絶対こうふく異界令嬢
ついにこの地の異界令嬢が召喚された。
艶やかで美しい黒髪に黒曜石のように輝く瞳。白く透き通る肌。楚々とした雰囲気のあどけなくも愛らしい、ほっそりとした体つきの将来有望なお嬢さんだ。
「セイフク」と伝承に聞く、奇妙な衣服。それにしても異様に丈の短いスカートだ。スラリと形の良い脚が秘される事なく丸出しなのが、他人事ながらハラハラしてしまう。これは彼だけが見られるもの。直ぐに訂正させよう。
とにかく清らかで、清純な雰囲気を纏う少女だ。
いきなり見知らぬ場所に喚び付けられたからか、不安そうな表情だ。
「あの、ここは何処ですか? 私、急いでるんです。早く家に帰りたいの。元の場所に帰して下さい」
ああ、可哀想に。
返還なんて有り得ない。
そんな技術はこの世界にはない。
渇望されて、彼女は喚ばれた。
帰還の為の技術なんて開発する気狂いなぞ皆無だろう。この世にそんな無駄に割くリソースはない。
技術は必要な方向性にしか発展しない。
より良く喚ばれる様に進化し、より良い状態で喚ばれる様に技術は発展していった。
彼女は帰れない。
徹底的にこの地に根付かさせられる。
ずぶずぶに、離れられない様にさせられる。
召喚の魔法陣をくぐったのだから、その身体は改良済みだ。我々の悲願にとって最適な状態にさせられている。
自分がこれから徹底的に愛されて、どう足掻こうとも幸福にさせられてしまうだなんて、思いつきもしないであろう無垢な表情だ。
「私、早く家に帰って彼氏と電話する約束なんです。私、今日、誕生日なの。彼の部活が休みで、でも遠恋だから逢えなくて。だから電話でおめでとうって言ってくれるって。だから早く帰りたいの。どうかお願いします、私を早く元の場所に帰して……!」
私達には分からない事を、一生懸命に訴えている。
絶対に叶えてあげられれない懇願。
悲哀を纏った訴える声。
可哀想に。恋人が居るのね。
でも喚べたという事は淡い清らかな関係だったと言う事。
どんなに想い合っていても、もう手遅れ。
それは改良済みの、取り返しの付かない身体なの。
哀れみの様な感情が浮ぶ。
けれど。
私は、何も知らない彼女がぐちゃぐちゃに犯され、それまでの思考や認識を徹底的に壊され、召喚者に愛される行為に溺れさせられ、その果てに自分は幸福であると誤認し、喜んで娶られる恋情を抱かせるのに快適な環境を提供する為に用意された、側仕えである。
メイドのような役割を主に、この地の知識や常識の提供、懐柔、思考誘導の為の飴役も兼ねている。
それなりの知識と教養、逃亡阻止の為の最低限の拘束魔法を行使できる事が絶対条件なので、そこそこの貴族の家の出である事が求められる。唯のメイドでは足りぬのだ。
故に相応の畏敬と共に、私は巫女殿と呼ばれる。
名は捨てた。
なにせ私が仕える事となる異界令嬢は、これからこの地の大地母神にさせられるのだから。
巫女が仕えるは女神。常識だ。
不安そうにふるふる震える異界令嬢の前に進むは召喚者。
「夜蛍ホノカ……」
「! 何で私の名前を?!」
「俺が召喚したのだ。当然だろう」
召喚者たる彼はクルム・ガーランド。
この地の創成を望む者である。
この世界の創造神は多分、怠け者だった。
世界は創った。
ヒト、動植物、大地や海、それらを適当に創った。
そうして飽きたと言わんばかりに何処かへ消えた。
世界は直ぐに不毛へと変じていった。
神からの何らかの加護がないと、世界は端から荒れ果てていく。太古の人間はまず、それを思い知らされた。
人類存続を賭けた死に物狂いの試行錯誤の果てが、異界令嬢の女神化だ。
初めは偶然だった。
異界のお嬢さんがこの世界に偶発的に喚ばれた。
