自分のための物語
宇宙の果て。
図書室の前。
二人の藤井壮馬が向かい合っていた。
一人は、
人や世界をくっつけてきた藤井壮馬。
もう一人は、
誰にも選ばれなかった藤井壮馬。
その背後には無数の白紙の本。
未完結。
未採用。
読まれなかった可能性。
それらが静かに漂っている。
「全部を一つにする」
もう一人の壮馬は繰り返した。
「そうすれば誰も消えない」
「誰も忘れられない」
「誰も置いていかれない」
その言葉に、
没王アーカイブが小さく笑った。
「なるほどな」
彼は理解していた。
自分もまた、
忘れられた側の存在だったからだ。
壮馬は少し考えた。
そして聞いた。
「寂しかったですか」
宇宙が静まる。
その質問は予想外だった。
もう一人の壮馬も少し驚く。
「……ああ」
初めて。
彼は本音を口にした。
「寂しかった」
「ずっと」
無数の白紙の本が揺れる。
それは怒りではない。
悲しみだった。
「僕は存在した」
「確かに存在した」
「でも誰も知らない」
「誰も読まない」
「誰も覚えていない」
最後の読者が目を閉じる。
その気持ちは痛いほど分かった。
終わった物語。
読まれなかった物語。
形は違う。
けれど孤独は同じだった。
その時だった。
諏訪貴信が前へ出る。
珍しく真剣な顔だった。
「一つ訂正しよう」
もう一人の壮馬が見る。
諏訪は静かに言った。
「君は存在しなかったわけじゃない」
「……」
「私は知っている」
「君を書いたからだ」
静寂。
宇宙から音が消える。
諏訪は続ける。
「途中で別の道を選んだ」
「別の物語になった」
「だが」
「君を忘れたことはない」
白紙の本が震える。
一冊。
また一冊。
表紙に文字が浮かぶ。
『藤井壮馬(別案)』
『藤井壮馬β』
『研究員にならなかった藤井壮馬』
『宇宙へ行かなかった藤井壮馬』
無数の可能性。
それらは消えていなかった。
ずっと保管されていた。
もう一人の壮馬は言葉を失う。
その時。
黒崎エディターも前に出た。
「私も覚えている」
「君は没になった」
「だが理由は忘れたからじゃない」
「物語に入りきらなかっただけだ」
「……」
「編集とは捨てることじゃない」
「残すために選ぶことだ」
その言葉は重かった。
最後の読者も静かに頷く。
彼は今まで、
終わったものは失われると思っていた。
だが違った。
終わることと、
消えることは同じではない。
その時。
藤井壮馬が一冊の白紙の本を手に取る。
そして開く。
中は真っ白。
何も書かれていない。
「じゃあ書きましょう」
全員が振り向く。
「え?」
壮馬は笑う。
「まだ終わってないなら」
「ここから始めればいい」
白紙の本を、
もう一人の壮馬へ差し出す。
「あなたの物語です」
「あなたが書けばいい」
「……」
「僕には僕の話があった」
「あなたにはあなたの話がある」
長い沈黙。
やがて。
もう一人の壮馬は震える手で本を受け取った。
その瞬間。
無数の白紙の本に文字が現れる。
未完だった世界が、
再び動き始める。
謎の立方体が最後のメッセージを表示した。
『接続完了』
『対象』
『世界』
『物語』
『可能性』
『心』
宇宙の亀裂が閉じていく。
銀河が元の場所へ戻る。
世界と世界の境界が修復される。
最後の読者は、
静かに一冊の本を閉じた。
だが今回は違った。
表紙には終わりではなく、
新しい文字が刻まれていた。
「つづく」
そして彼は初めて笑った。
物語は終わる。
だが。
終わりは消滅ではない。
次のページへ進むためのものだ。
宇宙の果てで、
最後の読者はもう一度本を開く。
今度は、
続きを楽しむために。
――完。




