1章 1節〜繰り返す日常〜
俺は、毎日同じ時刻に目を覚ました。
目覚ましは鳴らない。鳴らさなくなったのか、最初から使っていなかったのかは覚えていない。ただ、目を開けると部屋は決まった明るさで、決まった温度を保っている。
天井を見上げる。
特別な模様も汚れもない。継ぎ目は一切なく、最初からそうだったみたいに整っている。
何かを考えようとして、やめる。考えるほどのことじゃない。しばらくそのまま、何もせずにいた。
「仕事の時間だな」
そう口にして、ベッドから起き上がり、洗面台へ向かう。
床は冷たくない。冷たくならない素材だと、どこかで読んだ気がする。裸足で歩いても、不快な感覚は残らない。残らないことを、わざわざ意識する必要もない。
顔を洗い、目をこすり、鏡を見る。
鏡の中の俺は、昨日と何も変わらない。
顔色は安定している。
疲労の兆候は検出されない、という表示が端末に浮かぶ。
俺はそれを読んだが、特に何も思わなかった。
思わなかった、という事実だけが残る。
「飯にするか」
包装された食品を開け、表示を確認する。
必要な栄養で満たされている。味についての項目はない。それで十分だった。
これが最も効率的だと店で宣伝していたから、俺はこれを買っている。
食べ終わると、皿は自動で回収される。
それを見送りながら、なぜ見送っているのかは考えなかった。椅子から立ち上がる。
「そろそろ行くか」
空気は整えられていて、匂いはほとんど感じられない。風はあるが、強さを測るほどの変化はない。
空を見上げようとして、やめる。見上げなくても、困らない。
通勤路は決まっている。
道幅、照明、歩行速度。すべてが平均化されていて、前後の人との距離も自然と保たれる。誰かとぶつかることはないし、急ぐ必要もない。
急ぐ理由が、思いつかない。
途中、電子表示板が目に入る。
以前は文字が並んでいた気がするが、今は簡単な記号だけが流れている。それが何を示しているのか、俺は考えない。必要な情報は端末に届く。そう決まっている。
歩きながら、ふと足取りが遅くなる。
理由はない。
いや、理由を探すほどの違和感ではなかった。遅くなったこと自体が、すぐにどうでもよくなる。
職場に到着する。
認証は短く、音も出ない。扉は抵抗なく開き、俺を中に通す。
更衣を済ませ、工具を確認する。
昨日と同じ数。
昨日と同じ重さ。
……だったはずだが、確信が持てない。
工具箱を持ち上げ、少しだけ腕に力を入れ直す。
軽い、というほどではない。重くもない。
判断がつかず、それ以上考えるのをやめる。考えなくても、作業は進む。
作業端末を起動する。
今日の予定が表示される。項目は多いが、どれも見覚えがある。
一つずつ確認し、チェックを入れる。チェックを入れるたびに、画面は次へ進む。
途中で、画面が一瞬だけ切り替わる。すぐに元に戻る。
俺は瞬きをしただけだと思い、チェックを続ける。
問題は表示されない。
それで十分だった。
俺は作業を続ける。
今日も、昨日と同じ一日になる。
そう判断するのに、特別な根拠は必要なかった。
それが正しいかどうかを確かめる項目は、どこにもなかった。