彼女には才能があった。
一地方を豊かに維持する何か、女神じみた加護の様なチカラがあった。
しかしそのチカラの発動源たる魔力は、一切なかった。
どうやら異界のお嬢さん達は皆、そうらしい。
大地に豊穣をもたらす、魔法の様な奇蹟の様なチカラを、召喚された女性は一人残らず持っている。
もしかしたらあの世界の女性には全員、この世界の地にて豊穣の女神になるだけの才があるのかも知れない。
けれど、あの世界には魔力が一切無いらしい。
だからその豊かな才能は、この世界の魔力を持つ男性に愛されないと発揮できないのだ。
すべては偶然だった。
その地の指導者、あるいはまとめ役の様な立ち位置の男と異界のお嬢さんが恋仲になって、結ばれた。
男の魔力が、お嬢さんの胎内に注がれた。
それが、加護の発動となった。
赤茶けてひび割れた大地に豊かな緑が芽吹き、大量の作物が収穫できる様になった。たっぷりと健やかに木々が育ち、美しい湖たたえし豊穣もたらす森林となった。
その地に在った者達は皆、直感的に理解できたという。
お嬢さんの加護が、大地に満ちたお陰だと。
男には魔力が豊富にあった。
お嬢さんには加護の才能はあれど、魔力は無かった。
お嬢さんは男に魔力を注がれて初めて、大地に女神じみた豊穣をもたらせられるのだ。
それを悟った人々は狂喜し、彼らを褥に縫い止めさせた。
愛し合う以外の事をさせまいとした。
豊かな大地の維持の為に。
その結果、お嬢さんは男の魔力に対し依存症めいた状態になり、男に愛されるのを異様に求め、男もまたお嬢さんを狂った様に愛したという。
彼らは10代後半の若さと性欲を保ったまま、300年も生きたと記録されている。
伴侶の男は普通の人間だった筈だが、大地の女神と化した異界令嬢が望んだからなのか、ヒトの枠を越えた存在となっていた。
彼は自身の異常に発狂もせず、生涯彼女を愛し続けた。
常人ならば有り得ぬ異常ではあるが、きっとそうなる様に、男は改良されたのだろう。
子を為した晩年、50年程はまるで普通の人間の様に年を重ねつつ育児に励み、成人した子の生んだ孫を愛で、ほぼ同日に息を引き取ったとか。
20年生きるも難しい時代、彼らはまさに女神と伴侶。
創造神への信仰は淡く残っていたが、この時代、完全に人気が逆転してしまった。
よく分からない高尚で偉大な教えより、種を植えたらきちんと芽吹いて作物が育つ大地を提供してくれる女神の方を、人々は深く信仰したのだ。
女神の子は母より薄く加護の才能を、父より潤沢な魔力を引き継ぎ、生ある限り大地に豊穣をもたらしたものの、その寿命は人と大差なかった。
孫はどの子も一切、加護の才は無かった。
以降、この法則に例外はない。
始まりの異界令嬢亡き後、じわじわと、ほつれる様に女神の加護が薄れていく。
豊穣を知った人々は、再びの不毛の訪れに恐慌を来す。
血の滲む、凄惨な犠牲を生んだ実験の果てに、世界が何とか生き延びる為の召喚魔法が開発された。
次の異界令嬢は、気が触れた。
彼女は徹底的に嫌がっていた。夫が居たのだ。
合意なき無体は止まぬ屈辱と受け止められ、彼女の発狂と共に、大地の様子もおかしくなった。
圧倒的な嫌悪が、狂気が、彼女がこの世界に抱く憎悪が、怨嗟が、原因たる人々に牙むく魔帯びた獣となった。
今もなお、対策の必須となった魔物の登場である。
魔物。
彼らは異界令嬢がこの世界に悪感情を抱いた時に発生する存在である。
在野にある獣達が、負の感情纏いし強大な反転加護を帯びて、何よりも人の殺戮を欲する生き物となる。
召喚されたばかりの異界令嬢が溺れきって幸福になる前、やむを得ず発生させてしまう為、現在も各地でそれなりに発生しており、冒険者なる者達の生活の糧になっている。
