7.炭鉱の街・ヴィルム
『炭鉱の街・ヴィルム』はその名前の通り、炭鉱と共に発展した街だ。
街が抱える鉱山から採れる『ヴィルムライト』と呼ばれる鉱石は、万能の鉱石として建築物や武器の原料になったりもしているらしい。
そういえばゲームのプレイ中にも、素材アイテムの中にそんなものがあったっけ。
「おらっ、もっときびきび働け!」
「サボってんじゃねーぞ!もっと掘り出せ!」
――その採掘場は悲惨な現場だった。
ヴィルムの炭鉱では行き場がない人たちや、俺と同じように売られてきた人たちが、奴隷として休みなく働かされていた。
それを監督する威圧的な係官たちは大声を張り上げながら、脅しのために鞭を振るい度々地面に打ち付けている。その鞭が自分に振るわれやしないかと、皆怯えながら作業に従事するのだ。
炭鉱内には、石を削る音と係官たちの怒声、奴隷たちの悲鳴がひっきりなしに響いていた。
「おい、今勝手に休んでなかったか?」
「ひっ……!す、すみまーー」
「口より手ぇ動かせってんだよ!」
「ぎゃ……!」
鞭がしなり、赤い飛沫が辺りに散った。
ぶたれた男はよろよろと立ち上がるが、その身体を係官が蹴飛ばし、早く作業に戻るように急かした。自分で余計な怪我を負わせたくせに、早くしろなんて理不尽な――しかし文句を言う人間は誰もいない。
俺はそんな様子を横目に見ながら、工具で石を削る手を動かす。少しでもサボっていると思われれば、今度はこっちに飛び火しかねない。
ここに来てから殴られたり叩かれたりしたことは一度や二度じゃない。出来ればあんな思いはしたくない。俺は自分が標的にならないよう必死だった。
石を削り、出てきた黒い鉱石を荷台に積み上げていく。これがいっぱいまで溜まったら、決められた集積所まで運ぶのだ。
「おいおい、寝てんじゃねぇぞ~?」
「ぜぇ、ぜぇ……み、水……」
「水~? んなもん飲んでる暇テメェらにはねぇぞ!終業時間までお預けだ」
「そ、そんな……」
「何をぼさっとしてやがる!」
「す、すいません……! で、でもコイツ、さっきから全然動かなくて……!」
「あぁん? 毒吸い過ぎたんだろ。ほっとけ!」
「えっ……? でも治療――」
「ほっとけって言ったんだ! 脇にどけておけ!」
係官が言った毒とは……どうやら鉱山内部には一部毒の噴出する箇所があるようだ。それを吸い込みすぎると人体に影響が出るらしい。
誰かに聞いた話でしかなかったが、どうやらただの脅しではなく事実だったと実感する。
俺もそんな所に当たらないように気を付けないと……。気を付けて避けられるものかは、分からないけど。
「そいつ生きてるかぁ~?」
「あぁこりゃダメだな。手遅れだろ」
「ちっ! 誰かそいつ捨ててこい!」
「私が行ってきます……!」
「おう。なるべく早く戻れよ!」
「わ、分かりました!」
自ら名乗りを挙げた奴隷の男が、手遅れだという人の身体を肩に担いで運び出す。
本当に手遅れかどうかは疑わしい……まだ間に合うのに、医者に診せるのが面倒だから、そういうことにしてるだけじゃないのか?
なんにせよ、ここで放置されたらきっと本当に死んでしまう……。だが、俺にはどうすることも出来ない。余計なことを言えば、今度は俺自身が“手遅れ”になりかねないのだ。
「ほ、本当にいいんですか……?」
「うるさい奴だな。心配するふりしてサボろうとしてるんじゃないだろうな? お前もああなりたいのか?」
「ち、違います違います……! 作業に戻ります……!」
最初に心配した男は怯えた様子で作業に戻っていく。
俺もちゃんと作業をしないと酷い目に遭わせられかねない。ここの係官たちは横暴だ。まるで人を痛めつけることに悦びを見出してるかのような……。
奴隷商の部下に敗北した俺が鉱山に連れてこられて一週間ほどが経っていた。
毎日毎日、十時間は働かせられているだろう。当然休日なんてものもない。よく体力がもってるものだと、自分に感心する……。
もちろん俺以外の人たちもそんな境遇で、より体力のない人たちが倒れていく光景を何度も目にする。
しかし係官たちはそんな人のことなど気にも留めない。隅に転がしたまま放置なんて当たり前、死んだところで雑に葬られて終わりだ。
なぜなら代わりはいくらでもいる。人が死んだら次の人を連れてくればいい。人の命が安い場所だ。まるで消耗品のように、生命が浪費されていく。
ヴィルムの鉱山は元からこうだったのか? それとも、これも龍王やテイルの影響なのか?
