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9.暴圧の領主1

 そこは豪華な寝室だった。

 大きなベッドにいるのは一組の男女。

 巨大な男――サッドラーは、自身の横に座る少女の肩を掴み無理やり抱き寄せた。まるで下着のような恰好でサッドラーにくっつく少女は、全身を緊張で強張らせ、表情にも怯えが浮かんでいる。


「お前はいつまで経ってもウブなまんまだなぁ、オイ」

 太い指で少女の肩を撫でながら、サッドラーはニヤニヤと笑う。

「ご、ごめんなさい……」

 少女は怯え切った目で、サッドラーと目線を合わせることさえなく謝罪する。その表情と声音は、ますますサッドラーを高揚させた。


 そこは、領府の敷地内に建つ領主の屋敷――その中にあるサッドラーの寝所だった。

 広々とした部屋を飾る高級そうな調度品の数々。豪華なシャンデリアに、装飾付きの窓、広いバルコニー。それらは、粗野なサッドラーにはおおよそ似つかわしくないものだ。

 それも当然、この部屋の内装は前領主――つまり、サッドラーがヴィルムを支配する以前の領主が拵えたものである。屋敷そのものの内装は、その時から殆ど変わっていない。


 唯一変わったものは、この部屋のベッド。一人はおろか二人で使うにしても大きすぎるベッドは、彼が領主の地位を“乗っ取った”後に用意されたものだった。

 龍王の配下としてヴィルムを支配して半年。

 サッドラーは何人もの女性をここへ連れてきては犯し、犯しては殺し、殺しては犯した。女性たちの亡骸すら、彼にとっては慰みの道具でしかなかったのだ。


 現在たった一人の例外が、この少女だった。

「お前は最高の女だぜ、アイシャ。お前に比べれば、これまで相手にしてきた他の女どもなんざ全員ゴミみたいなもんだ」

「あ、ありがとうございます……。こ――……、……」

 光栄です、と言いかけて彼女は言葉を飲み込んだ。生きるためにはサッドラーに媚びるべきで、媚びるためにその言葉を言った方が良いのだろう。しかし、アイシャの口からそんな言葉は出てくるはずもない。


「怯えるんじゃねぇ。お前が使える女でいる限り、俺はお前を殺したりはしねぇよ。他の女みたいにな」

 肩を撫でるサッドラーの指がアイシャを軽く叩いた。解っているな?と言いたげに。

「……は、はい」

 ここへ来て3ヶ月。何度もサッドラーに嬲られた彼女だったが、幸いにも命の危険に晒されたことはない。

 彼の言うことは事実なのだ。だから少女が彼を満足させている限り、命が脅かされることはない。少なくとも、今はまだ。

「サッドラー様のために……精一杯、ご奉仕いたしますから……」

 少女の言葉を聞いて、サッドラーは満足げに笑った。手に入れた戦利品を誇るように。


 実際のところ、サッドラーは龍王の目的になど興味はない。

 彼の目的は『支配』。他の人間たちが己にひれ伏し、畏れ崇める状況を作ることだった。


 龍王の掲げる『平和』――そのための手段であるところの『恐怖による支配』。

 そんな手段こそがサッドラーにとっては目的に他ならないのだ。

 平和になど興味はない。ただ自身が他者を支配することさえ出来れば。

 思うまま暴力を振るい、好きに殺し、好きに犯し、そして他者を従わせ、己の思い通りに動かす。それこそ彼にとっての目的であり理想。

 そのために彼は龍王の兵となったのだ。彼の築き上げた理想郷を破壊しようという者があれば、サッドラーは決して赦さないだろう。それがたとえ他のテイルたちや、龍王本人であろうと。


       *


 長い一日が始まり、俺は今日も変わらず作業に従事している。エリンはこの作業場にはいない。今日は別の場所に割り振られたようだった。

 今はまだ午前中。終業の時間までは長い。そんな事実に気が遠くなりながら、ひたすらに鉱石を掘り出し続けていく。

 自身の中のどうしようもない疲労感を誤魔化すように、俺は『エタニタス・リィンベル』のことを考え出していた。


 俺がプレイしていたのは序盤も序盤、そしてストーリーを進めるよりレベルアップなどの作業ばかりしていたので、内容は殆ど知らないと言っていい。

 もし順当にヴィルムのストーリーを進めていたら、この状況を打開する方法も分かったんだろうか。

 いや、そもそもだ。

 エリン、そして妹のアイシャ。彼女たちは、ゲームの登場人物の中にいたのだろうか……?