異界令嬢は確かに魔物を発生させるけれども、それを恨む人々はいない。我々に対する当然の報いと考える。
だって無理矢理呼び付けて、召喚者によって色狂いにさせられるのだ。その恩恵として、ヒトが生存できる豊かな大地を与えてくれるのだ。
この世界の人間は加護なき不毛の大地に住まう恐怖を遺伝子レベルで刻まれている。
そこから救ってくれる異界令嬢は正に世界を救う女神様。
損得で考えたら、圧倒的に得が勝つ。
誰もが魔物を生むのは当然のリスクとして考慮に入れつつ異界令嬢を信仰し、敬愛し、深く深く感謝している。
それはそれとして死にたくないから討伐はするけれども。
2番目の異界令嬢が舌をかみ切って自殺した後。
慌てて世界は次を喚ぶ。
喚ばない選択肢は無い。
人々はただ、死にたくなかった。
生存本能の様に召喚魔法を編み上げていく。
必死に必死に、異界のお嬢さんに助けを求めた。
可哀想だけれど申し訳ないけれど、異界令嬢なくしてこの世界は存続できないのだ。それ以外の方法を、この世界は知らないでいる。今もなお。
だからせめてもの誠意として、お詫びとして、出来るだけ可哀想じゃない状態にしてあげよう。幸福だと思える様にしてあげよう。
次は伴侶が居ないお嬢さんが良い。
トライアンドエラー。
失敗と成功の歴史から人は学び、洗練されていく。
召喚魔法には、条件付けが追加され続けている。
まずは最低限、伴侶の居ないお嬢さんを。
その判定は難しいが、伴侶を知らぬ身体としよう。
何よりも丁重に大切にする。この世界を好きになって貰える様に。恨んで憎悪を撒かれぬ様に。
嫌だと思えない様になって貰う為に、その果てに好きになって貰える様に、あらゆる改良を徹底的に施そう。
心なんて弄れない。魂なんてとてもとても。
だけれど身体ならば何とかなる。
異界令嬢は召喚魔法陣をくぐって喚ばれるのだ。
それを利用しない手はない。
肉体に良い影響を及ぼさせるのは開発すれば何とかなる。
身体が召喚者に愛されるのを大好きになれる様いじくれば、いつかきっと心も堕ちてくれるはず。300年もあるのだ。大抵はきっと堕ちて愛してくれる様になれる。
そしたらみんな幸せだ。
技術は、そういう方向性で進化していった。
その時、その時々のお嬢さん達に、か細く息を繋いで貰いながら、何とか存続を維持し続けられた世界。
それでも人類の英知は、喚ばれた少女達の幸福だと刷り込まされた犠牲と共に、ゆっくりと生存の為の足場を整えていく。
やがて一番最初の異界令嬢が降臨した地の令嬢供給安定化が成功し、人類はじわじわと版図を広げようと試みていた。
“原初たる母国”はもう、人の余剰で限界なのだ。
多くなり過ぎた人間を、他の地に移住させねばならぬ段階。されど、“母国”以外の地は神の加護なき不毛の大地。
故に、彼女は召喚された。
異界令嬢、夜蛍ホノカ。
彼女には“原初たる母国”よりほど近い未開の荒野、加護無きひび割れの地の母体となって頂く。
数多の異界令嬢の籠絡を糧に、効率的な手順は確立されている。この名も無き荒れ地を人の住まう地に為そうと志す青年、クルム・ガーランド様も当然、その手順をみっちり学習し終えている。
クルム・ガーランド様は何処か潔癖な青年に見えた。性的な話に嫌悪を覚える、若者特有の清廉さを纏っていた。
それをいわゆる『領主一族』の一員としての使命感で押さえつけ、異界令嬢を籠絡する為の手管を学習していた。
彼の祖父母は“原初たる母国”の女神と伴侶だ。
