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だってバツゲームですよ

この物語は作り話であり、登場する人物、名称、団体など全て実在の

ものではありません。物語に出てくる「シンクロバイク」というスポーツ

は作者の造語であり、実際には存在しません。また同じようなものが

あっても、それとは何の関わりもありません。

とにかくすべて架空のお話です。

唯一作品に登場する商品名は実在し、それぞれに著作権がありますので、タイトルだけでも問題があれば伏せ字に変更いたします。

それでは、おおよそそういうことでよろしくお願いします。


   だってバツゲームですよ


 どうにも俺・浦野寿明うらのとしあきはあの美人生徒会長に嫌われているらしい。

 嫌われるいわれはないが理由は何となく分かっている。

この春、俺と入れ違いにこの高校を卒業した兄貴のせいだ。兄貴が3年の時、2年だった現生徒会長・葉月弥生はづきやよいとたびたび揉め事があったことは爆笑混じりに聞かされたことがある。残念なことに俺は兄貴に似ている。だから彼女は勝ち逃げした兄貴の代わりに俺を目の敵にしているらしい。

我が双葉高校生徒会長様は、まあなんというか近づきがたいほどの美人だ。キレイな長い髪、整った顔立ち、勝ち気な瞳、メリハリの鮮やかなスタイル、まるで輝くオーラが見えるほどに。

なのに俺に向けられる目は冷たい、ってか痛い。恨むぜ兄貴。

 で、ある日俺が部活にいそしんでいたら、会長様の小飼の眼鏡くん御一同(脇役野郎の名前は覚えない主義だ)がやってきて部活禁止とか言い出した。俺の部活はシンクロバイクって言って、何人かのチームでBMXという特殊な自転車をあやつり、音楽に合わせて自転車ごとダンスするという競技なのだが、向こうの言い分は「グラウンドが傷んで他の部活や授業で迷惑する」ってことだった。

 じつはこの部活も兄貴が創設したもので、兄貴の学年しか部員がいなかったから、今年の春に廃部予定だったのを俺が仲間とともに引き継いで存続させたものだった。

 当然、俺たちも黙って従うほどお人好しじゃなかった。それにグラウンド整備は他の部活同様しっかりやっている。

 ただ、他のスポーツ部と違ってうるさい音楽と変わった自転車はどうしても人の目を引くのと、駅前周辺でたむろしてる連中も似たようなことをやって通行人から煙たがられていることもあって、不良連中と同じに見られることが有る。

 それが今、グラウンドの端っこで生徒会役員と大声で押し問答をしているものだから、まわりにはすぐに人が集まって人垣ができた。会長からの小言や注意などはこれまでもたびたびあったがあんまり気にせずに無視してきた。それが、今回は結構おおごとになってきてしまったようだ。

 生徒会役員と俺たちのにらみ合いが続く中、人垣の一部が割れて現れたのは例の生徒会長・葉月弥生様だ。

 会長様は役員君たちを下がらせると、仁王立ちで腕組みまでして俺たち(主に俺)をにらみ付けると

「あなたたちにチャンスをあげましょう。勝負に勝ったら廃部の件は考えてあげる。

その代わり負けたらグラウンド整備と草むしりがあなたたちの部活よ」

と、一方的にビシッと俺を指さしていった。


 ……をい。いくら何でもそれは無いだろう。ってかこの人、大丈夫か?

そう思って辺りを見回すと、人垣の中の一人、同じクラスのラグビー部員が苦笑いしながらこっちを見ている。

気がつくとそれ以外の連中も少々様子がおかしい。

と、言っても1年生はそれほどじゃない。むしろ生徒会長様の横暴にぽかーんとしているだけだ。

 だが、2,3年生は明らかに変だ。男子生徒は笑いをかみ殺しているような、何かを期待しているような目をして俺と生徒会長を交互に見ている。

そしておねーさん方はみな恥ずかしそうに顔を赤らめて何か言いたげに口をぱくぱくしながら生徒会長を心配そうに見ている。なんなんだこのシチュエーションは?

「勝負は……そうね、あなたたちの得意な自転車にしましょう。私とグラウンド1周を自転車で走って先にゴールした方が勝ちよ」

そう言った後、会長様は後にいた役員眼鏡くんに彼の自転車を貸すよう命じていた。

「では、私は着替えてきます。勝負は15分後、いいわね」それだけ言い残して去ろうとする会長様に俺は後から声をかけた。

「なあ、葉月会長」

「なにかしら?」

「あんたが勝ったら俺たちの廃部、それは分かった。じゃあ俺たちが勝ったらどうするんだよ」

「廃部のことは考えてあげるって言わなかったかしら?」

「それじゃ、不公平だろう。この勝負俺たちに失うものはあっても得るものがない」

「そ、じゃ、何がして欲しいか言ってご覧なさいな」

……言ってご覧なさいな。にちょっとカチンときた俺はその場の勢いと、入学式の時に壇上であいさつした会長の美しさにみとれてしまった自分と、その後の度重なる仕打ちや、さっきの会長の「草むしり」って単語が頭を巡って、ちょっと、というかかなりエロい意地悪を思いついてしまった。

 もちろん普段ならそんなこと口に出すはずもないのだが、その時はそう、あのバカエロ兄貴の生き霊が乗り移っていたに違いないんだが、とんでもないことを口走ってしまった。

「じゃあ、俺が勝ったら、葉月会長は今晩風呂で下の毛全部剃ってきてくださいね」


 ……時間が凍ったのが分かる。ひゅーっと風が通り過ぎる間、俺も会長も役員も人垣も真っ白になった。

 そして一番最初に反応したのは人垣の3年生男子先輩たちだった.ぶっ、と噴き出したかと思うとそのまま数人が大げさにひっくり返って足をバタバタさせながら息も絶え絶えに大笑いしている。

こらえきれずに2年生も笑いだし、口々に「さすがは浦野先輩の弟!」と俺の背中をバンバンと叩いてくる。

なんなんだこの反応は、と思い生徒会長様を見ると、

怖っ!真っ赤になって両手を握りしめ、涙目になって俺を睨み付けている。うわっやっべ〜これはやばい。謝ろう、今の無し、なしなしなしって、わーっなんかあの人怪獣みたいな歩き方でズシズシ去って行くぞ。これでしばらくは嫌がらせされずにすむのかな?

と安易に考えていると校舎に向かう階段の途中で、突然振り向いた会長様は真っ赤なまま

「待っていなさい!勝負でギタギタにしてあげるわ。兄弟そろって土下座させてやるからね」

いや、兄貴関係ねえし。


 10分後、体操服に着替えた葉月会長が乗ってきたのはスポーツ専用と街乗り専用のちょうど中間のクロスバイクという自転車だった。多少のハンデはくれてやるつもりだったが、BMXとクロスバイクでグランド一周400メートルって言うのはどう考えても不利だ。けれどここまで来たら引き下がるわけにも行かない。

 校舎側のコーナー出口をスタート地点に、会長内側、俺外側に並んでスタートを待つ。

いつの間にかギャラリーが増え、帰宅組以外のほとんどの生徒がグラウンドと校舎の間の斜面で勝負の行方を見まもっている。

 どこから持ってきたのか、運動会用のスターターや1着2着の旗、それにビデオカメラまで設置されている。

 そしてそんな中ついに、生徒会役員の眼鏡くんの合図で勝負が始まった。

直線ではやはり会長のクロスが圧倒的に速い、差がどんどん開いていく。

俺は息継ぎも忘れて必死に食いついていく。だが、コーナーにさしかかると会長の方はさすがにビビったのかブレーキを掛け安全な速度でカーブに入った。

このチャンスを逃す俺じゃない。そのままの速度でインコースをぶち抜き、会長よりもはるかに速くコーナーを抜けて直線に入る。コーナーでもたついた会長も直線に入るとまた速度を乗せてきた。最終コーナーに入ったのはほぼ同時、今度は会長もノンブレーキで突っ込んでくる。ただし、やはり慣れていないため、ずいぶん大回りになっている。俺はコーナーの出口のゴールに向かって最短距離を必死で漕ぐ。