「はぁ……」
毎日昼に30分だけ休憩時間があるのだが、それはもうとっくに終わっている。後はこのまま就業まで鉱石を掘り続けるだけだ。
あと何時間あるのか、時計がないから時間も分からない……。
疲労を感じながら、掘り出したヴィルムライトを荷台に積み上げる。けっこう溜まったから、そろそろ集積所に持って行くか……。
「よい、っしょ……」
立ち上がり、荷台の取っ手を掴む。
「あ……」
だがその時だ、しばらく同じような姿勢でいたのが良くなかったのか、立ち眩みを感じた俺は足元がふらついてしまう。
このままじゃマズい、と思うのと取っ手を掴んだまま俺が地面に倒れ込んだのは殆ど同時だった。
倒れた拍子に荷台がひっくり返り、積み上げていた鉱石を派手にぶちまける。
「――何事だ!!」
当然、物凄い音が辺りに響く。係官たちが気付かないはずもなかった。
「す、すみません! すみません……!」
俺はその場で頭を下げて必死に謝る。が……
「どんくせぇ野郎だな。教育が足りねぇか?」
「いづ……っ!」
謝った程度で許されるはずもなく、鞭が俺の背中を打つ。薄っぺらいシャツ越しに、裂けたかと思うような強烈な痛みが襲った。
「まともに石も掘れねぇ無能な奴隷どもが!」
「うっ……す、すみません……」
なんだってこいつらはこんなにも横暴なんだ。教育ってなんだよ、と言いたくもなるが、口が裂けてもそんなことは言えない。もし言葉にすれば、横暴なこいつらのことだ、下手すりゃ本当に口を裂かれかねないだろう。
「さっさと片付けて運んでおけ!」
「は、はい……」
撒き散らした鉱石を、俺は急いで荷台に載せていく。
見張る係官の視線が突き刺さり、時々「遅い!」と鞭が地面を叩く。幸いにもそれが自分に飛んでくる前に石を戻した俺は、今度こそ荷台をひっくり返さないよう集積所に向かうのだった……。
*
空の荷台と共に集積所から戻った俺は、また元の場所で作業の続きを始める。先程ぶたれた背中は未だにズキズキと痛みを訴えていた。
俺は一体いつまでこんな所にいればいいのだろう。
隙を見計らって脱出――は、出来ないこともない。
作業中はさすがに係官の目があるので無茶だが、たとえば寝所に戻ったとき。たとえば作業中、なんらかの事情で鉱山の外に出ることになったとき。丁度、先程瀕死の人を運び出していった男のように。
実現可能性はさておき、“チャンスはないこともない”という状況だ。尤も脱出に成功したとて、その後はどうすればいいのか。
ゲームに則るなら、テイルを倒しに行くべきなんだろう。だが無力な俺が、一人で何を出来る?
「さっきは大変だったね」
考えながら作業をしている俺に、隣から声が掛かった。
優しく労わるような、女性の声だった。
「……あ、あぁ――……ど、どうも……」
考え事をしていたのに加え、そんな風に声を掛けてくれる人がいるのが意外で、咄嗟に言葉が出てこなかった。結果、どもりながら辛うじてそれだけ口にする。
俺は声の主の女性に目を向けた。
「――っ」
そこにいたのは、女性というにはまだ若い少女だった。歳のほどはせいぜい10代後半――高校生くらいに見える。
ゆるくウェーブのかかったような癖毛は明るめの赤で、肩よりも少し長い。顔立ちはとても可愛らしく、優しげな表情を浮かべていた。
手首には緑色の飾りのついたブレスレットを着けている。こんな場所に似つかわしくない綺麗なアクセサリーが、とても印象的だった。
「…………」
俺は、自分よりも10は年下だろう彼女に見惚れ、つい手を止めてしまっていた。
「――手、止めると危ないよ」
「はっ――。そ、そうだな」
少女に小声で指摘され、俺はハッとする。慌てて石を削る作業を再開した。
係官がやって来る気配はない。どうやらバレなかったようだ。
「まさか、誰かに声掛けてもらえるなんて思わなくて……・」
「あはは。ごめん、驚かせちゃった?」
俺たちは小声のまま話を続ける。
炭鉱内はいつだってそれなりに騒がしいので、先程のように余程大きな音を立てなければ、多少話していても見つかることはない。もちろん、それで手が止まれば話は別だ。
「驚いたというより、意外だったよ。皆、他人を気に掛ける余裕なんてないと思ってたから」
しかも、俺みたいな奴を。今までの人生、他人に気に掛けてもらったり心配してもらえたことなんて、一体どのくらいあっただろう。そんなことを思ってしまうような人生だった。