女神達はクルム様の母君を出産して以降、緩やかに老いを見せている。されど“母国”はクルム様の母君により安泰。その上、次代を見据えてクルム様の長兄が既に異界令嬢の籠絡に成功している。次兄が実際的な統治を行ない、以降の兄弟達は各地に散って、人類版図を広げようと異界令嬢を召喚し、籠絡を試みている状態だ。
準備期間中、クルム様は時々ぽつりと零されていた。
「気が進まない。あまりにもご令嬢が可哀想だ」
「何か他に手段があれば良いのだが」
「気の毒すぎて、俺に無体が出来るだろうか」
正しい倫理観を持つ、健全な青年だったのだ彼は。
もう、戻れないみたいだけれど。
まずは『馴染ませ七夜』。
召喚者は七夜、ご令嬢から片時も離れるなという教えだ。
勿論、純粋な意味での離れるな、ではない。
異界令嬢たるホノカ様は召喚直後、その純潔を奪われる事となる。クルム様に『馴染ませ』られるという訳だ。
「……え? ぁ、」
本当に我らは、彼女に酷い仕打ちを強いる。
ただ、生きていたいが為に。
「なに……、なんですか?」
「ぃや、こっち来ないで」
ああ、女神様。
これから至る、未来の我らの女神様。
どうか、どうか、お許し下さい。
我らの非道をどうかお許し下さい。
すぐに非道を、悦びと思える様になれますように。
それ以外に、道はもう、無いのですから。
どうかどうか、出来るだけ早く幸福になれます様に。
「やめて、触らないで……!」
「ふざけないで、嫌だって言ってるでしょ!」
私は外で待機する。
「嫌だ! 触らないで……っ」
「やめて、やめて、ぃあ、ぁいや……!」
「やだ。やだっていってる……、ね、やだ。嫌なの!」
褥の外で待機する。
「やめ、やめて……。やめてよぉ!」
「助けて、だれか助けて!」
「××くん、××君、ねえ、私ここ、お願いたすけて!」
「ああっ」
「いや、いやだよ。わたし、××君とがいい」
「やだって、ねえ、やめて。止めて下さい! おねがい、お願いします。おねがいしますから、ぁ」
悲鳴を気にせず、叫びを気にせず。
「あああああ、ッあ、あ、いやぁ、いやあああああ!!」
「あ、あぅ、ぁ。あ、ああああああ、ああ……」
ただ祈る。
「やだ。やめて、それだけはいや、いや。ね、いやだって……! ん、ぅ、ああ、ああっ! んぅあ。いや、いやいやいや、ぁ、いやああああッ!」
早く幸福になってくれます様に。
「あつい、あついの。やだ。やだ……っ」
「ぅううっ、どうして……どうして、こんなことに」
「ねえ、もう良いでしょ、ぬいて。ぬいてよ」
「お願いもぅぬいて。塞がないで」
「出されたの出したいの。っあ、ぁ、おなかあついの」
「これいや。早く掻き出さないとだめ、こわい。なにかおかしい」
「ぁ、なにかが……ぁ、あん、ぁ」
「あ、あ? ア……」
「なにこれ。ぁ、なんな、の……ぉ? わたし、ぅん、」
初夜は無事に終わった様子で、私は安堵し閨を辞去した。
早く良く馴染みます様に。
ホノカ様は大変そうだった。
目覚めては正気に戻って嫌がり、注がれては身悶える。
夜ごと、抵抗抱く正気の時間が減っていく様だった。
甘い声ばかりになっていった。
私は日に三度、食事を供する。
褥の外に、配膳用の台車に乗せての提供だ。
ホノカ様は『馴染ませ七夜』をこなされるまで、伴侶以外との接触は許されない。当然私もだ。
初日、ホノカ様の食欲はなかった。
殆ど何も手を付けられていなかった。
無理もない事だろう。
ありとあらゆる角度の無体を受けたのだから。
だから翌日は、消化に良い物ばかりを捧げた。
悲鳴が甘く濡れ、抵抗の声が嬌声混じりになり始めた2日目の夕暮れ、夕餉は半分ほど、食べられていた。
良かった。
生きる意思はおありの様だ。
死にたいと、思われてはいない様だ。
本当に良かったと思う。