そしてゴールラインを切る寸前、異常なブレーキ音とガシャッと言う転倒音、それから左側の視界に滑り込んでくる会長を確認したとき、どうしてだろう、大事なBMXを投げ捨て、彼女をキャッチしていた。つもりだったが衝突された拍子に彼女を抱きかかえたまま後に吹っ飛ばされていた。


 ……ヘルメットのおかげで頭は打たなかったが、思い切り二人分の体重で地面に背中を打ち付けたため息ができない。咳き込みながら目を開けると、眼鏡くんがじーっとこちらを見下ろしている。そして俺と目が合うと、大きな溜息をひとつついたあとに

「勝者、浦野弟」

いや、浦野だけでいいだろ、どんだけ引っぱるんだお前ら。

と、言う問題よりもなんで俺が勝ちなんだと思ってまわりを見回すと、俺の体とBMXはゴールの中、会長のクロスはゴール手前で無残な姿になっていて、眼鏡くんがそれを見てもう一つ深い溜息をついていた。で、肝心の会長様はというと、まだ俺の上にいらっしゃった。


「あの、会長。葉月会長様」

問いかける俺に返事もせずに、スイと立ち上がったかと思うと、トコトコと眼鏡くんに歩み寄り、力なくペコリと頭を下げたかと思うと

「ごめんなさい、自転車こわしちゃいました」

「ケガは、ありませんか?」

「うん、大丈夫」

「ならかまいません。この自転車はこういうレースには不向きですから、覚悟の上です」

「ごめんなさい」

 そして、振り返って俺の方を見た会長の目は、疲れ切って魂が抜けたみたいで、ほんの数十分前とは別人のようだった。

そしてしばらくボーッと俺を見ていたかと思うと、やがてエッグエッグとしゃくり上げ、ボロボロと泣きだしてしまった。

 まずい、これはまずい。これじゃまるで俺が泣かせたみたいじゃないか。自爆だろあれは、でも俺が悪いのかい? そもそも今の会話を聞く限り、おい眼鏡くん、お前会長とできてるだろ、どうにかしてくれよ。と眼鏡くんに目で助けを求めてみた。眼鏡くんもそれに気がついたらしいが、今日3度目の溜息をついたかと思うと人差し指を上にあげ、口には出さずに目で「ちょっと来い」と俺を呼んでいる。俺はやっと立ち上がり、背中やケツの土を払いながらそっちに近づくと、ちょうど会長のすぐそばで奴はボソッと

「私では役不足なんだよ」と言った。

 何のことだろうと考える間もなく、眼鏡くんが俺のケツを蹴り上げ、俺はまた吹き飛ばされるように会長を抱きしめる格好になった。

「なっ、なにを」

眼鏡くんはしばらく俺の目を見ると、今日4度目の溜息をついて壊れた自転車を引きずりながら、そのまま校舎の方に歩いて行ってしまう。

 それを合図にするように、他のギャラリーも思い思いの方向に去って行こうとする。

その中の誰かが「あーぁ、また今度もこういうオチかよ」と言った。

「また」ってなんだ? と思っていると、俺の腕の中でいつの間にか泣き止んだ会長がじっと俺を見ている、そしてまた何かを決心したようにギッと睨み付けると、そっと俺から離れて、またドタンバタンと怪獣のように歩いて行く。そして数歩離れたところで振り返り

「や、約束は守るわよ」と言ったかと思うとそのままズシズシ去って行った。

ま、これでともかくしばらくは廃部にならずにすんだな。素直に負けを認めてくれてよかった。

 ところで……約束って、

あっ、やべ。これはやばい。あれってまだ有効なのか。あの会長律儀すぎ。今から追いかけて、いや、追いかけてなんて言う。うわ、俺様これで明日から変態決定? ちょっとまずいって。


※※


 結局、それから会長を探すも見つからず、仕方なく家に帰った。

玄関を開けるといつもより靴の数が多い、今日は木曜だから大学で一人暮らしを始めた兄貴も帰ってきてる訳はないし。それと見慣れない女性用の靴が一足。はて? これは。と推理を始める暇もなく、居間から見知らぬ女神さまが降臨された。誰、この、誰?

「あら、としくんお帰りなさい」

「どちら様でしたっけ?」

「ひどーい、お姉さんだよ。忘れたの?」

「いえ、これから覚えます。はい、たしかに僕には姉がいました。代わりにバカ兄貴はなかったことにしていただいて構いません」

この女性に見覚えが無いのは事実だし、向こうもそういうノリみたいだ。

しかし、そう言うが早いか居間から今度は足蹴りが飛び出し、俺の左顔面をとらえた。

今日はよく左側から災難が飛んでくる。足蹴りの主は

「俺がいなかったことになったら、同時にこの姉候補は無かったことになるがな」

「おやバカ兄貴、お早いご帰宅で。週末でもないのに大学で問題起こして退学になったのか?」

「んなわきゃねぇだろ。明日の講義がいきなり休講で三連休になったから嫁(予定)を紹介がてら帰ったんだよ」

なんと。そういえば在学中から彼女がいたらしいが、当時は高校の様子なんぞ知らんものだからそれがどういう人か分からなかったが、こんな女神さまだったのか。

「としくんのことはよく聞いて知ってるよ。睦月です。よろしくね。」

あー、かわいい、美人だし、なんか良い匂いがするし、何これとてもおなじ生き物と思えないんですけど。……はっ、いかん、俺も何か言わねば

「ふぁ、ふぁじめまして浦野寿明です」

だめだ、噛んだ。それにウチにいて名字まで必要は無かったな。それでも彼女はかわいらしく、クスッと笑って受け流してくれた。

「あ、そう言や、おまえ今の生徒会長と面識あったっけ?」

兄貴の問いに、今日の出来事を思い出してビクッとなる。

「ああ、たぶん兄貴のせいだと思うんだが、えらく嫌われてるよ」

その一言に、意外なところから反応があった。

「にゃはは、やーっぱりあの子、としくんにちょっかいだしてるかー」

なぜ睦月むつきさんと名乗る女神さまが生徒会長をご存じなのか。

「あの子、私の妹なのよん。よくにてるでしょ」

はい? ……はい。美人なとことか出てるとことか引っ込んでるところとか、その絶妙なバランスとか、そうですか。ご姉妹ですか。

なにそれ。

「ま、それはともかく飯にしようぜ」兄貴が居間に引っ込みながら言った。


 頭の中を色んなことがグルグル回るまま、とりあえずやたら上機嫌な両親とともに5人で夕飯となった。飯のあと、お袋につかまった睦月さんを置いて、兄貴に今日の生徒会長のことを話して対処法を聞き出そうとした矢先に、突然睦月さんの電話が鳴った。

……どうやら生徒会長かららしい。

 すでに睦月さんはお泊まり決定状態だったのだが急遽帰ることになってしまった。

「すみません。妹がどうしても急用があるとかで」と引き留める両親に謝って玄関を出て行く睦月さんに兄貴が付きそう。ま、これ以上どうこう言うのも野暮だなと思って会長のことは明日にでもするかと思っていると、睦月さんから

