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丘の向こうへーー語り始めた風

無理

丘の向こうへーー語り始めた風

丘を越えると、風景が変わった。

そこには、地図にない地形が広がっていた。

空は高く、雲は低く、風はどこからともなく吹いていた。

だが、その風は、彼女の言葉に応えるように、

まるで耳を澄ませているようだった。


風の精霊は、足を止める。

目の前には、何もない。

ただ、広がる空間と、静かな空気。

けれど、彼女は知っていた。

ここは、語られるのを待っている場所だと。


彼女は、日記を開く。

その余白に、ゆっくりと指を滑らせる。

そして、語り始める。


「ここは、誰も知らない場所。

でも、私が歩いたから、ここに風が吹いた。

だから、私は名をつける。

この場所を、“はじまりの野”と」


その言葉が空気に溶けると、風がふわりと舞った。

草が生え、地面が柔らかくなり、

遠くに小さな花が咲き始めた。


風の精霊は、微笑む。

語ることで、世界が形を持ち始める。

それは、誰かに与えられたものではない。

彼女自身が選び、紡いだもの。


そのとき、遠くから足音が聞こえた。

炎の精霊だった。

彼もまた、霧の道を選び、丘を越えてきた。


「……来たんだね」


風の精霊が言うと、炎の精霊は少し照れたように笑った。


「お前が語るなら、俺も語るさ。

この場所に、灯をともすために」


彼は、地面に膝をつき、手をかざした。

すると、風に揺れる小さな灯が現れた。

それは、まだ弱いけれど、確かに温かかった。


「この場所を、“灯の丘”と呼ぼう。

誰かが迷ったとき、ここに戻ってこられるように」


風の精霊は、うなずいた。

ふたりの言葉が、風と灯となって広がっていく。


そして、空の彼方から、水の精霊の声が届いた。

彼女は、空の道を選び、風に乗っていた。


「聞こえてるよ。

あなたたちの言葉が、空に届いてる。

私も、語るよ。

この空に、“流れの名”を」


雷の精霊の声も、大地から響いた。


「俺は、この地に“誓いの根”を張る。

語ることで、守るものができるなら――それが俺の道だ」


グランファリーさんの声は、静かに風に混ざった。


「語る者が集まれば、森になる。

私は、“語りの森”を育てます。

誰かが言葉を失ったとき、ここで思い出せるように」


風の精霊は、日記を閉じた。

その表紙には、もう何も書かれていなかった。

けれど、彼女は知っていた。

この物語は、もう始まっている。


語る者たちが、それぞれの場所で風を吹かせる。

それは、世界を変える力ではない。

でも、誰かの心に届く力だった。


そして、風の精霊は、丘の上に立ち、静かに言った。


「この物語は、私たちが語る。

誰かに見られるためじゃなく、

誰かを見つけるために」


風が吹いた。

それは、語り始めた風だった。


---


次章予告:「語りの森と灯の丘」

語る者となった精霊たちは、それぞれの場所に言葉を刻み始める。

風は“はじまりの野”に名をつけ、炎は“灯の丘”に灯をともす。

水は空に流れを描き、雷は大地に誓いを刻む。

森は静かに語りの根を育てていく。

それぞれの言葉が、世界に風を吹かせる。

そして、誰かがその風に気づいたとき――新たな出会いが始まる。

無理

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