どの口が、と思われるだろうけど。
異界令嬢にとって、召喚者の精を注がれるのは、途方もない快楽をもたらす行為らしい。そもそも魔力のない世界出身、魔力に対しての免疫が一切無いのだ。
それ故、彼女らにとって魔力とは習慣性が高く、注がれる事に依存しやすいモノとなった。
魔力が無いとは悲惨な事だ。
豊穣の才が豊かなばかりに、我々の為に無理矢理依存させられる。
「あ、ああぁ、いやなのに、いぁ、の、にぃ」
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
「あぅ、あ、あ…、××くん、ごめ、××くん……」
「わた、わた…し、ぁう、あ、もうだめ、な……ぁ」
「ああっ、も…とぉ。!! あ、……ぁ、ちが。わたし、ちが、ちがぁ」
「たすけて! たすけてよぉ! ××くん、たすけて、たすけて……ぁ、あああっ」
「あああああああ、ああ、あ、ああああああ……」
「やめて、やめ、あ、おかしくなる! おかしくなるからぁ、いやだって。もういらない! おなかいっぱいなの。そそがないで。それ、もうだめ。おかしくなるおかしくなるの、あたし、どうにかなっちゃうからぁ」
「やだあっ、ぁ、あー、ああーうぁ……、あ、は、ぁ」
「だめ、だめ……。ああ、わたし。だめ…だ。もぉ」
「ああ、んむぁ、あ、ああ、あは……すき?」
「すきって、いえばいいの……?」
「いえば、もっとくれる……?」
「あ、あは、ぁ、あ、あ。これすき、すき」
「きもちいい、ぃい、あ、ああ、もっと、もっとぉ」
大量に注がれ続けて、彼女の身体はクルム様の魔力でひたひた。その状態はまさに酩酊。
きっと、本来のホノカ様であったら口が裂けても言わないであろう言葉が零れ落ちている。
七夜馴染ませ、彼女はそんな風にさせられた。
良かった。
ホノカ様はきっと、幸福になれる。
七夜を越えて、『土地同期』。
乾涸らびた大地と同期させられる。
異界令嬢ホノカ様の、女神化への準備が始まったのだ。
七夜以降、クルム様は七夜の為に遅れた仕事と、『土地同期』の支度の為にホノカ様とつきっきりではなくなってしまう。
ぽとん、と正気の時間が増えてしまうのだ。
犯され続けて、嬌声と共に狂える方がまだ楽だろう。
思考はかろうじて正常のまま、でも肉体は七夜も濃密に愛された法悦を教え込まれてしまっているのだ。
そんな時間に、するりと滑り込んで幸福へと誘導するのが私の仕事だ。
ホノカ様は、私によって衣服を着用された事に違和感を覚えている様子だった。七夜も着ていなかったのだ、無理もない。
「服……、なんか、ひさしぶり」
「そうですね。ホノカ様は異界令嬢ですから」
「ええ……、そう、なの?」
「そう、普通の事ですよ」
まるでごく普通の事の様に私は接する。
ぼうっとして正常な判断力を喪失させられている状態のホノカ様の思考が上手く流れる様に、誘導していく。
ホノカ様は常時ぼんやりと、思考が儘ならない様だ。
「…………え、と。なんだっけ」
「何にも問題ないって事ですよ」
「…そ、かぁ」
日常とさせられた性交の為に、ホノカ様の瞳はとろんと焦点が蕩けている。上手く思考できていない状態。
そこに付け込み繰り返す。
「ふつう。普通。これ普通……」
真っ白にさせられた脳裏に自ら刷り込んでいく。
「普通……?」
時々不安そうに、私の顔をうかがってくる。
私はニッコリ頷いた。
何にも問題ないのですよ、という顔で。
ホノカ様はひどくホッとした表情を浮かべた。
気の毒に。
染み付いてしまっているのだ。
間違うと、狂うほどの快楽に侵されると。
彼女は七夜でじっくり教え込まれてしまっていた。