「としくんも途中までいっしょに来てくれるとうれしいな。お話ししたいこともあるし」

とお誘いを受ける。バカ兄貴がいっしょとは言えちょっとうれしい、というか、かなりうれしい。

しかし待てよ、もしかして今日のことが睦月さんにばれてて、あ、やばい、その可能性かなり高いぞ。ここはバックレるか、いやもうすでに遅いし。


 しかたなく二人の後を付いていく。聞けば睦月さんの家はここから歩いて行ける距離らしい。しばらくすると睦月さんの方から話しかけてきた。

「としくんは弥生ちゃんのことどう思ってる?」

「え? 会長さんのこと。そうですねぇ。キレイな人ですね。オーラがあるって言うか、ちょっと近寄りがたい高嶺の花っていうか、むしろ凜々しいですよね」

「む〜ん」

睦月さんが美しいお顔に似合わず、眉間にしわを寄せてプーッと頬をふくらませていらっしゃる。明らかに俺の感想が気に入らないらしい。

 ととととっと数歩先に歩いたかと思うと、クルリと振り返って言った。

「違ーう。そうじゃないーっ!」

あーかわいい、とても3つも年上に見えない。

「弥生ちゃんはね。かわいいの、それも猫系じゃなくて犬系ね。マメシバみたいに。それにね、すごいドジっ子なんだよ」

いや、どう見ても猫系でしょ、むしろヒョウとかピューマとか。まあ、今日の一件でドジっ子の方は多少分かる気がしますが。

 言うだけ言ったら睦月さんはまた上機嫌になった。よっぽど会長のことが好きなんだろうな。

「それでね、去年の彼と弥生ちゃんのこと聞いてる?」睦月さんはバカ兄貴をチラ見しながら聞いてくる。

「ええ、まあ多少は」そういえば、会長のチャレンジをことごとく打ち破った武勇伝はおもしろおかしく聞いていたが、会長が兄貴に突っかかっていった理由とかは聞いたことが無い。

「弥生ちゃんはね、昔っから私とすごく仲良しでね。私が弥生ちゃんを大好きなのと同じくらいあの子も私を大好きなの。だから、彼と付き合おうと思うって弥生ちゃんに言ったらもう大変でね。毎日のように彼に挑んでいったの。お姉ちゃんに釣り合う男かどうか確かめるって」

「睦月さんは止めなかったんですか?」

「だって、そんな弥生ちゃんもかわいくて。」

 はぁ、さすがにバカ兄貴の嫁候補なだけはある。

「だからねっ」

はい?

「私、弥生ちゃんには幸せになって欲しいの」

すいません。話が飛びすぎて脈絡が掴めません。

「で、としくんには期待している訳なのですよ」

いや、そこで訳なのですよと言われましても。


 困惑する俺を置いて、睦月さんは兄貴に駆け寄り、何かを耳打ちしてクスクス笑っている。兄貴はチラリとこちらを見て、睦月さんに何か言っている。そうこうするうちに睦月さんの、そして会長の家の前に着いてしまった。

「寄ってく?」という睦月さんに速攻遠慮してしまったが、離れ際に兄貴に聞こえないように、

「すいません。会長には今日の約束、あれ無しってことで伝えてもらえませんか」と多少ゴニョりながら言ってみた。もちろん約束の内容は言えないが。


「あれって、もしかしてツルンツルンのことかな?」

 ブワッと自分の赤面した音が聞こえてきたようだった。睦月さんがニーっと上目遣いに俺の目を見る。まずい、やっぱバレてる。てか会長、電話でそんなことまで言ったのか。

睦月さんはクスクス笑いながら

「だーめだめ。あの子けっこー強情だから一回言い出したら聞かないよん」

ううっ、やっぱ俺、変態決定ですか。睦月さんこんな変態の弟いりませんよね。

「だからっ、ちゃーんと責任とってあげてねっ」

それだけ言うと、兄貴と俺に手を振って家の中に入っていった。


「おい、帰るぞ」

兄貴に呼ばれるまで睦月さん(と会長)の家の前で呆然としていたが、結局意味の分からんままうちに帰った。


※※


次の日、なんだか俺は有名人になっていた。

同じ1年生はともかく、2,3年の先輩までが

「よう、浦野弟」と声をかけてくる。昨日のイベントで名前が売れてしまったらしい。

まあ悪い気はしないな、などと軽く受け流していたが、これが昼休みにちょっとした、ホントに些細なトラブルを起こすことになってしまった。


 ウチの高校は学食に結構力を入れている。そこそこ広いし、安くて美味いので利用者も多い。俺も4時限目が終わると早速、定食ときつねうどんをかかえて空いてる席についた。

脂ののったホカホカの焼きサバを箸でほぐしながら大盛り飯を食っていると、後の列にいた、おそらく3年らしい4人組の話し声が耳に入った。

「いやー、昨日は抜けたわー」

「ばーか、飯のあとでする話じゃねぇだろ」

「けどよー、いまごろ弥生ちゃんは一生懸命剃ってるんだろーなとか思うとよ」

「ま、そいつはそそるよな」

「それに今日歩いてるのを見掛けるたびにさー、想像しちまう訳よ」

……ほんと、飯食うところでする話じゃねぇよな。とは思ってたが、言い出しっぺは俺だし複雑な気分だった。ただ、昨日の睦月さんのこともあるし、あんまり会長には聞かせたくない会話ではある。のに、そういうときに限って運悪く俺の2列前の席で肩をふるわせながらガタッと立ち上がったのが当の本人だったりする。

その様子に、さわがしかった学食が一瞬サッと静まる。会長と一緒にいた数人の女生徒がギッと俺の後ろの馬鹿集団をにらむ。

 4人組のうち3人はバツが悪そうに黙り込んだのだが、どうやら俺の真後ろにいた男だけは筋金入りのゲス野郎だったらしく

「よう、会長さん、ホントに剃ってきたのかなぁ、ちょっち見せ・・」


 あれ、なんでかな〜? 

俺は立ち上がり、右回りに振り向きざまこのゲス男のこめかみに裏拳を入れてしまってるぞ。その手をブンとそのまま振り切る。うぁ、人間って意外と簡単に吹っ飛ぶんだな。

 俺に殴られた男は椅子ごと列の間を上手に転がり、テーブルの端でふらふらと立ち上がって

「てめえ、痛えなコラ」とか下品な野郎にふさわしい台詞を吐いている。

「ああ? なんかイカ臭せぇからスルメかと思って伸しちまったけど先輩だったんすか」

「誰かと思ったら弟の方かよ、てめえ、俺がいつまでもおめえの兄貴にびびってると・・」


「うるさいですよ」

 唐突にスルメ男の後に現れて奴のエリをわし掴みにし、そのままグイと持ち上げたのは生徒会役員の眼鏡くんだった。

「みなさんお食事中です。なんなら外で私がお話をうかがいましょうか?」

あきらかに動揺するスルメ男、眼鏡くんが掴んでいた手を放すと捨て台詞も忘れてスゴスゴと学食から出て行った。

 それから眼鏡くんはまた俺を睨み付け、今度も指で(いま馬鹿男が出て行ったのとは)反対側の出口をチョイチョイと指した。

 そこにはちょうど走り去ろうとする葉月会長の後ろ姿があった。

俺? 行けっての? と眼鏡くんの真似をして指で合図すると、一度うなずいて目とアゴで「とっとと行け」と指令されてしまった。試しにさっきまで会長がいたテーブルを見ると、会長のクラスメートのおねーさん方も俺の目を見てうんうんとうなずいている。

なんかこの人たち大人だよなーとか思いながら、残された食事に未練を残しつつ会長を追った。


※※


今回は昨日と違って割と簡単に会長を追いかけることができた。ただ、なんて声をかければ良いか分からないのは昨日と同じだ。だから、会長が屋上の鉄柵にまるで布団みたいにしだれ掛かって深い溜息をつくまでは何も言えなかった。

「会長?」

「こんなのいつものことよ」

「はぁ、でもなんかすみません」

会長から少しだけ離れて、俺も鉄柵にもたれ掛かる。

「なーんでお姉ちゃんはこんなのの、いやあんなのが良いんだか」

ジトーっとした目で会長様は俺を見る。

「はぁ、むしろそれには同意します」

やっぱり、この人は兄貴のことが嫌いなのかな?

