第5話 ピカピカの一年生!
ひとまず、彼女には一旦落ち着いてもらおう。そして俺も落ち着こう。
そう思って俺は、彼女を連れて近くにあったベンチに腰掛けた。
何がいけなかったのだろうか。
彼女は俺の目の前に立ち尽くしたまま、微動だに動かない。
まるで俺のことを見下ろしてるような……そんな感じだ。
「えっと……。ごめん、もしかして俺の隣に座るのが嫌だったかな? だったら俺立つけど……」
彼女は全身を使って横に振る。
どうやら、嫌というわけじゃないらしい。
……え、じゃあどういうこと?
もしかして、説教されると思って怖がっているのか?
待て、だとしたら誤解だ。
そもそもの目的は、投稿の内容をなかったことにすること。
説教なんてするつもりは更々ない。厳重注意はするけどね。
とりあえず、誤解を解かなくては……と思ったその直後、倒れたのかと勘違いしたぐらいの勢いで彼女は俺の隣に着席した。
遅れてやってくる女子特有の甘い香りが、俺の心を鷲掴みにする。
しかも、肩が触れ合うんじゃないかと思うぐらい距離が近い。
心臓が高鳴る。顔も焼けるように熱い。
それでも俺は、自分の最低最悪な未来を回避するために頑張って言葉を発した。
「ごめん、別に説教をするつもりはないんだ。
ただ、投稿の内容は嘘だったと訂正して欲しいだけなんだよ」
「……ごめん、なさい」
「いや、別に怒ってないんだけどな……」
「そ、そうじゃ、なくて……」
そう言いながら、彼女は静かにフードを脱いだ。
思わず、口から「え?」と声が漏れる。
彼女の可愛さに再度、驚かされたわけじゃない。
腫れたように真っ赤に染まった頬と左右に揺れる潤んだ瞳は、反省の色とは別の——————
「——————紙上先輩、好きです。……大好きです」
「……え?」
状況についていけない。情報処理が追いつかない。
そんな俺を他所に、彼女は自分のスマホを操作し始める。
そんでもって、今度は俺に一つの画面を見せてきた。
そこにはフォルダー名『紙上先輩フォルダー』と記載されており、写真数は千枚を余裕で超えていた。
何度目を擦っても、現実は何も変わらない。
「えっと……、これは……?」
「紙上先輩、入学式の時に在校生代表の挨拶しましたよね? その時に私、一目惚れしてしまったんです……」
「ひ、一目惚れって……」
在校生挨拶で一目惚れって、俺の中ではアレ黒歴史扱いだったんだけど……。
でも、見るからに嘘は吐いてはいなさそうなんだよな。
彼女の手元にも、『紙上先輩フォルダー』という最凶すぎる証拠もあるわけだし……。
でも、今の俺の心は石像のように冷たく、左右に揺さぶられることは絶対になかった。
「えっと、つまりは、七ノ宮さんが俺に告白したから投稿をしたってこと?」
「もちろん、それもあります。でも、それはあくまでも最後の引き金だったに過ぎないのです」
そして彼女は、わなわなと肩を振るわせながら言葉を綴る。
「忘れもしません。私はあの日、ランチを食べようと学食を訪れていました。満開の桜を満喫できる窓際の席。そこに座ろうとしたら、七ノ宮先輩が横取りしてきたんです! それで先輩、私になんて言ったと思いますか? 「ごめんなさい、小さすぎて見えなかったわ。もう席は取ってしまったから、他を探してちょうだい」って言ってきたんですよ!? 酷いと思いませんか!?」
「それは……、災難だったね……」
……うん、別の日に窓際の席に座ればいいんじゃねって思ってしまった自分がいた。
俺には景色を楽しむ習慣がないからよく分からないけど、写真好きの人は皆んなそんな感じなのだろうか。
彼女に投稿を修正してもらいたいから同情しないといけないけど、果たして今の俺にどこまでできるか……。