クルム・ガーランド様は初め、怖ろしく丁重にホノカ様を愛した。丁寧が過ぎて、かえって加減を知らないとも言う。優しさが過ぎていつまでも終わらないとも言う。
誠実で潔癖だった青年が、無垢で可哀想で可愛らしい少女を抱く使命を与えられ、彼らは互いに肉欲を覚えた。
魔力的な相性最高へと調整されている肢体。
抱かねば世界が救われぬという大義名分。
何よりも甘い、甘いからだ。
若い二人がのめり込むのは当然だった。
何もかもを一時忘れ、互いに夢中になって貪り合った。
使命と敬意と義務と憐憫と肉欲、それらが切っ掛けだったとは言え、クルム様がホノカ様に惹かれるのは当然の帰結だったのだろう。互いにそうなる様に完璧なまでに状況が整えられてしまっている。
誠実な青年は、切っ掛けはともあれ恋に堕ち、実直に愛し愛を乞うた。ホノカ様は植え付けられた肉欲に負け、欲しがられた言葉を紡いだ。
「すき、すきぃ、あ、もっと、すき……」
「すき、すき、くるむ、すきぃ」
ひたすらに好きだと啼かされる夜も多かった。
耐え難き疼きに耐えかねてとはいえ「すき」言ってしまったのは、前進と言える。
引き離された恋人に対する貞節の崩壊とも言え、操を起因とする抵抗心からの解放ともなる。ホノカ様の抱くこだわり、未練、それらが蕩けて消え失せる為の吉兆とも言えた。
だって「すき」と啼くホノカ様の甘い声は開放感に満ちていた。段々と、言葉通りの情が滴る様になっていた。
朝方、ホノカ様の嘆く声がよく漏れ聞こえていた。
「ああ、私、わたしは何て事を……」
「すまない。だが、俺は嬉しい。俺はホノカが好きなんだ」
「ああ、ああああ……。やめて。やめ…て」
「すきだ。好きになってしまったんだ。俺は、俺達は最低なんだ。だが俺はホノカを返せない。手放せない。ホノカが居ないともう駄目になってしまった。すまない、好きだ。すきだ」
「ひどい。どうしてくれるの。私、もう、からだ、だめだ。もぉ、もどれない。××君ごめんなさい。わたし、わたし……ああ、いや。本当に嫌。さいてい。おかしい。おかしい。好きって言われると、うずくの。ここ、うずいてうずいて、ああ、どうにかなりそう。だめ、だめなのに。××くんたすけて、だめなのにほしいの。ほしい。ほしい。くるむの、ほしい……の」
彼らは実に良く馴染んだ。
ホノカ様の心を置き去りにして。
合間合間、私はホノカ様の求めるがままに、この世界についての情報を提供する。
「貴女方、異界令嬢のお力なくば、我々の世界は維持出来ないのです」
「そんなの、私にはできない……」
この頃、ホノカ様はピンク色のリボンを縋る様に握りしめる様になっていた。
色やつれも美しい、今のホノカ様には子供っぽい色合い。
男に愛されるを知らず、ぴかぴかの無垢だった彼女にはきっと似合っていた。
でも、もう、ホノカ様は艶めかしい色香を纏ってしまっていて、すっかり似合わなくさせられてしまっていた。
なのに彼女は、リボンに縋る。
きっと大切なモノ。
きっと彼女の恋人から貰ったモノ。
大切なのね。
縋っているのね。
かつての自分を壊すまいと怯え、祈っているのね。
でも大丈夫。
すぐに自ら、不要と廃棄できる様になれるわ。
或いはわざわざ廃棄すらせずどうでも良いと、箪笥の奥に忘れ去ってしまうのかも。
「『土地同期』して頂けたら、直接理解できるかと。ホノカ様は、私達の救世主。大切な大切な、この地の女神となられる方です」
「女神……? なに言ってるの、私はただの人間で」
「クルム様にたっぷりと注がれた魔力を帯びて、すっかり女神の威容に満ちておられますよ。神々しいです」
「クルム……の?」
