3−2 紙
待機室に着くと、6476と7018、3471の顔が見えた。
自分が何者であるのかが外部において規定されなければならないのなら、彼らは、6476と7018と3471に限らずこの待機室にいる人は、どのように規定されているのだろう。あるいは、自身においては自分はどうであると規定しているのだろう。
外部においてどのように規定されているのか。それは、おそらく簡単なことなのかもしれない。Blueであり、2位、3位、あるいは4位であり、Greenだ。それが全てなのだろうか?
ふらふらと仕事を済ませていた。グラスの指示に従い、機械的に。いや、それとも人間的にと言う方が適切だろうか。
自分をどのように規定するのか。外部において規定されるという考えは異質で、あまりに異質で、思考の焦点を合わせることすら困難だった。
昼近く、グラスが赤くなった。グラスから見える視野が赤くなった。それで、目の、そして思考の焦点が目の前に引き戻された。
「こんにちは」
昨日の女性の学生が目の前にいた。
「あ、気づかず。すみません」
「お仕事ですよね」
「えぇ」
その学生は台車の横に移ると、パッドから剥ぎ取った。
「紙はどのゴミ箱ですか?」
「こちらに」
ゴミ箱の一つの蓋を開けると、学生はそこに紙を放り込んだ。
「見ないでくださいよ」
「見る」と言うときに、学生の右手が昨夜の8579と同じように動いた。
「見ませんよ」
私がそう答えると、学生はもう一歩近づいた。目は私の左胸を見ている。
「Black」
「えぇ、そうです」
「どういうことなんですか?」
その質問の意図を掴みかねた。
「ご存知ですよね?」
「えぇ。知っています」
そう言いながら学生は自分のグラスを指で叩いた。
「でも、そういうことではなく。エンハンスト=0で、困ることってありますか?」
やはり意図を掴みかねた。学生が紙を投げ入れたゴミ箱に目を移した。
困ることはいくらでもある。ノートを一冊買うときにも訝しげな表情を浮かべられる。その点は教学院に勤めていて助かっている。購買部では変わり者程度に思われるようになっている。
養育院から出て教学院に勤め始めたころは、養育院では勉強ができない方だったからと言って買っていた。それでも変わり者だが、購買部の人にとっては許容範囲だったのだろう。次第に、ただの変わり者のBlue-4-Blackと思われるようになったのだと思う。もちろん、ノートの購入が禁止されているわけではない。最適化システムに通報されるか、最適化システムが検出するかという、奇異の目で見られるだけだ。
「勉強熱心だねぇ」
と、言われることもある。
「Blackだから憶えるのが苦手で」
そういうときには、そう答えることにしている。
「Blackは大変だねぇ」
だいたいは、そういう応えが返ってくる。
私は学生に目を戻した。
「あぁ。憶えるのが苦手で」
それを聞いて学生が言った。
「憶える? 面白いことを言いますね」
その答えを聞いて、掌に汗が湧き出たように感じた。
「養育院でやったことも、まだ全然で」
学生は微笑んでいるようにも見えた。
昨夜、8579から「女性の学生に会ったか」と聞かれたと思ったのは、勘違いだったのだろうか。それを肯定したことに、8579がまた肯定的な答えをしたと思ったのは、勘違いだったのだろうか。
「もしかしたら、学びたいという気持がありますか?」
「賢くなれたらと思います」
「そうですか。先生がそういう方とお話をしたいと言っていました。伝えておきますね」
学生はそう言うと、はっきりと微笑んだ。
「あの、先生というのは8579」
そこまで口にした時、学生はうなずいた。
そういう口実を作っていたのか。
「先生によろしくお願いします」
学生はもう一度うなずいて、歩いて行った。
私は学生を見送ると、ゴミ箱から学生が捨てたと思える紙を拾った。私はその紙を折ると、左のポケットに押し込んだ。