 ゲームの主人公ならば俺とは違い奴隷商に負けることはないので、炭鉱送りにされることもなかったはずだ。そう考えると、俺がここにいるのは既定の流れ通りでなく、オリジナルの展開ということになる。

「こんなことなら攻略情報、一通り読んどくんだったな……」

 思わずそんなことを呟いていた。ストーリークリアの手順とか見ておくんだった。

 尤も、すでに道を外れている可能性は高いのだが。分かっているのといないのとじゃ、やっぱり安心感は違う。


 悔いても仕方ないと理解はしても後悔に浸る気持ちは止められない。虚しさを感じながら削り取ったヴィルムライトを荷台に載せた時だ。

「まぁた毒かぁ?」

「チッ、面倒くせぇ」

 そんな係官たちの声が近くから聞こえた。


 目を向けると作業者の男が一人倒れている。係官たちがつま先で小突いているが、動く気配はなかった。

 毒か、体調不良か、それは傍目には分からないが、どうであれ係官たちには彼を治療しようという気はないだろう。

 エリン曰く元は普通の人だったであろう係官たち。今はその面影も感じられない。

「ここで倒れられると邪魔なんだよな~」

「しょうがねぇ。捨てに行ってくるか」

 やれやれと言った風に、髭の濃い係官と禿げた係官が話している。そこへ、

「だったら私が行ってきます」

「お~気が利くじゃねぇか」


 一人の男が名乗りを挙げたので、髭の係官は満悦な顔をしてその男に倒れた人を押し付けようとした。が、

「ん? お前……」

 係官が顔を顰めて男を睨み付けた。

「思い出した。お前、この間の奴じゃねぇか! 倒れたやつ捨てに行くふりして医務室に連れてったって聞いたぞ」


「え……?」

 それが耳に入り、俺は思わず男の顔を見つめた。

 確かに……言われてみれば見覚えがあった。以前に毒で倒れた人がいた時、自ら名乗り出て運んでいった男だ。

 そうか、命令を無視して医務室に連れて行ってたのか……。

「よくも余計なことしやがったな、てめぇ」

「お言葉ですが、あの時の彼はまだ手遅れではありませんでした。助かる見込みがあるなら救助するのは当然の――」

「うるせぇ! 口答えしてんじゃねぇよ何様だ!」


 激高した髭の係官が男を蹴り飛ばす。だが彼はそのままよろよろと這うように、倒れている人の元まで向かって行った。

「おい、何やってんだ?」

「彼を連れて行きます。いいですね?」

「あぁ?」

 問いかけの言葉とは裏腹な有無を言わせぬ口調に、係官のこめかみがピクピクと動いた。

 あの男は俺や他の人たちと変わらない、みすぼらしい恰好をしたただの奴隷のはずだ。なのに、その態度や言葉には妙な迫力があった。相対する係官など、本来なら怯えるに値する存在でないと思わせてくれるような。

 しかしそんな態度を係官たちが快く思うはずもない。


「おい、知らねぇのか?」

 横から、禿げがニヤニヤしながら声を掛けた。

「こいつは“あの”ハインツだよ」

「こいつが、“あの”?」

「…………」

 奴らは意味深にそんなことを言った後、ハインツと呼ばれた男に対して暴行を加え始めた。こっちに来てから、何度も、

飽きるほど何度も見た光景だ。


 そんなことをしている間、倒れている人は放置されたままだ。すぐに医務室に運ばないと間に合わないかもしれないのに。

 それなのに、こんなことしてる場合じゃないだろ……。


「馬鹿だよなぁ……あいつ……」

「ああ……倒れた奴なんて放っときゃいいのに……」


 近くからそんな話し声が聞こえた。他の炭鉱夫たちは騒動に目を向けず作業を続けている。自分の身を守るためなら、間違いなくそれが正しい。見て見ぬふりをするべきで、俺だって作業に戻るべきだ。

 でも、本当にそれでいいのか……?