六月とはいえ梅雨にはまだ早い中途半端な季節だ。屋上を吹く山からの風は心地良く、真昼の太陽が雲の切れ間から顔を出すたびに強い熱が体を包む。まるで二人同じ布団の中にいるかのような錯覚を覚えながら会長を見ていると、いまさら俺の視線に気がついたのか少し照れたように視線を外して言った。

「去年の、あの人のチーム準優勝だったんだよね」

唐突だが何を言っているのかはすぐに分かった。ウチの部活、シンクロバイクにもいくつか大会があって、夏休みにある大きな大会で去年兄貴たちは決勝リーグまで行った。そこで富山のチームに負けて準優勝になってしまったんだ。

「聞いてますよ。富山のチームがウルトラDのギミックを決めたって。まだあれをやれるところってプロチームでもそうそうないんじゃないですか」

「そうね、私も予備知識があったから、あれを見たときは驚いたわよ」

「見たんですか?」

兄貴のことを嫌ってるんなら、どうしてこの人は兄貴の部活、シンクロバイクのことをよく知ってるんだろう。

「だって、お姉ちゃんたちが応援でチアやるとか言うから心配で見に行ったのよ。それにシンクロバイクのことは毎日のようにお姉ちゃんから聞かされてたし」

なるほど睦月さんらしいな。

「ねえ、ああいうのでも負けると悔しい?」

俺の目をまっすぐに見て会長が問いかけてきた。

今度は俺の方が思わず視線を外してしまう。

「そう、ですね。やっぱ悔しいですよ。その辺はスポーツですね。実力が足りなかったとか。練習が足りなかったとか。アイデアがチープだったとか。僅差じゃなく、相手がスゲーレベル高かったりすると余計悔しいですね」

なんか、饒舌ってかしゃべりすぎかな俺?

「そうよね。悔しいよね。泣いちゃうくらい」

「いや、別に泣きはしませんけど」

「お姉ちゃん」

「え?」

「……と、あの人」

「兄貴ですか?」

「うん」

何があったかは大体察しが付いた。ま、これ以上聞くのは野暮って言うものだ。

「今年は勝ってね、お姉ちゃんのために」

「Dギミックはウチじゃあまだ無理ですよ」

 去年、富山のチームが決めたウルトラDのギミックというのはバイク(自転車)の交換だった。この競技、チーム内で全く同じ自転車を使っているように見えるが、実はシート位置やハンドルの状態、ブレーキの遊びやタイヤのエア圧、果てはチェーンのバックラッシュまで全て各持ち主に合わせてカスタマイズされている。だから、例え同じチームのバイクでも違うメンバーが乗ると、ただブレーキをかけて直立停止することさえ難しい。

それを競技中にやってのけたのだ。

 それぞれの技単位なら兄貴のチームも負けていなかったが、そのウルトラDギミックの加点が大きく、かなりの差をつけられて負けた。

兄貴たちはその大会を最後に引退して受験に専念した。

俺はその時にはもう兄貴の影響でシンクロバイクをやっていて、その大会の録画を何度も見たが、実際やってみると他人のバイクではなかなか思うように技が出せなかった。それは同じチームのメンバーもいっしょだ。

実際やってみて分かってるので、ここであまりかっこいいことも言えない。

すると、まだアンニュイに鉄柵にしだれ掛かったままの会長が、ジト目で数秒間無言のまま俺を見て言った。

「あれはウルトラDじゃないよ。たぶん。簡単なトリックだと思う」

なんだって? いや、確かにバイクの交換はやってた。素早く二回入れ替わって元のバイクに戻ったんなら、いくら何でも分かりますって。

「そうじゃなくて、あのチームの前半にやってた技、どうだった?」

どうだったと聞かれて考えてみると、ウルトラDを決めてからの大技の数々に目が行って、さらにこれを他人のバイクでやってるってことが驚異的で、その分あまり前半の技は覚えていないけれど、たしか動きは派手だが難易度の低い、せいぜいAかBレベルだったような。

「じゃあ、そのAかBレベルの技なら他人のバイクで出来ない?」

……そうか! わかった。他人のバイクに移ったんじゃない。元々他人のバイクで出てきて途中で自分のバイクに戻っただけなんだ。なんでこんなことに気がつかなかったんだろう。そして、どうして会長はこんなことに気がついたんだろう。

「悔しかったのよ。お姉ちゃんが泣いてるのに何もできない自分が。だから一生懸命考えたの、勝てる方法を、それに」

「それに?」

「あなたのお兄さんがいってたの。技のレベルじゃあなたの方が上だって。来年はウチが優勝するって。だから夏の大会であの人が引退した後もシンクロバイク部を廃部にしないために私が生徒会長になったのよ」

なんと、そんないきさつがあったのか。いままで兄貴とすれ違いで俺たちが引き継いだからシンクロバイク部が存続してると思ってたけど、言われてみればそんなに都合よく行くわけ無いよな。

「お姉ちゃんもね」

「睦月さん?」

パッと会長の目がまたジト目になる。たぶん、「私のお姉ちゃんを馴れ馴れしく名前で呼ぶな」ってことだろう。

「お姉ちゃんが、としくんに希望を繋ぎなさいって言うんだもの」

会長の口から「としくん」と呼ばれると改めて来るものがある。落ち着け俺、そして俺の心臓、少し静まってくれ。

「だから」

あなたには期待しているのですよ。と昨日の睦月さんのようにかわいく言ってくれるのかと思っていたが

「負けたらほんとに毎日グラウンド整備させるからねっ」

やれやれですよ睦月さん。そこには居ない優しい姉候補様を思い浮かべながら、俺は懲りずに

「じゃあ勝ったら?」と言ってみた。言ってみたのだよ! 若者らしくっ。

 ……会長様はニーっと作り笑顔を浮かべると、ドスッと俺の脇腹に蹴りをたたき込み、そのまま崩れ落ちる俺を尻目にさっさと教室に帰って行かれた。


 俺が痛む脇腹を押さえながら教室に戻ると、なぜか机の上にラップのかかった食器とメモが置いてあった。メモには

「スルメ君とは話が付いた。今後君にちょっかいを出すことはないだろう。ただし、食堂のおばちゃんとの交渉は決裂した。こんなにたくさん残すことは認めないそうだ。ちゃんと食って食器は食堂に返しに行くこと」

と書かれていた。

 隣の席の奴が気を利かせて教えてくれたが、あのあと眼鏡くんと3年の女生徒がこれを運んできたらしい。

 ……厳しいっすよ先輩方、冷めた焼き魚定食とのびきったきつねうどんを、残りの休み時間三分でどうにか胃に押し込み、食堂まで食器を返しに行く途中でチャイムが鳴ってしまった。


※※


 その日はいつもより帰りが遅くなってしまった。

放課後、会長の話をメンバーに伝えてから、去年の録画をもう一度見直してみた。

なるほど、タネさえ分かってしまえばそれほどこのチームが超越しているとは思えない。勝ち目が見つかると練習にも熱が入る。何しろ優勝しないとホントに「草むしり同好会」に格下げされる可能性もあるが、それはメンバーには伝えていない。

