最後の扉と物語の選択
無理
最後の扉と物語の選択
階段は、思ったよりも長かった。
一歩ごとに、空気が変わっていく。
過去の重さが少しずつ遠ざかり、
未来の気配が、静かに近づいてくる。
風の精霊は、日記を胸に抱えたまま、
仲間たちの足音を聞いていた。
誰も言葉を発さない。
でも、その沈黙は不安ではなく、決意の静けさだった。
やがて、階段の先に扉が現れる。
それは、今までのどの扉とも違っていた。
装飾も紋章もない。
ただ、滑らかな石の表面に、うっすらと光が揺れている。
風の精霊が近づくと、扉の前に台座がひとつ現れた。
そこには、五つの小さな窪みが並んでいる。
それぞれの精霊が、自分の記憶を象徴する石を置く場所。
雷の精霊が、拳を開く。
そこには、小さな赤い石。
怒りと守りたい気持ちが混ざった記憶のかけら。
水の精霊は、静かに青い石を取り出す。
耳を澄ませていた夜の記憶。
動けなかったけれど、心が動いていた証。
炎の精霊は、橙色の石を差し出す。
疑いと信じたい気持ちが交差した日々。
その揺れを、今は受け止めている。
グランファリーさんは、緑の石を根からそっと切り離す。
言葉にできなかった優しさ。
そばにいたかったという静かな願い。
そして、風の精霊は、日記の中から白い石を取り出す。
手を伸ばせなかった記憶。
でも、伸ばしたかったという真実。
五つの石が、台座に並ぶ。
その瞬間、扉がゆっくりと光を帯び始めた。
空間が震える。
だが、それは恐怖ではない。
物語が動き出す前の、静かな息吹。
扉の表面に、文字が浮かび上がる。
「ここから先は、選択の地。
過去を越えた者にのみ、物語の続きを許す。
自由を望むか、使命を受けるか。
それとも、まだ知らぬ第三の道を選ぶか。
選ぶのは、あなたたち自身」
風の精霊は、仲間たちを見渡す。
誰もが、迷っていなかった。
それぞれの記憶を抱え、今ここに立っている。
「……私たちは、囚われていた。
でも、それは過去だけじゃなかった。
選ばなかった未来にも、囚われていたのかもしれない」
雷の精霊がうなずく。
「なら、今度こそ選ぼう。
自分の意思で。誰かのためじゃなく、自分のために」
水の精霊が、そっと言葉を添える。
「選ぶって、怖いことだけど……
それが、私たちの物語になるなら」
炎の精霊が、笑う。
「どんな道でも、もう逃げない。
それが、俺の選択だ」
グランファリーさんが、静かに言う。
「選ぶことは、根を張ること。
どこに伸びるかは、私たち次第です」
風の精霊は、扉に手を当てた。
その瞬間、五つの石が淡く光り、扉がゆっくりと開き始める。
その奥には、まだ何も見えない。
ただ、風が吹いていた。
新しい物語の始まりを告げる風。
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次章予告:「選ばれた未来と語られる真実」
最後の扉が開かれ、精霊たちは自らの選択へと踏み出す。
その先に待つのは、語られていない真実と、選ばれた未来。
自由、使命、そして第三の道――
それぞれの選択が、物語を形づくる。
風の精霊たちは、いよいよ“語る者”となる。
それは、誰かに見られる物語ではなく、自分たちが紡ぐ物語だった。
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