「ちなみに、腹いせに七ノ宮先輩の変顔を沢山取ってあげましたよ」
「え、何それ。めちゃくちゃ見たい。どんな感じのやつ?」
「ふふ、それはですね……」
そう言いながら、スマホの画面を操作する手が突然止まる。
それから彼女は、何かを思い出したかのように言葉を綴った。
若干、頬も赤いような……。
「あー……、そういえばその秘蔵ファイル、今は私の家にあるんですよね……。も、もし興味があれば、その……、私の家に……来ませんか?」
「え? 君の家に?」
「べ、別に無理にとは言いません! でも、先輩に私のとっておきの写真を見せられたらなって……」
こんな可愛い子からのお誘い、普通なら飛んで、走って、発狂して喜ぶところだろう。
そう、普通ならね。
正直、家に行ったら何をされるか分からないので、俺は丁重にお断りを入れる。
「ごめん、気持ちは嬉しいんだけど、お付き合いしてない女の子の家に上がるのはちょっと……」
「……先輩は、七ノ宮先輩以外にお付き合いしている人がいるんですか?」
彼女の声のトーンがガクンと下がる。
「いや、別にいないけど。そういうことじゃなくて、女の子の家に男が上がるのってあんまり良くないというか……」
彼女は、「なんでですか?」と言わんばかりに目をまん丸にして首を傾げている。
あーくそっ! なんて説明すればいいんだよ!
普通に説明したらかなりキモいし、そもそも女の子にそんな話ができるほど俺はプレイボーイじゃない。
でも、ちゃんと説明しないと納得してくれなさそうだし……。
「私、先輩になら、何されてもいいです……」
顔を真っ赤にしながら、照れ臭そうに、でもどこか嬉しそうな、そんな複雑な感情が入り混じったような表情をしながら彼女は俯いていた。
やばい。分かっているのに、勘違いしてしまいそうになる……。
頭が沸騰するように熱い。言葉にしようにも思うように言葉が出ない。
そして彼女は、恍惚とした表情を浮かべながら甘い声色で言葉を紡いだ。
「先輩……、先輩のスマホを、私でいっぱいにしてください……♡」
「……」
「私のこと、たくさん撮ってください♡」
「撮りません」
「むぅ、なんで撮ってくれないんですか?」
「そんな趣味はないからです」
「しょうがないですね。そしたら私が先輩のこと沢山撮ってあげます」
「遠慮しておきます」
「……せーんぱいっ! そんなこと言っていいんですか?」
そう言って彼女は、スマホの画面を俺に見せつけてくる。
……そうだった、俺がどうこう言える立場じゃなかったわ。
「明日、先輩が私の家に来てくれるなら、この場で投稿はヤラセだったと公言します。 先輩、もう一度聞きますね? 明日私の家に来ませんか?」
仮に行かないと言えば、七ノ宮さんの永久奴隷入りは確定してしまう。
となれば、俺の応えは必然だ。
「……うっす」
「やった、やった!☆」
ベンチに座ったままピョンピョンと跳ねる姿は大変愛くるしい。
てか、どんだけ俺を招き入れたいんだよ。
普通に嫌な予感しかしない。
でも、たった一日。たった一日さえ耐え抜けば全てが丸く収まるのだ。
そう、たった一日だけ耐えればいい……。
「ところで、君の名前を聞いてもいいかな? 流石に名前も知らないまま家にお邪魔するのは失礼過ぎるし……」
「すみません! 先輩が話しかけてきて興奮のあまり忘れてました! 私は加賀美真白って言います!」
「加賀美真白さん……素敵な名前だね」
盗撮趣味がなければ、もっと真心込めて素敵な名前だねって言えたのにね。
「改めて、俺は紙上日出だ」
「はい! 知り尽くしてます!」
「ハハッ……。それは光栄だね……」
本当に明日、大丈夫だろうか……。
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