 そんなこんなで家に着いたのは午後8時を少しまわった頃だった。

 あ、また睦月さんが来てくれてる。

玄関の靴をみてちょっと心が躍る。

「ただいまー」

「としくん、おかえり〜」

だめだ、顔がニヤけてしまう。この人の幸せオーラには為すすべがない。


 晩飯の後、兄貴が風呂に入ってる間に俺は自分の部屋に簡易ベッドを運ばされることになった。つまり、睦月さんがお泊まり、両親の部屋に母親と睦月さん、はみ出した親父は兄貴の部屋、親父はいびきがうるさいので兄貴は俺の部屋に待避、というわけで兄貴用のベッドを俺が運ぶということだ。

 俺がいそいそとベッドを組み立てていると、睦月さんがやってきた。

「としくん、ちょっといいかな?」

「もちろんですとも」

睦月さんは後ろ手に何か隠しながら部屋に入ってくる。

そしてとても上機嫌で

「またまた弥生ちゃんから聞いたよ。夏の大会がんばってね」

「睦月さん、耳が早いです。でも会長のおかげで勝算が見えてきました」

「ふふっ、頼ーのもしーいなっ!」

ぴょこんと跳ねる睦月さんがかわいすぎて鼻血が出そうになる。

「そして、そんな頼もしいとしくんにプレゼントなのです」

そういうと睦月さんはやっと後ろ手に隠していたものを、俺に差し出してくれた。

「お守り袋、ですか?」

「そうだよ、ケガをしませんようにってお守りだよ」

「へぇ、どこの神社のですか」

お守り袋には神社の名前は入っておらず、おもてには睦月さんらしくかわいらしい文字で「無病息災」、うらに「やよい&むつき」と書いてあった。どうやら睦月さんが自作してくれたらしい。長いヒモで首から提げられるようになっている。

「私たち姉妹のオリジナルだよっ」

「はい、どこの神社よりもご利益がありそうです」

「そうだよ。絶対」

ひとつ気になったのは、やたらと封が厳重で四方とも二重にミシンで縫ってあり、布もデニムのように頑丈で中に何が入っているのか分からないようにしてあることだった。

「あの、睦月さん? これって何が入ってるんですか」

「お守りだよ、ケガをしないように」

「はい」

「それ以上は聞いちゃダメなんだよ」

「そうですか、睦月さんがダメというなら絶対に聞きません」

俺は大げさに口と耳を押さえるフリをする。

睦月さんは「よろしい」と満足げにうなずくと

「そこまで言うならヒントをあげましょう」

 ……睦月さん? 実は言いたいんじゃないですか、この中身

「小説版の機動戦士ガンダムを読んでください。08小隊とかじゃなくオリジナルの方ねっ」

というと

「じゃあ、おやすみなさーい」とだけ言い残して去って行った。


睦月さんと入れ違いに兄貴が

「おう、風呂が空いたぜ」と言いながら入ってきた。

「ああ、じゃあ俺入ってくる」

部屋から出ようとした俺の背中に、兄貴が蹴りを入れてきた。

「なんだよ」

兄貴は振り向きもせず、ただ

「ま、夏の大会、がんばってくれや」とだけ言った。

俺は振り返って、とりあえず兄貴の背中にも蹴りを一発返してから

「まかせとけ、草むしり同好会に格下げなんて嫌なこった」

フンと鼻で笑って、兄貴はベッドに潜り込んだ。

「あ、そうだバカ兄貴」

「なんだよ」

「小説版のガンダムってあったっけ? オリジナルの方の」

「ああ、確か俺の部屋に戻ってると思う」

「貸してくれよ」

「かまわんよ。勝手に探して持って行ってくれ」

まあ、あさっての日曜日にでも読んでみることにしよう。


※※


 あけて土曜日、学校は休みだが昨日の感覚を忘れないうちに練習がしたくて、俺たちのチームは休日練習をすることになっていた。

もちろん昨日のうちに学校の許可は取り付けてある。

 平日と同じ時間に目を覚まし、居間に降りると母親と睦月さんがなにやら作っている。朝食かなと思ってのぞき込むと睦月さんが俺に気付いて、

「としくん、おはよー」と声をかけてくれた。

「今日も練習なんでしょ、お弁当作ってるから持って行ってね」

ああ、女神様、ぜったい勝ちますとも、それにしても量多くないですか?

「みんなの分も作ってるんだよ。今日は学食やってないでしょ?」


 大型の樹脂容器3つに、それぞれおにぎりとおかずがたっぷり詰め込まれた弁当を持って勇んで学校に行くと、いつもの練習場所にはすでに他のメンバーと、会長様がいらっしゃった。

それもきっちり学校指定の体操服に身を包み、頭には自転車用のヘルメット、手にはこれまたどこから持ってきたのか竹刀まで持って、武蔵坊弁慶のようにフンと力強く胸をはって、遅れてきた俺をにらんでいらっしゃる。

「遅っそーい、気合いが足りない! 校庭十周してこーい」

とかいっている。

どうにも弁当の量が多いと思ったら、会長の分までちゃんと入ってるんですね睦月さん。

「会長、睦月さんからの差し入れです」

最終兵器を最初に使うのもなんだが、とりあえず差し出してみた。

「よし、みんなお昼にしましょう」

この人もなんだかな。ま、それはそれで睦月さんの弁当を抱きしめておとなしくなった会長を置いて、俺たちは練習を始めた。


※※


 黙々と重ねる練習の日々、それは夏休みに入っても変わることなく、ついに今日、夏季大会を迎える。


オープニングセレモニーとして、プロのチームが招待され雅楽をアレンジした曲に乗って羽織・袴でシンクロバイクをやってるのを控え室のモニタで見ていると、プロとアマの歴然としたレベルの差を感じずにはいられなかったが、俺たちは俺たちのやることをやれば良い。そう気合いを入れてフィールドの待機位置に出て行った。

 八月の太陽が容赦なく照りつけ、フィールドの温度はとっくに三十度を超えている。

観客席には屋根が有り、またミストノズル(冷却用霧吹き機)も設置されているため、熱中症の危険は低いが、フィールドはそうもいかない。

 まず優先されるのはバイクとステージのコンディションだ。霧吹きの水分でもブレーキの効きやタイヤのグリップに大きな影響が出る。

だから、そういった冷房の類いは全くない。

 本来、屋内競技であるこのシンクロバイクも、今回のように大きな大会だと、そのキャパに応じた会場が探しにくくなる。

ウイリーやジャックナイフ、三百六十度ターンなどの基本技が中心だった初期の頃と比べ、空中技が増えてくると、「床がいたむ」ということで有名な屋内競技場が貸し渋りだした。

 もちろん、そんなのはしっかりとした養生(床にキズ止めの鉄板や木板を敷くこと)でどうにでもなることだったが、どうにも本音は別にあったらしい。

 というのもこの競技、見た目が派手で元々迷惑な連中の遊びから生まれたってことは否定できない。だから大会を見に来る連中も、スポーツとして真面目に取り組んでる奴らばかりとは限らない。

 昔からやってた連中に聞いた話なので、極端な事しか知らないが、大会が始まった頃は酷かったらしい。

 無様に改造したワンボックスカーにこれでもかとスピーカを積み込み、会場アナウンスもかき消されるほどの轟音で音楽をかける奴ら、会場の外の道路で勝手にパフォーマンスを始める連中、中に入ったら入ったでそこいらにツバを吐く、火の着いた吸い殻を床に投げ捨てる、自販機を壊す、壁に落書きをする、そしてすぐにケンカを始める。全く、昭和の時代の悪しき伝統だけがそこに残されたって感じだったそうだ。

 そして、それよりもタチが悪かったのはマスコミの連中だ。

これが野球やサッカーみたいなメジャーなスポーツならば各放送局が莫大な資金を投入し、お互い牽制し合って、数百枚もの契約書に基づいて取材や記録をするのだが、こちらはテレビじゃまだまだ昼のニュースで1分程度報じられるのが関の山だった。

