桜花恋情
(;´Д`)果たしてこれは童話なのだろうか。何かを勘違いして書いている気がする。
周囲を木々に囲まれた孤独の丘。
そこだけポッカリと抜けた穴は、まるで中央に立つ桜の木を除け者にしているよう。
受け入れてくれるのはソレを何とも思わない背の低い芝生達。
しかしその木は曰くつきだった。
つきますは恋愛成就。春の頃に咲かせた花は、そこで伝えた恋を叶えるという伝説を持つ。
なるほど、普通とは違う木だ。周りの木が逃げ惑うのも仕方ない。
今日もココに二人、願いを叶えにきた男女がいた。
桜は叶えた願いに力を使い、その花弁を散らしていく。
そばにいた犬も喜び跳ねまわります。
それは祝福。二人に与えられたおまじない。
そして咲かなくなった桜は、数十年の時をそのままに夫婦と侍る。
妻は桜を愛していた。二人が誓い合った思い出の場所として、いつまでも慈しみ、いつまでも愛おしんだ。
妻はいつからか、家から出ることはなくなった。さて、ソレはいつのことだろう。腰が悪くなった時か、結婚した時か、それとも、桜に願いを込めた時か。
私は家を守ります。そう言っていつも、家屋の隣に立っていた咲かない桜の根元で本を読んでいた気がする。
だからいつも用事があると、夫が外に出て済ませていた。仕事も、買い物も、近所の付き合いも。
彼女は幸せそうに生活していた。そのはずだった。しかしその瞳は夫ではなく木を見ていたような気がする。
ふと夫は怖くなりました。もしかして、彼女が愛しているのは私ではないのではないかと。
ある時から妻はいなくなりました。
それを不思議に思う犬は、いつも桜の木に寄り添います。
だってそこは彼女がいる場所だったから。
死んだときはそこに埋めてください、それが彼女の残した遺言だった。
だから犬はそこに寄り添うのでしょう。彼女の匂いがそこにあるから。
桜はまだ枯れたままです。
次に犬がいなくなりました。
相変わらず木に寄り添っていたので、同じ場所に埋めてあげました。
これなら彼女も寂しくありません。
桜はまだ枯れたままです。
夫も年老い動けぬ体となりました。
そこに家を出ていた息子が帰ってきました。
夫は彼にこう言います。
私が死んだら、妻がいた場所に埋めてくれ。
いつしか夫も亡くなりました。
その遺言通りに息子は父を桜の元に還しました。
彼はこう言います。何故母は、ココを離れようとしなかったのだろう。
何故父は、自分が丁度帰ってくる頃にココから離れられなくなったのだろう。
不思議に思った息子は郷愁から孤独の丘を振り返りました。
ヒラリ、ヒラリ。
そこで彼はあり得ないものを目にしました。
今まで咲かなかった桜が、満開に咲いていたのです。
息子は急に怖くなりました。
恋の願いを叶えるお呪い。果たしてその願いは誰に、何にとってのまじないだったのでしょう。
父は確かな愛を手に入れました。しかし願われた母はその愛を願っていたのでしょうか。
答えはもうわかりません。二人揃って桜の下にいるのですから。
息子はもう二度と、そこに近づこうとはしませんでした。
満開になる桜の木は再び待ちます。
願いを叶えに来る男女を。
願いの代償に寄り添う夫婦を。
そして桜の木はまた長い時を孤独に揺れる。
獲物が来るのをただ静かにひっそりと。