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婚約破棄された天才魔道具師ですが、隣国で幸せになったので元王子が土下座しても戻りません

作者: 山田 バルス
掲載日:2026/09/03


 王宮の大広間。

 華やかな舞踏会の最中、一人の声が高らかに響いた。


「ショコラ=ガトー! 本日をもって、お前との婚約を破棄する!」


 音楽が止まり、貴族たちが一斉に息をのむ。

 第一王子エドワードの隣には、豪華なドレスに身を包んだ侯爵令嬢マロン=グラッセルが寄り添っていた。

 マロンは勝ち誇ったようにショコラを見下ろす。


「殿下には、私のように華やかな女性こそ相応しいのですわ。地味で研究ばかりしているあなたでは釣り合いませんもの」


 会場のあちこちから笑い声が漏れる。

 誰もがショコラが泣き崩れると思っていた。

 しかし――。


「……そうですか」


 ショコラは静かに一礼した。


「では、婚約破棄を受け入れます」

「なっ?」


 あまりにもあっさりした返事に、王子は顔をしかめる。


「泣いて謝るなら今のうちだぞ?」

「謝る理由がありませんので」


 ショコラは穏やかに微笑む。


「むしろ自由になれて安心しました」


 その一言に会場はざわついた。

 王子は真っ赤になって怒鳴る。


「強がるな!」

「いいえ。本心ですので」


 ショコラは最後まで美しい礼をすると、そのまま王宮を後にした。

 誰も知らなかった。

 王国中で使われている魔道具の設計者が、ショコラただ一人だったことを。


 ◇


 一週間後。

 ショコラは隣国へ向かっていた。

 迎えに来たのは、美しい銀髪と蒼い瞳を持つ第二王子レオンハルトだった。


「ようこそ、お待ちしていました」


 優雅に差し出された手。

 ショコラがその手を取ると、彼は優しく微笑む。


「ようやく会えましたね。あなたが匿名で助言をくださっていた魔道具師だったとは」

「秘密にしておりましたので……」

「その慎み深さも、あなたらしい」


 レオンハルトは初めて会った日から、彼女を一人の女性として大切に扱った。


 ◇


 数か月後。

 ショコラが作る魔道具によって隣国は劇的に発展する。

 農地は豊かになり、

 魔物は激減し、

 商人は世界中から集まり、

 王都はかつてない繁栄を迎えていた。

 国民は口々に言う。


「ショコラ様は幸運の女神だ!」

「王国の宝だ!」


 一方、ショコラ自身は相変わらず研究室にこもっていた。


「また徹夜ですか」


 レオンハルトは苦笑しながら温かい紅茶を差し出す。


「少し休みましょう」

「ですが、もう少しで完成しそうで……」

「仕事も大切ですが、あなたはもっと大切です」


 そう言って額にかかった髪を優しく払う。

 ショコラは耳まで真っ赤になった。

 こんなふうに大切にされたことなど、一度もなかった。


 ◇


 その頃、元いた王国では。


「なぜだ!」


 転移門は止まり、魔道具は次々と故障。

 農地は枯れ、魔物が街を襲う。

 王国中が混乱に陥っていた。


「修理しろ!」


 王子が叫ぶ。

 しかし宮廷魔道具師たちは青ざめる。


「できません……」

「すべてショコラ様しか理解できない設計です」

「嘘だ!」

「事実です」


 調査が進むにつれ、衝撃の真実が明らかになる。

 王国を支えていた魔道具のほとんどは、ショコラが無償で開発していたものだった。

 王子は膝から崩れ落ちた。


「私が……捨てた?」


 ◇


 さらに追い打ちがかかる。


「マロン=グラッセル侯爵令嬢」


 国王の低い声が響く。


「虚偽の報告で王家を惑わせた罪は重い」


 侯爵家は爵位を返上。

 社交界から追放された。

 マロンは王子へ泣きつく。


「助けてください!」


 しかし王子は彼女の手を振り払った。


「全部お前が言い出したことだ!」

「あなたも賛成したじゃありませんか!」


 二人は互いを罵り合い、誰からも見向きもされなくなった。

 かつて笑っていた貴族たちは冷たく言う。


「本当の宝石を石ころだと思って捨てた愚か者だ」


 ◇


 一年後。

 隣国。

 王城の庭園には色とりどりの花が咲き誇っていた。

 レオンハルトは跪き、小さな箱を開く。


「ショコラ」

「はい」

「これから先も、あなたの笑顔を私が守りたい」

「私と結婚してください」


 ショコラは嬉し涙を浮かべながら頷く。


「はい。喜んで」


 祝福の拍手が響く。

 国民たちは心から二人を祝った。


「おめでとうございます!」

「末永くお幸せに!」


 その知らせは元王国にも届く。

 王位継承権を剥奪され、すべてを失った元王子は新聞を握り締めた。

 そこには幸せそうに笑うショコラとレオンハルトの姿。


「もし、あの日……」


 震える声が漏れる。


「婚約破棄などしなければ……」


 後悔の涙が頬を伝う。

 しかし、彼女が振り返ることはない。

 ショコラはもう、自分を心から大切にしてくれる人たちに囲まれ、毎日幸せに笑っていたのだから。

 ――本当の「ざまぁ」とは、相手を憎むことではない。