ただし、それは倫理チェックの厳しいテレビメディアだけのことで、エクストリーム(過激)な映像が求められるネットメディアでは有象無象のプロアマ問わずな取材屋が報道の権利を盾に好き勝手をやっていた。天井カメラを設置するために、競技の最中に天井の柱によじ登ったり、採点中の審判員のチェックリストを盗んだり、一番有名なのは機材の電源をとるために、勝手に施設の配電盤をいじってボヤを起こし、電気設備を当日再起不能にした連中までいたらしい。

 それだけ聞いていると、屋外とはいえまだ大会が開催できるのは奇跡的だ。

もちろん運営委員の努力もあったと思うが、この競技が存続している一番の理由は、数年前アメリカの大手IT企業がプロモーターとして、この競技を取り仕切るようになったからだろう。彼らは治外法権を最大限に利用し、それまで警備員といえば、サラリーマンを引退したやる気のない爺さん連中ばかりだったのを、レスラーかフットボール選手みたいなガタイのいい連中や、やたら目つきの怖い本職(なんの本職かは聞きたくないが)の連中に入れ替えた。

 彼らの活躍でシンクロバイクはスポーツとしての位置を確立し、子供でも安心して観戦できる雰囲気になり今に至っている。


 さて、照りつける太陽を手のひらで遮り観客席を見回すと、そこらここらの最前列に各高校のチアリーディング部の女の子たちが、やたらと涼しげな、というか布地少なっ! なユニフォームで応援合戦を繰り広げている。

 しかしその中で、なにやら一カ所だけえらく恥ずかしそーにうつむいたまま、顔をポンポンで交互に隠しながら応援している女の子と、その子をムズムズした苦笑いで横目に見ながら動きを合わせるメンバーのチアがあった。もちろん、言わずと知れた

……会長、また何やってんですか。

 近づかなくとも分かるんだが、とりあえず知らんふりもできないため観客席のすぐそばに行ってみた。

「やっほ〜っ、としくんガンバー」

ポンポンで顔を隠している会長よりも、そのすぐ近くで兄貴といっしょに座っていた睦月さんが先に気がついて声をかけてきた。

「こんにちは睦月さん、応援にきてくれたんですか」

「だよっ! お弁当も作ってきたから後でみんなで食べようね」

ホントこの人かわいいな。

 チラリと会長の方を見ると、周りにいるのはいつぞや学食にいた会長のクラスメートさんたち。彼女らは俺を見てそろってニマッと笑うと、すっと会長に目を移す。

会長はポンポンの隙間から俺の視線に気がつくと、顔を真っ赤にしてスカートの端を押さえてしゃがみ込んでしまった。

「あの〜っ、会長? その位置からだと、しゃがんだ方がパンツ丸見えなんですけど」

バッと我に返って立ち上がると、今度は耳まで真っ赤にして涙目になり、両手に持っていたポンポンを立て続けに俺に投げつけてきた。笑いながらそれをキャッチし、軽く投げ返しながら俺は宣言した。

「勝ちますよ、絶対」

受け取った会長はただ「うん」とだけ応えた。


※※


 ステージは去年優勝した富山の高校が先だった。

会長の読みどおり、初めのうちはレベルAかBの技の組み立てで、見せ場の空中技に絡ませて2回に分けてバイクの交換が行われた。

 そして、今年はそれだけじゃない。Bレベルの技を一回入れた後、すぐに今度はそれぞれが別のバイクに交換した。合計二回のウルトラDギミックに会場が沸いた。そしてそこから繰り出されるCレベルの技・技・技、まさに圧巻、ゲスト審査員として呼ばれている有名プロも、ホォって感じでニヤリとしている。フィニッシュまでを完璧に決め、今年の優勝もこのチームで決まりだと誰もが拍手喝采を送る中、俺たちは入場ゲートへと向かった。


 「いくぜっ」 「応」

かけ声とともに、各自自分のバイクで決められたポジションに着く。タネが分かったとはいえ他人の手品を真似する気はない。あくまで正攻法で、俺たちなりのウルトラDギミックを決める。

 今回俺たちの選んだ曲は、ずいぶん古い曲のカバー曲だ。

一九七〇年にブラックサバスがリリースした「パラノイド」、これを一九九七年にメガデスがカバーしたバージョンだ。

 最初はチーム5人が外向きに放射線状に列び、ジャックナイフからフレームだけを九十度ターン。

いったん隣のバイクの前輪に、自分の後輪を乗せてから、その弾みを利用して今度は外側にもう九十度ターンを加える。

 その状態で、全員が円の内側を向いていることになる。五人のメンバーのウチ、俺以外の四人が円の中心で前輪を合わせ、そのままウイリーで円の半径を縮める。

 四人がウイリーを解き、前輪の位置がわずかに下がった瞬間、俺はその先端めがけて前輪を持ち上げジャンプ、前輪が掛かったところで四人は後輪をブレーキロックして俺とバイクの重量を支える。

俺はフレームと体を思い切りねじり上げ、半回転ひねりで四人の前輪の上にジャックナイフで倒立、そのままフレームだけを三百六十度ターンさせて、前輪のバネを使ってちょこんと跳び、今度は四人の前輪の上にウイリーの状態で立った。

 そこから縦前方回転を加えてステージに飛び降り、他の四人もすぐさまブレーキを解いて山を崩し、一台ずつ俺の後ろに続いて、五人で円を描いて回り、ひとりずつ決まった位置でトビウオのようにジャンプしては空中でカウンターを切った。

 これが俺たちのウルトラD、これまで他のメンバーの上を飛び越えるというギミックは数多くやられてきたが、スロースピードで他のバイクの上に乗ってギミックを加えたのは今回が初めてだろう。

 会場のギャラリーも何が起こっているのか半ば自分の目が信じられず、ウルトラDの間は沈黙していたが、トビウオジャンプのところまできてやっと我に返り、全員立ち上がって熱狂している。

 ただし、俺たちはここで終わらない。最後にもう一つとっておきがある。

そして、いくつかの基本技と空中技を曲に合わせて組み合わせたあと、ついに後半最後の見せ場となった。

 まず、円運動から突然テールを滑らせて円の中心に五台の後輪を合わせる。

そこから息を合わせて、一気に後輪を持ち上げると同時にジャックナイフでペンタゴンタワー(五角錐)を作る。五台のウチ、俺の一台がタワーを離れ、フレームだけの百八十度ターンでピラミッド(四角錐)となった仲間の塔に向き直る。

 一息、気合いを入れ直す。こいつが全ての正念場だ。俺に近い方の二人と目でタイミングを計る。反対側の二人も必死の形相で前輪ブレーキをロックしてピラミッドを支えている。よし。

俺はジャックナイフを解き、後輪の落下速度から前輪のバネが得た力を、できるだけ全部後輪のバネに移すよう体重をかける。そして前後のタイヤが地面に着地する瞬間、猛然とペダルを踏みつけピラミッドに突進、バネにため込んだ全ての力と自分のジャンプ力でバイクを持ち上げ、頂上に向かって飛び上がった。

 わかっている。どんなにジャンプしても、ジャンプ台無しじゃ自分の後輪を自転車一台分の高さまで持ち上げるのは不可能だ。

「だが、こいつが俺たちの仕掛けだ」

 俺がジャンプした瞬間、手前の二人が俺の側の手を放し、飛び上がった俺の後輪のペグ(足載せ用の棒)を掴んで自転車ごと俺を持ち上げた。

通常なら右手を放した方は前輪のロックが解かれるため、ピラミッドは崩れてしまう。

そこで彼だけは塔を作る瞬間にハンドルを百八十度回転し、左右逆のブレーキ位置にしていたのだ。BMXというバイクならではの使い方だ。

 俺が頂上に達したのを確認して、その二人もピラミッドの維持に体制を立て直した。

俺はピラミッドの頂点で高く、高く両手を挙げ、そしてまたハンドルをしっかり掴み直すと、今度は後方に高く飛び上がり一回転してから着地した。同時にピラミッドは崩れ、五人は絶妙な間隔で客席に向かって横一列に整列して一礼したのち、一台おきにジャックナイフとウイリーで百八十度ターンをし退場門に向かった。

