第9話 悪役令嬢と暗黒街のボス
「ボス?」
ボスと言えば私のことだと思うのだけれど……私はいずれこの世界の頂点に君臨する予定なのだし。でも私はフレンではないのよね。ということは……。
「みんながボスって呼んでるから気が付かなかったけど、フレンさんはこの辺を仕切ってるボスの名前だよ。仕事にない人に仕事割り振ったり、調子に乗ったやつをボコボコにしたりしてる……人?」
「なんで疑問形なのよ。もしかして彼はなにかの組織のボスなの?もしかしてそれって『暁の翼』って名前じゃない?」
「……俺はよく知らねえ。でも家は知ってる」
「まぁいいわ。そこまで案内して。代わりに揚げパンをあげるわ」
『暁の翼』は将来革命を起こす組織の名前だ。
私が揚げパンを3本進呈するとトーマスは喜んで案内してくれた。これぞギブアンドテイク。利害で人を動かすと言うやつね。
歩くこと10分ほどでその家の前に私たちは立っていた。
スラム街にはボロボロの小屋が多く、中には藁ぶきの家まである中で、その家だけはしっかりした造りになっているように見える……と言っても普通の一軒家に見えるというだけなのだけど。
平屋で3LDKくらいの広さかしら。スラムにあるにしては綺麗な家であるが、金持ちの家と呼べるほど豪華でもない。
私はその家の扉をノックするも……。
「出てこないわね……」
中には人の気配がするので不在であるはずはない……というか窓から人影が見えるし。私に対して居留守を使うとはいい度胸ね。
「フレン・ブラックバーン出て来なさい!」
私はその家のドアを遠慮なしに叩くが……それでも出てこない。中からは声まで聞こえるのにどういうことなの。私はさらにドアを叩いて呼びかける。
「フレン!」
「うるせえ!誰だこんな時に!」
私の度重なる呼び掛けに業を煮やしたのか、やっと出てきたのは無精ひげを生やした偉大夫だった。
髪を振り乱して目が血走ってなければそこそこ強面の良い男だったかもしれないが、今はそのズボラな風貌のせいで台無しになっている。
「どうも、ごきげんよう。私はメアリ・アン・デズモンドよ」
「あ?デズモンド?領主んところの娘……か?ってかなんで血だらけなんだよ……」
「違うわよ!言い直しなさい!」
フレンがおかしなことを言うので私は即座に訂正する。フレンは何のことだか分からないように首を傾げた。
「は?」
「私を『領主の』娘と呼ばないで。『私の』お父様が領主をやっているのよ。私が『領主の娘』であるわけではないわ」
「なにいってんだ?言ってる意味が分からねえよ。同じことじゃねえか。何が違うんだよ」
「私のことを呼ぶときはすべて私を中心に話しなさい!私は『領主の』娘ではなくて『私の』父が領主なのよ」
私は例え言葉の上だろうと誰かの下につこうなんて考えはない。皇太子妃なんかで満足していたゲームの私はそれで失敗したのだから。
ふふん、今の私はゲームとは違うのよ!
「お、おう……じゃねえ!今取り込んでるから帰りやがれって言ってんだよ!」
何やらフレンはすごく焦っている。目も真っ赤だし、目元が少し濡れているのは泣いていたのかしら。
「……中で何かあるの?」
「……ローザとターニャが寝てんだ。いいから静かにして帰ってくれ」
「ローザとターニャ?」
革命軍にそのような名前があった覚えはない。誰のことだろう。もしかして家族とかかな。
「家内と娘だよ……もう長くねえかもしれねえんだ。ほっといてくれ」
そう言ってフレンが閉めようとしたドアを私はつかんで引き開ける。せっかく見つけた未来の革命軍司令官を見逃すつもりはないし、それに聞きたいことが増えた。
「それって病気なのかしら?それとも怪我?死なれたら困るわ」
今の話だと放って置いたら死んでしまうような口ぶりだ。そんなことになったら革命軍の人員が減ってしまう。その奥さんと娘もいつか国民が立ち上がる時に一緒に剣を持って戦うのかもしれない。あのゲームで火炙りにした王侯貴族たちを倒すのは彼女たちかもしれない。だったら助けるしかないじゃない。
私は止めようとするフレンを気にせずに家に押し入る。
「何をする!」
「私に診せなさい」
「はぁ!?お前みたいなお嬢様に何が出来るっていうんだ。治療費でも出してくれんのか?でもな!俺みたいなスラム住まいのところに来てくれるまっとうな医者なんていねーんだよ!金を取るだけとって効くかどうかも分からねえ薬を渡されただけでまったく良くならねえ……糞貴族どもばかり優遇されやがって……」
「ふーん、やっぱりあなたは貴族とか権力者が憎いのね」
さすが『暁の翼』のボス。その将来有望な考えに称賛を送りたい。そしてその反骨魂でぜひ革命に導いてほしい。
「それで奥さんと娘さんはどこかしら」
私はずかずかとさらに家に押し入ると物の少ない家の中を進み、二人が眠っているベッドへと行き着く。二人とも顔が土気色になって今にも息を引き取りそうだ。
「ちょっと!本当に死にそうじゃない!何を勝手に死にそうになってるの!?死なれたら困るのよ!」
(癒しを!)
