3−5 総統
宿舎の入口で飲み物を取り、部屋に戻った。映像端末を起動し、何を選ぶわけでもなく、番組を表示させた。
礼賛劇場で思い出した祖母は、祖母だったのだろうか。それとも祖母ではない誰かだったのだろうか。
あの空はあまりに印象的で、忘れられるものではない。だが、横にいた祖母はどうだろう。祖母だとばっかり思っていた。だが、私が祖母に会えたはずがないのだとしたら、あれは誰だったのだろう?
たまに飲み物を飲みながら、ぼんやりとあれは誰だったのかと考えていた。目の前に蘇えるいくつもの記憶。祖母との記憶。それらの記憶をよく見た。繰り返し見た。祖母はやはり祖母だったと思う。
グラスの音で、映像端末に映っている映像が見えた。6476の個人番号が明滅している。私は着信を許可した。
「おい、0818。驚くなよ」
眩暈と、見ていた記憶で、まだぼんやりとしていることは自覚できている。
映像端末を鏡面にし、6476はそこに映った自分をこちらのグラスに送っている。顔を赤くし、身を乗り出しており、興奮している様子が見てとれる。
「驚くって?」
「総統だよ!」
グラスの音声が割れるほどの声で6476は言った。
「総統?」
「総統からコールがあったんだ。それでついでだから他に誰かいないかって」
「なぜ総統が?」
「いつもやってる『市民への感謝』の一つだよ。それに俺が今日当ったんだ」
もどかしげに6476がわめきたてる。
「それで俺か?」
「他にとくに思いつかないからな」
6476は笑顔、というよりも、顔を歪ませていた。
「わかった。こっちに回してくれ。こちらでは映像端末に回す」
映像端末には総統が、総統の一人が映った。総統はテーブルの向こうの椅子に深く腰掛け、背も椅子に預けている。
「こんばんは。市民0818。君の奉仕に社会を代表して感謝する」
その言葉を聞きながら、ソファーで少し姿勢を直した。
「もし君に、よりよい社会を得るための考えがあれば、ぜひ教えてほしい」
総統はにこやかに言った。それはつまり不満を聞き出そうということだろうか。私は体を強張らせた。それは総統にも見えただろう。
「いやいや、市民は皆そうなんだが、この質問をすると身構えてしまってね。純粋に改善が必要な点を知りたいだけなのだが」
「いえ、素晴らしい社会だと思います」
映像端末の向こうから、総統が私の目を覗き込んでいる。
「ふむ。失礼だが、君はBlue-4-Blackだ。その点で何か思うところはないだろうか?」
総統は一旦目を逸らした後――私の階層を確認したのだろう――、そう続けた。
「いえ。社会に奉仕できることを喜ばしく思っています」
そこで総統は身を起こし、テーブルの上で両手を組んだ。
「例えば、だ。最適化システムがもたらす資源配分の最適化はどうかね?」
「現実的な方法かと思います。地球から離れるなどという馬鹿げた話をしてもしかたがありません」
「では、最適化システムがもたらす階層社会については?」
そう、まさにそこが問題だ。それをもたらしているのは、最適化システムなのだろうか。
「最適化システム、総統、統括者による法、社会秩序、加えてその執行に感謝しています」
総統はますます身を乗り出した。
「ふむ。実を言うとね、私は最適化システムがもたらすこの硬直した社会には問題があると考えているんだ」
私は表情を変えずに、映像端末に映る総統を見ていた。
「警戒しているかね? 警戒せずともかわんよ。秘匿通信になっているのだから」
それが本当かどうかはわからない。
「この社会を支えているのは最適化システムだ。システムにとってはこのような社会の方が管理しやすいとは思わないかね? イレギュラーはあくまでイレギュラーであり、それは是正されるものであり、排除されるものだ」
総統の顔が不気味に歪んだ。君はそう扱われている。そう言っている。
「私たちは非公式にだが、最適化システムに対抗しようという組織を作っている。最適化システムは道具であって、人間が制御するものだ。私たちはそう考えている。もし、よかったら、君にも参加して欲しいのだが」
「何の力になれるとも思いませんが」
掌に汗が浮かぶ。
「君が社会をどう感じているのか。それ自体が大きな力になると思うがね」
「6476は誘わないのですか?」
「彼には信条というものがない」
私にはそれがあると言うのだろうか。それとも、Blue-4-Blackはそういうものを持っていると思っているのか。さもなければ、キューブを知っているのか。
「考えさせて下さい」
私はやっと、それだけを答えた。
「いい答えを待っているよ」
そう言うと、映像端末から総統は消えた。