「おい、お前!」

「……!」

 そんな俺を恫喝するような声が聞こえ、俺はビクッと肩を震わせた。ハインツを暴行しているのとは別の係官が、遠くから近付いてくる。

「手が止まっているぞ、何をサボってるんだ?」

「そ、そこに倒れた人がいて……」

 俺はひっくり返りそうになる声をなんとか抑えて答えた。

「あぁ?」

 係官が倒れた人に目を向ける。

「それがなんだ? お前の作業に関係ないだろ」

「で、でも……っ、すぐに運ばないと――」

「っせーな、口答えしてんじゃねぇよ!」

「ひっ!」

 鞭がしなり左腕に激痛が走った。


 ああ、クソ。暴力でしか物事解決しようとしない乱暴者ども。

 龍王のせいとか、サッドラーのせいとか、原因はあるのかもしれないけど。そうだとしても、今、楽しそうに暴力を振るってるのはこいつら自身だ。


「じゃ、じゃあっ……あなたが運んでくれるんですか……!? もし運んでくれるなら、俺は大人しく作業に戻りますよ……!」

 そんな奴ら相手に堂々と立ち向かえず、喉を震わせる自分を情けなく思う。

 結局、痛いのは嫌だし怖いものは怖い。でも、そんな『怖い』という感情に負けていたら、現状は何も変えることは出来ないし、俺はこの炭鉱から抜け出すことすら出来ないだろう。


「あぁ? 俺が運ぶわけねぇだろうが。何言ってんだ」

「で、でしょ? だから俺が連れて行くって言ってるんですよ……!」

「……よほどサボりてぇようだな」

「それは誤解です! 俺はただ、あの人をこのまま死なせちゃいけないって――」

「口答えすんなっつってんだろうが! てめぇもああしてやろうか!」

「ぎっ――!」


 もう一発、鞭の一撃を喰らう。痛い。痛いが、ここで引き下がったら喰らい損だ。

 俺はハイにでもなっているのか、どうせ逆らうなら意見を押し通そうと強気になっていた。ハインツにあてられたのかもしれない。

「お、俺まで倒れたら……作業者が2人も減ってしまうんですよ、いいんですか?それで……」

「だからなんだ? お前らの代わりなんかいくらでもいるんだよ。またどっかから連れてくるだけだ」

「でも、代わりだって一瞬で用意出来るわけじゃないでしょ? それに……俺とあの人、2人分の死体を片付けなきゃいけない。……ハインツさんまで加わったら、3人分ですか」

 係官は苛立たしげな顔を浮かべるが、すぐには言い返してこなかった。

 もし3人が倒れたら、その邪魔な3人分の体を片付ける誰かは必ず必要になるわけで……。結局外に捨てに行くなら、その誰かは作業を中断することになる。

 だったら、今医務室に連れて行くのも同じこと。むしろ、俺やハインツを無駄に痛めつける方が却って効率が悪くなると、こいつらだって解っているはずだ。


「あなたたちだって、サッドラー様からせっつかれてるんじゃないんですか・……?」

「……」

 どうやら図星だったらしく、係官が喉を詰まらせた。

 俺たちを脅すこいつらとて、サッドラーに脅される立場でもある。きっと一定程度の成果を上げないと、こいつら自身がサッドラーからどやされるのだろう。

 どやされる、なんて程度の穏やかなもので済むかはともかく。


「……チッ」

 やがて目の前の係官から舌打ちが聞こえた。そして吐き捨てるような言葉と共に俺を睨み付け、

「面倒くせぇ。行くならさっさと行け」

「……!」

「早く戻ってこいよ!」

 その言葉を聞いて、俺は倒れた人の元に駆け寄る。

 どうやら薄らとだが意識はあるようだった。ひとまずホッとしつつ、その人に肩を貸す。


「あとお前ら、いつまでやってんだ。そいつを作業に戻らせろ」

「だってよ、良かったな」

 炭鉱の出口に向かう俺たちの背後からそんな声が聞こえた。

 この場はなんとか収まったものの、事態は良くなっていない。やはり問題の根本を……サッドラーをどうにかしないとならないだろう。

 そのためには……


 あのハインツという人物……係官たちの物言いからしても、何か訳ありの人物かもしれない。

 ……試しに、彼に話を聞いてみるか。医務室に向かいながら、俺はそんなことを考えるのだった。


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