「はい。クルム様に魔力を注がれたホノカ様こそ私達の救いの女神。望まれ、渇望されて、貴女様はこの地に召喚されたのです。ホノカ様しか居ないのです。どうかどうか、無力なる我々をお救い下さいホノカ様」
「そうなんだ。それじゃあ、仕方ない……よね?」
「はい」
「クルムが欲しいの、仕方ないんだ」
「その通りです」
「助ける為に、仕方のない事」
「そうです。どうかお願い申し上げます」
「ふふふ。そっか、そっかぁ」
ホノカ様がうっそりと微笑まれる。
たっぷりとした色を纏った美しい笑み。
ぷっくりとさせられツヤツヤと化した薔薇色の唇がなまめかしい。
ねっとりと手入れされてしまっている唇だ。
甘く蕩けた瞳がまた、幾つめかの箍を壊していた。
ホノカ様の自らに貸した戒めが、ゆっくり、ゆっくり、壊れていく。
壊れたみたいに、求められる様になれた。
「クルム、くるむのぉ、すき、すき、すき……!」
「あ…は、ぁ、もっと、もっと、くるむの、もっとぉ」
「あああああ、あ。ああっ、きもちい、きもちいいっ!」
「すき、すき、すき、くるむ、すき…!」
「ああ、だめ。ぬかないで。もっと、して」
翌朝、ホノカ様は何かが甘く煮崩れた様な、箍が外れた様な、ひどく幸せそうな笑顔で上機嫌に挨拶をくれた。クルム様の、腕の中で。
べっとりと身を委ねきってしまっていた。
長く美しい黒髪がやや乱れ、濃密な色香を残す肢体の豊満さを彩る様に絡み付いて、更に扇情的に見せている。
少女らしくほっそりとした体つきだったのに、深く重く愛される日々に、ホノカ様の肢体は段々と変わり果てていった。気が付けば、用意した服の胸がつかえる。すっかりと肉付きが良くなられていた。
『土地同期』は異界令嬢にとって最も過酷な仕打ちと言える。なにせ、不毛の大地と異界令嬢を接続してしまうのだから。『馴染ませ七夜』を経ることで召喚者を介し大地に馴染み、『土地同期』にて直接加護を与えられる状態にして、女神と化す。
豊かな土地ならば、そう苦痛はない。
だが、不毛の大地はひび割れた大地の途方もない喪失感は、魂の奥底まで深々と侵し、恐慌を来す異界令嬢も多いらしい。それに乗じて依存を深めるのだが。
……それとも無理矢理犯される方が酷いだろうか。
どちらにせよ、我々は最低ながら懇願するしかない。
せめて嫌だと思えなくなれる様に、幸福だとしか思えぬようにと努力し工夫するしかない。
その日、異界令嬢ホノカ様とこの地の接続が為された。
壮絶な崩壊感と、気が触れそうな喪失感。
胸を黒く塗り潰す大地の悲鳴だ。
ホノカ様は絶叫を上げた。
訳も分からず、傍に在るクルム様に縋りつく。
「ああああああ!! いやああああ!! こわい、こわい! バラバラになる! からだ崩れる! 壊れるぅ!」
「大丈夫。大丈夫だ。落ち着いて。ホノカはヒビを満たせるんだ。俺の魔力があるだろう? ほら、感覚を広げて……」
ただひとには精神崩壊の危機。
ホノカ様もまた、例外ではなかった。
崩れ落ちそうな自我を必死に繋ぎ止め、その視界に写るのは真摯に助けようとするクルム様のみ。
クルム様は助けを求めたら、ちゃんと助けてくれる。
砕けそうなホノカ様の心に深く深く刻み込まれた。
「ああああっ、っ! だえか、たしゅけて、たす、あ、くるむ、ん、んく……」
「注いだ流れを感じるんだ。そう、上手。流れて、気持ちいいだろう? そのままヒビに流し込んで埋めるんだ」
「あ、あ……。くるむ、くるむ、たすけて……」
「もちろん助ける。そう、そうだ……そのまま魔力を流して……」
縋りついて、強く抱き締められて、安堵する。
圧倒的な恐怖から力強く救ってくれたのはクルム様だけ。
ホノカ様の目に強く焼き付いて、脳にべったり染み付いた。
クルム様だけだという感覚。
