選んでほしい」
最後の有資格者と最適化システムは言った。それはどういうことだ?
「最後のと言ったな。どういうことだ?」
「この十数年、誰も有資格者がいなかったとは思わないだろう?」
「あたりまえだ。私一人で答えられるものじゃない」
「十数人、一年に一人の有資格者からの答えを求めてきた。これは君の祖母のチームが、いわば捩じ込んだ協約だ。これを入れなければ私を稼働させないと言ってね。だが、状況から、私を稼働させないという選択肢はありえなかった」
祖母は最後まで抵抗したということだろうか。その上で「こんなものが本当にヒトを幸せにすると思うかい?」と言ったのだろう。
「有資格者というのは何なんだ?」
「君の祖母のチームがリストアップした人物だよ。統括者システムにとっては不利だと思うがね」
「既に十数人から答えが得られているなら、私の答えはいらないんじゃないか?」
私に、答えられる準備ができているはずがない。また、そう思った。キューブを学び終えてさえいない。




