3−3 命日
終業の、そして始業のサイレンを聞きながら、雑務部へと戻った。
用具室は次の班で埋まっており、6476は奥の待機室でお茶を飲んでいた。
私は、学生と話したときに思い出した、購買部の反応を思い出していた。
「なぁ、勉強するって、おかしいかな?」
6476はお茶の缶を両手で包んだ。
「お前がヘンなのはわかってるけど。また、おかしなことを言うなぁ」
そう言ってグラスを指で叩いた。
「何だって知ってるだろう?」
「それはそうだが。だけど養育院でやったような勉強とか」
6476は笑いだした。
「あんなのは何の役にも立たないだろう」
「そうかな……」
「そうさ。今は、養育院でもあんなことやってないぞ」
「そうなのか?」
「あぁ。俺たちが養育院を出てすこし経ったころからだ」
6476はまたグラスを叩いた。
「ちょっと待ってくれ」
そう言って、私もグラスを見た。確かにそう表示されていた。
「お前、本当になにも知らないな。言い方はアレだけど、Blackの制限か? 俺なら何でも知ってるけどな」
「そうかもな」
それもあるのかもしれないが、私はキューブを眺める方が楽しい。ただ、そういう理由だろう。
「たとえば、お前の祖母ちゃんの命日だって知ってるぞ」
「話したこと、あったか?」
突然の言葉に驚いた。祖母のことはすこしくらいは話したことがあるが、そんなことまで話した憶えはない。いや、話せない。幼いころの、そんな日付を憶えている理由、個人的な理由、それに祖母の信条も関わってくる。
「いいから、祖母ちゃんの個人番号を教えろよ」
「あ? あぁ。658、8248、9497、7293、2220だが。知ってるんじゃないのか?」
6476はまた笑い、手をのばした。
「知ってるとも。だからそれをこっちに送れよ」
私のグラスには、私が今言った祖母の個人番号が表示されていた。私は6476の手を取った。
「ほら。ABCD年EF月GH日だ」
「え?」
「ABCD年EF月GH日だろ?」
私は戸惑った。違う。それでは……
「そう…… だな」
それでは、私は祖母に会ったはずがないことになってしまう。会えるはずがないことになってしまう。祖母に呪われ、その翌朝、祖母は亡くなっていた。あれが祖母でないなら、私を呪ったのは誰だ。
「何でも知っているんだから、養育院でやったようなことなんかいらないんだよ」
6476は落ち着いた声で言った。
私は、朝から続いている眩暈が一層ひどくなったように感じた。
「何だ、気分でも悪いのか?」
「あぁ。そうかもしれない」
「そういう時は飲んで発散するのが一番だ」
「すまない。今日は……」
「そう言うなよ。また彼女が来てるぞ、きっと」
8579に訊ねた方がいいのだろうか。
その前に、キューブを確認したい。キューブの中身のタイムスタンプを確認したい。
「本当に調子が悪そうだな」
6476はいつになく心配そうに言った。
「あぁ。すまない」
私はそう言い、帰路についた。
* * * *
家に着くと、ともかく映像端末に掌を当て、番組の一覧を一定の順番と組み合せで選択する。キューブの機能が起動した。
最後のタイムスタンプのファイルを表示させた。そのタイムスタンプは、祖母が亡くなっていた朝の前日、私が呪われた日だった。祖母が意図してタイムスタンプを変えていたのでなければ、私の記憶のとおりだった。そして、それが祖母であったのなら。
私はキューブを停止し、グラスから祖母の命日を見た。6476が言った日付がやはり表示されていた。私が憶えているのとは、年だけが違う。
何か他に憶えていること。何か。
6476が言ったとおり、確かに私はなにも知らない。確かめようがない。
私は天井を眺めた。
いや、だとしたら、ただの祖母の命日がなぜ変えられているのかもわからない。それともあれは祖母ではない誰かだったのか。
私はグラスをテーブルに置き、天井を眺めていた。ただただ、眺めていた。