 今度も、いや、今度こそ観客はあっけにとられ、最後に俺が退場門から出て行ったあと、たっぷり十秒もかかってから今のギミックを理解して、それからやっと会場が割れるような歓声が響き渡った


 俺たちは、俺たちにできる最高の事をやった。ただそれだけだ。

だけど勝ちたい。

なんのため? 会長? 兄貴? 睦月さん? いや、たぶんそうじゃない。

きっかけは色々あった。そしてみんなに助けてもらった。

だけど、最終的には俺自身の欲求だ。俺が勝ちたいと思ってる。


 昼前に全出場チームの演技が終わり、十二時を少し過ぎていたがそのまま結果発表となった。

上位五校が五位から順に電光掲示板に表示される。ウチと富山はまだ出てこない。

そして、一位と二位が同時に表示された瞬間、うかつにも俺は一歩出遅れてしまった。

「優勝、双葉高校シンクロバイク部」

「よっしゃぁ」 「やったー」とチームのメンバーやチアのおねーさんたちが歓声を上げる中、おれは呆然と立ち尽くし・・いきなりガバッと押しつけられた柔らかいものに、しばらくそれが何かさえ分からないでいると、耳元で「やった、やったよー」という涙混じりの聞き覚えのある声に顔を上げて、はじめてそれが会長の胸だったことに気がついた。

それでもまだ俺は実感が湧いてこず、ただ会長の髪越しに電光掲示板をボーッと眺めていた。

ただ、会長が涙まみれのほっぺたを俺の顔に押しつけるものだから、

「なんかいーにおいがするなー、やっぱ睦月さんの妹だけのことはあるなー」

とか思いながら、自然と腰に手を回して彼女を抱きしめてしまっていた。

そして、至近距離から俺と会長の抱擁をカメラに収める睦月さんのシャッター音で、ふと我に返ると、ステージの上ではゲスト審査員のプロ選手がプレゼンテータも兼ねており、今回の寸評を次々と報告していた。

「えっと、それから準優勝の富山ホタルイカ高校。なかなか全体のレベルが高い、技の完成度が卓越してる。それだけ見れば優勝でもおかしくはない。だけどな、トリッキーな技は評価の対象になるが、単なるトリックが通じるのは一回だけだぜ。何度もやったら、逆にマイナスだ」

 やれやれ、会長に分かることがプロに分からないわけはないか。と、富山の方を見るとやはり向こうも「やれやれ」と言う顔をしてこちらを向いてニヤリとした。

 つづいて、寸評はウチに移った

「最後に優勝した双葉高校、よく練習したな。上出来だ。今回は文句なしだわ。特に最後のは俺もおっ立っちまったぜ」

 ……をい。またこの競技のモラル、というか世間の評価が下がるだろう。

「ま、見せつけられるだけってのも性に合わないんで、よかったら俺たちのプレイも見て帰ってくれよ。なに、絶対損はさせないって」

 たしかに、本来なら午後からプロ選手のエキシビジョンがあって、そのあと結果発表、閉会式だったが、プロモータの粋な計らいって奴で先に結果発表となった。でも、あの人エキシビジョンに出る予定だっけ?

 案の定、審判員席に戻ったプロ選手に運営員が駆け寄って

「こまりますよ、勝手に」とか言ってるようだが、本人はなーんにも聞いてないそぶりで観客席にいる自分の仲間に携帯で連絡を取っている。


 夏の日差しは昼から特に強くなり、フィールドの端とはいえ、会長と抱き合ってるのも少々ツラくなってきた。なんというか、さっきは気がつかなかったが、会長の汗の匂いがなんかもうクラクラするくらいあれだ。

 うん。きっとこれは熱中症で俺の良心回路がおかしくなっているんだ。

どこかで爆発音でもすればプロフェッサー・ギルの笛の音は止んで、変身のチャンスはあるはずだ。

「あの、会長?」

たぶんこの人の性格だと、勢いで抱きついたものの恥ずかしくて離れられなくなってるんだろうな。と、思っておそるおそる顔を見ると

「きゅーっ」

いかん、のびてらっしゃる。あわてて日陰のベンチまで抱きかかえて移動し、睦月さんやクラスメートの介抱で目を覚ましたが、結局恥ずかしがって昼ご飯の最中も目を合わせてくれなかった。


 昼ご飯が終わって、人心地ついたあとで表彰式が始まった。

富山の連中や、三位の連中とも少しは話ができた。

まったく、午前中の緊張感が嘘みたいだ。

やはりこの競技大会の進行は気が利いている。

 表彰台の段上で金メダルを掛けてもらったとき、ふと思い出して首から提げていた例のお守りをユニフォームの下から引っ張り出し、メダルと並べて顔の横に持ち上げてみた。

とたんに観客席で睦月さんがはしゃぎ出したのがよく見える。

 会長はその隣で、睦月さんの様子を不思議そうに見ていたが、コソコソと二人で耳打ちしていたかと思うと、また真っ赤になって立ち上がり、必死の形相で何か俺に伝えようと腕をバタバタさせている。

 そういえば、この中身ってなんだったんだろ。結局あの後、兄貴の部屋のガンダムの小説は見つからずじまいだったので、いまだに睦月さんの言ってた意味が分からんのだが?


 午後のエキシビジョン、あのプロ選手は「見て損はさせない」とか言っていたが、まったく食えないオッサンだった。結局自分のチームをスタンバイし、本来出場予定のチームまで巻き込んで十二人編成というとんでもない即興プロジェクトを組んでステージに現れた。

 そこで繰り広げられたのは数々のウルトラCやDクラスのギミック、それも一糸乱れぬとはこのことだろう。即興どころかずっと長い間いっしょにやってきた仲間でも、俺たちではああはいかない。

 特に魅せるために空中技を連発しているのに一つ一つが職人の手捌きのように正確で危なげがない。

 もちろんプロのエキシビジョンなのでジャンプ台や立体階段、大型のトランポリンなども用意されているが、それは足りないものを補うためではなく、さらに技の難易度を上げるために使われている。

 そして、あのオッサンが大外をグルリと回って一番前に出てきたとき、ちらっと俺たち出場選手を見た、ような気がした。かと思うと、オッサンたちはとんでもないことをやってのけた。

 中央付近に向かい合わせで置かれたジャンプ台を使って、左右から同時に一台ずつステージ中央の高い位置でクロス、その瞬間お互いのバイクを交換し、体をひねって着地。

それが、同じチームのバイクではなく、お互い別のチームのバイクに乗り替わっている。

そして次々と同じように全員が互いのチームのバイクに乗り換え、一団はそのまま何事も無かったかのようにウルトラDの技を連発している。

 富山の高校チームを見ると、全員が魚河岸に並べられた寒ブリのような顔で唖然としているのがわかる。

 さらに、今度は乗り換えた他人のバイクのままラストの大技に挑むらしい。

まずは六台がステージ中央で前輪を寄せ合い、そのままウイリーで六角柱を作る。

その前輪の間々のペグ上に、今度は左右からトランポリンを使って軽業師のように交互に一台ずつ、五台のバイクがジャックナイフで突き刺さっていく。おいおい、こんなのウルトラDどころじゃないだろ? しかし、本当の極めつけはその後だった。

