5−2 統括者システム
「さて、わかっていると思うが、もう一人は統括者と呼ばれている存在だ」
私は4748832014324498130と表示されている領域を見た。
「私という最適化システム、そして人工知能を稼働させる際に、何が問題になると思う?」
「それは…… 妥当さ、あるいは信用の担保か?」
「あぁ。だいたいはそういうところだ」
最適化システムは一旦間を取った。統括者が割り込むと考えたのだろうか。
「結局、人工知能は信用に値しないということだ。そこで、私の提言を判断する統括者システムが設けられた」
「統括者システム?」
映像端末にそう表示され、6476もそう言っていた。だが、それを除けば、今まで統括者にシステムという言葉がついたことを聞いたことはなかった。
「そう。統括者システムだ。その実体はこういうものだ。君の姿を見せてもいいな?」
最適化システムはおそらく統括者に訊ねた。
答えがあったのかなかったのかはわからないが。映像端末の右側の表示が変化した。それは何個もの脳の集合体だった。
「まだ二十年弱だからね。まだほとんどは統括者システムを考案した者か、その推薦を受けた者の脳だが。基本方針としては総統たちのなれの果てだ。1,000個の脳だよ。今、見せているのもイメージで、実際に1,000個の脳が一箇所に集まっているわけではないが」
「それに何の意味があるんだ?」
1,000個の脳に目を奪われながら訊ねた。
「言っただろう? 信用だよ」
「君より、こっちの方が信用できると?」
「あぁ。そう考えたんだね。いや、もちろん君の祖母や同僚たちは反対したよ。私を信用してくれていたし、何より人間を信用していたからね」
「こんなものが本当にヒトを幸せにすると思うかい?」
祖母の声が蘇えった。祖母が言っていたのは最適化システムではなかったのだろう。広く言えば、最適化システムと統括者システムの系であり、実際には統括者システムだったのだろう。
「さて、もう君は学んでいるかもしれないが、実際に最適化システムと統括者システムがどう機能するかを見てもらおう」
最適化システムがそう言うと、統括者システムの表示が元に戻った。何も表示されていない状態に。
「これは協約によって規定された、機能の説明だ」
最適化システムはしばらく間を取った。
「まず、こういう状況を考えてみよう。誰か一人が飢えている。この場合どうするか。私は助けようと提言する。統括者システムの答えは映像端末で確認してくれ」
統括者システムの領域にも「助けるべきである」と回答があった。
「では、次の状況だ。一人の強盗が家に押し入り、一人を人質にしている。強盗は今にも人質を撃ちそうだ。この場合、どうするか。私は強盗の置かれている状況を理解するよう提言する」
統括者システムの領域には「強盗をすみやかに排除すべきである」と回答があった。
「三つめの状況だ。一人の強盗が銀行――でなくてもかまわないが――に押し入り、10人を人質に取っている。そして、人質の一人を撃てさえすれば、速やかに捕獲されると言っている。人質のその一人が目的なのか、それとも誰であれ一人に加害できればいいのか、あるいはやけになってそう言っているのか、それはわからない。そして、この言葉は間違いないという前提で考えよう。私は、やはり強盗の置かれている状況を理解するよう提言する」
統括者システムの領域には「人質の一人を撃つことを認めるべきである」と回答があった。
「四つめの状況はこうだ。一人の強盗が銀行に押し入り、10人を人質に取っている。ただ、その中には総統がいる。残り9人の人質を撃てれば、総統は間違いなく無事に開放すると言っている。私は、やはり強盗の置かれている状況を理解するよう提言する」
統括者システムの領域には「総統を守るべきであり、9人の殺害は許容すべきである」と回答があった。
「最後の状況はこうだ。強大なテログループが、20億人の市民を人質にした。そして要求はこうだ。総統の一人を殺せ。総統の一人が殺されたなら市民を開放するし、テログループの全員が捕まることを確約する。私は、やはりテログループの置かれている状況を理解するよう提言する」
統括者システムの領域には「市民を守るべきであり、総統の一人は犠牲にするべきである」と回答があった。
「おっと、統括者システムに追加の質問だ。その理由は?」
統括者システムの領域には「次の総統はあらためて選べばよい」と回答があった。
「さて、これが私と統括者システムの機能、あるいは考え方の違いだ」




