1-4 意識の徘徊
母の遺体は無かった。
燃え尽きてほとんどが灰となった家でどうやって遺体の痕跡を探せばいいのだろうか。
慶理は、先生に聞いた納谷が巻き込まれた発火現象の事を思い出して、母と家を燃やした炎が同じ現象だと確信した。
突然、全身から溢れ出て、一瞬で全てを灰にする炎、先生の話を聞いた辺り、火が消えるまで(=燃え尽きるまで)大凡5秒もないように感じる。
一体どうやったら65%が水で出来ている人を骨まで灰にする事が出来るのか。
父が亡くなって火葬を行った時、気になって調べてみたら、800℃の高温で1時間も焼き続けなくてはならず、それでも骨は所々残っていた(正確には適度に残るように調節されていた)。
人を一瞬で全て灰にする時に必要な温度は計り知れない。
人の体の中に燃える何かがないと発火する事すらも難しいだろう。
そして、
野乃を受け止めようとした時、明らかに不自然な風が包み込んだこと、
野乃が炎の上方に居たのに異常なほど体が冷たかったこと(今の体温は特に低くは感じなかった)、
考えることが沢山あり、母が亡くなった事から少しだけ目を逸らす事ができた。
ただ、叫び声の後に爆発音がしたのは、ガスボンベが原因のような気がする。
家には2~3本あったはずだから、爆発も一回だけではなかったのかもしれない。
(野乃を助けるのに夢中で気付かなかった)
先生も炎に関して「爆発した」とは言ってなかった。
あの炎は体内から吹き出す、つまり、真っ先に口から吹き出るので、声帯はもちろん肺や食道までも燃やす、声は疎か息をする事も出来なくなるので、悲鳴を発した母さんは発火元ではなく、納谷と同じように、燃えた人の炎を浴びて火が付いた可能性が高い。
とすると、母さんの悲鳴は人が家で燃えていた事に対する悲鳴とも取れる(不法侵入者に対しても)。
納谷を燃やした炎の発火元である人は身元が分からなかった。
じゃあもともと身元が無く、
「誰か」ではなかったとしたら、
人ではない「何か」だとしたら──
いや、納谷を巻き添えにした「何か」は校門に待機してる先生に怪しまれずに校内に入り発火した。燃えている最中は少なくとも人の形をしており、先生や生徒の目を掻い潜るためにも制服は必要だったはず、
制服を持っていて学校に居なかったのは卒業生くらいだ。
つまり発火した人は制服を既に持っていた卒業生、又は何らかの方法で制服を入手した人物で、校門にいる先生に気付かれぬほど影が薄い。
それなりに登校していた生徒が多い状況で紛れ込み発火して、納谷だけが巻き添えになったのなら、作為的に納谷に近付き発火した、又はさせられた──これは歴とした殺人になる。
発火者が一人でやったとは考えにくく、後に同じ炎が家を燃やしたということは発火者は被害者であり、裏に真犯人がいる可能性が高い。
ただ、何でも燃やす炎や、人体発火方法、発火者をどうやって誘導したのか、納谷を狙った理由などはいくら考えても分からない。
「あー…もうなにも考えたくない、疲れた……」
「兄ちゃん、これからどうしよう」
「そーだなー、って、もう検査は終わった?体に異常は無いって?」
「うん、至って健康だって」
野乃の顔を見て安心した。
救急隊員のひとがその場で軽く診断してくれて、なんでそうなったかというと、二人ともその場を動こうとせず、痛くも痒くも何ともない、の一点張りで仕方なく、その場で軽く視てくれる事になった。
近所に住む蓮のお母さんも駆けつけて来てくれた。とにかく見通しが立つまで泊めてくれると言っていた。
学校に電話をして先生に、火事があったことや、母が死んだこと、炎の勢いが異常で、先生の証言に類似していること、蓮の家に泊めてもらうことなどを説明した。
蓮はぐしゃぐしゃに泣いていた。
納谷の時よりも酷くなっている。
どうやら要らぬ詮索をしたようで、
親がいなくなった自分達の将来を心配したりしている。
蓮の家で、四人で晩御飯を食べて、お風呂に入って、蓮の部屋で一緒に寝た。
野乃はお兄と離れたくないとのことで、
蓮がベッドで、私と野乃が床で寝た。
あぁ、
永い、
体が重い、
昨日の夜や朝当たり前にいた人が二人もいなくなった。
今になって感情が溢れだす。
野乃が手を握ってきて、
涙に溺れながら海の深くに沈み込み、
野乃だけが暖かくて、
安心して眠りに落ちた。