 最後に一人残ったあのオッサンが今度はトランポリンもジャンプ台も使わずに、いきなり正面側の上段が一台分空いている位置で、ウイリーのまま取り付いた。それを俺の時と同じように、両端の選手のサポートで一段上がると、今度はオッサンが足でハンドルをホールドしたまま両手を上段の二人に差し出す。上段の二人はオッサンの手を取り、一瞬呼吸を合わせたかと思うとホイッと大振りにバイクごとオッサンを最上段まで放り上げた。物理現象的におかしいような気もしたが、事実オッサンは猫のように背を丸めてその最上段に着地した。

それもつかの間、今度は立ち上がり、そのウイリー状態から背中をぴんと伸ばし方と思うと、そのまま背面にのけぞる形で、頂上から後ろ向きに真っ逆さまに墜落した。かと思ったが、あの野郎、エビぞりになって俺と目が合った瞬間、たしかにニヤッと笑いやがった。そして空中で縦横に体をひねり、正確にトランポリンの中央に着地し、今度はその反動でもう一度塔のてっぺんを通過して、反対側のトランポリンで一度跳ね上がったあと、塔の前面に着地した。そして、その瞬間、塔の上段の五人は同時に俺がやったのと同じように後方回転で地面に着地、その後下段の6人がウイリーを解いて全員がVの字に整列、まるで英国執事のように大仰にお辞儀をして幕を閉じた。


……あいつらマジでA・H・Oだ! アホと書いてA・H・O

 A あいつら

 H ほんとに

 O おとなげない だ!

 高校生のピュアなハートをへし折ってそんなに楽しいのか?

ああ、やってやるよ。来年はあんたらでも真似できないようなギミックをバシバシ決めてやる。なあ、みんな!

 と、まわりを見回すと、ウチのチームも富山のチームも、そして他の高校チームまでもが、まるで手足を輪ゴムで縛られたマツバガニのように、「お手上げー」な状態で遠い目をしていた。


※※


 さて、そんな多少納得のいかないままの夏休みも終わり、今日から新学期ってことで、部活に勉強に頑張ろー、とか自分にエールを送りつつ、今日は始業式だけだから午後から練習できるなーとか思っていると、なにやら廊下が騒がしい事に気がついた。

 最近、自分が予知能力者になった気がする。大体この後なにが起こるか分かってきた。

きっとこの騒ぎの原因は会長だ。と、思う間もなく、教室の後のドアが勢いよく開けられ、予想どおり会長様がやってきた。

「浦野寿明くん! いる?」

「おーい、浦野、嫁さんが来てるぞ」

ドア近くの野郎が当たり前のようにそんな戯れ言をいいやがる。あれ? 夏休み前はこういう雰囲気じゃなかった気もするが?

「なんでしょう、葉月会長」

真面目に応えた俺のセリフの方が、どうやら教室でウケたらしい。

何人かが一斉に噴き出して、中にはよっぽどツボだったらしく、うつ伏せて肩をふるわせながら机をドンドンと叩く奴もいる。

ナンダ、コレハ?

 葉月弥生会長は、俺の方に近づくといきなり雑誌の表紙を差し出して聞いた。

「こっ、これはどういうこと?」

何だろう? 表紙の大半は会長の手に隠れて見えないが、タイトルだけは見慣れているのですぐに分かった。シンクロバイクを含むエクストリームゲームの専門誌の最大手「月刊 えっくすゲーム」だ。そういえば昨日発売だっけ。買い忘れてたわ。

「エックスゲームですね。今月号ですか?」

会長はなにも応えず、そろそろお約束になった真っ赤な顔で、口を一文字に結んだまま、突然雑誌を振り上げたかと思うと、俺の頭に三回ほどポカポカポカと打ち付けた。

別に薄い本だから痛くも何ともないが、

「はいはい、だから何ですか?」と会長から雑誌を取り上げ、表紙を見てびっくり、そのままタップリ十五秒は思考が停止した。

 「夏季高校シンクロバイク大会、優勝 双葉高校」

の、大見出し、うん、それは良い。事実だし別に隠すことじゃない。しかし、問題は表紙いっぱいに使われている写真が、ぼーぜんと電光掲示板を見つめる俺・・と、その俺に泣きながら抱きついている会長の横顔の超アップ。

 いや、普通こういうのって表彰台でバンザイしてるチーム全体の写真とか使いません? 雑誌社さん。それにこんなのどうやって撮ったんですか。と、そこまで考えて気がついた。

 俺は落ち着いている風を装いながら、ポケットから携帯を取りだし、アドレスから一人を選んで電話を掛けた。

「あ、もしもし、おれだけど。近くに睦月さんいるかな」

電話に出た兄貴はすぐに睦月さんに代わってくれた。

「やっほー、としくんおひさー」

「あ、睦月さん三日ぶりですね、ところで今、俺の手元に月刊エックスゲームという雑誌があるのですが、これに関して睦月さんがご存じなことを教えていただきたいのですが」

「あー見てくれたー。よく撮れてるでしょう、雑誌社さんも褒めてくれたよー」

「なるほど、わかりました。ほとんど全てが」

「でしょー。だからとしくんには期待している訳なのですよ」

「これ以上、なにが睦月さんの期待に添えますでしょうか」

「だ・か・らっ、弥生ちゃんのことよろしくねっ」

睦月さん、妹(会長)のことだとホント手段を選ばないな、

仕方が無い、この人のノリを上回るにはちょっとした荒治療も必要だ。

「それではご要望にお応えいたしますので、そのまま電話を切らずにお待ちください」

そう言って俺は電話を少し顔から話し、それでも声を拾える程度の位置に持ったまま、スイと立ち上がり、正面で俺の様子を耳まで真っ赤にし、ぷるぷる震えながら見ていた会長を身長差の分だけ上から見つめて、

「弥生さん」

はじめて名前で呼ばれた会長はビクッとしながらも俺の目を見てくれた。

「俺の嫁になってください」

よっし、言ってやった。どうだ、クラスはドン引き、このあと会長のパンチが俺の顔面をとらえてエンディングだ。さあ来い。どーんと来い……ってあれ?

 会長様はいったんうつむいたが、すぐに真っ直ぐ俺の目を見返して

「はい」とだけ短く、しかし、しっかりと俺に応えた。


 あれ? あれーっ? 続いて湧き起こるクラスのざわめきと、ヒューヒューとはやし立てる歓声、みんな手に手にエックスゲームの最新刊を持っていやがる。

 しまった、知らぬは本人ばかりなりってか。いつの間にか、後ろのドアのところには会長のクラスメートのおねーさん方までやってきて、俺に向かって親指を立てて「グッジョブ」とか言ってる。そのうしろには生徒会役員の眼鏡くんまで居て、ハーっと溜息をついたあと俺の目を見て満足げにニヤッと笑うと、そのまま自分の教室に帰っていった。

 どうするんだよこの状況。どうする俺? そうだ

「もしもし、睦月さん、状況が想像したのと違います。どうしましょう」

「ふふふっ、としくん、やっぱりおねえさんの目に狂いはなかったよん。待っててあげるから結婚式は一緒にしようね」

 気がつくと会長は恥ずかしそうに俺の制服の袖口をギュッと掴んでいる。

「ねぇーっ、としくん、としくん」

電話の向こうで睦月さんが呼んでいる。

「はい、なんでしょう?」

「としくんは今、幸せ?」

……なんて応えるかはとっくに決めていたが、たっぷり三秒、もったいをつけてから

「もちろんですよ!」

そう答えて携帯を切り、そのまま会長を抱きしめた。


    〜 だってバツ(X)ゲームですよ 完 〜

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