 自分が最高に幸せになり、相手が二度と手の届かない存在になってしまうことなのだ。


 ショコラとレオンハルトの婚約が発表されてから、一か月。

 隣国の王城は祝福ムードに包まれていた。

 そんなある日、一人の男が城門へ駆け込んできた。


「頼む! ショコラに会わせてくれ!」


 髪は乱れ、豪華だった衣装も泥だらけ。

 かつて第一王子だったエドワードは、見る影もなくやつれていた。

 王位継承権は剥奪。

 婚約者だったマロン=グラッセルにも見限られ、侯爵家からも縁を切られた彼は、最後の希望を抱いて国境を越えてきたのだった。


「ショコラ! お願いだ!」


 その声を聞き、ショコラは庭園へ姿を現す。

 しかし彼女の隣には、当然のようにレオンハルトが立っていた。

 レオンハルトはショコラを守るように半歩前へ出る。


「ご用件は何でしょう」


 穏やかな口調だった。

 それなのに、王族としての威厳がにじみ出ている。

 エドワードは二人を見るなり、その場へ崩れ落ちた。


「ショコラ……!」


 そして――

 地面へ額を擦りつけた。


「頼む……帰ってきてくれ!」


 庭園にいた騎士や侍女たちは息をのむ。

 あの傲慢だった第一王子が。

 誰よりも誇り高かった男が。

 土下座している。


「私が悪かった!」

「お前がどれほど素晴らしい女性だったのか、今になって分かったんだ!」

「もう一度やり直そう!」

「今度こそ、お前だけを大切にする!」


 ショコラは静かにその姿を見つめた。

 不思議なほど、心は何も揺れなかった。

 悲しみも。

 怒りも。

 憎しみも。

 すべて、もう過去になっていた。


「エドワード殿下」


 穏やかな声で口を開く。


「私は、婚約を破棄された日のことを忘れてはいません」


 彼は顔を上げる。


「ですが、恨んでもいません」

「ショコラ!」

「むしろ感謝しています」

「……え?」


「もし、あの日婚約破棄されていなければ、私はこの国へ来ることもありませんでした」


 ショコラは隣に立つレオンハルトを見上げる。

 彼は優しく微笑み返した。


「大切な仲間にも出会えず……」


 そっとレオンハルトの手を握る。


「私を、ありのまま大切にしてくださる方にも出会えませんでした」


 エドワードの表情が絶望に染まる。


「ショコラ……」

「ですから」


 ショコラは優しく、しかしはっきりと言った。


「もう戻る理由はありません」


 その一言が、何よりも重かった。

 エドワードは震える。


「そんな……一度だけ……一度だけやり直す機会をくれ……」


 その瞬間。

 レオンハルトが静かに前へ出た。

 怒っているわけではない。

 威圧しているわけでもない。

 それでも誰も逆らえないほどの気品があった。


「元王子殿」


 穏やかな笑みを浮かべる。


「ショコラは、私の大切な婚約者です」


 その一言だけだった。

 しかし、その言葉には揺るぎない愛情と覚悟が込められていた。

 レオンハルトはショコラの肩をそっと抱く。


「彼女が涙を流す人生は、もう終わりました。

これからは私が、彼女を幸せにします」


 ショコラは思わず胸が熱くなる。

 前の婚約では、一度も守ってもらえなかった。

 否定され、利用され、努力さえ認めてもらえなかった。

 でも今は違う。

 隣には、自分を何より大切にしてくれる人がいる。

 それだけで十分だった。

 エドワードは二人の幸せそうな姿を見つめ、力なく笑う。


「そうか……私は……世界で一番大切な人を、自分の手で捨ててしまったのか……」


 返事は誰もしなかった。

 その沈黙こそが答えだった。

 騎士たちは静かにエドワードを立たせる。


「お引き取りください」


 彼は最後にもう一度だけショコラを見た。

 昔と変わらない優しい笑顔。

 けれど、その笑顔はもう自分へ向けられることはない。

 やがて城門が静かに閉じられる。

 ――完全に。

 過去との縁を断ち切るように。

 ショコラはレオンハルトを見上げる。


「ありがとうございます」

「何をですか?」

「守ってくださって」


 レオンハルトは優しく微笑み、そっと彼女の額へ口づけを落とした。


「当然です。あなたは、私の世界で一番大切な人なのですから」


 ショコラは幸せそうに笑った。

 その笑顔は、かつて婚約破棄された令嬢のものではない。

 愛され、認められ、心から幸せになった女性の笑顔だった。

 一方、王国へ戻ったエドワードは、生涯独り身のまま過ごしたという。


 豪華な王宮を見るたび。

 幸せそうな夫婦を見るたび。

 彼の脳裏に浮かぶのは、いつも一人の少女だった。

 ――もし、あの日。

 彼女の手を離さなければ。

 そんな後悔だけを抱えながら、彼は一生を終えた。

 それでもショコラが彼を振り返ることは、二度となかった。

 彼女にはもう、過去ではなく、未来だけを見つめる理由があったからである。

 最後まで読んでいただき誠にありがとうございました。

 感謝です。(*- -)(*_ _)ペコリ


 山田 バルス

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