1章 3節〜縮小していく職場〜
作業区画に入ったとき、
そこにいたのは、いつもより少ない人数だった。
気のせいかと思い、周囲を見渡す。
通路は同じ幅で、照明も変わらない。
変わっているのは、人の配置だけだ。
「……今日は少ないな」
独り言のつもりで言うと、
近くにいた作業者が肩をすくめた。
「配置換えだろ」
それ以上の説明はなかった。
端末にも、特記事項は表示されていない。
工具を確認し、作業を始める。
点検項目は、また少し減っていた。
減った、という感覚だけがあって、
昨日との違いを示す数字は出てこない。
作業の合間に、隣の区画から声が聞こえる。
「なあ、聞いたか」
低く、雑談に近い声だった。
「もうすぐ極致に至るらしいぞ」
手が、一瞬だけ止まる。
極致。
最近、よく耳にする言葉だ。
世界が、完璧へと近づいているらしい。
詳しい説明を受けたことはない。
だが、誰も否定しない。
「へえ」
別の誰かが、気のない返事をする。
「そうなりゃ、俺たちの仕事も減るな」
笑い声はなかった。
冗談なのかどうかも分からない。
俺は作業を再開する。
チェックは滞りなく進む。
問題は、表示されない。
ふと気づくと、
以前は使われていた区画の一部が、
立ち入り不可の表示に変わっていた。
「ここ、前から閉まってたか?」
誰かに聞いたつもりだった。
返事はない。
端末を確認する。
不要区画、とだけ表示されている。
理由は書かれていない。
人が減り、
作業が減り、
それでも街は、問題なく動いている。
「……まあ、そういうもんか」
口に出すと、
自分の声が少しだけ大きく聞こえた。
作業を終え、報告を送る。
承認は即座に返ってくる。
短い振動だけが、完了を知らせた。
帰り際、
かつて誰かがいたはずの場所を通り過ぎる。
そこにいた誰が、いついなくなったのか、
思い出せない。
職場は、確実に小さくなっている。
それでも、特別な不便はない。
「極致、か」
誰に向けるでもなく、呟く。
意味は分からない。
だが、その言葉だけは、
やけに滑らかに口から出た。
まだ、人はいる。
まだ、声もある。
ただ、それが
いつまで必要とされるのかは、
表示されていなかった。
帰り支度を整え、コートに腕を通す。
ポケットの中で、何かが指に触れた。
懐中時計だ。
昔から持っている。
取り出して、蓋を開く。
針は、問題なく進んでいる。
秒針が、一定の間隔で音を刻んでいる。
チ、チ、という小さな音。
周囲の機械音に紛れて、意識しなければ聞き逃してしまう程度のものだ。
「……まだ動いてるな」
誰に向けるでもなく、そう呟く。
止まる理由はない。
止まっていないことを、疑う必要もない。
蓋を閉じ、ポケットに戻す。
音は、すぐに意識の外へ消える。
俺は職場を後にする。
街は変わらず動いていて、
作業も、明日にはまた始まる。
その中で、
小さな時計は、
何事もなかったように時を刻み続けていた