急いで治癒魔法を発動すると……二人の顔色が少し良くなり、息も安定した。さすが何でもありの万能魔法ね。でも二人の頬はこけたままでまだまだ生きる力が弱々しく見える。
きっと食事が足りていないのね。食は力なんだからもっと食べないとだめでしょう。
「てめぇ……何を……やって……」
「ん……あなた?」
「……お父さん?」
「ローザ!ターニャ!」
「気が付いたならパンを食べなさい」
私は揚げパンを取り出すと起き上がった二人の口に突っ込む。餓えて死なれるのも困るし、まずは食事をして体力をつけて欲しい。そして筋肉をつけてムキムキになってもらいたい。
「あ、そうだ。そもそも別にこの二人に用があってきたのじゃなかったわ!私はあなたに用があってきたのよ、フレン」
「ローザ、ターニャー大丈夫……なのか?」
「このパン美味しい!」
「あら本当ね……」
「なんで急に元気になったんだ……?」
「私が治したのよ。わたし魔法の前には病気なんて有象無象よ!それより良く味わって食べなさい」
「う……うおおおおお……おおお……」
これでフレンとまともに話が出来る…と思ったらフレンが泣き出した。どうしたフレン。革命軍のリーダーでしょう。何を泣いているのよ。もしかして人違いじゃないわよね。
「ああ……お嬢……ありがとう……ありがとう……」
何か涙を流してるけど大丈夫かしらこの人。それに言ってることも見当違いだ。なぜ私がお礼を言われるのか意味が分からない。
「お礼を言われる筋合いなんてないわよ」
「いや、ローザとターニャの命の恩人だ!ここで礼をしなかったら男が廃るってもんだろ!礼は何がいい?金か?働いていくらでも払うからよ!」
「あー……そうね。確かに治療には対価が必要よね」
感謝はいらないけど対価は必要ね。
前世には病院というものがあった。病院は人々の病気や怪我を治す施設だったけど別に慈善事業をやっているわけでもなく、きちんと対価を求めていた。労働に対する対価は当たり前のことよね。今回の治療をどのくらいの金額にするべきかしら?しばらく考えた末……私は一つの考えを閃く。
「フレン。ちょっとあんた飛んでみなさい」
「は?」
「いいからそこで飛び跳ねてみなさい」
「お、おう……」
私の命令に訳もわからずフレンが飛び跳ねる……その瞬間ちゃりちゃりとした音が鳴った。これはお金の音かしらね。
「ポケットのお金を出して」
「……」
大人しく出された革袋の中身を確認すると銀貨が10枚入っていた。日本円にしたら10万円くらいの価値っぽいのでスラムの住民にしては大金を持っているじゃない。
「今はそんだけしかねえけど……後で絶対金は用意する……」
「じゃあ1割の銀貨1枚をいただくわね」
「へ?」
私から残り9枚が入った革袋を返されてフレンは目が点になった。鳩が豆鉄砲を食らったような顔というのかしら。豆鉄砲って何か知らないけど。
「今見たでしょう。私には病だろうが怪我だろうが治す力がある。でも私はただ働きなんてするつもりはないの。だからもし私に治してほしかったら財産の1割をいただくことにするわ」
マフィアは相手の最も大切なもののうち最後の1つは絶対に奪わなかったという。それを奪ってしまった場合、死んでしまうか死を覚悟して向かってくるかしかないからだ。だったら悪役令嬢たる私もそれに倣うことにしよう。全部は取らない。しかし対価はきっちり取り立てる。
私の手には銀貨1枚が残った。
「サラ。このお金なんだけど……」
私が生まれてはじめて働いて手に入れた現金だ。これで買いたいものはもう決まっている。ずっと欲しかったものが。