「本当は、最初にあなたを庇っていれば良かったんだけど……」
「それは……でも、しょうがないよ。うっかり庇えば今度は君が標的になるかもしれないし」
「…………」
「?」
少女は面持ちを暗くして黙り込んでしまう。何か変なことを言ってしまっただろうか。
「あの……」
「あ、ううん。なんでもないよ」
彼女は笑顔で首を振る。それから気を取り直すように、
「私ね、エリンって言うの」
「エリン……」
少女が名乗ったことで俺はすっかり気を取られ、先程の表情の意味などどうでも良くなってしまった。
いきなり嫌われたとか、そういうことでさえなければ、俺がそこまで気にするようなものではないだろう。
「あ――俺は……秀平って言うんだ。よろしく……」
「シューヘー……?」
名乗った後だが、俺はちょっと「しまった」と思った。
こっちの人たちの名前は基本的に西洋風だ。対して俺の名前は思い切り日本風のもので、あまりにも名前の雰囲気が違いすぎる。
だから、ひょっとしたら何か怪しまれるかもしれない……と、俺は肝を冷やしたのだが――。
「シュー……ヘー……。
うーん……ごめん。ちょっと呼び辛いから、『シュウ』って呼んでもいいかな?」
「! あ、あぁ! ぜんぜん、全然いいよ!」
「どうしたの? 凄い嬉しそうだけど」
「嬉しいというか――いや、俺も自分の名前、ずっと言い辛いと思ってたんだよ……!」
大嘘だ。
お礼は咄嗟に出てこないくせに、よくこんなことばかり口が回るものだ。騙してるみたいで気が引けるが、仕方ない。
「それに、あだ名なんて付けてもらったの人生で初めてでさ」
ちなみに、こっちは本当。
「そうだったんだ。これからよろしくね、シュウ」
「ああ――、……」」
エリン、と呼ぼうとして躊躇した挙句、俺の言葉はそこで止まってしまった。女子の名前を、しかも初対面で呼ぶことに、少し気が引けてしまったのだ。
――多分、こういうところが良くないんだろうな。
なんてことを思う。人と深い付き合いが出来ない、どうしても壁を張ってしまうのは、俺の臆病が原因だろう。
変だと思われたらどうしようとか、馴れ馴れしいと思われたらどうしようとか。余計なことにばかり気を揉んで、結果まともな友人一人いないんだから世話ない。
「それにしても、君みたいな若い女の子までこんなところで働いてるなんてな」
俺はそんな内心を誤魔化すようにエリンに話題を振った。
「『私みたいな』って。若いって言うなら、シュウだってたいして変わらないじゃない?」
「え? あぁ、まあ……そりゃそうだけど」
そうだった。俺の作った主人公の見た目になってるから、本当の歳より若返ってるんだ。多分、20歳前後に見えてるんだろう。
「君も……奴隷として無理やり連れて来られたのか?」
「あ、ううん。私は自分から志願してここに来たの」
「自分から? そうなんだ、奴隷以外の人も働いてたんだな……」
「ええ。ただ志願者の数は少ないから、結局大半を奴隷の人たちに頼っているの」
「そうだったのか。でも、なんでまた?」
俺は彼女がこんな場所で働いている理由に俄然興味が湧いた。
今だって見える範囲にいるのは男ばかりだ。女の人の姿を全く見ないとは言わないが、かなり数が少ないのは間違いない。
だから、エリンには何かそれなりの事情があるんじゃないかと思ったのだ。が、
「ところで、さっき打たれたところは大丈夫?」
「え?」
まるで話を逸らすように話題を変えられてしまい俺は少々面食らう。
あまり話したくないのだろうか。そう思ったので俺もその点には触れず、
「大丈夫、ではないかな……。まだズキズキしてるよ」
「そう……治療してあげられれば良かったんだけど、ここじゃちょっとね」
「まぁ死ぬような怪我じゃないから大丈夫だよ」
「死ぬような怪我だったら大ごとでしょ。笑い事じゃないわよ」
エリンは心配するように顔を顰めた。
実際、放っておけばそのうち痛みも消えるだろう。というか消えてくれなくちゃ困る。背中が痛くて夜寝られないなんてことになったら、その方が大ごとだ。
係官の一人が俺たちの方に近付いてきたため、俺たちは一旦会話を止める。その係官が遠ざかった時、俺たちはまた話を始めた。
取り立てて語るような内容でもなかったが、その時の終業までの数時間は、この世界に来て初めて「楽しい」と思えた時間だった……。