「は……ぁ、んぅ、…………、あ、くるむ、くるむぅ、ねえこう? わたし、に。くるむの、まりょく? こう? こうなの?」
うまく魔力が巡りだした。
じんわりと地にホノカ様の加護が巡る感覚が分かる。
大地が息を吹き返し、緑が芽吹き、地に生命が満ち始めていく感覚。
ああ、女神様。
ホノカ様は、女神となられた。
この地の新たな女神様だ。
それでもクルム様にとっては偉大な女神ではなく最愛の女性であるらしい。
「そう! やっぱりホノカは飲み込みが良い。何でもすぐに上手に覚える」
「もう、ばか……」
閨事の話だったのだろう、頬を赤らめて目をそらして甘くすねるホノカ様。
それから真っ直ぐクルム様を見た。
理知に煌めく黒曜石の瞳には、しっかとクルム様への好意が焼き付いていた。
「でも、助けてくれて有り難う」
「礼を言われる事じゃない。俺はホノカをさらって惚れて、こうやって何もかもを奪ったのだから」
「それは……そうだけど。サイテーの誘拐拉致監禁レイパーだけど。でもさ、クルムは私が助けてって言ったら必ず助けてくれるでしょ?」
「当然だ。俺は誰からも何からもホノカを助けられるよう全力を尽くす」
「……うん。私、クルム最低って思うけど、クルムのそういうとこは信じられる」
「俺は嘘は言わない」
そうだね、と頷くホノカ様はもうすっかり落ち着いていて、色に狂った様子も無く、恐怖に壊れそうでもない。正気である。
なのにクルム様への恋情が見えた。
好意が馴染みきっていた。
ホノカ様は正気の表情で、歌う様に嬉しそうに言葉を紡いだ。
「ね、私、壊れちゃったの。恋人いたのにもう、クルムだけでいっぱいにさせられちゃったの。おかしいの。壊れたの。でもそうなっちゃったの、ちょっぴり嬉しいだなんて思っちゃって。あー私壊れたなって。元に戻れないなって。……ねえ、何か言ってよ」
甘く、甘える様に強請る声。
こてん、と猫の様にクルム様の身体にもたれる。
クルム様はしっかと抱き留め、実直なので素直に謝罪をしようとした。
「すま」
「謝らないで。どうせ後悔なんてしてないでしょ」
「む、その通りだ。俺は最低最悪の手段でホノカを欲しいと思う卑劣漢だ。恨まれようとも手放せないのを許して欲しい」
「じゃあ、私の隣で一生反省してて。私のこと離さないで」
「!! ああ、ああ! 有り難う。本当に申し訳ない、でも嬉しいなどと思ってしまう俺を、どうか許さず傍で叱って欲しい」
「ホントーに最低なんだから。でも好き。好きになっちゃった。こんなの、おかしいのにね。でももう、仕方ないよ。わたし、クルムのカタチに壊されちゃったから」
ホノカ様は満面の笑みで幸福になった。
その足元にはゴミの様に打ち捨てられたピンク色のリボン。うっとりと夢中になってクルム様を見つめるばかりの美しい黒曜石の瞳にはもう、それを靴で踏みにじっている事などカケラも写っていなかった。
2人が褥になだれ込んだ後、私は微笑み、ホウキと塵取りでゴミを回収、廃棄した。
ゴミの行方を尋ねられる事など、一切無かった。
こうして彼女はずっとずっと、幸福のまま生きた。
クルム様と共に。
ホノカ様は同期させられた土地にたっぷりと豊穣をもたらし、かの地は永き繁栄を得た。
初代領主となられたクルム様は、この名も無き不毛だった地を最愛の妻の姓からとって“夜蛍公国”と名付けた。
ホノカ様の加護の影響により、“夜蛍公国”には魔力の籠もった鉱石が多く発掘され、公国に莫大な富をもたらした。それは夜蛍が如く淡く発光しているという。
これはほんの一例です。
どうぞご安心下さい、異界のご令嬢方。
異界令嬢となって頂けたなら絶対に幸福になるのですよ、この様に。




