2章 1節〜変わらない朝〜
俺は、いつもと同じ時刻に目を覚ました。
目覚ましは鳴らない。 それでも起きる時間はずれない。 部屋の明るさも、温度も、昨日と変わらなかった。
天井を見る。 特別な模様はない。
だが、なぜか昨日より少し近く感じる。
「……気のせいだな」 声に出して、そう結論づける。 考えるほどのことじゃない。 洗面台へ向かう。
床は相変わらず冷たくならない。 裸足の感覚も、昨日の続きだ。
顔を洗い、鏡を見る。 俺は、昨日と同じ顔をしている。 端末が、安定していると表示する。
「問題なし、っと」
短く呟いて、顔を拭く。
朝食を取る。 包装を開け、表示を確認する。 必要な栄養。 味の項目は、やはりない。
食べ終わると、皿は自動で回収される。 回収が終わるまでの時間が、以前より短い気がした。
「……早くなったか?」
そう思うが、 前の速度を正確に覚えていない。
コートを羽織り、ポケットに手を入れる。 指先に、硬い感触が触れる。
懐中時計だ。
取り出して、蓋を開く。 針は動いている。 秒針が、規則正しく音を刻んでいる。
チ、チ、という音。
朝の静けさの中では、少し目立つ。
「今日も動いてるな」 蓋を閉じ、ポケットに戻す。
音は、すぐに意識の外へ消えた。 外へ出る。 街は動いている。
だが、人の流れは昨日よりまばらだ。 「これでも世の中は回せるんだな」 そう言って、納得する。
納得できてしまうことに、違和感はない。
職場に到着する。 認証は短く、音もない。 作業区画に入ると、 正面の表示板が更新されていた。
極致計画 進捗 90% 大きな数字だが、 警告色ではない。 ただの進捗表示だ。
「……もう、そんなところか」 誰かに話しかけるでもなく、 独り言として口をつく。
いつから表示されていたのかは思い出せない。 作業端末を起動する。 今日の点検項目が並ぶ。 また、少し減っている。
「効率化、ってやつだな」
そう理解して、 一つずつチェックを入れていく。
周囲を見ると、 空いている作業区画が目につく。 使われていないだけで、 撤去されたわけではない。
「そのうち、埋まるだろ」
そう言って、 そのまま作業に戻る。 極致計画の数字は、 作業をしている間も表示されたままだ。
極致計画 進捗 90%
減りもせず、増えもせず、 ただ、そこにある。 俺はそれを見上げることもなく、 今日の作業を続ける。 仕事はある。 世界も動いている。
それで、今は十分だった。