「なんでございましょう」
「このお金でそこの子、ターニャが来てるみたいな汚れてもいい動きやすい服を買ってきて。この服は動きにくくって仕方ないわ」
「はぁ……これで私も血だらけのドレスの洗濯から解放されるのでごさいますね」
私の服の洗濯はサラがやっている。どうやっているのか分からないけれど血だらけの服でも新品同様に仕上げてくる謎技術を持っている毒舌メイドがサラなのだ。
でも血だらけのドレスの洗濯から血だらけの布の服の洗濯になるだけのような気がするけれどね……私は良く倒れるし。まぁいいか。
「それからフレン・ブラックバーンに私から依頼よ。死にそうな怪我や病気をしている人間がいたら私のところに連れて来なさい。財産の1割を対価に治してあげるから」
「あんたにゃ感謝してるから別に連れて行ってもいいけどよ……ここいらには文無しばっかだぞ?」
「財産がないならお金なんて取らないわよ」
「はぁ!?」
「0の1割は0でしょ?その代わりお金持ちからもきっちり財産の1割をいただくわ」
ないものから取っても仕方ない。それに死んでしまっては革命勢力が減る。その代わり金持ちから遠慮なく金をとってやろう。この国は超格差社会なのだから貧乏人から取っても仕方がない。
「分かった……お嬢がそれでいいのなら……約束する……」
「あとね、聞きたいことがあるのだけれど……あなた『暁の翼』って知ってる?」
「いや……聞いたことのない言葉だが……」
「あー、まだ知らないかー」
フレンはまだ組織のメンバーではないらしい。彼が組織を作ったのか、それとも今どこかにある組織に彼が参加したのかさえわからない。だったら……
「それなら2つ目の依頼は人探しよ。よく聞きなさい。『暗黒剣士スティン』、『闇商人レネー・ノックス』この二人を最優先で探してほしいの。あとは『ハウエル・オースティス』『ヘンリー・キーラー』『アシュリー・ヘディ』『ジョン・ドゥ』。彼らも『暁の翼』のメンバーよ。顔の特徴や名前はここに書いてあるから」
私は事前に持ってきていた紙をフレンに渡す。
すべてDLCの『革命』に登場するキャラクターで、本編のお花畑なキャラクターたちとは一線を画すハードボイルドな人達である。
フレンは運良くすぐに見つかったけれどどこにいるのかさっぱりわからない人もいるから人海戦術でいくしかない。
「任せろ。お嬢への協力は惜しまねえよ」
「あとはあなたへの報酬ね」
「は?報酬?」
「人探ししてもらうのだから報酬を渡すにきまってるじゃない。でもあいにく今はお金がないの。だから現物で渡しておくわね」
「いや、礼をするのは俺の方で報酬なんて……」
(癒しを!)
私はポケットからパンくずをこの家の部屋の一つにばら撒くと全力で治癒魔法を発動する。ポポポポポンと揚げパンが部屋にあふれた。
「ちょっ!?俺の部屋が油まみれに!?」
「余るんなら近所の子供にでも渡して仕事をさせなさい。ちょっとしたゴミ集めでもドブ掃除でもいいわ。ただで配るんじゃないわよ。それから……あ……」
バターン!
「お嬢様!?」
「うおっ!?どうした!?」
魔力切れだ。
さすがに病人2人の治療に部屋にみっちり詰め込むほどの揚げパンの作成は最大APを超えてしまったみたい。また顔から床に突っ込んだせいでドクドクと鼻から血が出てるのが分かるが手足はピクリとも動かせない。
いつものようにサラが私の鼻の穴にちり紙を詰め込んでいる。だからそれやめてって……。
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