1−2 遊興館
私を指名した女性は、淡い黄色のつなぎを着ていた。
近付くと、左胸には濃い黄色の太めのラインが2本。そして青色のスラッシュが入っていた。知的階級、2位、エンハンスト=2。私に興味を持つような階層ではない。
たまに、そういう趣味の人がいるとは聞く。相手の階層が上だろうと下だろうと、釣り合わない相手との友愛による背徳感を求める人。下の階層を蔑むことを楽しむ人。あるいは下の階層の者から蔑まれることを楽しむ人。
だが、それはあくまでエンハンスト=3以上の話だ。
エンハンス=0同士であったとしても、友愛を求める人は少ない。少なくともそうらしい。
なら、私に何を求めているのか? あるいは、どうしようというのか?
その女性は、私がカウンターのPAN端末に着くまで微笑んでいた。
私はその女性の顔を凝視めるが、女性は静かに微笑んでいるだけだった。
私はPAN端末に右手を乗せた。すると女性の個人番号がグラスに表示された。
「8876553114389288579-2: Yellow-2-Blue」
それとともに、部屋番号も表示された。
その女性は微笑みを崩さずに穏やかに言った。
「静かな場所に行きましょう?」
指定された部屋の前に二人で立った。
私が戸惑っていると、その女性は右手でドアノブに触れ、ドアを開けた。
部屋には、ベッドと、その足元にソアーと小さなテーブルがあった。
私は依然として戸惑っていた。
女性はグラスを外し、テーブルに置いた。つなぎの上を少し開け、ふうと息を吐きながら、ベッドに腰を下した。そして私を見ると、ソファーに手を向けた。
私はソファーに腰を下すと、グラスを外してテーブルに置いた。
その女性はいわゆる友愛を求めているわけではないようだ。それがどういう形の友愛であったとしても。
私は幾分、気が楽になった。だが、別の懸念が大きくなる。この女性は何を求めているのか?
私たちは2時間、他愛もない話をした。本当にただの他愛もない話だ。つまり、総統たちと、そして法、社会秩序、加えてその執行の礼賛だった。
そして女性はベッドから腰を上げ、グラスを着けた。私も同じようにグラスを着けた。
「8579」
その女性は唐突にそう言った。
「え?」
私は思わず女性の顔を見た。
「8579って呼んでくれていいわ」
私は、少し間を置いてうなずいた。
「名前をつけるのは、もう少し先。あなたの名前も考えておいて」
そう言うと、8579は右手を私に差し出した。私はその右手を見ていた。
「握手」
「え?」
「握手しましょう?」
それは意外な申し出だった。グラスをかけている今、握手をするということは互いのPANが接続するということだ。グラスの向こうには最適化システムがあるとは言え、あるいはあるからこそ、私の何が読み取られるかがわからない。たとえばキューブを持っていることとか。
最適化システムは、私がキューブを持っていることは知っているだろう。内容は知らずとも。
私は一旦、8579の顔を見ると、また彼女の右手を見た。
「大丈夫、とは言わないわね。ただ利用しようとしているだけ」
また8579の顔を私は見た。
「利用しようとしている。それだけは本当。それだけは信用してくれていいわ」
8579はまた微笑んでいた。
何かはわからないが罪悪感を感じ、私は8579と握手をした。彼女の日常が私に流れ込んで来た。私の日常も彼女に流れ出した。